54話 神候補佐々倉啓 vs ドラゴンの群れ
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佐々倉啓は、上空に浮遊するドラゴンの群れと対峙していた。
そこへ響く、リーガルの声。
「――始め!」
今、開幕の合図が告げられた。
67体のカラフルなドラゴンたちは、その大口を開けて、魔力を収束させた。
上空で渦巻く魔力の奔流。
竜魔法が発動する。
『絶砲』
一斉に放たれる、67本のレーザー光。
その1発1発が、雪崩を無に帰す威力である。
まるで雲間から日が差すように、大気をいななかせながら降り注ぐ光の柱たち。
目標地点は、佐々倉啓を中心としたエリア一帯。
ブゥウウウウウウウウウン。
シュワアアアアアアアアア!
地面に到達したところで、山肌が蒸発。
プラズマが発生し、撒き散らされる閃光が目を開けていられないほどに瞬く。
その様を遠くから眺めるリーガルは、網膜が焼かれないように目を細める。
「やったかよ」
「やりましたわ」
リーガルの近くで観戦していたイータとコハロニは、ドラゴンの口の端をにたにたと吊り上げながら、そう口にした。
一方、今もなおレーザー光を放ち続けるドラゴンたちは、佐々倉啓の魔力が少なすぎて魔力感知で捉えられず、仕留められた手ごたえがない。
「うわっ、眩し」
当の本人はというと、もちろん生きており、早々に離れた地点へと転移した佐々倉啓は、人間1人を攻撃するには明らかにオーバーキルなそれを視界の端に入れつつ、ドラゴンの群れに向けて魔力を飛ばしていた。
佐々倉啓は、10倍の《加速空間》を使用している。
ただでさえ音速を超える魔力操作を、その10倍で行い、あっという間に1体のドラゴンを包み込む。
そして、予め用意していた異空間へと、《転送》を実体化で発動させて送り込んだ。
レーザー光を放っていた1体が、初めからそこにいなかったかのように、忽然と消え失せる。
その異状に気がついた周囲のドラゴンたち。
しかし彼らもまた、シュン、シュン、シュンとテンポ良く、後に続いていった。
佐々倉啓はその呆気なさに疑問を抱き、もしかして【存在希薄】のせいかと思い至る。
事実、ドラゴンたちは佐々倉啓の魔力を認識できていなかった。
彼らは、このヒュピの世界に来る直前、イータとコハロニの《神の視点》で佐々倉啓の存在を認知。
そうして佐々倉啓の頭上に登場し、《絶砲》を注ぐそのときまで【存在希薄】を無効化していた。
だが、《絶砲》により佐々倉啓の存在を見失う。
それは視覚的にもそうだが、佐々倉啓の小さすぎる魔力が、ドラゴンたちの《絶砲》の魔力に紛れてしまい、彼らの魔力感知から外れてしまったことが大きい。
ゆえに、ドラゴンたちは無抵抗に佐々倉啓の《転送》を受けてしまう。
ドラゴンの群れが端から次々と削られていき、レーザー光の束がみるみるうちに細まっていくのを、リーガルは感慨もなく眺めていたが、佐々倉啓の力を初めて目の当たりにした他の者たちはそうではなかった。
リーガルの近くで滞空しているイータとコハロニは、ドラゴンのあごをがっくりと落とし、開いた口が塞がらない状態でその惨状を言葉もなく視界に入れている。
ロニーの神世界で観戦している者たちも、似たような状況だ。
攻撃をしているはずのドラゴンの群れが奇奇怪怪と消えていく様に、スイシア、メロウ、フユセリの3人はこれほどまでかと呆気に取られ、ロニーはなんなのこれと顔をしかめ、ルエはふにっと頬杖をつき、ヒュピは相変わらず寝息を立て、……ルエとヒュピは変化がなかったものの、ケイニーは不愉快を露わにし、ヤックは目を丸め、ニィナリアは胸を撫で下ろし、そして誰よりもドラゴンを警戒していたアレックスとグレッグは、イータとコハロニばりにあごを落としていた。
次々と仲間の消えていくドラゴンたちは、慌てて攻撃を取りやめて四散する。
《絶砲》の束によって、山の斜面には深さ数100メートルの縦穴がぽっかりと口を開けている。
その上を、影が高速で飛び交う。
しかし、ドラゴンの飛行速度など、魔力操作速度に比べたら止まっているも同然だ。
既にその数を半分に減らしていたドラゴンの群れは、目を皿にして佐々倉啓の姿を探しているうちに、さらにその数を半分にしていた。
「……なんか、虫取りでもしてる気分」
イータとコハロニが聞けば激憤しそうな佐々倉啓の呟きは、幸いというべきか誰にも聞かれることもなく、佐々倉啓とドラゴンの群れの戦いは、まさしく勝負にすらならない一方的な展開を見せてそのまま幕を引いたのだった。
「……このまま神格化しちまうってか? リーガルの兄貴を足がかりにして、神と同列になろうってのか? おいおい、おいおいおいおい。リーガルの兄貴と同格になれると思ってんのか? んなもん、俺が許すとでも思ってんのか?」
不気味なほどに抑揚のない声。
隣から聞こえるそれに、ヤックは口を引き結んで覚悟した。
声の主は、最後に呟いて、立ち上がる。
それが聞こえたのは、隣にいたヤックだけだ。
「こちら側には来させねえよ、ケイ・ササクラ」




