53話 佐々倉啓の神格化(4)
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ロニーの神世界。
長老会の会場にもなった簡素な空間には、映画鑑賞でもするように、モニターとソファが配置されている。
ソファには、転生の神スイシア、息災の神ロニー、妖精女王フユセリ、魔法の神メロウ、眠りの神ヒュピ、死の神ルエの姿がある。
と、そこへ新たな複数の人影が現れる。
剣の神ケイニー、槍の神ヤック、魔王ニィナリア、風の妖精フマ、人間アレックスとグレッグ。
ニィナリアたちは物珍しそうに辺りを窺うが、ケイニーとヤックはそうするのが当たり前とばかりに近くのソファに腰を下ろす。
「ロニー知らないもんね。関係ない人間をここに『招待』したのはロニーだけど、連れてきた責任はロニーにはないもんね。そうでしょ、シアちゃん」
「うーん、責任の話なら、彼らが来るのを止めようとしなかった全員にあると思うよ?」
「そうですね。まあ、いいじゃないですか。公にはしていない神の秘密なんて、知られたところで困りはしませんし」
「みんなあ、いらっしゃぁい。好きなところに座ってねえ」
「すぴー、すぴー」
「……」
発言者は、順にロニー、スイシア、メロウ、フユセリ、ヒュピ、ルエである。
ニィナリアはルエの姿に警戒心を露わにし、フマはフユセリのソファまで飛んで行って挨拶し、アレックスは面々を見渡した後眠る幼女のヒュピにすら勝てそうにないことに苦笑いを浮かべ、グレッグは子どもが多いなと呑気な感想を抱いた。
「あんたら、全員神なのか?」
グレッグの疑問。
グレッグもそうだが、アレックスやニィナリアにしても、神たちの顔を初めて見る。
息災の神ロニーは子どもでも知っているほどの有名人で、妖精女王も魔法の神もその存在を知らない人間はいないのだが、いかんせんその顔を知る者は加護を受けた者だけだ。
グレッグたちは、誰も加護を受けていない。
「神はぁ、挙手う」
フユセリがそう言いながら腕を挙げ、絹の一枚布からわきがはしたなく晒され、フマがやれやれと布を引っ張って隠す。
スイシアとメロウは苦笑を浮かべた。
「ここにいる者は、あちらで眠っているヒュピさんも含めて全員神ですよ。簡単に紹介しますと、私は魔法の神メロウ。こちらのお下げの女の子が息災の神ロニーさん。隣の黒髪の……女の子が、転生の神スイシアさん」
性別を即答されなかったことにスイシアは自分の平らな胸を見下ろして考え込み、ロニーのそれと比較して不思議そうにした後、髪の長さに気付いて納得した。
「こちらの若い金髪の女性が自然の神フユセリさん。妖精女王としての名のほうが有名でしょうか」
「フマぁがお世話になってえ」
「……なんなんさ、この、オレが世話している相手が挨拶をしているような違和感は」
「フマぁは、わたしの娘よお」
「こっちは、手間のかかる生みの親さ」
性格は似ていないが、おっとりとした顔だちが似通っており、といっても他の娘たちはそうでもないのだが、そんなことは知るよしもなく、ニィナリアたちはまさしく親子であると得心した。
「あちらで眠っている小さい女の子が、眠りの神ヒュピさん。勝負の舞台を用意したのはヒュピさんです。ああして眠ってはいますが、必要があれば眠ったままで応えてくれます」
「すぴー、すぴー」
「最後に、もうご存じでしょうが、死の神ルエさんと、剣の神ケイニーさんに槍の神ヤックさん」
一通り巡ったところで、モニターにイータとコハロニが映った。
モニターには、ヒュピの神世界が映し出されている。ニィナリアたちがさきほどまでいた場所だ。。
そのため佐々倉啓とリーガルの姿が映っていたが、ドラゴンたちの出現によって、イータとコハロニも登場している。
「もうそろそろ始まりますよ。立ち見もなんですし、どうぞ掛けてください」
ニィナリアたちがソファにおずおずと座るのを見届けて、メロウは説明を続ける。
「今モニターに映っている人型のドラゴンですが、あの2人も神ですよ。黒い鱗の持ち主が、夜の神イータさん。白い鱗の持ち主が、昼の神コハロニさん」
「……なんですか……あのドラゴンの群れは」
アレックスは、一瞬モニターに映し出された空を埋め尽くすそれに、戦慄した。
アレックスは一度ドラゴンを討伐した経験がある。
そのときは、Sランク冒険者4人でようやく勝てたのだ。
1匹のドラゴンがどれだけ厄介な存在なのか実感しているからこそ、その群れにただただ恐怖した。
――すみません、ちょっと考え事を。僕はどのドラゴンと戦うのかなぁと。
――いや、まさにそれなんだが、全部らしいぞ。
そのときモニターから流れた音声に、アレックスとグレッグは気が遠くなる。
「そんな……」
「おいっ、今すぐやめさせろ! こんなのは勝負すらなんねえ!」
グレッグの叫びに、メロウが困ったように返す。
「それは難しい注文です。もう場は整ってしまいましたし、なによりケイさん本人が、辞退を申し出ていません」
「ケイがドラゴンに蹂躙されるのを見ていろってのか!?」
「もしあっさりと死ぬようでしたら、神格化なんて無理ですよ」
「じゃあやめさせろッ! そもそも神格化は無理なんだろうがッ!」
「まあ、落ち着いてよ。そこの魔王……ごほんっ、ニィナリアが一番心配してるのに、取り乱していないんだ。佐々倉啓を信じられなくても、佐々倉啓を信じるニィナリアを信じてあげて」
スイシアが口を挟む。
うっかり魔王と口走っていたが、グレッグとアレックスはまさかニィナリアが魔王だなんて想像すらしないため、聞き流していた。
グレッグとアレックスは毅然とモニターを睨みつけるニィナリアを見やり、しかしそれで落ち着くはずもなく、スイシアに言い寄る。
「信じたところで死んだら意味がねえだろうがよッ!」
「佐々倉啓は、神であるリーガルに一度勝っているんだよ?」
「でも、ドラゴンですよ……っ? それも、何十という群れです! いくらなんでも無茶でしょう!?」
「……ちょっと思い出してみて」
スイシアは、ゆっくりとした口調で言う。
「佐々倉啓は、どうして神格化をすることになったのかな?」
「……っ。俺たちは知らねえ……でもそれがなんだってんだッ?」
「佐々倉啓は、リーガルに勝った。神と同格の力を持つと、証明してしまった。
そうするとね、他の神にとっては困るのさ。自分と対等の力を持つ人間。そのような存在が、野放しにされていることがね。
神には、神同士の戦いを禁止するルールがある。だから、佐々倉啓を神格化することで、その力を束縛して、他の神から危険視されないように考えたんだ」
「だからッ、それがどうした!? こんなところで関係ねえ話をしてる暇はねえんだ! 早く勝負をやめさせねえと!」
「だからさ、ちょっと考えてみてよ。
――今までどうして、ドラゴンに神格化の話がなかったんだと思う?」
グレッグとアレックスが思考の渦に飲まれたとき。
モニターから、佐々倉啓とドラゴンたちの勝負の開始が告げられた。
なんか最近遅れてばかり……。




