52話 佐々倉啓の神格化(3)
せつな、影が落ちる。
上空に、魔力反応。
仰げば、ドラゴンの群れ。
……生物的に人間を捕食できるような巨大生物たちが、僕を見下ろしていた。
僕は身震いする。感覚的には、檻や鎖で縛られていない肉食獣の前に放り出されたようなもんだ。
いや、それよりも恐ろしい。
そこらの肉食獣の数倍はあろうかという巨体。そのでかいという事実だけで、弱肉強食における関係を意識させられる。
そして群れの圧倒的な数。
僕は魔力障壁を張り、臨戦態勢に入らないではいられなかった。
ドラゴンたちを注視していると、彼らの中から風変わりな2体のドラゴンが降りてきた。
人間の形をしており、身長も2メートルくらい。他のドラゴンに比べたら半分もない。
顔はやはりドラゴンで、鱗の色がそれぞれ白と黒。
さきほど喋ったのはこの2体だ。
「ケイ・ササクラというのはお前であるかよ。随分と弱そうかよ、コハロニ」
「そうですわね。これじゃあわたくしたちのドラゴンが勝っても順当すぎて、自慢にもなりませんわ」
その2体はドラゴンの口で喋っている。
ただ、口の動きが変だ。
なんというか、腹話術のような。
僕がそのようなことを考えていると、代わりにというわけじゃないだろうけど、リーガルさんが答えた。
「見た目や魔力量で判断すると、痛い目をみるぞ。わたしのようにな」
「そうだといいかよ」
「ですわね。あっさり勝負がついてしまったら、ドラゴンたちの力が見られませんもの」
……人型のドラゴンは、やっぱり強いんだろうか?
でも、僕の相手はこの2体じゃないみたいだし、ドラゴンの2番手とか3番手とかが僕の相手になるんだろうか?
「……それで、ササクラ・ケイと戦うのは、どのドラゴンなんだ?」
「……? ドラゴンは、ドラゴンかよ?」
「そうですわよ? ドラゴンなんですから、全員ですわよ?」
「聞いたか、ササクラ・ケイ」
「え、なんですか?」
「……聞いてなかったのか?」
「すみません、ちょっと考え事を。僕はどのドラゴンと戦うのかなぁと」
「いや、まさにそれなんだが、全部らしいぞ」
「……!?」
僕は半笑いになり、リーガルさんに視線で問う。
リーガルさんは、ゆっくりと首を左右に振った。
……まじですか。
「えっと、彼らも?」
僕は2体の喋るドラゴンを一瞥する。
リーガルさんは、「いや」と続ける。
「あの2人はドラゴンではない。ああいうなりをしているが、神だ。そういえば紹介していなかったな。黒いほうが、夜の神イータ。白いほうが、昼の神コハロニだ」
「イータであるよ。ドラゴンにやられるといいかよ、ケイ・ササクラ」
「そうですわよ。ドラゴンの踏み台になるといいですわよ」
2人は、ドラゴンの顔のしわを深くした。もしかしたら笑ったのかもしれない。
「……まぁ、頑張ります」
「準備はいいか、ササクラ・ケイ。この2人と話すこともないだろうから、始めようと思うが」
「あのドラゴンの群れに勝ったら、僕の神格化が認められるんですよね?」
「そうだ」
「ちなみに、あのドラゴンたちは、殺してしまっても大丈夫ですか?」
「殺せるもんかよ」
「そうですわ」
イータとコハロニが文句を言うも、リーガルさんに黙殺される。
「あれらのドラゴンは、『魔力化』を習得している。致命傷を負っても問題ない」
「魔力化って、体を魔力にするんですか?」
「そうだ。魔力化によって、体を魔力に変え、そして魔力を体に実体化させることで、体の損傷を修復できる。そういう意味では、実体化とも言えるな」
なるほど。
そういえば、フマは魔力の体を実体化させているけど、実体化を解くのは魔力化とも言えるね。
逆にドラゴンたちは、体を魔力化させられるけど、魔力化を解くのは実体化とも言えるわけだ。
魔力化と実体化は、表裏一体の関係かもしれないね。
……魔力化か。
今度、試してみるかね。
「それじゃあ、気兼ねなくやらせてもらいますよ」
「せいぜい頑張るかよ」
「ドラゴンたちに瞬殺されないよう気をつけるんですわよ」
イータとコハロニは、空へと浮かび上がっていく。
上空から観戦でもするんだろう。
「ドラゴンをうっかり殺さないようにな。あの2人の怒りを買うのは得策ではないぞ」
「善処します。というか殺さなくても、ドラゴンに勝ったらあの2人の怒りを買うんじゃないですか?」
「勝つくらいなら構わない。たとえあの2人が暴れても、他の神が止めるだろう」
「もし、ドラゴンを皆殺しにしちゃったら?」
「あの2人は、お前を殺すだろうな」
「他の神様は止めてくれないんですか?」
「あの2人が本気になったら無理だろう。あれでも神の中で最上位の力を持っている。まあ、要するにドラゴンを殺さなければいいのだ。簡単だろう?」
「ちなみに、何をしたらドラゴンは死にます?」
「わたしを殺したときみたいに魔力体そのものを消すか、体を修復できないくらいに破壊しつくすか」
「……僕が死ぬよりは、難しそうですね」
「ん? ああ、そうだな。そうかもしれん」
リーガルさんがにこりともせずに言う。
なんか、すごく不安だ。
リーガルさんは魔力体となって、この場を離れていった。
最後まで、僕を心配する素振りは見せなかった。
信頼が重い。うっかり僕が死んだらどうするんだろう。
僕はニィの顔を思い浮かべ、安全第一でいこうと心に決めた。
一度深呼吸を挟んで、天を仰ぐ。
幾十もの獰猛な視線が、僕を見据えていた。
僕は戦闘の準備を整え――。
そして、開始を告げる声が響いた。
遅れてごめんなさい~




