51話 佐々倉啓の神格化(2)
2014/11/11 誤字修正しました。
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場所は、レイアビクの山。通称、ドラゴンの霊山。
その山頂付近、標高3400メートルほど。
ここまで上ると、山肌には雪化粧が施される。
そこは、人跡未踏の雪山。
ドラゴンの住処である山麓を越えて、ここまで足を踏み入れた人間は皆無である。
ふかふかのパウダースノウが敷き詰められた斜面。
その一角に、踏み固められた領域があった。
雪景色のキャンバスに、絵の具を全色ちりばめたような、色とりどりのドラゴンたち。
彩色としては無秩序に、しかし皆が皆、とある方角に注目している。
どれもが成体で、雪に体を沈めても、見えている部分だけで優に4メートルを超す巨体たち。
その数、67。
冒険者ギルドでS級認定を受ける魔物の軍勢であり、一国を落とすに余りある戦力である。
そんなドラゴンたちが、凶悪な双眸を向ける先は、斜面の上方。
演説台がごとく盛り上がった岩場には、対の人型のドラゴンの姿。
かれこれ30分ばかり、いかにドラゴンの神格化が素晴らしいかを力説しているのは、白色の鱗に覆われた昼の神コハロニと、黒色の鱗に覆われた夜の神イータ。
雪崩でも起きそうなほどよく響き渡る声で、2人は演説を締める。
「――さあ! 今こそっ、ドラゴンの格上げのときですわ! ついに長年の悲願が叶うのですわ!」
「そうであるよ! われたちの願いを叶えるかよ!」
……ドドドドドドドドドドドド。
まるでそれが合図だったかのように、イータとコハロニの後方の斜面で雪崩が発生。
総勢69体のドラゴンを巻き込むような大質量が、白煙をもうもうと巻き上げながら地鳴りとともに襲い掛かった。
しかし、ドラゴンたちに動揺はない。
また、逃げる素振りもない。
おもむろに、先頭にいたドラゴンの1体が、人を丸呑みにできる大口をぱっくりと開いた。
牙を見せつけるように開いた口へと、魔力が収束していく。
そして、唱えられる竜魔法。
『絶砲』
次の瞬間、開いた口から極太のレーザー光が放たれた。
直径5メートルほどのレーザー光は、雪崩の端から端を横薙ぎにする。
ブゥウウウウウウウウウン。
シュワアアアアアアアアア!
レーザーが大気を振動させる音と、雪崩の雪が蒸発する音。
雪崩の質量は根こそぎ焼き払われ、代わりに雪の霧がドラゴンたちを飲み込んで通過した。
立ち込める白モヤの中、先頭にいるドラゴンの長が《交信》に類する能力を用いて言う。
イータとコハロニ、それと他のドラゴンたちの頭の中に声が響く。
『我等が神よ。……その、ですな。大変言いづらいのですが』
「どうしたかよ? 忌憚なく言えよ?」
「そうですわ。わたくしたちの仲ですわよ?」
『……それでは、率直に申し上げるが……』
そのドラゴンの長老は、ドラゴンたちの総意を代表して告げた。
『我等、神格化は願っておりませぬ』
「……」「……」
沈黙。
モヤが晴れると、そこにはドラゴンの顔で頭を抱える2人の姿。
2人はお互いに顔を見合わせると、困ったポーズをやめて、毅然と言う。
「コハロニのせいかよ。早合点であったよ」
「なに言ってますの。イータも一緒になって浮かれておりましたわ」
「それは、コハロニの雰囲気に乗せられたかよ」
「わたくしだけが悪いみたいに言うのはやめていただけませんこと? 共犯ですわよ?」
「言い出したやつが一番悪いに決まってるかよ」
「そういうのを、責任転嫁と言うんですわ」
開き直ろうとするイータと、そうはさせまいと追いすがるコハロニ。
そこへ、ドラゴンの長老が助け舟を出す。
『お話のところ失礼しますが、……拝聴したところによれば、そのケイ・ササクラという人間を神格化させたくないご様子。
なれば我等、そのお力になりましょうぞ』
イータとコハロニはまたもや顔を見合わせると、取り繕うように言う。
「そそそうですわよっ! わたくしたちドラゴンの力を神になろうなどと思い上がった人間風情に見せ付けてやりますわよ!」
「ででであるかよっ! そのための舞台であるかよ! ドラゴンの力でねじ伏せるかよ!」
――グゥルルルルルルル。
応えるように、ドラゴンたちが喉を低く鳴らす。
「ドラゴンに、栄光ですわよ!」「ドラゴンに、栄光かよ!」
『我等が神とともに、栄光を!』
……途中、予定外のハプニングを挟んだものの、なにはともあれ。
結果的に一つとなったドラゴンの意思が、厳かな雪景色の空気をビリビリと震わせたのだった。
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「ここだ。着いたぞ」
「……え? どこですか、ここ」
植物の生えていないゴツゴツとした山肌。それが延々と繰り返す山岳地帯。
肌を撫でる風が冷たいけど、雪が積もるほどの標高ではないみたいだ。
位置的には7合目辺りだろうか?
僕を筆頭に、ニィたちもきょろきょろと辺りを見回している。
「ここは、神世界だ」
「え!? これが!?」
僕は思わず声を上げた。
神世界といえば、白い空間でしょ?
「お前の言いたいことは分かるぞ、ササクラ・ケイ。だが、《空間創造》によって作られる世界は、自由に変えられるのだ。やろうと思えば、生命すら生み出せる」
「……さすが、神代魔法ですね」
リーガルさんの説明に、僕は溜め息をついた。
「あ、そういえば、他人の神世界には移動できないって思ってましたけど、そうでもないんですね」
「招待すれば、誰でも呼べる。それをしなければ、普通は無理だ。……お前でもない限りはな」
「……あれはたまたまですよ」
「どうだか」
僕は以前、ニィを救うべく、リーガルさんの神世界に侵入したことがあった。
そのときは、ニィの魔力を辿ったのだけど、それがなければ無理だったと思う。
「それで、ここで戦うんですか? リーガルさんの神世界から直接来ましたけど」
「そうだ。ここはヒュピの世界のようだが、ドラゴンと戦うにはなかなかにお誂え向きだろう」
僕は改めて山肌を見回す。
……まあ、見晴らしは悪くないし、溶岩が流れていないだけマシかもね。
「さて、わたしとササクラ・ケイ以外は、ロニーの世界に向かってもらう。既に観戦の用意は整っているはずだ」
「嫌。私はケーィの傍にいる」
リーガルさんの言葉を、ニィは視線を鋭くして拒絶した。
リーガルさんの眉間のしわが深くなる。
「巻き込まれたいのか? 命の保証はできないぞ?」
「ニィ、僕からもお願い。安全なところで見てて。じゃないと、気が散るかも」
僕もリーガルさんに加担すると、ニィがキッと睨んできた。
「……そんな目をしても駄目だからね?」
「……絶対に、無事に帰って来るって約束して」
ニィは目元を和らげると、不安そうな声で言う。
「うん。約束する。絶対に、無事に帰るよ」
「……ケーィ」
僕は心配性のニィに軽くキスをして、それから決然と背を向けた。
……長く見つめていると、未練が残りそうだからね。
「まあ、十中八九、大丈夫だろうがな」
ニィに向けて肩をすくめるリーガルさんの姿。
それでもしかめ面を維持しているあたり、リーガルさんらしいと思った。
ニィから、最後の声が掛かる。
「ケーィ、また後でね!」
「うん」
僕は後ろ向きのまま、返事をした。
すると、他の声も。
「ケイ! 頑張るさ!」
「うん」
「おい坊主! 嬢ちゃんを泣かせんなよ?」
「はい」
「ケイ、カッコいいところを期待してますよ?」
「はい」
「ケイ・ササクラ、死んでくれても構わねえよ?」
「はい。はい?」
「自分は見守ってるっす」
「……」
フマ、グレッグさん、アレックスさん、ケイニー、ヤック。
明らかに不要な声掛けがあったけど、……気にしないことにする。
後ろでニィがケイニーに低い声で注意し、それを契機に言い争いが始まっていたけど、ふと、魔力反応の消失とともにその声がやんだ。
多分、ロニーちゃんの神世界に招待されたんだろうね。
「静かになったな」
「そうですね」
「だが、また騒がしくなる」
「……われたちのことかよ?」
「あんまりな言い草じゃありませんこと?」
見計らったようなタイミングだった。
僕とリーガルさんの目の前に、それは現れた。
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