50話 佐々倉啓の神格化
****
「あっ、リーガルの兄貴!」
ケイニーは、不機嫌全開の仏頂面から一転、嬉しそうに明るい声を出すと、神世界から戻ってきたリーガルのもとへと走り寄る。
ヤックもほっとしてリーガルのもとに向かったが、その溜め息には暴走気味のケイニーが回復したことによる安堵も込められていた。
そんな2人の少年の様子に、リーガルはしかめ面を和らげて目を細める。
「心配をかけたな。ケイニー、ヤック」
「まったくだ! いなくなるなら一声かけてほしいぜ!」
「そうっすよ。自分たちの世界にはいつでも招待するっすから、一声かけるくらい簡単にできるっす」
ケイニーたちは、リーガルが自分の意思で魔脈を離れたと考えている。
どうやら佐々倉啓に封印された件を知らないらしいと、リーガルは思い至った。
それを知ればケイニーが黙っちゃいないだろう。リーガルは、隠しておけるものならそうしたいと思う。
だが、隠し通せるものでもない。佐々倉啓の神格化の理由を聞けば、リーガルを封印できる力を持っているからだと知れてしまうからだ。
リーガルは言葉を選びつつ、ことの次第を説明した。その際、全ての責任は自分の勘違いにあったことを強調して。
だが、ヤックはともかく、ケイニーはそれを曲解した。
「リーガルの兄貴。罪悪感があるのは分かる。だからって、ケイ・ササクラを擁護することはねえよ。兄貴を連れ去ったことは事実なんだ。くそっ、やっぱりあの野郎、さっき殺しておけばよかった」
「わたしが言いたいのは、ササクラ・ケイに罪はないということなのだ、ケイニー。彼を責めないでくれないか?」
「兄貴は優しいんだ。任せてくれ、俺が代わりにやってやるから」
リーガルはしかめ面のまま頭を押さえると、諭すようにゆっくりと言った。
「ケイニー。お前の思いはありがたく受け取ろう。だが、ササクラ・ケイに非はなく、彼を害せばそれは無法となる。いくら神に人間を殺してはならぬという法がないとはいえ、不当な報復はわたしとて看過できないぞ」
「……分かったよ。黙ってればいいんだろ?」
渋々といったていで頷くケイニー。
リーガルはそれを信用したのだが、ヤックは心中穏やかではいられなかった。
――さっきみたいに暴走してリーガル先輩に愛想を尽かされる、なんてならなければいいっすが……。
「……終わった?」
ヤックの危惧などどこ吹く風と、掠れた声がひょうひょうと言う。
「ああ。それではササクラ・ケイを迎えに行くとしようか。ケイニーとヤックはどうする? ササクラ・ケイの神格化をかけた勝負に立ち会うか?」
「……見ておこう」
思案顔でそう答えるケイニーに、ヤックは嫌な予感がする。
「自分も、ケイニー先輩に同じっす」
ケイニーが暴走したら、自分が止めてみせる。
そのような意思は欠片もなく、ヤックはただ心配して見守るだけ。
ケイニーが、神々を敵に回さないかと。
そして思う。
もしそうなったら、自分だけは最後までケイニーとともにあろうと。
ヤックのひそかな決意は誰にも知られることなく、2人の武神の同行が確定する。
「お前たちはどうする? 人が神格化するかもしれない貴重な場面だ。歴史の証人になりたければ来るといい」
これまでその存在すら忘れ去られたように蚊帳の外だったフマとアレックスとグレッグ。
3人は顔を見合わせる。
「オレは、ケイの仲間だからな、ついていくさ」
「……むぅ、ここで行かねば冒険者じゃねえな。そうだろ、アレックス」
「まあ、そうですね。それに、彼らとは全くの他人というわけでもありませんし、彼らの行く末を見届ける必要はあるでしょうね。色々と、信じがたい話ばかりですが」
「そうか。ならば、ついてくるがいい」
こうして、4人の神に加え、2人の人間と1人の妖精の同行が確定したのだった。
****
リーガルさんの神世界にやってきた7人を見て、僕は溜め息をついた。
「はぁ。いや、なんとなくそうなるんじゃないかとは思っていましたけどね。でも、誰か気がつかなかったんですか? ……ルエ……に、僕が直接会ったらどうなるかって」
画面の向こうで、リーガルさんとヤックが気まずそうに視線を逸らす。
フマたちは理解が追いついていない様子で、ケイニーは僕のことが気に入らないのかむすっとしている。
当のルエは、死んだような目でぽーっとしている。ちょっと、当の本人。
……あれ? そういえば、僕の【存在希薄】が効いてない? 《神の視点》で覗かれているときも無効化されていたみたいだったけど、映像の場合は無効化されるのかな? まあ、面倒がなくていいけど。
怖いもの見たさなのか、それとも素が美少女だからか、ルエに引き付けられる意識を無理やりはがしつつ、僕はリーガルさんたちに説明する。
「《空間投影》。
《神の視点》という魔法の、双方向バージョンといったところでしょうか。2つの地点の映像と音声を、相互に伝え合う空間魔法です。
ルエ対策で、こういう形を取らせてもらってます。構いませんよね?」
僕とニィは今、全てが黒い世界――僕の異世界へと来ている。
照明として、ニィの炎魔法による炎球が浮かんでいるけど、それとは別に、僕らの目の前にある画面から光が漏れている。
それは両腕を伸ばしたくらいのサイズで、リーガルさんの神世界の様子が映し出されている。
《空間投影》。
ルエが直接リーガルさんの神世界にやってくる可能性に気付いた僕は、大慌てで対策を考えた。
そのとき、僕らは落ち着きを取り戻しており、ニィの気持ちいい抱き心地を手放すのは心残りだったけど、また発狂寸前に陥るのはご免こうむる。
きょとんとする可愛いニィを放置して、僕は新しい魔法を考えた。
イメージは、虚像。
水面に浮かぶ自分の姿のように、あるようで、そこにはないもの。
それだけじゃ、情報をやり取りするための魔力運用で問題があったけど、その問題は世界に満ちる魔力を介するという手法によって解決する。
シア様から聞いた話では、《神の視点》や《交信》がそういう魔力運用をしているとのこと。
今回はそれを転用させてもらった。
映像を映し出す画面は、僕の魔力で担っているけど、その2つを結ぶのは、僕のものではない魔力だ。
ただし、空間が繋がっていないと情報のやり取りができないため、リーガルさんの神世界と僕の異空間はこっそりとゲートで接続している。
そうして開発された魔法《空間投影》。
双方向だけでなく、一方向も可能で、《神の視点》みたく覗き見も可能。
《神の視点》や《交信》の上位互換であり、急ごしらえではあったけど、かなりの自信作だ。
あ、フマが呆れた表情を浮かべた。戻ったら、非常識だとか言われそうだね。
ふと、腰に回されているニィの腕に、力がこもる。
「ん? あぁ、大丈夫だよ。ニィがいてくれるからね、ルエは怖くない」
「……ならよかった」
呟くニィの頭を愛でるように撫でて、僕は画面の向こうに意識を戻す。
「神格化の件ですか?」
「……そうだ」
代表して、リーガルさんが答える。
「これから向かおうと思うが、いいか?」
「はい、大丈夫です」
「では、早速だが移動しよう。
ルエ、悪いがササクラ・ケイとは別行動だ。自身の世界に戻っていてくれないか? 準備ができたら連絡する」
「……分かった。ロニー」
どういうわけか、ルエはロニーちゃんに呼びかけるようにして、次の瞬間に姿を消した。
《神の視点》でロニーちゃんが覗いていた? 他人の神世界は覗けないって聞いてたけど。
疑問をそのままに、僕とニィはリーガルさんたちと合流する。
その後、神格化の話を進めるために、僕らはロニーちゃんの神世界へと移動した。




