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49話 死の神ルエ(2)



 僕にすがり付いてうぐうぐと嗚咽を漏らすニィ。

 そんなニィの背中を僕は優しく撫でている。

 このまま無心に、ニィのぬくもりを感じていたい。

 しかし状況を把握しておかないとまずいので、頭と体を別行動させて、今のうちにリーガルさんの話をまとめておく。


 僕の神格化の件。

 ドラゴンに勝ったら認めてもらえるらしい。

 ……力試しなんだろうか? なぜにドラゴンなのか、それは知らない。


 僕のさっきの状態。

 ……あの、死にくるまれた感覚。体が腐ったような――生という実感を根こそぎ奪われたような絶大な虚無感。

 あれは、大鎌を持った裸足の白髪少女によるものらしい。

 いわく、生あるモノを死に導く力。特に、一度死んでいる僕には効果てきめんだったんじゃないかと。

 名は、死の神、ルエ。

 ……まんま死神じゃん。


 僕は苦笑しようとして、体の異変に気がついた。


 あ、やばい、震えが。

 ……なんで思い出しちゃうかなぁ、もう。


 僕は誤魔化すように、ニィを強く抱き締める。


「ひぐっ……ケ゛ーィ゛っ、ごわいの?」


 ニィの嗚咽交じりの言葉に、僕は抱き締める力を強くする。


「だっ、だいじょうぶだから……ね゛? わだじはっ……ぞばにいるがらっ」


 ……君のほうこそ大丈夫じゃないだろうに。


 ニィの温かみが心の奥までじんわりと伝わったせいか、体の芯から熱がほとばしって、目頭まで上ってきた。

 ニィに見られたら不安にさせると思い、ニィが泣き止んでも僕は抱擁を解かなかった。



 

 

 ****





「なに邪魔してくれちゃってんだよ。つーか、なんであんたがリーガルの兄貴を連れてきてんだ? ――死神のルエ様よぉ?」


 理性すらそぎ落とした無表情のケイニーと、目元にクマが見えそうなほどやる気のないルエ。

 2人はいまだガチャガチャと刃を合わせていた。


 ルエが、ほどよく掠れた声で言う。


「……神同士の戦いは、禁止されてる。……剣、引けば?」

「はぁ?」

「……剣、引けば?」

「俺の剣に当ててきたのはあんただろうがよ。そっちが引けよ」

「……敵意、おまえのほうにあるな?」

「んなもん関係あるかよ」

「……いいかげん早く引けよ。長老会として動いて欲しいのか?」

「……チッ」


 ルエの空ろな双眸が鋭さを帯びていくのを認めて、ケイニーは不愉快さを露わにしながらも、ルエの大鎌から大剣を引いた。


「……ケイニー先輩、大丈夫っすか?」 


 もう一人の少年、ヤックが険しい表情で尋ね、ケイニーが青髪をわしゃわしゃと掻きむしる。


「ああ、ああ、大丈夫だヤック。俺は落ち着いてる。今落ち着いた。さすがに、長老会に手を出そうとは思わねえよ。

 ……で? なぜ止めた、ルエ。あの人間を殺しちゃいけねえ掟でも作られたか?」


 仇敵でも見るように流し目で睨むケイニー。

 ルエは再びぼんやりと脱力すると、面倒臭そうに短く答える。


「……うん」

「はぁ?」

「うん?」


 違和感にルエは小首を傾げ、さすがに言葉が足りないと気付く。


「……あれ、神と同列にする、かも?」

「……はぁ? 神と同列ぅ? なに言ってやがる、ありゃあただの人間だぜ?」

「……力はある」

「俺に殺されかけた人間だぜ?」

「……今回は」

「いやいやいや、何回やっても同じだろうがよ」

「……やってみれば?」


 ルエはふと、天を仰いだ。

 白髪がさらりと揺れる。


「……ああ、見てんのか。長老会の面々だな?」 


 遅ればせながらケイニーも、《神の視点》で覗かれていることに気付いて顔を上げた。

 

 次の瞬間、《交信(コネクト)》によってケイニーの脳内に声が響く。


『お久しぶりですね、ケイニーさん。こちら、メロウです』

「ああ、あんたか。話が分かるやつで助かるよ。で、ケイ・ササクラの神格化はもう認められてんのか?」

『いえ、ドラゴンを倒せたら、になります』

「ドラゴン? 神格化の条件にしてはぬるすぎねえか?」

『提案者は、イータさんとコハロニさんです』

「……あの2人か。なるほど。それなら文句はねえよ」

『不服でしたら、ケイニーさんとの勝負も条件に加えることを検討しますが?』

「……いや、いい。ケイ・ササクラを殺すのも、興がそがれたしな」


 ちらりとルエを見るケイニー。


『そうですか。他に何かご意見は?』

「いや、ない」

『分かりました。ではまたいつか』


 そう言い残して、《交信(コネクト)》の音声がぷつりと途切れる。

 

 ケイニーは辺りを見回すと、ルエを睨んだ。


「おい、ルエ。リーガルの兄貴はいつ戻ってくる?」

「……さあ?」


 ケイニーは不快に顔を歪めるも、沈黙を選択。


 リーガルが佐々倉啓たちへの説明を終えて帰って来るまでの間、草原をさらさらと流れる風の音だけが聞こえていた。



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