49話 死の神ルエ(2)
僕にすがり付いてうぐうぐと嗚咽を漏らすニィ。
そんなニィの背中を僕は優しく撫でている。
このまま無心に、ニィのぬくもりを感じていたい。
しかし状況を把握しておかないとまずいので、頭と体を別行動させて、今のうちにリーガルさんの話をまとめておく。
僕の神格化の件。
ドラゴンに勝ったら認めてもらえるらしい。
……力試しなんだろうか? なぜにドラゴンなのか、それは知らない。
僕のさっきの状態。
……あの、死にくるまれた感覚。体が腐ったような――生という実感を根こそぎ奪われたような絶大な虚無感。
あれは、大鎌を持った裸足の白髪少女によるものらしい。
いわく、生あるモノを死に導く力。特に、一度死んでいる僕には効果てきめんだったんじゃないかと。
名は、死の神、ルエ。
……まんま死神じゃん。
僕は苦笑しようとして、体の異変に気がついた。
あ、やばい、震えが。
……なんで思い出しちゃうかなぁ、もう。
僕は誤魔化すように、ニィを強く抱き締める。
「ひぐっ……ケ゛ーィ゛っ、ごわいの?」
ニィの嗚咽交じりの言葉に、僕は抱き締める力を強くする。
「だっ、だいじょうぶだから……ね゛? わだじはっ……ぞばにいるがらっ」
……君のほうこそ大丈夫じゃないだろうに。
ニィの温かみが心の奥までじんわりと伝わったせいか、体の芯から熱がほとばしって、目頭まで上ってきた。
ニィに見られたら不安にさせると思い、ニィが泣き止んでも僕は抱擁を解かなかった。
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「なに邪魔してくれちゃってんだよ。つーか、なんであんたがリーガルの兄貴を連れてきてんだ? ――死神のルエ様よぉ?」
理性すらそぎ落とした無表情のケイニーと、目元にクマが見えそうなほどやる気のないルエ。
2人はいまだガチャガチャと刃を合わせていた。
ルエが、ほどよく掠れた声で言う。
「……神同士の戦いは、禁止されてる。……剣、引けば?」
「はぁ?」
「……剣、引けば?」
「俺の剣に当ててきたのはあんただろうがよ。そっちが引けよ」
「……敵意、おまえのほうにあるな?」
「んなもん関係あるかよ」
「……いいかげん早く引けよ。長老会として動いて欲しいのか?」
「……チッ」
ルエの空ろな双眸が鋭さを帯びていくのを認めて、ケイニーは不愉快さを露わにしながらも、ルエの大鎌から大剣を引いた。
「……ケイニー先輩、大丈夫っすか?」
もう一人の少年、ヤックが険しい表情で尋ね、ケイニーが青髪をわしゃわしゃと掻きむしる。
「ああ、ああ、大丈夫だヤック。俺は落ち着いてる。今落ち着いた。さすがに、長老会に手を出そうとは思わねえよ。
……で? なぜ止めた、ルエ。あの人間を殺しちゃいけねえ掟でも作られたか?」
仇敵でも見るように流し目で睨むケイニー。
ルエは再びぼんやりと脱力すると、面倒臭そうに短く答える。
「……うん」
「はぁ?」
「うん?」
違和感にルエは小首を傾げ、さすがに言葉が足りないと気付く。
「……あれ、神と同列にする、かも?」
「……はぁ? 神と同列ぅ? なに言ってやがる、ありゃあただの人間だぜ?」
「……力はある」
「俺に殺されかけた人間だぜ?」
「……今回は」
「いやいやいや、何回やっても同じだろうがよ」
「……やってみれば?」
ルエはふと、天を仰いだ。
白髪がさらりと揺れる。
「……ああ、見てんのか。長老会の面々だな?」
遅ればせながらケイニーも、《神の視点》で覗かれていることに気付いて顔を上げた。
次の瞬間、《交信》によってケイニーの脳内に声が響く。
『お久しぶりですね、ケイニーさん。こちら、メロウです』
「ああ、あんたか。話が分かるやつで助かるよ。で、ケイ・ササクラの神格化はもう認められてんのか?」
『いえ、ドラゴンを倒せたら、になります』
「ドラゴン? 神格化の条件にしてはぬるすぎねえか?」
『提案者は、イータさんとコハロニさんです』
「……あの2人か。なるほど。それなら文句はねえよ」
『不服でしたら、ケイニーさんとの勝負も条件に加えることを検討しますが?』
「……いや、いい。ケイ・ササクラを殺すのも、興がそがれたしな」
ちらりとルエを見るケイニー。
『そうですか。他に何かご意見は?』
「いや、ない」
『分かりました。ではまたいつか』
そう言い残して、《交信》の音声がぷつりと途切れる。
ケイニーは辺りを見回すと、ルエを睨んだ。
「おい、ルエ。リーガルの兄貴はいつ戻ってくる?」
「……さあ?」
ケイニーは不快に顔を歪めるも、沈黙を選択。
リーガルが佐々倉啓たちへの説明を終えて帰って来るまでの間、草原をさらさらと流れる風の音だけが聞こえていた。




