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5話 フマとの勝負

2014/10/05 タイトルを変更しました。



 妖精と僕は、勝負の場所へと向かっている。


 僕は妖精の後をついていく。

 妖精は羽ばたいているのではなく、浮遊している。

 背中の七色の羽は動いていない。だからといって飾りというわけでもないらしく、魔力の高まりを感じる。

 羽を媒体として、浮遊の魔法が発動しているのだろう。


 妖精と僕は村の入り口から外に出て、村を囲う石壁(石でできている柵)に沿い、入り口の反対側へと回りこんでいく。


 村の周りは草原地帯だ。森を切り開いたのかもしれない。

 膝下の雑草が生えているのみで、視界は良好。

 50メートルほどの空き地を見つけ、僕らはその中心地に到着する。


「オレは手加減してやるから心配するな。オマエは本気で来い。いいな?」

「え……う、うん」


 困った。僕の攻撃手段は《空間転送》しかないわけで、相手の肉体を奪い去ることしかできない。

 狙いどころが悪ければ即死、手加減しようにも、どこを狙っても重傷になりそうだ。


「おい、オマエ。本当に分かったのか?」

「えっと……頑張ります」

「そうだ、頑張ってかかってこい」


 うん、頑張って妥協点を探そう。


 妖精は可愛い顔をキッと引き締めて、僕から二十メートルほど距離を取る。

 おそらく魔法戦になるだろう。

 妖精は臨戦態勢に入る。

 妖精は体外に漏れていた魔力(僕の五倍の魔力量)をもっとあふれ出させて……いやいやいや噴出量がおかしいって。今まで体をふんわりと覆う程度だったのがブワワっと膨れ上がり、腕の長さほどの厚みになり、さらに膨れ、大男でも手が届かないほどの厚みになり、それでも噴出は留まらず、ついには半径2メートルの球体状にまで成長してしまった。

 妖精の体が30センチだから、魔力を纏っているというより魔力に飲み込まれているように見える。

 その魔力量……いやもう多過ぎて正確なところが分からないけど、これ100倍とかいってるんじゃないかな?

 この世界の妖精って皆こうなの? 怖いよ!


 妖精は、纏った――というより取り込まれたようにしか見えない――分厚い魔力層を、今度はぐぐぐっと圧縮し、半径1メートルにまで縮めた。

 100倍の魔力量を半分に圧縮したわけだから、魔力強度は200倍といってもいい。

 さながら魔力の保護膜の様相を呈している。


 僕は対フェンリルヴォルフ戦を思い出す。

 僕の魔力をフェンリルヴォルフに飛ばしたとき、最初はフェンリルヴォルフの体表魔力に弾かれた。

 ということは、魔力保護膜は相手の魔力の侵入を防ぐ効果があるということ。

 おそらく体内に侵入して発動する魔法のたぐいを警戒しているのだろう。

 魔法戦においては、魔力保護膜を作るのは常識かもしれない。


「なるほど……そういう使い方ね」


 僕は感心し、真似をする。

 妖精みたく、僕も魔力保護膜を作ってみる。

 まず、体内の魔力をいくばくか体外へと放出し、体表を覆う。

 残念ながら僕の魔力量は多くないので、体表に流れ出した魔力の厚さは20センチほどしかない。あんまり出しすぎると魔力切れになる。

 さて、今度はその魔力の層を、圧縮していく。

 ぐいぐい圧縮していく。

 ぎゅうぎゅう圧縮していく。

 初めは20センチだった層が、10センチになり、5センチになり、1センチになり……おお、まだまだいけるね、5ミリ、1ミリ、0.5ミリ、0.1ミリ、0.05ミリ、0.01ミリ。

 ここらへんが限度かな。これ以上はさすがに疲れてしまう。

 それにしても0.01ミリの魔力障壁か。密度は呆れるくらいの超高度だけど、あまりに薄すぎてほとんど感じ取れないね。もっと薄くしたら感知できなくなるかもしれない。


「まあ、こんなもんかな」


 僕はとりあえず満足して、妖精のほうへと顔を向ける。

 妖精はぽかんとしていた。


「ん? おーい、どうかした?」


 呼びかけると、妖精は我に返ったのか小さい頭をぶんぶんと振る。


「あり得ない、あり得ない、あり得ない! オマエ、今何した!? 答えろ! オマエ今何をした!?」

「ちょっと、そんなに怒らなくても……」

「怒ってない! いいから答えろ!」

「そうは言ってもねぇ。単純に魔力を圧縮しただけだけど」


 僕は正直に答えたのだけど、妖精はお気に召さなかったのか、癇癪を起こしたように喚き出した。


「ふざけんなっ、ふざけんなっ、ふざけんな! 魔力を圧縮しただけでそんなことできるか! そりゃあオマエくらいの魔力量なら圧縮はしやすいかもしれないさ! それでもっ、できて5倍! 才能があっても10倍さ! オマエ、今何倍に圧縮した!? いやっ、どんな魔法を使った!? いやっ、それよりも! オマエの魔力障壁はどこへいった!? 途中で消えただろ!? どうなったか教えろ!」

「え……僕の魔力障壁、目の前にあるけど」

「嘘言うな! 妖精の魔力感知を舐めんな! オレに見えないわけがない! 見えないってことはないってことさ!」

「うーん、信じられないなら魔力をぶつけてみたら? あるならぶつかる、ないならぶつからないで、分かるんじゃない?」


 僕が提案すると、妖精は即座に行動に移す。

 妖精がひとかたまりの魔力を飛ばし、僕の魔力障壁に当たってあっさりと弾かれた。


「…………」


 妖精はしばらく硬直し、それから発散するように無茶苦茶に両手を振り回した後、僕を指差して言う。


「だっ、だからなにさ! 魔力障壁が固くなったって、オマエの魔力が少ないのは変わらないんだ! そんなんじゃ大した魔法も使えないだろ!」

「まあ、そうだね。大量に魔力を使う魔法は使えないね」

「そうさそうさ! お前の魔法は強くならない! だからオマエは弱いはずなんだ! フェンリルヴォルフを倒せやしないんだ! さあっ、先手を譲ってやる! オマエから攻撃してみろ!」


 うーん、負けず嫌いなのだろうか。どうしても僕のことを認めたくないらしい。

 まあ、いいか。先手を譲ってくれるそうだしお言葉に甘えよう。


「じゃあ、いくよ」


 僕はそう宣言して、勝負を開始する。

 

 僕がこれから使う魔法は《空間転移》。

 さすがに《空間移送》だと、妖精に大怪我を負わせかねない。

 だから《空間転移》で背後に回りこみ、妖精の小さな体を捕まえてあげれば、負けを認めてくれないかという期待がある。

 それでも認めてくれなかったら、捕まえた体をくすぐってあげよう。

 うん、平和的だね。

 

 僕はそこまで考えて、転移先となる魔力を妖精に向かって飛ばす。

 しかし妖精の分厚い魔力障壁に阻まれて、ボフンと霧散してしまった。


「そんなちっぽけな魔力じゃオレには届かないぜ!」


 妖精は僕に向かって片腕を伸ばし、唱える。

 ちょ、反撃早くないですか!?


「避けろよ! 《風槍(ウィード・スピラーナ)》」


 瞬間、妖精の魔力障壁から何かが射出された。


 見えない。が、空気が揺らいでいる。透明な何かが僕へと飛来する。


「うわっと!」


 頭部に襲いかかってきたそれを、僕はしゃがむことでなんとか回避。

 僕はこの場に留まることに危険を感じ、慌てて魔力のかたまりを四つ、妖精を中心とする円上に配置する。


「おいおい、危なっかしいな。まさかの素人か? しょうがない、殺傷能力のないやつに変えてやんよ。だが数は増やすぜ? 頑張って避けな! 《風弾(ウィード・バレータ)――×4クルルルクス・フォール》」

「《転移する空間 座標の選択 己の身を移せ 空間転移!》」


 僕が早口で呪文を唱え終わるのと、妖精の魔力障壁から四つの透明な揺らめきが射出されるのは同時だった。

 風弾(ウィード・バレータ)が届く寸前に僕は転移を発動させ、妖精の攻撃を逃れられる場所――妖精の後方10メートル地点へと出現する。


「へえ! それがオマエの魔法か! だが呪文が長い! 呪文短縮ぐらいしておくんだったな!」

「呪文短縮? ……ああ、そういうこと」


 僕はイメージを崩さずに唱える。


「――《空間転移》」


 その瞬間、僕は妖精の右方10メートル地点へと転移に成功する。


「お、できたできた」

「……はあ!? オマエっ……騙したな!?」

「え? 何を……いや、僕は本当に呪文短縮を知らなかったよ?」

「嘘言え! そんなすぐにできるようになるか! もういい! オマエのような詐欺師には手加減無用さ! 《風剣(ウィード・スオーダ)――×20クルルルクス・ツァイ・トエーネ!》」


 僕は殺気を感じ、大急ぎで魔力のかたまりを広場にばらまく。


 妖精の魔力障壁から、無数の横長い何か――まるでカマイタチのようなそれ――が、360°全方位に向けて発射された。 


「ちょっ、多いよ! 《空間転移!》」


 僕は咄嗟に安全圏を求め……妖精の頭上20メートル地点に転移。


 妖精の攻撃範囲の広さに僕は焦りを覚えた。これ以上長引かせるのは危険だ。次で決める!


「……《転移》、《転移》、《転移》、《転移》、《転移》、《転移》、《転移》、《転移》」


 呪文短縮をさらに施した呪文(トリガー)を唱え、僕は連続で転移を行う。

 予め四方八方にばらまいていた魔力を辿り、パッパッパッパッと妖精の周囲を高速で移動。

 妖精が僕の動きについてこれていないことを確認しつつ、僕は右手に魔力を300倍に圧縮し、芥子粒サイズになったそれを妖精の足元に向けて発射した。


「――《転移》」


 妖精の分厚い魔力障壁を通過した芥子粒は、妖精の足元に到達した瞬間に僕の出現を誘導。

 息つく間もなく僕は妖精目掛けて飛びかかり、妖精の矮躯を両手で捕らえる。


「え」


 僕の両手がすり抜けた。

 触れたところが霧状に変化している。


「ビっ、ビックリしたなーもう! さ、最初から本気でこいって言ったのに。でも残念だったな。魔力化したオレには触れられないぜ? オマエ、なかなかいい線いってたけどな。だがオレには届かないさ! 手加減してやっても届かないってことは、オマエの負けだな!」


 悪戯が成功したようにニタニタと可愛い顔を歪める妖精。僕は『魔力化』というワードに反応し、自分の魔力障壁で妖精を包み込む。


「え? ちょっと? なにしてんのさ……あっ、待て待て待て!」

「お、捕まえた」


 僕はじたばたもがく妖精の腹を、がっしりと両手でホールドする。

 妖精は暴れる、暴れる。まるでビチビチと跳ねる魚のようだ。


「おいっ、離せ離せ! なんだよオマエ! いったい何したんだよ!」

「え? 僕の魔力障壁で包んだだけだけど?」

「そんなもんどこにあるさ! ずるいぞ! 隠すな見せろ!」

「見せろって言われてもねぇ」


 まあ確かに、この薄さはずるいかもしれないけどね。


「ううっ、離せ離せ! オレに触れるな! オマエなんか、風槍(ウィード・スピラーナ)で串刺しにしてやる! 風剣(ウィード・スオーダ)で八つ裂きにしてやる!」

「うーん、どうも口が悪いみたいだね。しょうがない。僕もちょっと攻撃しよう」


 そう言いながら僕は、妖精の腹を掴んでいる両手を、うにうにとうごめかせ始める。


「うぐっ、あうっ、ちょっと! 気持ち悪い! 気持ち悪いから! その動きやめろ!」


 妖精の顔を見ると、船酔いしたように青くなっていた。くすぐったいのではなく、本当に気持ち悪いのだろう。

 さすがに可哀相かと、僕はうにうにするのをやめて、両方の人差し指を妖精の脇の下へと持っていく。


「うひっ!? ちょっ、ひひひひ!? やめっ、っ、あははははははは!」


 くすぐりはうまく効いているようだ。


「うひっ、ひゃひゃひゃひゃ! やっ、はははははは!」

「どう? 負けを認める? 負けを認めるなら今すぐくすぐるのをやめよう。でも認めないなら、ずっと続けるよ?」

「だっ、誰が! ひひひひ!? あひゃひゃひゃひゃ!? オマエっ、なははははは! なんかをっ、ふひひひひひ!?」

「うーん、強情だねー。とりあえず30秒ほどくすぐろっか」

「さっ、30!? ふひゃひゃひゃひゃひゃ!? や、やめっ、はははははは! むっ、無理! あはははははは!」

「いーち、にーい、さーん、しーい……」


 それから僕は30秒、無心になってくすぐり続けた。


「やめっ、ひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! おねっ、お願い! ひはははははははは!」

「じゅういち、じゅうにー、じゅうさーん、じゅうしー……」

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! ちょっ、あははははははははははははは! 息っ、ひひひひひひひひひひひひ!」

「じゅうはち、じゅうきゅー、にーじゅう、にじゅういち……」

「あははははははははははははははは! っ、けほっ、アひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「にじゅうろく、にじゅうしち、にじゅうはち、にじゅうきゅー……」

「アひひひひひひひひひフフフひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「さんじゅう」

「っ! ――すぅぅぅぅぅっ、けほっけほっ、すぅぅぅぅぅぅっ」


 時間になって妖精を見てみると、緑色の髪がはりついた顔を真っ赤にして、一生懸命呼吸をしていた。

 もとがおっとりした顔立ちのため、精一杯なその姿はなかなか可愛い。嗜虐欲が……おっと、いけないいけない。妖精が可哀相だ。


「さて、これで負けを認めてくれる?」

「……オマエ、酷い」

「うん?」

「じゃ、じゃなくて、認めるぜ。オレの負けさ」

「そう。良かった」


 僕が開放すると、妖精は魔力障壁を解き、魔力を体内へと戻していった。


「はぁー、酷い目にあった」


 妖精は恨めしそうに僕を睨んで、心底嫌そうに言う。


「釈然としないが、オマエがフェンリルヴォルフを倒したのを認めるぜ。魔力の低いオマエ程度が……いや、オレは負けたんだ、オマエならやれるのかもしれないさ」


 感情面では認めていないのが伝わってくる。まあ、それも仕方がないのかなとは思う。

 僕は戦いの常識をしらない素人も同然だし、妖精みたいに派手な風魔法が使えるわけでも、膨大な魔力を有しているわけでもないのだから。

 とりあえず、これで一件落着かな。僕のほうは戦闘経験が積めて、魔力障壁を覚えて、呪文短縮に成功して、大収穫だね!

 あとは戦闘中に疑問に思ったことを妖精に尋ねて、それで終わりかな。


「ねぇ、ちょっと聞きたいことが――」

「オマエ、オレを仲間にしろ」

「……?」

「オマエの強さに興味が湧いた。オマエの底を確認するまで、オレを仲間にしろ」


 妖精は額にはりついた髪をうりうりと揃えながら、僕に命令してくる。

 唐突だ……。なぜ仲間に? いや、僕の能力に興味を持つのは普通のことで、そこから仲間になるという発想になるのは当たり前か? 

 だとしても飛躍しすぎやないですかね?


「……うーん、どうしようか」

「オレは物知りだぜ? オマエの役に立つと思うがな」

「……ほう」


 僕には常識が欠けている。この世界のことをほとんど知らない。

 その点、この妖精にいろいろと尋ねるのは有意義だと言える。傍に置いておくのは悪くない。

 特にデメリットもなさそうだ。


「よし、分かった。仲間になろう」

「オマエ話が分かるやつだな。物分りがいい奴は好きだぜ? オレはフマ。風の妖精さ。オマエは?」

「僕はケイ。えーと、冒険者で魔法使いかな。よろしく」


 僕と妖精――フマは、握手を交わす。

 ただし妖精の手は爪ほどの大きさしかないので、僕は人差し指で応じた。

 フマはしたり顔で微笑んだ後、僕の頭の上に飛んできて、どういうわけかそこに居座った。


「なんでそこ……まあいいや。フマ、早速聞きたいことがあるんだけど」

「ん? なにさ?」


 フマは僕の頭の上でうつ伏せになっているらしい。頭上から声が降ってくるのは変な感じだ。妖精の習性かね?


「仲間って、具体的にどういう感じ? 一緒に旅する仲間ってことでいいんだよね?」

「オマエ、ずっとソロだったのか?」

「うん? んー……」


 言い訳しておこう。


「実は記憶喪失でね。つい先日からしか記憶がないんだ。それまでソロだったのか、仲間がいたのか、よく分からない」

「へえ? 記憶喪失とはまた珍しい。ん? てことはケイ、もしかして戦闘技術も忘れてんのか?」


 戦闘技術というのは、魔力障壁だったり呪文短縮だったりのことだろう。


「そ、そうだね。だからさっきも騙したんじゃなくて、忘れてたんだ。他にも常識とかを忘れてるから、誰でも知っているようなことを聞いてもいいかな?」

「それならしょうがないさ。いいさ、教えてやる。その代わりケイのことも後々教えろよ? もちろん信用できてからでいいけどな」


 フマは僕に興味津々のようだ。より正確には、僕の戦闘能力――魔力の扱いや魔法の種類か。

 そこら辺の情報に関しては、アプトやギフトの存在は当たり前だとして、問題はそのレベルだろうね。Exですとは言いづらい。というか隠しておくべきだと思う。

 まあフマは常識人のようだし、言葉遣いはぞんざいだけど、悪い性格ではなさそうだ。お互いに信頼関係が成り立ってから明かすかどうか考えればいいだろう。


「それで仲間についてだけど、基本的には一緒に旅するってことでいいの?」

「一緒に旅するし、一緒に行動するし、宿も一緒でいいだろ。オレは妖精だからな、邪魔にはならないぜ。時には別行動もするし、まあなんだ、そのときそのときで決めればいいだろ」

「それもそうだね。お金は折半?」

「自分のことは自分で払えばいいさ」

「それもそうか。そういえば、フマはお金はどうしてる? 見たところ硬貨を持てるとは思えないけど」

「ギルドカードに入金してる。硬貨はあまり使わないな」

「え? 食事とか、どうすんの?」

「は? 食事? ……ああ、そういうところも教えなきゃいけないのか。妖精は魔力を吸収すれば生きていける。食物を取る必要はないのさ」

「あ、そうなんだ」

「妖精は魔力の体を実体化させてるんだ。さっきオレに触れられなかっただろ? あれは実体化させていた体を、魔力に戻したからだな」

「なるほどね。ところで、勝負の最中気になったんだけど、フマの魔力量って実際のところ常人の何倍なのよ?」

「おいおい、ケイちゃんよ、仲間になったばかりの奴に、そう易々と手の内を明かすわけにはいかねえぜ?」

「ケイちゃん……。ま、まあ、確かにそうか。じゃあ、フマの魔力量が途中で変わったように見えたのはどうして?」


 勝負前のフマは僕の5倍の魔力量があるように感じたのに、勝負中の魔力障壁では100倍に感じた。

 どういうカラクリなんだろう?


「あー、魔力量は、魔力の体積と密度のかけ算なんだ」

「体積と密度のかけ算?」

「例えばさ、密度の薄い魔力が少量しかなかったら、魔力量はほとんど感じ取れない。逆に、濃い魔力が大量にあったら、当然魔力量は膨大に感じられる」

「ふむふむ」

「普段のオレは、体からあふれる魔力量を抑えている。漏れ出る魔力の密度をぐっと低くして、少量しか流れ出ないように調整している。下手に垂れ流すと、魔力量の少ない生物に圧力がかかるからな。魔力量の多い奴は皆そうしてる」

「なるほどね。体内からあふれる魔力量を変えたってことね。普段は抑え目で、戦闘のときは放出すると」

「そうさ。で、魔力量の話にどうしてわざわざ体積と密度の話をしたかってことなんだけどな。ケイ、オマエ魔力密度を自在に変えられるだろ?」

「えっと、そうだね。密度を上げるのも下げるのも自由自在だね」


 おそらく【魔力操作:Ex】の効果だろうけど。

 フマは続ける。


「本当は密度ってそこまで自在に変えられるものじゃないんだ。才能ある奴でせいぜい10倍。特に、魔力量の多い奴は魔力の密度がもともと高いから、薄めるならともかく、圧縮するのはなおさら難しくなる。だから相手の強さを判断するなら、魔力量を参考にするってわけさ。ケイの場合魔力量が低いから、ぶっちゃけ雑魚にしか見えない」

「……」

「ははは、落ち込むな落ち込むな。ケイの強さが変則的ってだけさ。ケイが勝てない相手はオレが戦ってやるから安心しろ!」


 頭をぺちぺちと叩かれる。頼りになるような、ならないような。


「そういえば、妖精ってみんな膨大な魔力を持ってんの?」

「オマエの100倍くらいはあるぜ?」


 や、やはりこの世界の妖精は恐ろしい。あるいは人間が弱すぎるのか。


「ちなみにケイの魔力量は、人間の中でも弱小の部類だからな」


 弱いのは僕だけだった!?


「あとオレは特別だから、そこらの妖精よりも強いぜ? この世界でオレより強いのはごく一部さ」


 な、なんという自信。そんなこと言ってると、フマより強い奴が現れそうで怖い。


「……そういうことなら、戦闘はフマに任せればいいのかな?」

「いやいや、戦闘経験という意味では、オレよりケイがやるべきさ」

「僕、A級のフェンリルヴォルフを倒したけど」

「相性の問題だろ? それにフェンリルヴォルフはA級の中でも弱いほうさ。ケイはまだ危なっかしいからな、魔物の相手はケイがやって、オレがそのサポート。で、ケイの戦闘経験を稼ぐのがベストだろ」


 確かに、魔法や能力に慣れるという意味でも、戦闘経験を僕が積むのは望ましいか。


「分かった。基本は僕が戦おう」

「それがいいさ。ただしケイには荷が重いと判断したら、オレがやるから意地張らずに交替しろよ?」

「分かった、分かった」


 僕は軽い気持ちで同意した。もしもフマには勝てない相手が現れたら? そんなことなど考えずに。


「とりあえずオレに聞くことは済んだか?」

「そうだね、とりあえずは」

「それじゃあ、次はオレだな。数時間前にこの村の近くの森で、あり得ないほどの魔力を感じたんだが――」


 ……僕は戦慄した。

 そのとき、途方もない魔力の権化が、猛スピードで近づいてくるのを感じたのだ。

 そいつは、魔力をまるで抑えもせず、僕たちの近くを通り過ぎるルートを取っていたが、僕たちの存在に気付いたように方向を変えた。


「――ケイも、数時間前は森にいたんだよな? だったら何か痕跡を……」


 フマもそいつの魔力に気付いたのか、言葉を飲み込む。


 次の瞬間。


「っ!? 《極大()――風魔砦ウィード・ウェル・フォルトーラ!》」


 フマが魔力全開の魔力障壁を纏い、桁違いな大魔法を発動させた。

 僕たちを取り囲むようにして、風の大壁が出現する。

 それは数十メートルの厚さを誇り、中では大気が高度に圧縮されているのか、運悪く外縁に触れた木々が、メキメキと引きちぎられて外側へと吹っ飛んだ。


「逃げろケイ! こいつはやばいっ! オレと同格かそれ以上だ!」


 フマは切羽詰った声で叫ぶ。

 

 僕は膝をついたまま、動けなかった。

 

 フマは僕の頭上から飛び立ち、僕を相手から守るような位置で滞空している。

 その相手と、フマの、両者の法外な魔力量による威圧。

 直接触れているわけでもないのに、その余波でずしりと体が重くなる。


 さっきの勝負でフマの言っていた「手加減」というものがよく理解できた。

 あれは、全然本気じゃなかった。

 今のフマの魔力量なんて僕の基準じゃ測ることもできない。

 フマの発動した魔法の規模も、密度も、僕の魔法が無に感じられるほど強大だ。


 そしてとんでもないことに、そのフマをして全力で当たらねばならない強敵。

 こっちに来る際に垂れ流されていた魔力量も、僕の基準じゃ測れない。

 そいつはまだ魔法を発動していないものの、魔法が発動されればここの一帯はどうなってしまうのか。

 フマと、そいつ、両者の魔法戦いが始まってしまえば、誇張なしに地形が変わるんじゃないかと思える。


 僕は地に這いつくばった状態で、相手の哄笑を聞く。


「カッハハハハハハ! こりゃあ傑作だなぁオイ。いかにもな羽虫がいやがるじゃねエか!」

「オマエっ、まさか高位四家の魔人か!?」


 僕は相手のほうへと視線を向ける。

 森から姿を現したそいつは、170センチほどの痩身に、肩口までの灰色の髪。

 二十代であろう顔には猛禽を思わせる切れ長の目。

 そこには獲物を前にした獰猛な表情を浮かべている。

 着込んだ礼服が、かろうじて鎖を繋がれた狂獣を思わせた。

 

 そいつは名乗った。


「アタリだ。俺はストムノーブル家が当主、キーグリッド・ストムノーブル。っと、義務で名乗りはしたがよぉ、ベツに覚えなくていいゼぇ。生きて帰れるとは限らねぇからなア!」


 相手の名前を知り、フマは悪態をつく。

 分が悪い相手なのだろう。

 そのうえ好戦的ときている。

 戦いは避けて通れそうにない。


「さァて、知ってることを吐いてもらオウかぁあ!」


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