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48話 死の神ルエ



 僕の首元に、ケイニーの大剣が吸い込まれていく。


 ゲートの覆いが切られたことによる驚きで、僕は頭を真っ白にしてしまい、スローモーションの世界で大剣が首元に吸い込まれる様子を目で追うことしかできなかった。

 

 ニィが僕の名を叫んでいる。

 ごめんね、ニィ。……助かりそうにないや。


 ケイニーの顔が見える。

 ……僕を殺せば、その苛立ちはニィに向かないでくれるんだろうか。


 ほんの一瞬の間に、思考の欠片が脳裏に浮かぶ。


 そしてついに、僕の首に死神の鎌が接触した。

 転生前に体験した死の感触が、身体に蘇る。


 ……死神の鎌。

 そうだ、これは鎌だ。


 ――比喩ではなく。


 キンッ!


 僕の首元にあてがわれた鎌が……ケイニーの大剣を受け止めた。


 瞬間、ニィの神速のタックルが、僕の腹部に命中する。

 

 ボギボギボギ。

 グチャグチャグチャ。


 身体強化の魔法を使っていない生身の僕は、15メートルをニィと一緒にダイブ。

 結果、腹の中が考えたくない状態に陥る。


「あっ、ご、ごめん! 《治癒(ヒール)――4(フォール)》」


 腹部を満たす血のぬくもりではなく、心地よい温かさが身体を覆うと、生きている感覚が戻ってきた。

 まさか連続して臨死体験をするとは思わなかったね。


 と、そんなことより、さっきは何が起きた?

 巨大な鎌が、あのケイニーの大剣を微動だにせず受け止めていたけど。

 

 僕は今度こそ油断することなく10倍の《加速空間》を発動させ、身体に連結。

 そしてマーカーを異空間の中に設置し、ニィと一緒にいつでも転移できる状態にしておいた。


 ケイニーのほうに顔を向ける。

 ……そこには、信じられない光景があった。


 一つは、リーガルがその場にいること。

 相変わらずの仏頂面で、ケイニーに視線を向けている。


 そしてもう一つは、ケイニーの大剣を受け止めた鎌が、2メートルほどもある大鎌だったこと、だけじゃない。

 その持ち主が、13歳くらいの、ボロ服を纏っただけで素足を晒した、白髪の美少女であること。

 その低身長の2倍はありそうな大鎌を操れている不思議さ、ケイニーの大剣にびくともしていない不自然さ、裸足にならざるをえないほどの貧乏にしては汚れていない柔肌と、手入れをされているかのような綺麗な白髪、戦闘に入っているというのに徹夜明けのような生気のない目元。


 違和感だらけのその少女を視界に入れて、僕は……。


 ゾッとした。


 違う。

 もっと、もっと、魂から底冷えしたような、戦慄。


 怖かった。

 恐ろしかった。


 ニィが僕の手を握っているけど、それがなかったら、僕は発狂していたかもしれない。

 今だって、僕は。


「ケーィ! やめて! 引っ掻かないで! 骨が見えてるから! 《治癒(ヒール)――4(フォール)》!」


 僕は自分の手の甲で、自傷した。

 そうやって痛みを感じていないと、自分が死んでいるような気がして、たまらなく恐ろしかった。


 ニィが僕の両腕ごと、抱き締める。

 それでも、ガチガチと震える体は静まらない。


「ケーィ! どうしたの!? 落ち着いて! 私はここにいるから!」


 駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ。

 ニィのぬくもりが足りない。

 表面だけで、身体の芯まで伝わってこない。

 もっと、もっと。

 ……僕の腹の中にニィの手が届けば、飢餓感が満たされるかもしれない。

 僕は自分の身体を貫くように、《転送》を発動させる。 

 ナカが、すぅすぅとした。


「ケーィッ!? 《治癒(ヒール)――4(フォール)》!」


 穴が、塞がる。

 駄目だ、もう一度。


「ねぇ、どうしたのっ!? 《治癒(ヒール)――4(フォール)》。お願い、もうやめてッ! 《治癒(ヒール)――4(フォール)》。ねぇ、ケーィッ……。《治癒(ヒール)――4(フォール)》。ケーィってばッ! 《治癒(ヒール)――4(フォール)》」


 ニィのすすり泣く声が聞こえる。

 僕は……僕は、死んでいく。


 ふと、掠れた声が降ってきた。


「おまえ、そういえば一度、死んでるんだっけ?」


 体の奥底にまで侵入するような、致命的な音。


「ケーィに何をしたのッ!?」

「……別に、何も」

「嘘ッ!」

「……わたしとは、相性が悪い。どっか行けば?」

「ケーィ! 転移して! 異空間にッ!」


 ニィが何か言っているけど、聞き取れない。

 水の中にいるように、ぼやけて聞こえる。

 意識も、だんだんと暗くなっていく。


「リーガルッ!」

「……まったく、このわたしに邪法を使わせるとは。《空間創造》」


 途端、死の感覚が体内から抜き去られ、体中に生気が戻ってくる。

 見れば、綺麗な顔をぐしゃぐしゃにしたニィが、僕を覗き込んでいた。


「あれ? えっと……、何があったの?」

「ひぐっ、ぅうう~」


 いつの間にか座り込んでいる僕にすがり付いて、ニィがむせび泣く。

 傍らではリーガルが腕を組み、難しい顔で見下ろしている。


「リーガル……さん? え? ここは?」

「ここは、わたしの世界だ。以前も来たことがあるだろう?」


 そう、ここは全てが白い神世界。

 いや、それは分かるのだけど、なんでここに?


 リーガルが、溜め息を一つ吐いて言う。


「仕方がない。本当はわたしがケイニーたちを説得したかったのだがな。かといって、お前たちを放置しておくのもまずかろう。手早く説明してやる」


 それから、リーガルは僕の神格化の件と、さっきの僕の状態について教えてくれた。

 薄々思っていたけど、リーガルさんって何気に優しいよね。


 最後に、リーガルさんは言った。


「恋人が急に、自殺を図り、次第に衰弱死へと向かっていったのだ。そこの娘の気持ちを、少しは察してやれ」


 そう言い残して、神世界を出て行くリーガルさん。

 ケイニーたちのもとへと向かったんだろう。


 僕は、嗚咽の収まらないニィをそっと抱き締める。

 そのまま、ニィが落ち着くまで、ニィの背中を優しく撫でていた。



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