表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/101

4話 ギルド登録からのステータス確認からの勝負予約

2014/11/26 誤字修正しました。

 皮の防具に、剣や槍を装備した戦士たちが、村の入り口前にずらりと立ち並んでいる。

 彼らの顔は皆、一様に青い。

 そしてぼそぼそと口々に言う。


「なぁ、おい、あれ偽物なんじゃないか? 本当にフェンリルヴォルフなのか?」

「信じたくない気持ちは分かるがな、2メートルを越す巨体に、漆黒の体毛。口伝通りじゃねえか。あれがただの狼だってんならそっちのほうが地獄だぜ」

「しかしピクリとも動かねえぞ? ありゃ眠ってんのか?」

「さあな。ただ一つ確かなのは、あそこにあれがいる間は俺たちの命は続くってこった。眠ってんのなら、永遠に眠り続けてくれることを祈るしかねえよ」

「なんで寝てんだと思う?」

「俺が知るかよ。A級様の考えるこった。俺たち凡人の想像できないことなんだろうさ」

「今のうちに殺せねえかな?」

「やめとけやめとけ。お前の腕じゃ、刺さりもしないだろうぜ」


 彼らとフェンリルヴォルフとやらの間には、二十メートルほどの距離がある。僕がフェンリルヴォルフの傍にいたら、彼らのひそひそ声は聞こえなかったに違いない。それがなぜ聞こえているか。

 僕が彼らの目の前にいるからだ。


「こんにちはー。もしもーし? 起きてますー? やっほー。あ、犬のフン踏んでますよ?」


 彼らの目前でさっきから話しかけているのだけど、すがすがしいほどの無反応なのだった。


 うん、ここまでとは思わなかったね。 

 存在感を薄くするって、どんだけ薄くなっていることやら。

 ああ、シア様。これはちょっとやりすぎと違いますか?


 心の中で少しだけ愚痴った後、溜め息を一つ。

 諦めるしかないのだろうね。とにかく、フェンリルヴォルフが死んでいることを伝えて早くこの状況をどうにかしないと。


 僕は彼らの間を通り抜けて、村の入り口に近づいていく。

 彼らの向こう側に、数名の戦士に守られた老人がいる。

 おそらくその老人がここの代表、あるいは村長なのだろう。

 事情を説明するなら彼が適任だろうね。


 僕は警備の隙間を堂々とすり抜けて、彼の正面から声を呼びかけようとしてやめる。

 正面で気付かれたら、不用意に驚かすかもしれない。

 一度背後に回り込んでから、声をかけてみる。が、無反応。

 そうだよなぁと諦めつつ、僕は彼の肩をトントンと叩いた。


「なんじゃ、声もかけずにどうした?」


 彼は僕のほうへ振り返り視認すると、訝しげに眉をひそめる。

 見覚えのない村人に不審を抱いたのだろう。


 僕は気付いてもらえたことに内心ホッとした。声に嬉しさがにじみ出る。


「あの、はじめまして。えっと、僕は佐々倉……啓・佐々倉と申します。あそこの狼についてお話があるんですけど、いいですか?」

「おお! おぬし、冒険者かの? フェンリルヴォルフの情報なら大歓迎じゃ。もしや、あれの眠っているわけを知っておるのか?」

「はい、知ってます。というより、あれは眠っているんじゃないんですよ。死んでるんです」

「……は? 死んでる? そんなまさか」


 老人は呆気に取られる。

 そうだよね、普通は信じられないよね。どうにも、相当強力な魔物らしいし。


「それでは証明しましょうか。前の人たちに、道を開けてくれるようお願いできますか?」 


 僕が軽い調子でそう告げると、老人は難色を示す。


「いや、しかしな、あれが生きておるやもしれぬし、おぬし一人を行かせるのは自殺行為というものじゃて」

「えっと、大丈夫ですよ。僕はこう見えて、その、腕利きですから」


 老人は疑わしげに僕を観察する。

 うーん、失敗したかも。

 

「……そういえば冒険者じゃったな。なら自己責任か……よろしい、おぬしの言う通りにしよう」


 前半に物騒な発言があったけど、説得は成功したようだ。

 老人の命令により前の戦士たちが左右に分かれて、フェンリルヴォルフまでの道が開かれる。


「ありがとうございます」


 僕は老人に会釈して、気負うことなくフェンリルヴォルフまで歩いていく。死んでいるんだから気負うも何もないんだけどね。

 辿り着くと、フェンリルヴォルフの頭をぽんぽんと叩いてみせた。死体をもてあそぶ趣味はないが、毛並みのモフモフ感はなんともいえない。

 もちろんフェンリルヴォルフはピクリとも動かない。


「この通り、死んでますよー」


 巨体を一通りつついたり揺らしたりしてから、僕は老人のもとまで歩いて戻る。

 ここまでやれば、死体であることを信じないではいられないだろう。


「ほ、本当のようじゃな。しかし、周りの者の反応がないのはどういうことなんじゃ? まるでおぬしが見えておらぬかのようじゃが」


 僕は苦笑して答えた。


「ええ、そうなんです。そういう能力なんですよ」





 それから村の警戒は解かれた。

 あの老人はやはり村長だった。

 村長に僕の隠密能力を証明しようと思って、わざわざ戦士陣の目の前を彼らに触れながら走り抜けたのはなかなか印象的だった。

「うひゃぁ!?」

「おわっ!」

「ひぃっ!?」

「なぁっ!?」

「うお!?」

 一人の例外もなくビクッとしてました。なんでこうなったのか……。


 僕は村長に、フェンリルヴォルフを倒したのが自分だと伝えた。


「なっ、馬鹿な! ……うぉほん、失礼じゃが、ギルドカードを見せてはもらえぬか?」


 ギルドカードが存在するようだ。ギルドに登録することでもらえるカードなのだろう。身分証明書のようなものか。


「えっと……実は、ギルドに登録してないんですよ。うーん、そうですね、僕の魔法を少しお見せしましょう」


 僕は空間魔法をちょこっと披露することにした。足元の土に魔力を飛ばし、その土を手の平の上に転送する。


「はい、こういうふうに物体を抜き去る魔法があるんですけど……それを動物の体内に使ったら、どうなるか分かりますよね?」


 村長は小刻みにうなずいた。脅しているように見えるのは心外だ。別にそういうつもりじゃなかったのに。 


「そうか、固有魔法か。ならば不可能ではないか」


 ぶつぶつと聞こえたが、独り言のようだったので答えないでおいた。だいいち間違ってもいないしね。


 僕が倒したと信じてもらえた後は、村長にフェンリルヴォルフの死体を買い取ってもらえないかと願い出た。

 なにげに一文なしなので(衣服のポケットには何も入っていなかった。何かを入れていたような気はするのだけど思い出せない)、換金は急務なのだ。

 すると冒険者ギルドに行くように言われた。

 「冒険者ギルド」というのは、冒険者の職業組合だ。

 「冒険者」というのは、魔物の討伐や素材の収集、地域の手伝いなどを幅広く請け負う職業人のことだ。このあたりの大体の知識はなぜか記憶にあった。不思議だ。


 戦士の方々(半分は村の警備隊で、半分は冒険者)の数人に手伝ってもらい、荷車を引いて、フェンリルヴォルフを冒険者ギルドまで輸送する。


 村の家は石壁でできていた。わお、ファンタジー。

 村の規模はあまり大きくはないけど、武器屋や薬屋などの最低限の設備は整っているようだ。

 主要な店舗は村の大通り沿いに並んでいて、その中に冒険者ギルドはあった。

 冒険者ギルドは二階建ての建物だ。荷車とお手伝いさんをギルド正面に置いて、僕は一人で建物に入っていく。

 入って真っ直ぐ行くとカウンターがある。入り口付近には本棚があり、他には四人掛けテーブルが六脚ほど。側面の壁には掲示板があり、まばらに張り紙がしてある。

 カウンターには受付が一人だけ。二十歳前後の女性だ。

 僕が目の前までやってきても、ふわぁとあくびをしている。気付いていないんだろう。いちいち接触しないといけないのは面倒だね。

 しかたなく僕はカウンターに身を乗り出して女性の肩を叩く。するとビクッと肩を震わせて、見開いた目で僕を見た。


「ふぁ!? し、失礼しましたっ。本日はどういったご用件でしょう?」


 さすがプロというべきだろうか、すぐに営業スマイルを取り繕う。

 僕は苦笑しながら用件を伝える。


「フェンリルヴォルフを売りたいんですけど……」


 僕の言葉に受付の女性が固まった。が、それは一瞬のこと。すぐに対応を続けてくれる。


「それではカウンターの奥まで持ってきていただけますか?」


 僕はカウンターの通り道を見る。人二人がすれ違える程度の幅しかない。フェンリルヴォルフは通らないだろう。


「奥まで運べないと思いますけど……?」

「?」


 受付の女性は小首を傾げた。あれ、何か食い違いがある?

 僕は原因を探るため、確認するように繰り返す。


「えっと、フェンリルヴォルフは2メートル越えの巨体ですから、カウンターの奥まで入らないと思いますけど」

「……あら、もしかして、はぎ取りはお済ではないのかしら?」


 女性は僕を怪訝そうに見ると、言葉を続ける。


「討伐者のパーティに、はぎ取りのできない事情がおありですか?」


 ん? 討伐者のパーティ?


「え、いえ、討伐したのは僕ですよ」

「……え?」


 女性は目をしばたたく。それから僕の立ち姿を頭から腰まで検査するように見下ろした後、何か考えるように数秒目を伏せて、結果、半笑いになりながら僕に確認する。


「あの、ごめんなさい。聞き間違いをしたみたい。もう一度仰っていただけますか?」

「ですから、フェンリルヴォルフを討伐したのは、僕ですよ」


 僕はゆっくりと丁寧に繰り返した。女性は半笑いのまま、さらに尋ねる。


「討伐パーティの一人ということですね?」

「いえ、討伐したのは僕一人だけです」

「……ギルドカードをご提示願えますか?」

「あ、まだ持ってないのでついでに発行していただけますか?」


 女性はなんとも微妙な表情をする。ジレンマに陥っているような顔だ。僕は同情して苦笑した。


 しかしそれからの対応はプロの意地だった。立ち直ったというよりは見なかったことにしたようなすがすがしさだった。

 てきぱきと手続きを進めていく。フェンリルヴォルフの解体作業の発注(有料)、ギルド入会の手続き、ギルドカードの作成、ギルドの利用方法の説明、魔物のランクの説明。それらを流れるようにこなしていった。


「フェンリルヴォルフの売却は、解体が終わってからとなります」

「あ……、すぐにお金がほしいので、前払いにできませんか?」

「全部位の売却でよろしいですか? それでしたら売却見積もりから解体料を差し引いた額をお支払いします」


「ギルドカードを作成しますので、こちらの用紙に必要事項をご記入ください。代筆も承っております」

「〈名前〉は、啓・佐々倉……じゃなくてケイ・ササクラ。〈性別〉は男。〈年齢〉は17。〈役割〉……、役割って何ですか?」

「〈役割〉には、剣士とか魔法使いとか、そういうクラスをご記入ください。パーティを組む際の参考になります」

「なるほど。僕は魔法使いかな? 〈特技〉……、特技はどういったことを?」

「魔法使いでしたら、得意魔法をご記入ください」

「……じゃあ、空間魔法、と」


「ギルドカードにはランクがあります。上から順に、S、A、B、C、D、Eの6段階です。最初はEからとなります」

「――依頼にもランクがありまして、ギルドカードのランクの一つ上と一つ下まで受注できます。ギルドランクEなら、DとEの依頼を、ギルドランクCなら、BとCとDの依頼を受注できます」

「――依頼書はあちらの掲示板に張り紙で提示されます。依頼を受注する際は、掲示板の張り紙を受付までお持ちください」

「――なお、依頼に失敗した際は、違約金をお支払いいただきます。また、ギルド規約に反する行動を起こされた場合、除名もありえますのでご注意を」

「――規約はこちらの用紙にまとめてありますので必ず一度はご確認ください」

「――魔物にもランクがあります。こちらもギルドランクと同様に、S、A、B、C、D、Eの6段階です。C、D、Eランクの魔物の情報はあちらの本棚に冊子でまとめてあります。B以上の魔物の情報は、職員が冊子を保管しておりますので受付までお申し出ください。ただしご自分のランクの一つ上のランクまでしか閲覧できませんのでご留意ください」 

「――以上、質問はありますか?」

「いえ、ありません」


 受付の女性から僕はギルドカードを受けとった。灰色をしている。ランクが上がると色が変わるのだろう。

 入会登録はこれで済んだ。

 しかし女性の対応はまだ続く。


「口座をこちらでお作りになりますか?」


 話を聞くと、冒険者ギルドに口座を作ることで、ギルドカードに入金ができるとか。依頼ランクが上位のものは、報酬額が膨大だ。管理を簡単にするために口座を作るのだそうだ。

 また、ギルドカードはその所有者にしか使用できない魔法がかけられている。盗難にあっても、そのカードを無効にして新たに発行が可能らしい。入金額は引き継ぐことができる。盗難の憂いがなくなるということだ。

 ギルドカード便利すぎるでしょ。

 僕は口座の作成をお願いした。


「分かりました。ギルドカードは身分証明書として使えます。個人の偽称が可能ですので、くれぐれも盗難には用心してください。仮に盗難にあわれた場合は、速やかにギルドまで申し出てください」


 そうして口座の開設手続きを行い、ギルドカードにフェンリルヴォルフの買取額を入金してもらう。

 どういう魔法かは分からないけど、ギルドカードに自分の魔力を通して見たい項目を念じると、文字が発光して表示される。それによると、入金額は233,800グリーシアとなっていた。グリーシアは通貨単位だろう。物価がよく分からないけど、A級の魔物の買取額だからきっと高額に違いない。


「あ、そういえば、買い物とかの支払いにギルドカードは使えるんですか?」

「ギルドと連携している武器屋や雑貨屋、それと宿屋の一部では使用できます。他の宿屋や、食堂や売店では使用できません。いくらか引き出しをされますか?」

「はい。えっと、宿屋で一泊するのはいくらぐらいしますかね?」

「この村の宿屋では一泊二食付で200グリーシアです」

「じゃあ2000グリーシアの引き出しでお願いします」


 そう言いながら、僕は頭の中で計算する。

 一泊200グリーシア。今回の収入がおよそ20万グリーシア。すると1000日宿泊できる金額だ。1年が365日なら、大体3年分。そこに日用雑貨や食費が加算されるとしても、2年以上はぐーたら生活できる。……結構な金額じゃないですか? これ。

 さすがA級の魔物というべきなのかな。50体狩れば、一生遊んで暮らせるんじゃないか。うーん、こんな高額でいいんだろうか?


 受付の女性は最後に、僕に教会を紹介した。

 

「ギルドカードにはステータスの記録も可能です。早めに教会に行かれるのをお勧めします」


 ステータス? 教会?

 僕は常識を知らないことがばれないよう、慎重に尋ねる。


「教会にギルドカードを持っていけばいいんですね? ギルドカードにステータスを記録すると、主にどういうときに便利ですか?」

「依頼の中にはまれにギフトの条件がつくものがあります。そういう依頼を受注する際は、ステータスの確認をさせていただいております。また、長期就業をされる際は、アプトが有利に働くこともあります。そういうときにもギルドカードがあれば便利ですね」


 んん? ギフト? アプト? さらに分からない単語が出てきたんだけど……。


「……なるほど、分かりました。早速教会に行ってみようと思います。説明ありがとうございました」

「いえいえ。説明がとてもスムーズに進みました。これからのご活躍を期待します」 


 そう言って、女性は惚れ惚れするようなスマイルを浮かべた。多分、僕がフェンリルヴォルフを倒したことは記憶から抹消したんだろうね。

 僕は会釈してギルドを出た。正面で待機していてくれた荷車のお手伝いさんには、すぐに職員がフェンリルヴォルフを引き取りに来ることを伝えて、その場で別れた。

 僕は村の奥にあるという教会へと向かう。




 

 村の教会はあまり大きくなく、周りの建物と大差なかった。

 しかしガラス窓がはまっており、他の建物が格子窓となっているのに対して差が見られる。すぐに教会だと判別できた。


 両開きの扉を開いて中へ入る。

 祭壇まで一直線に道が通っていて、左右には長椅子が配置されている。祭壇の上には大きな採光用のガラス窓が設置されていて、天から差す光が祭壇を照らしているようだ。 

 僕は少し緊張しながら歩を進める。空気が停滞しているようなもの静けさ。静謐な空気が重く感じられる。

 前世の記憶はほとんどないけど、こういう場所に来たのは初めてな気がする。

 僕は忙しなく辺りを窺いながら、誰もいないことに物怖じしつつ、祭壇の前までやってくる。

 祭壇は真っ白な長方形の台で、上には何も置かれていない。多分だけど、ここで祈りを捧げるのだろう。


 僕は祈るかどうか迷う。雰囲気的にはやってみたいけど、作法が分からないし、どんな神様を祭っているのかも分からない。

 それともシア様にここで感謝の祈りを捧げるべきだろうか?

 いや、作法を教わってからにしよう。


 僕は誰にともなく声を上げる。


「こんにちはー! すみませーん! 誰かいませんかー?」


 と、尋ねておいて思い出した。声をかけたぐらいじゃ、僕の存在には気付いてもらえないんだった。


 やれやれと首を振りつつ、祭壇の脇にある扉に向かい、鍵がかかっていないのを確かめてから無断で侵入する。


 廊下が続いていて、いくつか部屋がある。まいったなと思う。さすがに私室まで、こっそり入るのは失礼極まりないだろうから。


 僕は近くの扉の前に立ち、どうしようかと思案する。ノックをして、気付いてもらえるのだろうか? 分からない。分からないなら試せばいいじゃない!

 半ばやけになって、強めに扉を叩く。

 

 コン、コン。


 待ってみる。

 ……反応なし。


 扉に手をかける。あ、開いた。

 中を覗く。書斎のようだ。デスクに神父と思しき男性が座っている。

 ……助かったような、がっかりなような。

 いや、別に女性の部屋とか期待していませんでしたよ? 仮に着替えの最中だったら残像を残すほどの身のこなしで扉を閉めてましたから。ええ、本当ですとも。

 

 さて、どうしようか。

 さすがにずかずかと中に入って肩を叩くのはNG。しかし声をかけても通じない。

 ……あまり上策とはいえないけど、扉を大きく開いてみるか。


 ギィィィ、と軋みを響かせながら扉を開けていく。

 全開にしたところで、神父がこちらに気付いた。

 頭に疑問符を浮かべながらも、扉を閉めようとこちらまでやってくる。

 目前まできたところで、僕は神父の肩を叩いた。


「ぅわぁ!?」


 神父は大きく後ずさった。

 うーん、これからの人生、出会うたびにこういう反応をされるのは悲しいね。

 僕は苦笑しつつ、あいさつをする。


「唐突にすみません。変わった能力を持ってまして、驚かせてしまいました」

「……ああ、いや、そういえば今は会堂には誰もいないんだったかな。用件をお聞きしても? 礼拝ではないんだろう?」

「はい。ギルドカードにステータスを記録したいんですが、お願いできますか?」

「分かりました。祭壇の前で待っていてもらえるかな?」


 僕は言われたとおり、祭壇まで戻ってくる。少したって、神父が石盤を携えてやってきた。

 扉の脇にある机に石盤を置く。石盤は一抱えある大きさの長方形で、くぼみが二つあった。一つは手形で、もう一つはギルドカードサイズだ。


「では、ここにギルドカードを、こっちに右手を乗せて魔力を通してもらえるかな?」


 僕は神父の言葉に従う。ギルドカードを設置して右手から魔力を通すと、石盤に魔力が吸収されるのが分かった。

 一定量に達すると魔力が通らなくなる。そして10秒ほど石盤に魔力が滞在し、それからギルドカードに吸収されていった。


「できたよ。ギルドカードに念ずれば、ステータスが見れるから」


 神父からギルドカードを受け取り、僕は魔力を通しながらステータスと念じてみる。


 ====


 アプト


 【身体成長:1】

 【回復速度:1】

 【体力:1】

 【柔軟性:1】

 【瞬発力:1】

 【反応速度:1】

 【五感:1】

 【火事場の馬鹿力:1】

 【理解力:1】

 【計算:1】

 【暗記力:1】

 【言語能力:1】


 ====


 このように表示された。カードの全面に表示されたため、下に続きがあるのかと思ってスクロールすると、案の定続いていた。

 膨大な量だ。スクロールを一回、二回、三回、四回、五回までやって、まだ続いていたので、連続でパッパッパッとスクロールし続けてみたが終わりが見えなかった。

 10秒ほどかけて終わったころには、500項目は過ぎただろう。


「あの、これ、どういうことですか? なんでこんなに項目が?」


 顔を上げると、神父がきょとんとしていた。失敗したと思い、慌てて補足する。


「あっ、ちょっと記憶喪失でして! 生活する分にはいいんですけど、ところどころ必要な常識が抜けてるんです」


 神父は納得したのか、何度か頷くと、つらそうに顔を歪めた。


「そうか、そうか。大変だったんだね……。分かりました。一から説明しましょう」


 そうして僕はステータスの説明を受けた。


 ステータスには二つあるそうだ。

 一つがアプト、もう一つがギフト。

 それ以外にはない。筋力とか、敏捷とか、知力とか、そういう項目が数値化されているようなこともない。


 まずアプトだけど、これは適性のことを指しているらしい。

 アプトの項目の数字が大きいほど、大いなる適性があるということで、努力すれば大きな成長が見込めるということだ。

 注意しなければならないのは、あくまで適性という点。適性があっても努力しなければ能力は伸びない。

 逆に、適性が低くても、他人より努力していれば能力は伸びる。

 ゆえにアプトの項目の数字が大きいからといって、必ずしもその人の能力が高いというわけではない。

 例えば【身体成長:1】と【身体成長:2】の人がそれぞれいたとして、同じ量の食事をして同じような生活を送れば、【身体成長:2】の人のほうが体が成長して背も高くなる。

 しかし、【身体成長:1】の人が健康な生活を、【身体成長:2】の人が栄養の足りない生活を送っていれば、【身体成長:1】の人のほうが体の成長は大きくなる。

 これが適性であり、アプトと呼ばれるものだ。


 次にギフト。

 これはその名のとおり、贈り物という意味で呼ばれ、神様から授かりし能力という考え方をされる。

 ここに表示された項目は、その数値分の能力をすでに身につけていることになる。

 努力する前から獲得している能力だ。

 ゆえに、ギフト。神様からの贈り物。

 生まれつき体が強い人ならば、【健康体:2】といったギフトが表示されるそうだ。


 最後に数値に関して。

 神父の説明を僕の感覚で評価し直すと、1が普通、2が優秀、3が一流、4が超一流、5が無双という感じだね。

 よって、普通の人でもかなりの項目が表示されることになる。1が普通だから。

 なお、0というか、表示されない項目は、適性皆無ということらしい。さっきの例でいけば、【身体成長】の項目が表示されていないと、どんなに栄養を取っても体が成長しないとのこと。そうなると衰弱死してしまうそうだ。

 ある意味、アプトの項目が膨大な量になるのは必然で、普通は500項目を超えるとのこと。


 そして、自分の才能を見たい場合は、数値を限定して表示させるのだと神父は教えてくれた。

 3以上が才能ありと見なされるレベルだ。

 普通の人は、レベル3以上の項目が、アプトとギフトを合わせて平均2、3個あるそうだ。

 僕の場合は、シア様から授かった才能がおそらくレベル3以上の項目として表示されるだろうから、【空間魔法】、【魔力操作】、【魔力感知】の最低3項目は表示されるだろうと予測する。

 あとは、もしかすると代償となる能力が、アプトかギフトで――いや、努力する前から発動していることから、おそらくギフトで――表示されるかもしれない。

 楽しみとしては、【空間魔法】などの項目のレベルがいくつなのかということ。

  

 僕は早速、ステータスにレベル3以上の項目だけを表示させることにした。


 果たして――。


 ====


 アプト

 【空間魔法:Ex】

 【魔力操作:Ex】

 【魔力感知:Ex】


 ギフト

 【不器用:Ex】

 【存在希薄:Ex】


 ====


 ……………………え?


 僕は神父から隠れるようにして、ギルドカードを二度見する。


「……ア、アハハハハ。いやー、窓ガラスがきれいですネー。青い空がよく見えますヨー」

「ど、どうしました?」

「いやー、空がきれいだと思いましてネー。ほら、鳥のさえずりが聞こえてきそうですヨー」

「と、鳥? さえずり? ……あまり聞こえてきそうには思えませんが」

「今日のご飯は何かナー? 鳥が出てくるかナー、なんてー」

「ちょ、ちょっと! 大丈夫ですか!? 気を確かに!」


 それから僕は10分ほど現実逃避をしていた。


 ようやく落ち着いたときには、神父が僕を憐れみの目で見ていた。あれー? おかしいな? そんなに記憶喪失が可哀相に見えたのかな?


 なにはともあれ、僕はもう一度、自分のステータスと向き合う。


 ……いや、いやいやいや、なんですかExって。5段階評価じゃないんですか? 数字で表されるんじゃないんですか? なんで英語表記なの? どういうことなの?


 僕は神父にそれとなく尋ねてみる。


「あのー、評価は1から5までの5段階評価で、それ以外はありませんよね?」

「はい。0の場合は表示されませんので」


 どうやら、本当に5段階評価らしい。

 となると順当に考えて、Exは5の上になるのかな。

 ……うわー、シア様どうしてくれちゃってますの? いや、確かに無双したいとは言いましたけども、だからって振り切りすぎじゃないですか?

 それともあれですか、転生直前のうっかりミスですか? 「あ」とか漏らしてましたもんね? そうですよね?

 それにしても、アプトのほうはいいとして、問題はギフトの能力だよ。【不器用:Ex】と【存在希薄:Ex】って、多分才能の代償だよね?

 代償その1、空間魔法以外の魔法が使えない。代償その2、存在感が薄くなる。こういう取り引きだったから、前者が【不器用】で、後者が【存在希薄】ってことだろうね。

 なんか、うん、ちょっと納得だわ。あまりにも存在感がなさすぎると思っていたけど、評価Exなのね。接触しないと気付いてもらえないレベルなのね。

 しかも実は、さっき神父が石盤を持ってきたとき、僕のこと見失ってたんだよね。それでもう一度肩を叩いたんだけど、これ多分、一度意識から外すと、また認知されなくなるんだよ。

 さすがEx。天晴れですわ。


 ……ただ、見方を変えれば、チートとも言える。

 代償の数に対して、獲得アプトの数のほうが多いし、【不器用:Ex】はただのマイナスギフトだろうけど、【存在希薄:Ex】のほうは戦闘時には最強の隠密スキルとなる。

 そう、ポジティブに捉えればとてつもない才能をいただいているのだ。

 やっぱり、シア様には感謝するべきでしょうね。


「神父様。最後にお祈りをしたいんですけど、作法を記憶喪失で忘れていまして……」

「ああ、いいですよ。一緒にやりましょう。私の真似をしてください」


 そうして僕は祭壇の前で、神父と一緒に方膝をつき、両手を組んで頭を垂れた。


「祈りはあなたの信仰する神に捧げてください。いなければ、息災の神ロニー様にお祈りしましょう」


 僕は心の中で祈りを捧ぐ。

 ……シア様。転生させていただいてありがとうございます。この世界ではなんとかやっていけそうです。とりあえず2年ほどはお金の心配がなくなりました。

 あと、うっかりミスかもしれませんが、途方もない才能をいただいて感謝しています。おかげさまでこの世界では楽に生きていけそうです。無双だってできそうです。

 シア様に、心からの感謝を。

 ……それと、息災の神ロニー様。この世界ではお世話になります。これからよろしくお願いします。

 と、こんなところかな? …………それにしても、ロニー……? ロニー、ロニー、どっかで聞いたような……。

 まあ、いいか。


 祈りを終えると、僕は神父にお礼を告げて教会を出た。





 僕は宿をとりあえず3泊分取った。それから、考え事をしながら村を歩く。

 これからどのように生活しよう? さしあたり、この村でしばらく過ごすか、それとも町を目指すか。この村でこの世界の常識をしばらく勉強するのもアリだし、さっさと町へ行って都会を拠点にするのも悪くない。

 まあ時間はたっぷりあるから、急ぐこともない。

 ……しばらくこの村で冒険者ライフを送ろうかな?

 それに慣れてから、町へと赴こうか。

 よし、そうと決まれば冒険者ギルドへ行こう。


 日は傾き始めていて、大体午後3時ぐらい。

 どんな依頼があるか見ておこうと、僕はギルドへと向かう。

 通りを歩きながら、僕は道行く人にぶつからないよう注意を払っている。

 というのも、【存在希薄】によって相手が僕のことに気付かないから、僕のほうが避けるしかないのだ。

 実は教会に行く途中で、一回ぶつかってしまい、相手を仰向けにひっくり返してしまった。

 平謝りしてその場は収めてもらったけど、ああいうのはやめにしたい。

 そういうわけで、前方に注意しつつ、僕はのんびりと歩いていた。


 しかし物事が必ずしも目の前からやってくるとは限らない。

 そう、後ろからやってくることもあるのだ。


「あいたっ!」


 子どもの可愛らしい声とともに、後頭部に何かが衝突し、僕は両手から地面にこけた。


 ああ、なんで、なんで、避けられないの……?

 僕がひざまずいて落ち込んでいると、背後から先ほどの声がかかる。


「ちょっと! オマエ! オマエ! どういうことさ! いきなりどうやって現れたのさ!」

 

 僕は振り返る。そこには、涙目で鼻を押さえて僕を指差す……妖精がいた。

 そう、妖精だ。30センチほどの身長に、背中には蝶の羽を透き通らせて七色に輝かせたような羽がある。

 服装はベストとパンツ。足にはブーツ。

 髪は緑色のショートで、容姿はおっとりとした愛らしいものだけど、今は興奮して垂れ目をカッと見開いている。


 僕はとりあえず弁明する。


「いやー、接触しないと気付いてもらえないギフト持ちなんですよねぇ」


 思わず疲れたような声が出た。いや、疲れているのだろう、精神が。これから先もこういうやり取りがあるのだと思うと滅入ってしまう。


「ギフト? へぇ、そういうもん? どういう……いや、いや、悪いね、個人情報だった。深くは聞かないぜ。それよりオマエ、旅人か? 変わった服してんね。オマエもしかして、フェンリルヴォルフをやった奴に心当たりがないか?」

「ん? フェンリルヴォルフをやった奴なら、目の前にいるけど」

「ええ!? どこさ!? どこにいるのさ!?」


 妖精は尻もちをついている僕の頭の上で、ぐるぐると旋回して辺りを見回す。


「目の前っていうより、真下かな?」

「はあ? なに言ってんのさ。真下にはオマエしかいないだろ」

「いや、だから僕だよ。フェンリルヴォルフを倒したの」

「はあ? オマエが? 冗談だろ? ……魔力だって大したことないじゃないか」


 僕ははっとひらめく。そうだ、魔力だ。生き物の魔力を感知していれば、後ろからの急接近にも対処できる。

 これで人にぶつかる可能性がぐっと減らせる!


「これで怖いものなし……じゃなくて、魔力の量はね、効率運用すれば大した問題でもないと思うよ」 

「効率運用? だからってフェンリルヴォルフはやれないだろ?」

「ん? できたよ?」

「はあ? 無理だろ?」


 僕と妖精は見詰め合う。いや、妖精のほうは睨んでいる気がする。

 

「……オマエ、本当の本当にオマエがフェンリルヴォルフをやったんだな?」

「そうだね、本当の本当に僕がやったよ」

「……オレは信じられない。オマエは身体能力が高そうじゃないし、魔力量だって平均的だ。あとはアプトかギフトか、あるいは魔法のどれかが優れているんだろうが……ちょっと確認させろ! オマエ、オレと勝負しろ!」

「え? あ、痛、痛い、痛いって」


 妖精は僕の頭の上でぴょんぴょんと跳び回る。跳び回るというか、飛んで足蹴りを繰り返す。


「分かった、分かったよ。受ければいいんでしょ、その勝負を」

「そうだ、分かればいいんだ。準備はいるか? なければ今から行くぞ?」


 僕は頷いて妖精の後についていく。


 なんで勝負を受けたのか。別に受ける必要はなかったのだけど、ちょっと興味もあった。

 妖精がどういうふうに戦うのか。そしてこの世界の戦いとはどういうものなのか。


 だって、ねえ? 僕の初陣は、不意打ちだったからね。後学のためにはいろいろな戦いを見ておいたほうがいいだろうから。


 ちなみにこの妖精、そこらの村人の五倍の魔力を持ってるんだけど、どういうこと?

 五倍だよ五倍。二倍じゃないよ? 二倍の二倍の、そのさらに上だよ? 

 そういうもんなの? いや、まあいいけどね。

 どうかお手柔らかに頼むよ。 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ