33話 フマの報告
2014/11/30 一部表現を適切なものに修正しました。
2014/10/24 タイトルを変更しました。
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ニィナリアが目覚める2時間と30分前。
カリオストロの町から1キロメートルほど離れた森の中。
そこにはフマの姿があった。
佐々倉啓たちのいる宿を飛び立った彼女は、冒険者ギルドに報告に行くように見せかけ、佐々倉啓には内緒で森に来ていたのである。
フマは木々の間をすいすいと蛇行し、魔物のものと思われる魔力反応を避けて進み、人の目がないことを時折確認しながら森の奥へと消えていく。
そうして10分ほど森を進んだだろうか、フマは飛行するのをやめると、再度、周りに誰もいないことを確かめて、そうして魔法を唱えた。
「《妖精女王に宛てる。私は風精。風よ、私の声を届けて。――風の知らせ》」
唱え終わるや、フマの周りの魔力が、わずかに、それこそ、ニィナリアほど優れた魔力感知がないと分からないぐらいにわずかに、高まりを見せる。
そうして微弱な魔力の高まりが、フマを中心として、水に石を落としてできた波紋のように森の中を広がっていった。
その魔力の波紋は、森の中で加速されて、瞬く間に伝播。
森の途切れたところでは平原を進み、またあるところでは山肌を這い、再び森に入ると加速され……そうして、世界中へと広がっていった。
フマは、そのまま浮遊して待つ。
……5分後。
フマの姿が忽然と消えた。
フマが使用した魔法、《風の知らせ》。
これは、妖精女王に合図を送る、妖精魔法である。
合図を受け取った妖精女王は、その魔法の使用者を自身の異空間へと誘う。
そこで妖精女王の娘たちは、旅の報告を妖精女王に上げ、場合によっては相談を行うのである。
フマが召還された異空間は、森だった。
しかしフマの目の前には樹海ではなく、森の中にひっそりと佇むような直径50メートルほどの広場がある。
そこは、一面を花で覆われた幻想の空間。
赤や水色、白、黄、紫など、百花咲き乱れ、絨毯のように隙間なく広がる。
その上を、淡い銀色の蝶がひらひらと舞っている。
この世のものとは思えないそれは、妖精の隠れ家か、あるいは秘境と表するにふさわしい。
その中心。
銀色の蝶が、ひときわ無数に舞う中に、10代後半と思われる若い娘が立っていた。
フマと同様のおっとりとした垂れ目。それに見合うほわわんとした顔立ちが、庇護欲をくすぐる可愛らしさを醸している。
身長は160センチほどだろうか。細身であるが、それに反して胸や尻の肉付きはよく、男の目を奪いそうなスタイルだ。そのためナンパされそうであるが、ほわわんとした彼女はついていってしまいそうに思える。
流れるような金髪は足元まで届くほど。それは後ろで束ねられ、頭には多彩な花の冠。ここの花畑もそうだが、花というものが、彼女にはとてもよく似合っていた。
衣装は、白絹の1枚布を体に巻きつけた、ワンピース姿。それは地球でいうところの古代ギリシャで着られたヒマティオンに類似している。
場所とあいまって、彼女の風姿は浮世離れしており、それゆえに神秘的だった。
彼女はフマの姿を見つけるや、花開くように笑って、腕を振る。
「フマぁ、いらっしゃあい」
それに対してフマは、にこりともせず、女性のもとへと飛んでいく。
フマの接近により、若い娘の周りを飛び交っていた銀色の蝶が逃げていった。
「まずいさ。とても良くないことになったさ」
「ああ! フマが怖い顔して来るからみんな逃げちゃったじゃなぁい!」
「そんなことより、大切な話があるさ」
「そんなことって何よお。『銀色の蝶を作ったのよー』っていう自慢も大切なことなのよぉ?」
若い娘の、的外れな態度。
フマは焦れて、思わずつっこむ。
「自慢なんか大切じゃないさ! というか銀色の蝶のどこが自慢になるさ! 前回は虹色の蝶を作って自慢してたさ! あっちのほうが綺麗だったさ!」
「えー、そんなことないよぉ? 銀色だって綺麗だしい、それになにより珍しいものぉ。虹色だったらほらあ、フマの羽も虹色よぉ? 珍しくないよぉ?」
「珍しいかどうかなんてどうでもいいさ! 綺麗なほうが……、というかそんな話は心底どうでもいいさ!? オレは報告にきたさ! 緊急の報告さ! 話を逸らすなさ!」
「えー? 緊急の報告なのぉ? 初めからそう言ってよお」
「察しろさ!? 明らかに緊急ですって顔してたさ!?」
「んー? 怖い顔がそうだったのぉ?」
「そりゃそうさ!? そうじゃなかったらただの機嫌が悪い妖精さ!?」
「てっきりそうなのかとお」
「なんでさ!?」
しばらく言い合い、そして、一向に話が進んでいないことに気付いたフマは、顔を真っ赤にして怒る。
「だーっ! もう、黙るさ! いいかっ? オレは報告に来たさ! だから、まずは、黙って、オレの報告を聞くさ! 話はそれからさ! いいな!?」
「えー? 質問も駄目なのぉ?」
「とにかく、黙って、聞くさ! 分かったさ!?」
「…………」
「そこは黙るなさ!?」
頬をぷくっと膨らませる彼女に対し、フマはその頬袋を思いっきり叩き割りたい衝動に駆られるが、それをしてしまうと本当に収拾がつかなくなると判断し、ぐっと堪えた。
「本題を言うさ。
ケイが、神を、異空間に封印したさ」
「…………」
先ほどみたく、黙るために返事をしない、というわけではなく、娘は単純にぽかんとしていた。
「……えーとお? ……んー?」
「言葉通りの意味さ。ケイが神を異空間に封印したさ」
「……嘘はだめよお」
「歴然たる事実さ。ケイが生きていることが証明さ」
「……?」
佐々倉啓が生きていること。
それがどうして証明になるのかと、娘はゆったりと首を傾げる。
「ん? 覗いていなかったさ?」
「だってぇ、フマが報告するでしょお?」
フマは、彼女がリーガルとの戦闘を覗き見ていたと思ったらしいが、彼女は、フマが報告に来るから覗き見る必要がないと思ったらしい。
なお、覗き見るというのは、神代魔法《神の視点》のことを指す。
それからフマは、リーガルの魔脈に調査に出かけたこと、そこでリーガルに襲われたこと、佐々倉啓が実体化を習得したこと、リーガルを異空間に閉じ込めたことを語った。
「……ケイってぇ、神じゃないのぉ?」
眉を八の字にして悲しそうに首を振る様は、彼女の困惑のポーズである。決して悲しんでいるわけではない。
そのことをよくよく理解しているフマは、彼女に同意し、どこか諦めきった表情で乾いた笑いを浮かべる。
「オレもそう思うさ。ケイが人間だなんて、悪い冗談以外の何物でもないさ」
それから2人はしばらく沈黙した。
人間が神を封じたというあまりな常識外れっぷりには、誰であろうと閉口せざるをえなかった。
「……報告は以上さ。それで……相談があるさ」
フマは、他の神がリーガルとの戦闘を覗き見ていた場合、佐々倉啓がリーガルを封印したことに感付き、保身のために佐々倉啓を襲う可能性を話す。
その上で、それを回避するにはどうすればいいかを娘に尋ねた。
娘は、垂れ目を細めて中空を見つめていたが、やがて口を開く。
「ケイはぁ、スイシアが転生させたんだっけぇ?」
「……? そうさ」
「ロニーがスイシアに入れ込んでいたからぁ、スイシアがケイを見捨てなければ大丈夫じゃなぁい?」
「……どういうことさ?」
「スイシアがロニーに頼めばぁ、丸く収まるってことお」
彼女はマイペースだが、頭が回らないわけではない。
彼女は具体的な内容をフマに教え、フマはそれに納得した。
「……じゃあ、ケイがスイシアに接触できれば」
「なんとかなるんじゃなぁい?」
それでも暴走するような神がいたらぁ、どうしようもないけどおと、娘は付け加える。
フマは、目を伏せる。
佐々倉啓が、神たちに粛清される可能性。
たとえ、スイシアたちがうまくやったとしても、全ての神がそれに従うわけではない。
可能性をゼロにはできないのだ。
その様子から何かを察した娘は、心配するように尋ねる。
「フマぁ、ケイのことがぁ」
「……」
「好きなんだあ」
「……ん?」
「ニィナリアに負けないでえっ。がんばれえっ」
とってもいい笑顔で両手を握り締める娘。
フマは紅潮し、下がり目をキッと細めると、彼女の柔らかそうな頬を両手でパシンとサンドした。
「うえーっ? なんでーっ?」
紅葉の張り付いた頬を押さえて、涙目でフマを見やる娘。
「もうっ、知らないさ!」
なにかとずれたことばかりする娘に対し、フマはぷいっとそっぽを向くのだった。
……なお、このたまに天然ボケを挟む彼女。
フマが報告している点から分かるとおり、彼女こそが、妖精女王であった。
その名を、フユセリ。
……実力は確かで、また、頭も回るのだが、そのふわふわとした気質に手を焼く女王の直系の中でも、フマの心労は絶えない。
そして、《神の視点》を行使できるフユセリは、神である。
今回の分量はいつもより少なめです。
書ける時間が以前より取れなくなってきているので、もしかしたら今後も、1話の分量が少なめになるかもです。




