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32話 ニィナリアの目覚め

2014/11/30 フマの言動に矛盾があったので修正しました。



「ケ゛~イ゛~っ!」


 僕が洞窟の入り口に帰還すると、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったフマが僕の頭に飛びついてきた。


「じんばいじだざ~! いぎででよがっだざ~!」

「……うん。ただいま」


 フマが感情を爆発させるように頭の上で跳ね回るので、僕の頭がガックンガックンと揺れる。

 少し気持ちが悪くなったけど、心配をかけたのも事実なので、魔力感知を頼りにフマの背中をぽんぽんと叩いてやりながら、好きにさせてあげることにした。


 僕はニィの姿を探す。

 森の柔らかそうな土の上に、ニィが仰向けに寝かされていた。

 僕は暴れるフマを頭に乗せたまま、ニィのもとへと歩み寄る。

 

 すやすやと安からな、ニィの寝顔。

 赤い唇は閉ざされ、小さな胸が上下している。

 僕は屈み、ニィの白い頬にそっと手の平をそえた。

 ニィの肌は元から白かったけど、今は衰弱しているからか青白い。

 早くベッドに寝かせてあげないと。


「ニィ……」


 僕は目を細めて見つめた後、フマに確認を取って移動する。

 僕は2人を魔力で包み、それから自分だけ先に宿へと転移し、部屋に戻ってから、ベッドの上に2人を転送した。


 ニィの容態をフマに聞けば、体の許容量を超えた魔力のせいで衰弱しているらしい。

 魔力の少ない環境で安静にしていれば回復するとのことなので、ニィの装備を外し、楽な姿勢でベッドに寝かせた。

 ……断っておくけど、ニィの装備というのは金属の胸当てと肩当てと靴のことで、皮の防具にはノータッチだ。裸にはむいていない。


「変に気を遣い過ぎさ。もう、そういう関係だろ?」

「なに煽ってんの!?」

「ケイは煽っても何もしないから気兼ねなく煽れるさ」

「何気に酷いからねそれ! 言っておくけど、これでも結構我慢してるんだから。あまりやり過ぎると、そのうちフマの前で堂々とベタベタするからね?」

「そうなったらオレも混ざるさ」

「……え?」

「冗談さ」


 一瞬信じた僕を馬鹿にするようにフマはころころと笑った。

 僕はむしゃくしゃしたのでフマを《固定》で拘束したのち、わき腹を心ゆくまでくすぐっておいた。


「そういえば、今回の調査はどう報告するの?」


 涙目で許しを請うまでくすぐってしまい、やりすぎだとフマに怒られ、ひと段落してから僕はフマに聞いた。


「ケイ。異空間の中で話すさ。理由もそこで話すから、何も聞かずにやってくれさ」

「え……、分かったけど」


 フマが真面目な顔で言うので、僕はこの部屋を魔力で満たし、《作成》と唱え、この部屋と同規模の異空間を作り出す。

 「魔法」によって詠唱して発動させなくても、「実体化」による無詠唱で発動はできるけど、普段から実体化を使っていると、人前でうっかり使ってしまいそうなので、必要がない限りは実体化を使うのは控えることにする。


 次に、魔力をドアの形に操り、《接続》と唱えて目の前にゲートを開く。

 ゲートはいつもどおり真っ黒で、僕はその中を覗いたことはない。

 腕を突っ込んでも大丈夫だったし、空気もあるみたいだから、中に入れないことはないだろう。


「それじゃあ、行くさ」


 フマは躊躇いなくゲートの中へと突っ込んでいく。

 そして、ゲートの中がほのかに明るくなる。

 フマが火の魔法でも使ったのだろう。

 というか、中は本当に真っ暗だったんだ……。

 全てが白い神世界とは、また違った異空間なんだね。


 僕はゲートを潜り、異空間の中に入ると、ニィのベッドが見える位置に陣取る。

 もちろんゲートは開きっぱなしだ。


 それから中を改めて見回す。

 僕の異空間は基本的に暗いようで、火魔法で明かりを取っているフマの周囲だけが、こぶし大の火球に照らされてぼんやりと見えている。

 それ以外は闇で、見ただけでは、どこまで空間が続いているのかも分からない。

 作成したサイズは宿の部屋と一緒だから、そんなに広くはないはずだけど、壁や床などの境界が目視できないため、広大な闇の中にぽつんと放り込まれたような心細さがある。

 異空間の中で生活はしたくないね。


「……それで、中で話す理由は?」


 僕はフマを促す。

 しかしフマは首を左右に振る。


「その前に、入り口を閉じるさ」

「……分かったよ。……《転送》」


 僕はニィのベッドをニィごと魔力で包むと、異空間の中へと移動させる。

 今のニィを残しておきたくはないからね。

 

 それから僕はゲートを閉じる。


「……で、どういうこと?」

「他の神に聞かれたくなかったさ」

「……ああ、なるほどね」


 僕はリーガルが使っていた魔法を思い出す。

 確か、《神の視点》とかいう、場所を映し出す魔法だ。

 あれでおそらく、リーガルは僕らの今までの行動を覗き見していたのだろう。

 

 フマが言っているのは、他の神も《神の視点》で僕らを覗き見しているのではないかということだ。

 そうすると、神たちに秘密にしておきたい会話なんかは、うっかり口にできないわけだ。


 だからこその、異空間。

 これはリーガルの言葉から判明したことだけど、どうやら他人の異空間については、《神の視点》で覗けないらしい。

 覗こうにも、異空間の場所が分からないからとのことだった。


「《神の視点》対策だね」

「知っているなら話は早いさ。これからの会話は、神に聞かれたくないから、異空間の中で話すさ。

 今後も、神に聞かれたくない会話は、異空間の中でするように徹底するさ」

「了解」


 僕は首肯し、フマが続きを話す。


「で、ケイに異空間を作ってもらったのは、神たちに隠しておきたいことを話すからなんだが……。

 まず、先に聞いておくさ。無事に帰ってきたってことは、ケイはリーガルに勝ったんさ?」

「うん。僕の異空間に封印してきたよ」

「…………」


 フマは力なくうなだれ、駄々っ子のように頭を振る。

 何か苦しんでいるように見えるけど、なぜだろう?


「……ああもぅ、誰かこの気持ちを理解してほしいさ」

「え、なんて?」

「……はぁ、なんでもないさ」


 フマは諦めたような顔をして、話を続ける。

 んー? なんだったんだろうね?


「で、話を戻すが、絶対に神たちに知られてはいけないことがあるさ。

 それは、リーガルを封印したことと、それを推測できるような内容さ」


 リーガルの封印、というところで、僕はなんとなく話が読めた。


「神を封印できる存在を、神たちが手放しにするとは考えにくいさ。明日は我が身と考えるのが自然、とまではいかなくても、そう考える神は必ず出てくる。

 だから、オレたちがリーガルを封印したことは、絶対に隠さないといけないさ。じゃないと……複数の神が連携して、ケイを襲うかもしれないさ」


 僕はフマの言葉に同意しようとして、とても大変なことに気がついた。


「……ねえ、僕たちがリーガルに襲われたのって、魔脈の中でしょ? そこを他の神様に覗き見られていて、その後、僕たちが無事に帰ったことを知られたら……」

「……リーガルが和解するような神じゃないと思われていたら、オレたちが、特に標的にされていたケイが無事なことを、不審に思う神がいるかもしれないさ。そうして、リーガルのことを色々と探られたら、オレたちが怪しいと睨むだろうな。

 もしもそういう神がオレたちに接触して、そこでうまく誤魔化すことができなければ……」


 ……え、ちょっと待って。

 ……え?

 つまり、神たちとの死闘ルートがあるってことですか?

 ……まじですか。


「い、いや、でも、そうなるとは限らないし、誤魔化せればいい話さ! それに、リーガルと戦う所を覗き見されていなかった可能性もあるさ! 心の準備をしておくのは大切だが、必ずそうなるってわけでもないさ!」


 フマは僕を慰めるように、補足する。


「……そうだったらいいけどね」


 それから僕が黙り込むと、フマは僕から視線を逸らし、そして話を変えた。

 うん、本当にそうなりそうな気がしてきたよ。あはは……。 


「そ、それで、本題の、調査報告なんだが……」


 フマが話を始めてしまったので、僕は生気を失った目で話を聞く。

 フマはそんな僕に視線を合わせづらいらしく、緑色の瞳があっちを向いたりこっちを向いたりしながら、説明が続く。


「も、もちろんこれも、リーガルを封印したことは伏せておくさ。神に知られたくないし、それに、人間に知られてもろくなことがない。神を封印できる人間なんて、怖がられるのがオチさ。最悪、討伐対象にならないとも限らない」


 いやもう、神様に狙われる時点で、人間なんてどうでも良くなってくるけどね。

 まあ、四六時中命を狙われたり、町から追い出されたりするのはさすがに嫌だけどさ。


「そうだね。既に状況は最悪な気もするけど、さらに悪くする必要もないからね」

「そ、そうさ。で、そのことを秘密にして報告するんだが、ケイに一つ確認しておくさ。ケイが転生している件は、秘密にしたいさ?」


 僕はそう聞かれて、考える。

 転生のことを知られて、不都合なことがあるかどうか。

 ……ない、と思う。

 というか、そんな夢みたいな話、信じてもらえないんじゃないかな?


「別に、言ってもいいけど……言ったところで、信じてもらえないと思うよ?」

「それならそれで構わないさ。ま、ギルド長はオレの知り合いさ。なんだかんだで信じてもらえる気がするさ」


 僕としては、フマが白い目で見られないことを祈っておこう。


「あとは、リーガルがいなくなったことだけはきちんと伝えるさ。

 リーガルは魔脈の管理者でもあるさ。管理者不在の魔脈がどうなるかは分からないが、後から問題になっても困る。こういうのは早めに報告するに限るさ。

 だから……、報告の概要としては、言えないことは伏せて、伝えなければならないところはきちんと報告するさ」

「……それが、妥当なところなんだろうね」

 

 細かい内容に関しては、フマ自身に任せることにする。

 ギルド長はフマの友人だということだし、報告するのはフマだろうから、うまいようにやってくれるだろう。


 こうして神様に聞かれたくない話を終えた僕らは、宿の部屋へと戻ったのだった。





 リーガルの魔脈に出発したのが早朝。帰って来たのがお昼前。

 僕は眠るニィを残して昼食に行こうとは考えられないため、フマに頼んでパンと果物を買ってきてもらい、それを食べた。

 果物はリンゴで、酸味が強く、しかも渋みもあり、正直おいしくはなかった。

 ただ、ニィと一緒に食べていたらそうは思わなかったかもしれない。多分、ニィの感想を聞きながら、笑って食べていたと思う。

 ……早く目を覚まさないかな、ニィ。


 午後になると、フマは一人で冒険者ギルドに向かった。今回の件を、ギルド長に報告するためだ。

 もちろん僕は、フマにはついていかない。報告だけなら1人でも事足りるだろうし、僕はニィの傍を離れたくない。

 報告とは別に、ギルドには魔脈で討伐した魔物を売り払いに行かないといけないけど、それはニィが目を覚ました後でもいいだろう。


 僕はフマを送り出した後、ベッドの横に椅子を置いて腰かけ、ニィの寝息を聞きながら、とりとめのないことを考えて時間を過ごした。



 

 

「んぅ……ケーィ?」

「っ! ――ニィ!」


 午後の3時頃だろうか。

 穏やか過ぎる部屋の中、椅子の背にもたれてうとうととしていると、ニィの寝ぼけたような可愛い声が聞こえ、僕は一気に目が覚めてベッドのふちに取り付いた。


「ニィ、大丈夫!? どこも悪いところはない? 痛いところとか、違和感とか」


 僕はニィの顔を上から覗き込み、頬に手をそえる。

 すると、ニィがビックリしたように僕を見た。


「っ!? ……あ、ケーィ」

「……ふふ、そうか、【存在希薄】のせいか」


 いつもニィは僕の姿を見失うことがなかった。

 それなのに、今は僕の存在に気付いていなかった。

 それがなんだかおかしく思える。

 そういえば、朝起きたとき、いつもニィは僕のことを認識していたけど、どうやっていたんだろう?

 ……ああ、僕にくっついて寝ているからか。僕に触れれば【存在希薄】は無効化する。

 あれ? もしかして、寝るときに僕にひっついていたのって、それも理由?

 翌朝目覚めたときに、僕のことを見失わないようにするため?


「……可愛いなぁ、ニィは」


 僕は急に愛おしく感じられ、ニィの頭から髪にかけて、優しく撫でる。

 「可愛い」と言われたせいか、ニィが顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうに赤い瞳を揺らす。

 それがまた愛らしく、たまらず僕は、ニィの頬にキスをした。


 顔を離すと、ニィが潤んだ瞳でぽーっと僕を見上げていた。

 我慢ならず、僕はそのままニィの赤い唇にキスを落とした。

 数秒して、唇を離し、息が掛かる至近距離で互いの瞳を見つめ合う。


 ……この先に進みたくなり、どうするか葛藤していると、ふと、あることを思い出した。

 僕はニィの上から離れ、照れ笑いをしながら尋ねる。


「えっと、体は大丈夫? なんともない?」


 いけないいけない、大事なことを聞き忘れていたよ。


 ニィはきょとんとする。それから……意識を失う直前のできごとを思い出したのだろう、上気していた頬がみるみる青ざめていく。


「え、あ、あ、ケーィ、ケーィが……あれ? ケーィ、死んでない? で、でも、私、負けちゃって……」


 ニィがパニックに陥りそうになっていたので、僕はニィの手を握り、安心させるようにゆっくりと伝える。


「大丈夫。全てね、終わったよ。リーガルは、……えっと、彼とは和解したんだ。……僕たちはね、助かったんだよ」

「……え? 助かった、の?」

「うん。助かったんだよ」


 あやうく封印したと伝えそうになった。危ない危ない。

 ニィにはあとで、真相を教えよう。


 ニィは僕が目の前にいることで、ようやく実感が湧いたらしく、だんだんと落ち着きを取り戻してくる。

 とはいえ、あのリーガルと和解する様子が想像できないのだろう、不安そうな表情を崩さない。

 そのへにゃっと眉尻の下がったニィの柳眉を、僕はほぐすように撫でながら言う。


「僕は、ニィよりも強い。……そうでしょ?」


 ニィが城を抜け出した日、救出部隊の前でニィが言ったそれを、僕は引用した。


「え……、でも、それは」

「あのときは半分以上嘘だったんでしょ? でも、もう、嘘じゃない。僕は、ニィが勝てなかったリーガルに、あることをして、和解したんだ。内容は後で教えるよ」


 僕は安心させるように微笑む。

 ニィは探るような目で僕をじっと見つめていたけど、僕に動揺一つ見られないことを悟ると、いきなり、ふにゃりと泣きそうな顔に崩れた。

 え!? なんで!?


「ケーィ……ケーィっ……!」


 ニィはがばりと起き上がり、僕の首に抱きつく。

 

「ぐすっ……ぅ……ひぐっ、ぅ、うぅ~」


 そうして、小さい体を震わせて、嗚咽する。

 僕はニィの背中に両腕を回し、優しくさすりながらニィが落ち着くまで待つことにする。


 ……考えてみれば、ニィはリーガルの前で倒れていた。

 それは敗北を意味する。ニィはおそらく、リーガルに負けて死を覚悟したことだろう。


 あるいは、僕がリーガルに殺されるのを確信したか。


 なんにせよ、それは尋常じゃない恐怖だったに違いない。

 そういう意味では、僕は間に合わなかったのかもしれない。


 ニィが意識を閉ざす直前、ニィが何を考え、何を思ったのかは分からない。

 でも、それを考えさせる前に、僕はニィを助けられたら良かったんだ。


 それが高望みだってことは分かってる。

 神を倒し、ニィの命を救えたことが、既に奇跡のようなことなんだ。


 でも、高望みだろうと、それがニィのためになるなら、僕はなんだって求めよう。

 僕はいくらでも強くなってみせよう。 


 ニィが怖がったり悲しんだりすることのないように。

 ニィがもう、泣かないで済むように。

 

 泣きじゃくるニィをなだめながら、僕はそのように誓うのだった。



 更新が遅れてごめんなさい!

 直前にストーリーの矛盾に気がついたからしょうがないの……。

 はい、言い訳です。

 直前に書き直さなくて済むよう、しっかりとストーリーは把握しておきたいですね。


 神たちとのバトル。神話の再現。

 憧れますけど、はてさてどうなることやら。

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