28話 転生の真相
2014/11/29 脱字を修正しました。
「ふむ、それを殺す前に、まずは話をしようではないか。わたしの名は、リーガル。この魔脈に住んでいる、神だ」
その男は、何が気に食わないのか、眉根を寄せたしかめ面で僕らを見ている。
僕らは一瞬たりとも緊張の糸を緩めることができない。
その男の醸し出す非友好的な空気、男に秘められたフマ以上の圧倒的な魔力量、そしてなにより、当たり前のように放ってくる殺気が、この場を張り詰めさせている。
そんな緊張状態の中、僕は何かを聞き間違えたのかと思った。
いや、それはありえない。ずっと集中していた。一言一句、聞き逃しちゃいない。
今、この男はなんて言った?
神。
それは重要じゃない。
この男が魔脈の中心部に存在することと、この男の持つ人外級の魔力量――なるほど、彼は神様だろう。
そこじゃないんだ。
……『それを殺す前に』?
それとは……それとはなんだ?
誰だ? 誰のことを言っている?
そう僕は考えるも、答えは出ていた。
洞窟の入り口で、僕にだけ殺気が向けられたこと。
今現在、彼が僕を見ていること。
……僕は、神様の怒りを買ったのだろうか?
いつ? どこで? 何をして?
僕はここで殺されるのだろうか?
そんなの……そんなのは認められない。
死にたくない。
こんなところで死にたくはない。
戦うな、逃げるんだ。
この男と戦ってはいけない。
勝つことを考えてはいけない。
僕らは今すぐ逃げるべきなんだ。
考えるまでもなく逃げるべきなんだ。
僕は震える体を押さえつけ、フマとニィを、圧縮した魔力で包み込む。
いつでも、《転送》ができるようにと。
幸いながら、洞窟の入り口にはマーカーを設置してきている。
この男がここの魔脈の神様だというのなら、魔脈の外までは追ってこないかもしれない。
そうだ、そうにちがいない。
彼はここの管理者なんだ。
僕らは彼の管轄外へと逃げればいいんだ。
目の前の男、リーガルは、最初の一言から口をつぐんでいた。
こちらの出方を窺うように。
見られている、が、僕は魔法を発動させようとする。
お互いの距離は10メートルほど。
相手が何かするより、《転送》の発動のほうが早いだろう。
僕は呪文を唱えるべく、口を開けた。
直前、リーガルが言う。
「お前の出自の秘密だぞ――ササクラ・ケイ。わたしの話を聞くべきではないのか?」
「《…………》」
殺気がやむ。
だからというわけではないが、僕は、呪文の詠唱をしなかった。
出自の秘密。
確かにそう聞こえた。
もしかして、僕が転生する前の話か?
僕の知らない記憶の話なのか?
「そうか、こうすれば良かったのだな。殺気を向けられれば警戒もするか。
安心すればいい。話の最中に不意を打つような無法はしない」
「……」
不意を打たない、なんて言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。
僕ら3人は、誰も気を緩めることはしない。
それをどうとも思っていないのだろう、リーガルは、しかめ面を崩さずに話を続ける。
表情があまりにも変化しないため、まるで、眉間にしわが刻みこまれているようだ。
僕は重要な情報を聞き逃すまいと、耳を傾ける。
「お前たちの会話は、覗かせてもらった。
わたしの出した結論を告げよう。ササクラ・ケイ。
お前は、スイシアの作り出した傀儡だ」
「……」
「ああ、比喩ではない。そのままの意味だ。
表現を変えようか。
お前は、スイシアの作り出した兵隊。都合のいい手足。使い勝手のいい駒だ」
「いったい、何を……?」
転生前の話ではないのか?
リーガルは何を言っている?
シア様が僕を作った?
転生させた、の間違いではなくて?
「お前は、自分が転生をしたと思い込んでいる。
だがそれは間違いだ。お前にはどうして、転生前の記憶がないのか? それは転生などしていないからだ
話は単純だ。お前は、スイシアが作り出した擬似生命なのだ」
リーガルの言いたいことが理解できたとき、僕は恐ろしい着眼点だと思った。
自分が何者なのか?
この問いに答えるとき、まず最初に思い浮かぶのは両親の顔だろう。
自分は父と母の子どもであると、そう答えるだろう。
でも、僕の場合、それができない。
記憶がないから。
両親を忘れている。
本当にそうなのか?
僕には本当に両親がいたのか?
僕はこれに答えることができない。
リーガルの言うとおり、僕は作られた存在なのか?
「……そんなわけない。記憶がないのは、転生前の文明がこの世界に混入するのを防ぐためだと聞きました」
そう、理由はある。
そして、僕はそれに納得している。
「スイシアの言葉だ。そこに裏づけはない」
「それは、そうですけど。でも、それをいえば、裏づけのある証言なんてみんなしていないんじゃないですか?」
「そうだ。だから最終的に、誰を信じるかという話になるが、お前はどうしてスイシアの言葉を信じられた? どうして自分が転生をしたのものと思い込んだのだ?」
それは……確信を持って言える。
「僕には一度死んだ覚えがあります。だから……」
だから……、僕は、この感覚が、真実だと思い込んでいる……?
あれ……、そうだ、僕には死んだときの記憶があるわけじゃない。
いつ、どこで、どのように死んだのかを知らない。
ただ、死んだのだ、という確信だけがあるのみで。
「スイシアがそのように設計したのではないのか?」
「っ……」
……僕は、どう否定すればいいか分からなかった。
結局のところ、僕には記憶が欠けているのだから。
「……でも、ときどき、知らないことでも、体で経験した覚えが……」
「それも、スイシアの設計ではないとどうして言える?」
「……でも、この服は転生前のものです」
「スイシアが作り出したのではないか? スイシア自身、この世界の標準的な服装とは違うものを着ていたのではないか?」
それは……当たっている。
「でも、でも、……そんな、僕は……」
僕は、作り物なのか?
僕は、偽物なのか?
「……違う」
「それは希望的観測だ。客観的事実ではない」
「そんな……違うんだ、僕は」
「お前の異常な才能はなんだ? スイシアが駒として使えるように与えたのではないか?」
「そうじゃない……これは、シア様が、代償と引き換えに……」
「それはそうだろう。作れる人形のスペックには限界があるだろうからな。どこかを上げれば、別のところを下げねばなるまい」
「そんな……嘘だ。僕は……」
自分という存在の否定。
拠り所としていた根幹の喪失。
急に、この薄暗い峡谷の闇に押しつぶされる錯覚に陥った。
息が苦しくなり、足元がおぼつかなくなる。
自分の中身が空っぽである虚無感。
自分という枠組みが壊れていく恐怖。
僕は……僕なのか?
僕は……誰なんだ?
僕は――僕は――?
と、そんな、気が狂ってもおかしくない、むしろ、気が狂い始めていたときだった。
僕は、その声を聞いた。
「ケーィは、私が好きな人よ」
確信に裏打ちされた、力強い少女の声。
ばらばらになりかけていた僕の意識が、たったその一言に呼び戻される。
声のしたほうを見れば、ニィだ。
さきほどまでの気後れした表情はなく、何者にも負けないという気迫をその横顔に宿していた。
「ケーィは、私が好きな人で、それ以外の何者でもないわ」
ニィが、きっぱりと言い切った。
その言葉は、なんて……僕を落ち着かせてくれるのだろう。
ニィ……。
ニィ……。
……そうか、そうだよね。
僕は、ニィに好かれている僕で。
僕は、ニィを好いている僕だ。
「ニィ……ありがとう」
君はいつだって、僕の隣で僕のことを肯定してくれるんだね。
君の存在に……僕は救われた。
君は……本当に、最高だよ。
「ケイ、な、なにリーガルに飲まれてるさ。リーガルの言っていることは根拠がないさ。と、とりあえず、スイシアに確認するためにもここを切り抜けるさ」
フマが、声を上ずらせながらも、僕を励まそうとしてくれる。
励ますというか、後で考えろみたいな?
今はそれどころじゃなくて、圧倒的強者であるリーガルから意識を逸らすな、みたいな?
その現実的な物言いに、僕はおかしく感じ、心に余裕ができる。
「うん……そうだね。飲まれてちゃ駄目だね。フマも、ありがとう」
僕には、2人の素敵な仲間がいるんだ。
もう、リーガルには負けていられない。
僕はぐっと丹田の辺りに力を入れ、リーガルを見据えた。
転生に関する不安や疑心が晴れたわけじゃない。
でも、優先順位を見失ってはいけない。
僕ら3人は、リーガルとは極力戦わず、逃げ切らなければならない。
全ては、それから考えるべきなんだ。
「ふむ。お前を飲み込もうという意図はなかったのだがな。わたしはただ、お前に問いたかったのだ。お前はそれでもスイシアの側につくのかと」
「……それは、シア様の返答次第ですね。シア様に聞かないことには、判断がつきません。少なくとも、今この場で答えられる質問じゃないです」
「そうか。ふむ。そうか。よく分かった」
瞬間、殺気が体を貫き、体の温もりがさらわれる。
全身に鳥肌が立ち、体の芯の震えが止まらなくなり、奥歯がかちかちと鳴り始めた。
僕は、毅然としたニィの存在を頼りに、折れそうになる心を必死に抑え、いつでも《転送》を唱えられるように身構えた。
「最後に、問おう。もしもお前がこちら側につくというのなら、この場での処分をやめるが、どうするか?」
「……そちら側、というのは、具体的にどういうことですか?」
「スイシアを、その駒を増やすことで戦力拡大を試みる危険因子とみなし、これの討伐を目標とする者。いうなれば、スイシアの敵対者だ」
「……僕に、シア様を殺せと?」
「直接は無理だろうが、そういう立場にはなるだろう」
「……一つ言いますが、僕は別に駒という自覚はありませんし、シア様の戦力というつもりもありません。僕は僕です。死にたくないので神様とは敵対したくないんですけど……具体的には、シア様はもちろん、あなたとも敵対したくはないです」
「スイシアがお前を洗脳できていないとは言い切れまい。創造主であれば、どんな細工でも施せるだろう」
「……シア様は、創造の神様なんですか? 転生の神様ではないんですか?」
僕は疑問に思った。
駒を増やすという行為が、誰でもできるものとは思えない。
リーガルの言うことが本当であれば、その行為は、シア様の神としての能力に当たるだろう。
それならば、シア様は何の神様なのか?
リーガルは、気難しい表情のわりには丁寧に説明をしてくれる。
……その内容は、いちいち僕を驚かせてくれるが。
「スイシアは、間違いなく転生の神だ。ただし、転生させる神ではなく、転生した神だが」
「……え?」
「あろうことか、神である彼自身が、いや、彼女自身が、転生を果たしたのだ」
……ちょっと待って、どういうこと?
シア様が、僕を転生させたのではない?
シア様が、転生をした?
……。
つまり?
「シア様は、他の神様が転生をした姿?」
「そうだ」
「……」
なにそれ。転生の神って、そういうこと?
いや、リーガルの言葉が全て正しいとは限らない。
信じてしまうのは早計だろう。
……シア様に尋ねないといけないことが増えてしまったね。
「問いに戻るが、お前はどうする、ササクラ・ケイ。スイシア側につくのか? それともこちら側につくのか?」
リーガルは問うてくる。
しかし、僕はその言葉に引っかかりを覚えた。
「……すみませんが、僕の名前をもう一度言ってもらえますか?」
「……? どうした、ササクラ・ケイ。何が言いたいのだ?」
「……いや、そうですね……もしかして、神様の真っ白な空間って、覗き見ができないんじゃないですか?」
「……? そうだが、それがどうした?」
「じゃあ、僕とシア様の会話は聞いてないんですよね?」
「ああ、そうだが、それがどうした?」
途端、僕は笑いたくなった。
この男、リーガルは、僕がシア様と会話した内容を知らない。
にもかかわらず、僕が転生をしたという事実(と言っておく)を知っていた。
つまり、リーガルは、僕がフマとニィに説明した内容から、今までの主張を組み立てていたのだ。
確かに、リーガルの主張に対して、反証を挙げることはできない。
でも、リーガルは知らない。
「シア様は、いい神様ですよ」
「ササクラ・ケイ、いきなりどうした? おかしくなったのか?」
「おかしい? はは、違う意味でおかしいですけどね。シア様が僕を騙していた? そんなことはないですよ。だって、あのシア様が、あんな表情をできるシア様が、僕を騙していたというのなら……僕が信頼するフマとニィも、僕を騙している可能性を考えなければいけません」
「なんだその論理は? 筋が通っていないぞ?」
「あなたは、シア様に会ったことはありますか?」
「前身になら会ったことはある。あれは力のみを求める無法者であった」
「なら、やっぱり……僕は、シア様を信じます」
「よく分からないが、とにかくこちら側には来ないのだな? ならば」
「あ、その前に一つ、いいですか?」
「なんだ?」
「僕の名前ですけど」
僕は、リーガルの殺気に精神と体力を削られながらも、精一杯の虚勢を張って、微笑んでみせる。
「僕の名前は、ササクラ・ケイではありません。
正しくは、佐々倉啓ですよ」
僕は、してやったりと思う。
転生前の世界の言葉を知らないリーガルは、しかめ面のまま、「やはり分からないな」と呟く。
――そして、告げた。
「説明は終わりだ。わたしはスイシアの駒を殺そう。そこの2人、妖精と魔人はわたしのターゲットではない。殺すつもりはないが、抵抗をすれば、うっかり殺してしまうかもしれない。それだけは断っておく」
無駄な抵抗はするなってことですか。
僕はニィを見る。ニィはリーガルから目を逸らさぬままに、力強く頷く。
僕はフマを見る。フマは小さな体をがくがくと震わせながら、両腕で自身を抱いて、半笑いになっていた。ありゃ、フマは重症だね。
僕は状況を確認した後、もうこの場に用はないと判断し、リーガルに言った。
「分かりました。――さようなら」
言い終えるや、僕は素早く口を動かす。
「《転――」
もちろん、神様であるリーガルが、殺すと宣言している相手をむざむざ見逃すはずもない。
僕が詠唱を終えるのにコンマ3秒もかからないけど、リーガルが動いたのはそれよりも当然のように早かった。
僕だって、リーガルが動くことぐらいは予想していた。
でも、まさか、余裕で追い抜くとは思いもしなかった。
僕が「転送」の「転」を言い終える直前。
リーガルは三つのことをやってのけた。
一つ、抑えていた自身の魔力を解放すること。
二つ、解放した魔力を、コンマ1秒のさらに10分の1ほどの瞬間で、僕らの立っている足場を丸々飲み込む大きさで伸ばしてきて、10メートルほどの距離を詰めたこと。
三つ、馬車をも軽々と飲み込める魔力の鉄砲水を、まさに水そのものへと変換し、僕らをその体内へと取り込もうとしたこと。
すなわち、僕が一文字すら唱える間もなく、リーガルの攻撃が成立したのだ。
魔法を使う暇なんてない。
そんな次元じゃない。
早すぎた。
あまりにも早すぎた。
逃げる?
そんなのは無理だ。
まさしく瞬きした次の瞬間には攻撃を終えるような相手に、どう立ち回ればよかったのか。
それこそ、声を発するよりも、瞬きのほうが早いというのに。
僕は目前に迫った鉄砲水を見て、敗北を確信した。
……しかし、一方で口は動いていた。
「転」という発音で、鉄砲水に飲み込まれたと思いながらも、すぐに口を止められるはずもなく、続いて僕は発音していた。
「――送》」
チュドォォオオオオオオオン。
瞬間、僕は鉄砲水に飲み込まれるのではなく、転送に成功していた。
視界が切り替わる直前に確認できたのは、鉄砲水がいきなり中心から爆発したことと、リーガルの攻撃に遅れて発射されたフマの極大魔法が、爆発の衝撃波を相殺したこと。
……そして、僕の転送用の魔力の覆いから、ニィがいなくなっていたこと。
洞窟の入り口である森の中へと出現したとき、そこには僕とフマしかいなかった。
次回、魔王vs神。




