27話 リーガルの魔脈
僕とニィは、日が落ちる前に宿へと戻ってきていた。
夕食の前にはフマも戻ってきて、3人で食事に行き、腹を満たす。
部屋に戻ってくると、風呂を済ませる。
そうして夜、僕はニィとしっぽりする……のではなく、明日の予習をしていた。
「それじゃあケイ、魔脈について覚えていることを言うさ」
「えっと、魔脈は濃い魔力が噴き出しているところで、神様がそこを管理している。で、魔脈の周辺では、魔脈の魔力を受けて強力な魔物が生まれている」
「その通りさ。魔物は、B級から、A級、それにS級がいることもあるさ。今回は一応、ニィナが前衛、オレとケイで後衛をやって戦うが、最悪は、ニィナが魔力を開放するさ」
「ニィが本気を出しても大丈夫?」
「S級の魔物がいるところには、誰も行きたがらないさ。それに、魔脈の魔力の中で活動できるのは、ほんの一握りだけさ。周りの目は気にしなくていいさ」
「そうなんだ。あ、魔物についてなんだけど、問答無用で殺しちゃってもいいんだよね?」
「いいさ。視界に入ったら討伐して、全て持ち帰って換金するさ」
「了解」
いくら魔物でも、脳に《転送》をかければ生きてはいられまい。
遠慮なくやらせてもらおう。
「ま、弱体化しているって話だから、S級はいないかもしれないがな」
「それならそれでいいよ。……あと、もし管理している神様に会ったら、誰が代表して話す?」
「リーダーであるケイ、と言いたいところだが、ここは知識のあるオレが担当するさ。それにケイは、神に気づかれない可能性もあるしな」
「……いや、どうだろうね?」
僕に能力をくれたシア様はともかく、ロニーちゃんにも認識されていたし。
もしかしたら神様には【存在希薄】の効果がないのかもしれない。
「他に、注意する点はなさそうさ。明日は、魔脈まではケイの魔法で移動して、そこからは歩いていくさ。何か質問は?」
「ないよ」
「私も」
僕とニィが首を振り、こうして勉強会は幕を閉じた。
その夜。
「どうするさ? オレは部屋を出たほうがいいさ?」
寝る段になって、僕らの関係を察していたフマが、にやにやとしながら声を掛けてきた。
「いや、フマも一緒でいいよ」
「ん? オレにそういう趣味はないさ?」
「なに言ってんの!?」
「冗談さ。それよりいいのか?」
「いいよ」
僕はまだ、ニィと夜の関係を持つつもりはない。
一つは、ニィとはゆっくり付き合っていきたいということ。
別に急ぐ必要はないし、ニィも積極的というわけじゃないし、知識も少なそうだし、あとは僕の我慢ができれば万事オッケーだ。
もう一つは、ズバリ言ってしまえば、避妊具がなさそうだということ。
こっそりと雑貨屋の中を探したことはあったけど、そういうものは見つからなかった。
今度、フマに聞いてみようか。いや、身近の人に聞くのは生々しいか。店員にでも聞くとしよう。
とにかく、リスキーなことはできないので、そういうことだ。
僕らは3人でベッドに寝る。
ただ、今までとは違い、僕とニィの密着度が高い。
それを受けてフマが一言。
「この甘ったるい空気には耐えられないさ」
結局、フマは部屋を出て行ってしまった。
……なお、それでも僕はニィに手を出していないことを断っておく。
翌朝。
宿で朝食を取り、僕らは装備を整える。
出発だ。
「まずは目的地を目視するために空に行くさ。100メートルでいい。ケイ、頼めるさ?」
「了解。《転送》」
僕はマーカーを上空に飛ばし、2人を魔力で包み、転移する。
直後、足元に薄く延ばした魔力を敷く。
「《固定》」
僕とニィは降り立つ。フマは、浮遊している。
「あっちの方角。魔力感知するさ」
フマが指差した方向を見やる。
町の外壁があり、平原があり、森があり、山がある。
僕は言われた通りに魔力感知を試みる。
遠い距離ではあったが、それが分かった。
……何か得体の知れない、魔力の塊。
星と自分を見比べるほどに、絶望的な大きさ。
この感覚には覚えがある。
魔王城で魔力感知をしたときに、魔王城の地下に同じようなものを感じた。
……そうか。これが、魔脈か。
「うん、……分かったよ」
「魔脈は、山の地下にあるさ。そこに通じる入り口が、山麓にあるんだが、分かるか?」
「…………あれか。魔脈の魔力が地上に流れ出ている所。うん、いけるよ」
僕はそこにマーカーを飛ばす。
ふとフマを見れば、フマが呆れていた。
「ケイの魔力感知も大概ありえないさ。オレにはあの一帯全てが濃い魔力に覆われているくらいにしか分からないさ」
「んー、なんか集中すれば、見分けつくよ?」
「それがありえないんさ」
フマはやれやれと首を振る。
まあ、僕のは【魔力感知:Ex】だしね。
「さて、それじゃあ行くよ?」
僕は2人に声を掛け、2人を魔力で包み込み、同時に、僕は魔力障壁を張っておく。
「《転送》」
瞬間、森の中へと出現する。
周囲には濃い魔力が立ちこめており、僕基準で言えば、魔力量は500から1000の間くらいだろう。
普通の人間であれば立っていられなくなり、体が衰弱していき、数十分で意識を失うんじゃないんだろうか。
とはいえ、僕らは平然と立っている。
僕は高圧縮した魔力障壁を張っているため、おそらく魔脈の中心地でも難なく動けるし、フマやニィはもとから魔力量が多いので、魔力障壁を張るまでもなく耐えられるのだ。
「あれが入り口だね?」
僕は前方を指差す。
そこには切り立った崖に、高さ3メートルほどの洞穴がぽっかりと口を開けており、中からは脈々と魔力が流れ出している。
「そうさ。行くさ。魔力感知で常に気配を探って、魔物が現れたら即討伐するさ。ただし、人型であれば神かもしれないから、それだけは注意するさ」
「もし神様に攻撃しちゃったら?」
「それは絶対に避けたいが、もしやっちゃったら、全力で謝るさ」
「許してもらえなかったら?」
「そのときは全力で逃げるさ。頼りにしてるさ、リーダー」
僕は苦笑するも、念のため、この場にマーカーを残しておく。
これですぐに脱出ができる。
もちろん、神様に喧嘩を売るつもりは毛頭ないけれど。
僕らは洞穴に足を踏み入れる。
「《光》」
ニィが明かりを出し、中を照らす。
足場はごつごつとしているものの、人が歩いて通れる程度には整っていた。
歩を進め、完全に洞穴の中へと入っていく。
直後。
全身が粟立った。
「っ!?」
僕はきょろきょろと辺りを窺う。
「ん? どうしたさ?」
フマが聞いてくる。フマは何も感じなかったようだ。
ニィのほうも見てみるが、こちらも不思議そうな顔をしている。
「……いや、なんか寒気がしたんだけど、気のせいだったかな?」
「……? ま、内部はひんやりしているから、それのせいかもしれないさ」
「……そうだね」
僕らは再度、歩き出す。
ニィが先頭で、僕とフマがその後ろだ。
前衛と後衛に分かれていて、パーティとしての連携の訓練も兼ねている。
まあ、魔物は全て、僕が《転送》で倒すつもりなんだけどね。
……それにしても、さっきのはなんだったんだろう?
あのとき、僕は、思ってしまった。
死んだ、と。
あれは、俗に言う殺気だったんじゃないだろうか。
でも、いったい誰が?
それに、どこから?
「……」
答えの出ない僕は、ただ気を引き締めることしかできなかった。
高さ5メートルほどの洞窟内部を、ニィの魔力が壁を作り、塞ぐ。
「《炎獄よ。それをさらってはくれないだろうか? その流れは、炎の奔流》」
ニィの詠唱が終わるや、魔力の壁から向こう側へと、洞窟内部を埋め尽くす炎が、一部の隙間もなく吹き出した。
「キキッ!? キーーーーッ!」
甲高い蝙蝠の鳴き声が、向こう側から幾十も聞こえてくる。
それらは断末魔の叫びを上げるがごとく、一際不快な高音を響かせた。
それもそうだろう。
あちら側は地獄にも等しい。
なにせ、逃げ場もなく炎に埋め尽くされ、なす術もなく生きたまま焼かれているのだから。
向こう側は炎の閃光で何も見えないけど、魔力感知によれば、天井付近を飛び回っていた蝙蝠たちがぼとぼとと落ちていくのがよく分かる。
そうして全て落ちた後、ニィは炎を消し、魔力の壁を崩した。
――ブラッドバット。
単体であればD級の魔物だが、群れに遭遇した場合はB級となる。
群れで、聞こえない超音波を発するが、その結果、様々な方向から音が聞こえるようになり、聴覚を使った戦闘を封じられるのだ。
体長30センチで、変則的な飛行から急に襲い掛かり、爪と牙で肉をえぐる。
遭遇する直前に、フマに教わった情報だ。
ブラッドバットの厄介な所は、空中を変則的に飛行しているところで、僕の魔力操作なら余裕で追いつきはするけど、動きが読めず、魔力で捕捉できなかったため、《転送》が封じられた。
要するに、《転送》無双ができなかった。
僕は苦々しく思いながら、こういうこともあるのかと教訓を得た。
慢心はよくないね。
ブラッドバットの群れは、ニィの広範囲魔法で一気に片付けた。
ここまで焦げた臭いが漂ってくるけど、手加減したのか、焼死したブラッドバットは原形を留めている。
僕は予め作っておいた異空間――「魔物」フォルダに、ブラッドバットの死体を全て転送させた。
その数、73。
多いね。お金に換わるからいいんだけど。
それだけの数を一度に転送させると、僕の魔力はまあまあ消費されるけど、魔脈の魔力に浸っている影響か、魔力の回復が早い。
普通の環境なら1分で1割回復するところが、今だと1秒で1割回復している。
さすが魔脈だ。
まあ、これだけ早いのは、僕の魔力量が少ないからというのもあるんだろうけどね。
ブラッドバットを倒し終えた僕らは、歩みを再開する。
洞窟の中は緩やかな下り坂となっており、奥へ進むにつれ、だんだんと地下へと潜っている。
通路にはたまに分岐点も現れるけど、僕らは地下へと続くほうに足を進めている。
通路に充満している魔力を感知すれば、どの通路がどういうふうに続いているのか分かるのだ。
洞窟の構造を、3次元的に理解しているようなもの。
チートっぽい気もしないことはないけど、魔力感知ができれば誰でも可能なため、妖精や魔人ならありふれた手段なのだろう。
あるいは、普通の洞窟なら魔力密度が薄くて感知しづらいかもしれないけど、魔脈なら容易い。この方法は魔脈限定なのかもしれないね。
道中ではサソリや蛇の魔物も現れたけど、これらに関しては僕の《転送》で瞬殺しておいた。
フマの話によれば、どちらもB級の魔物らしい。
話に聞いていた通りに、魔物が弱体化しているようだ。
「もとからいた強い魔物はどこに?」
「森のほうに出て行ったんだと思うさ。新しく生まれた魔物が弱くなっているんさ」
それからも僕らは洞窟を進んでいく。
そして、僕らは地下道を抜けた。
……そこは、地下の峡谷だった。
空間が開けており、両側が崖のように切り立っている。
幅は50メートルほどだろうか。
崖の上には壁伝いに足場があり、僕らはそこに立っていた。
「……」
背筋が薄ら寒くなる。
崖の底は、どこまで続いていた。
底のほうから魔力が噴き出しているため、魔力感知を使えば、深さが分かりそうなものだ。
……ただし、それは魔力感知の及ぶ範囲での話。
少なくとも僕の魔力感知なら、数キロなら普通に感知可能だ。
……にもかかわらず、底の魔力は追い切れなかった。
果てしのない奈落の谷。
数キロの単位ではない。数十キロ、あるいは数百キロ。
とにかく、底がないのだ。
落ちたとして、いつ死ねるかも分からない。
そして、絶望的なスケールは、谷の深さだけではない。
魔力の量。
底知れない底から、沸々と湧き出ている魔力。
その量たるや、人間が認識できる規模を超えている。
まるで、星の大きさを相手にしているかのようだ。
どうにかなるわけがない。
どうにかできるわけがない。
僕なんてちっぽけだ。
何をしたって、どうにもならない。
かろうじて僕は、魔力障壁のおかげで立っていられるけど、もしこの障壁を解除したら、僕は1秒ともたずに気を失うのではないだろうか。
2人はどうだろうと様子を窺うと、フマは魔力障壁を張っていたけど、それでも苦しそうにしていた。
ニィは、さすがというか、やっぱり魔力障壁は張っていたけど、平然としている。
「フマ。大丈夫?」
「ああ、大丈夫さ。それより早く、調査するさ。あまり長い間ここにはいたくないさ」
同感だった。
「調査って、どこまでやるの?」
「この足場伝いに進んで、端まで行くさ。それで異常が見つからなければすぐに帰るさ。さすがに谷の底は……」
「……そうだね。了解」
僕らは足場を進んでいく。
峡谷は数キロに渡って続いており、その突き当りまで進むのだろう。
僕は歩きながら、生きた心地がしなかった。
隣には、深遠という言葉が似合う谷の裂け目が佇んでいるのだ。
この谷が、地獄に続いているといわれても、僕は信じてしまうだろう。
僕はとにかく早く終わらせたかった。
こんな底知れない峡谷にはいたくない。
こんな得体の知れない魔力には浸っていたくない。
それでも、僕の体は震えずに済んでいた。
それは、ニィの存在があったから。
ニィが平然とそこにいて、涼しい顔をしていたから、僕は少しだけ安心できていた。
僕らは歩いていく。
ニィの操る光は、前方数十メートルまでしか届いていない。
後ろを振り返れば、僕らが出てきた横穴は、暗闇に飲まれて見ることができない。
僕らは進むことで、明かりを前へと進めていく。
僕らは誰も喋ることなく、辺りは不気味な静けさに支配されていた。
2分ほど歩いたときだった。
ふいに、前方に、魔力の反応が現れた。
僕らが疑問に思うのと同時、それがニィの光の範囲に入る。
それは、人だった。
若い男だ。
茶褐色の髪をした、気難しい表情の男。
顔はやたら整っているけど、それが余計にしかめ面を際立たせている。
「ひっ!?」
声が思わず漏れた。
彼の魔力量が、ニィみたいに膨大だったから、ではない。
こんな場所に、人がいるわけがなかったからだ。
僕らは自然と立ち止まる。
しかしすぐに、ニィが一歩前へと進み出た。
その表情には余裕がない。
困惑と恐怖をない交ぜにしたように、強張っていた。
「《身体強化――4》」
ニィが唱え、炎剣を構える。
魔力が通され、鞘の幻影が掻き消え、炎剣の波打つ刀身を炎が包んだ。
……臨戦態勢だ。
僕とフマが硬直している間に、ニィは戦いの準備を整えたのだ。
それに気付いた僕は、認識できないほどに高圧縮した魔力を、周囲にちりばめる。
フマは、極大魔法を唱え、背後に風の凶器をいくつも控えさせる。
それに対して、目の前の男は、こちらをただ見ていた。
しかめ面で、つまらなそうに。
そして僕を、ぎろりと射抜く。
「うっ」
体が震えだす。
止まらない。
奥歯がかちかちと鳴る。
手足の感覚がなくなりそうだ。
これは、この感覚は、洞窟の入り口で感じたものと同じだ。
これこそが、殺意。
僕は、今、目の前の男から、殺意を向けられている。
こんなのは、首に刃を当てられているのと変わらない。
生殺与奪の権を相手に握られている。その確信があった。
「……あー、ごほん」
目の前の男が、口を開いた。
僕らは緊張の糸を少しも緩めないで、それを聞く。
「ふむ、それを殺す前に、まずは話をしようではないか。わたしの名は、リーガル。この魔脈に住んでいる、神だ」
佐々倉啓を、ロックオン。
ついに物語が動き出す……。
……かもしれない。
総合評価が100ptに達しました。
皆様、ありがとうございます。




