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21話 村を出発



 結局、僕の部屋でニィとフマは寝た。

 僕はニィを追い返すつもりだったのだけど、「昨日も一緒に寝た」という前例を盾にされて押し切られてしまった。

 2部屋取って、こうなるのなら、今度からはダブルベッドの部屋を1部屋取ろうと思ったのだった。


 さて、翌朝。

 村を出発するときが近づいてきた。


 僕らは宿で朝食を済ませ、待ち合わせ場所であるという村の入り口へと向かう。


 僕にとってこの村は、始まりの場所だ。

 転生して初めて訪れた集落であり、そして僕はまだ、この村以外の場所を知らない。

 その始まりの地点を、僕は出ようとしている。

 これからだ。

 これから旅が始まるんだ。


 僕は未知の世界に足を踏み出す興奮を覚えた。

 ありていにいえば、わくわくする。

 こういう感情を抱いているのは、僕だけだろうか?


 村の大通りを歩きながら、僕は隣を見下ろす。

 僕の視線に気付いたニィは、僕の意図を察したのか、私も、と言わんばかりににっこりと笑った。

 僕はたまらず、僕の裾を掴んでいたニィの手を取る。

 少女のものとしか思えない小さくて柔らかい手だ。

 僕はその手と自分の手を繋いだ。

 ニィは数秒呆気に取られていたけど、直後、恥ずかしいのか顔中真っ赤にして俯いた。

 僕も照れくさく、ニィから顔をそらしたので、傍から見れば初々しく映っただろう。

 ……いや、僕の存在は映らないんだけど。


 フマはというと、相変わらず僕の頭の上に乗って楽をしている。

 顔は見えないのだけど、僕がニィと手を繋いだあたりで頭をぺしぺしと叩いてきたので、多分にやついているんじゃないかと思う。


「ケイめ、ついに落ちたか。よろしくやるときはオレに声を掛けてくれよな。気を遣ってやるさ」


 うん、一言余計だよ。


 村の入り口には、指定時刻より少し早く到着した。

 そこには3台の馬車が停まっている。

 馬車の中は、どれも、瓶詰めされた液体で一杯だ。

 全ての液体から、僕の100倍以上の魔力を感じる。

 

 馬車の傍に、冒険者の4人組が立っていた。

 彼らはみな20代前半ほどの若い男で、皮の防具に身を包んでいる。

 この馬車と無関係ではないだろうから、あいさつをしておこうと思い、彼らに近づく。

 

 彼らは、ニィを見るなり、見惚れていた。

 何か話していたようだけど、中断して、目の瞬きを忘れている。


 なお、ニィはもう村娘の格好をしていない。

 冒険者として身なりを整えており、装備がどれも超一級品だ。

 彼らがニィの容姿に見惚れた後、今度はニィの装備に呆然としているのが手に取るように分かった。

 トラブルにならなければいいけど。


 あいさつをするに当たって、僕は姿を見せることにした。町までの道中、彼らと行動を共にするかもしれないからだ。

 さすがに僕の存在を隠したままにするのは何かと不便だ。


 そういうわけで、僕は彼らの肩に順に触れていく。

 ニィに見惚れ、装備に呆気に取られた後、僕の出現に驚くという、彼らのなんとも締まりのない光景を拝むこととなった。


 僕は、僕らのパーティ「自由の旅人」のリーダーになっていたので、パーティを代表して口を開く。

 リーダーになった経緯は推して知るべし。いや、単にニィとフマがやりたがらなかっただけだけどね。


「はじめまして。ケイ・ササクラと申します。馬車の護衛をしながら、町まで乗せていってもらうことになっているんですけど、そちらも同じですか?」

「……あ、ああ、護衛は俺たちもやる。俺は護衛のリーダーを務める、クロッシュというもんだ。確かあんたらは臨時組だよな? 聞いた話だと、妖精が1人に女の子が1人だったと思うが……あんたは?」

「僕はこっちの2人とパーティを組んでいます。一応リーダーやってます。僕だけ置いてけぼりというのもあれなんで、ついていこうと思うんですけど、駄目ですかね?」

「いや、そこらへんの采配は俺が取ることになってんだが、護衛が増えるのは歓迎だ。拒む理由もない。ただ、報酬は出ないが、それでもいいか?」

「はい。乗せていってもらえるなら、構いません。ところで、さっき臨時組って言葉がありましたけど、クロッシュさんたちは正規組なんですか?」

「ああ。俺らはギルドの掲示板で依頼を受けた。

 護衛の陣形としては、正規組4人で、馬車の前後左右を囲む感じだ。あんたらは馬車の空いてるスペースに適当に乗っててくれ。3台ある馬車の、どれでもいい。

 基本的に護衛は俺らがやるが、手に負えなくなったらあんたらの力を借りる。ま、ないとは思うがな」


 その後、僕らは最後尾の馬車に乗り込んで、すぐに出発する。


 馬車の荷台は瓶で一杯のため、なんとか隙間を見つけて乗り込んだ形となる。

 人が入れそうな大瓶に背中を預けながらの、窮屈な旅の始まりだ。

 

「この村ともお別れだね。……そういえばこの村、なんていう名前なの?」

「今さらだな。アイル村さ」


 瓶の上に乗っているフマが答えた。

 直後、馬車が動き出し、がたごとと大きな揺れが尻から伝わってくる。


「……あんまり乗り心地は良くないね」

「嫌だったら歩けばいいさ」

「私はこのままがいぃ」


 途中でニィが入ってきた。ニィは、僕のあぐらの上に乗っており、僕をさながら椅子のようにして座っている。

 僕の腹に背中を預けたニィが、顔を上に向けて、僕を覗き上げていた。

 

「じゃあ、僕が我慢できなくなるまでね」

「うんっ」


 僕は目の前のニィの細い首に腕を回し、柔らかく抱き締める。

 ニィは僕に体を預けている。

 ニィの赤髪から、少しだけ甘い香りがした。


「おいっ、人前でいちゃつくな」


 と、最後尾を任せられている冒険者の男が、僕らを睨んで言った。

 皮の装備に、剣を腰に吊っている彼は、前衛らしく、魔力量は僕と同じくらいに少ない。

 というか彼らは全員が魔力量が少なかった。そもそも人間というものが魔力量が少ないようで、それを考えると前衛の比率は高い。

 

「えーっと、でも、こうやってくっつかないと、乗る場所がないですし」


 そう言いつつ、僕は荷台を見回す。

 いたるところ大瓶だらけで、事実、僕の上にニィが座っていないと、スペースがなかった。


「じゃあ、別の馬車に分かれて乗ればいいだろ」

「でも、できればメンバーで揃っていたいですし」


 まあ、見せられている側からしたら、膝の上にニィを乗せているのは甘ったるいのかもしれないけど。

 あるいは嫉妬かもね。ニィの美貌もさることながら、この状況は見せ付けられているようにも捉えられるし。


 本当は、瓶をいくつか僕の異空間に入れてしまえばスペースに余裕はできる。

 でも、手札は隠しておきたいので、それはしない。

 別にニィとくっつきたくて異空間を使わないわけじゃない。本当だ。嘘じゃない。神様に誓ってもいい。なんならシア様に誓ってもいい。

 念を押すほどに嘘っぽく聞こえる不思議。いや、本当に本当なんだけどね。


「お前、『暗殺者のケイ』だろ?」

「暗殺者って……」 


 しんがりの男は相変わらず睨んだままだ。

 そんなにニィとのことが気に入らないのだろうか。


「話は聞いた。お前、冒険者を100人抜きしたんだってな?」

「ああ、そうですね……」


 そういや、噂になってたんだっけ?

 おかげで暗殺者という呼称が知れ渡ってしまっている。

 暗殺者――響きが好きじゃない。

 クラスの呼び名であることは分かっているんだけど、ついつい否定したくなる。


「お前、どんなイカサマ使ったんだ?」

「……え?」

「俺は魔力感知ができる。お前の魔力量は多くない。そんなんで魔法が使えるわけがない。何かイカサマを使った。そうだろ?」


 男はしたり顔で自論を展開する。

 イカサマって、何を言ってるんだろう?


「実力勝負にイカサマも何もなくないですか?」

「仲間に脇から攻撃させたんだ。ほら、隣におあつらえ向きの妖精がいるだろう? それとも、そっちのお嬢ちゃんか?」


 男は、2人のほうを顎でしゃくる。

 妖精というのは、魔力量が多く、魔法を使うことで有名なのだろう。

 そしてニィは、フマが僕の5倍の魔力を漏らしているのに対し、100倍ほどの魔力を漏らしている。

 抑えた結果がこれなのだけど、彼からしたらそうは見えないだろうね。ニィの魔力操作が下手だと思うだろう。

 なんにせよ、魔法を使うといったら、フマかニィだと普通は判断する。


 にたにたと嫌らしい笑みを浮かべている彼は、もしかしたら僕が動揺するのを予想しているのかもしれない。

 だとしたら、ご期待に添えなくて残念だ。


「僕のクラスは、あまり認知されていませんけど、暗殺者じゃなくて魔法使いですよ」

「はっ、冗談きついぜ」

「冗談じゃないんですけどね」

「だったら、お前の魔力量をどう説明する?」

「魔力を効率よく運用すれば、魔力量が少なくてもどうにかなりますよ」

「はははっ、お前は本当に冗談が上手い。魔力量が少なくても魔法が使える? だったら今頃、人間は魔人を滅ぼしているさ」


 うん? どういう意味だろう?

 僕が首を傾げていると、フマが解説をしてくれた。


「前にも言ったかもしれないが、人間の魔力量は少ないさ。ん? これは初めて言うか? 有機体にとって、魔力は毒さ。そもそも人間は魔力に順応できていないから、持てる魔力量も必然的に少なくなるさ。

 一方の魔人は、魔力に順応した人間を指すさ。だから、魔人の魔力量は必ず人間よりも多いさ。

 魔力量が多いってことは、それだけ強力な魔法を使えるってことさ。魔人は1人1人が一騎当千さ。そのため魔人の国、魔国は、どの国よりも強いさ。

 人間にとって魔人は、人間をやめた種族さ。友好的な関係じゃないさ。人間の中には魔人を滅ぼしたいと思っている者も少なくないさ」


 僕は衝撃の事実を聞いた気がした。


 魔人の正体が、魔力に順応した人間だという。

 ……魔物というものは、生き物が魔力を取り込むことによって生まれる。

 魔人は、そういう意味では魔物でもあるだろう。

 

 人間をやめた種族か。人間と敵対しているのも頷けるというもの。


 でも、僕の感覚で言えば、魔人は普通の人間だ。

 というか、その魔人の王が、僕の腕の中で気持ち良さそうにしているし。

 目の前の男も、ニィが魔人だって気付いていない。

 要するにそういうことだ。

 魔人と人間は大差ない。


 魔力量なんてものは、そんなに重要じゃない。


「ありがとう、フマ。それにしても魔力量、ですか。疑うなら、僕の魔法をお見せしますよ?」

「やめてくれ。俺に危害があっても困る」


 男は肩をすくめた。

 コントロールできないだろうと男は言いたいのだろう。

 馬鹿にしすぎじゃないかと思う。

 別にいいけど。


 それ以降、その男は黙って護衛を務めていた。

 とりあえず言いたいことは言い終えたのだろうか。

 僕としても、特に彼と話したいことがあるわけでもなく、ニィに密着したまま割と幸せな時間を過ごしていた。


 馬車はがたごとと揺れながらも、1泊2日の旅は続いていく。

 


 昨日のうちに更新できなくてごめんなさい。

 その分今日は2話更新します。


 次話あたりで戦いますよ~。

 もちろん無双させます。の予定です。


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