19話 出発の準備
2014/11/26 誤字修正しました。
「え? フマも限定Aランクなの?」
受付嬢に僕のギルドカードの更新とニィのギルドカードの発行をしてもらっている間、カウンターの前で突っ立って暇な僕は、頭の上のフマと話していた。
腰にはニィがくっついており、傍から見たら間抜けな格好だと思う。
いや、【存在希薄】の効果で僕の姿は認識されない。いっそ、外見は気にしなくてもいいかもしれない。
「フマって、普通にAランクにはなれなかったの?」
「通常のランクアップには、それなりの数の依頼をこなさないといけないさ。オレの目的は異常の発見と是正だから、普通の依頼には手をつけていないさ。冒険者家業はそこまで重視してなかったから、通常のランクは低いのさ」
「意外だね。ちなみに今のランクは?」
「Eさ」
「え、E? うそ、僕と同じじゃん」
「そうさ。オレの気になった依頼は上位ランクのものもあったし、別にギルドで依頼を受けなくても、自分で調査をすることはできる。ケイが思っているよりも、オレが受けた依頼の数は少ないと思うさ」
「確かに、それならそうなるね。じゃあ、僕たち3人ともEってことか。なんというか……良いことでもないか。パーティを組むなら登録もするんだっけ?」
「しておくと便利さ。パーティで依頼を受けることができて、そのときに受けられる依頼のランクは、パーティの構成ランクによって変わるさ。オレたちの場合だと、Cランクまで受けられるようになるさ」
「じゃあ、パーティの登録もしとく?」
「そうするさ」
「うん」
パーティ登録の提案に、フマだけでなくニィも同意する。
パーティか。なんだか冒険者らしくなってきたね。
「パーティの名前を決めるさ」
フマが提起する。
3人とも、強く押したい案があるわけでもなかったので、とりあえず順に案を挙げていくことになった。
まずはフマ。
「オレは、全員Eランクだから、『ビギナーズ』でいいと思うさ」
「え、ちょっと待って! ランク上がったらどうすんの?」
「どうせそんなに依頼はこなさないだろ? 既に数十件こなしているオレならともかく、ケイとニィはかなり時間がかかるさ。あくまで旅の目的は、世界を回ることだから、パーティは二の次でいいさ」
フマの意見は淡白だった。
でも僕としては、もうちょっとこだわりがあってもいいと思う。
というかビギナーズって、安直過ぎるでしょ……。
僕は絶対に反対という姿勢を示しておいた。
さて、次は僕の番だ。
「僕は、メンバーが全員強いから、『無双の民』とか面白そうだと思うんだけど」
「いや、ちょっと待つさ! なに自分で最強を名乗ってるさ!? というか、一番それっぽいニィが訳アリなんだから、そういうあからさまなのは避けたほうがいいさ!」
「む……それもそうか」
僕はフマの言葉に納得する。
のちに、今回のことを思い出して自分のセンスの悪さに身悶えし、止めてくれたフマに感謝することになるのだが、今はまだ気付いていなかった。
フマ、僕の両者とも没になったから、残るはニィの案のみだ。
これで駄目だったら、もう一度考え直しとなる。
「私は、せっかくだから、『自由の旅人』がいいな」
「……」
「……」
はにかむニィに、僕とフマは黙り込んだ。
……悪くはない。
着想は、ニィが憧れていたという『旅』と『自由』から持ってきたのだろう。
しかし実態を表してもいる。
僕らが冒険者として活動するとき、拠点を持つわけではないし、第三者からすれば『自由』にも見える。
『旅人』というのも間違っちゃいない。むしろ、金があり、目のつく依頼がなければ旅を主目的とする僕らは、冒険者というより旅人だ。
そういう意味では、ニィの案は良いと思う。
……いや、これは割とありだね。
「僕は、良い案だと思う」
僕が賛同すると、ニィが俯いた。耳が真っ赤になっている。
僕はニィの頭をぽんぽんと叩いておいた。
「オレも賛成さ」
フマも同意したので、パーティ名が確定する。
自由の旅人。
うん、やっぱり悪くないね。
そうこうしているうちに、ギルドカードの更新と発行が終わったので、パーティの申請をお願いした。
注意事項を教わり、規則の書かれた紙をもらい、最後に全員のギルドカードにパーティの登録をした後、僕らはギルドを出た。
ニィのステータスをギルドカードに記録するため、教会へと向かっている。
フマを頭に乗せ、ニィに裾を掴まれながら歩いていると、村の入り口付近に多量の魔力反応があることに気付く。
意識してみれば、村の外へと行列をなすようにして続いていた。
「ねえ、もしかして避難していた人たちが戻ってきたのかな?」
僕が聞いてみると、フマから返事がある。
「おそらくそうさ。これでこの村も通常営業に戻るさ。午後には、雑貨屋とか、あと宿も再開していると思うさ」
ふむ、宿か。
これで村長宅の客室に泊まる必要もなくなって、ニィと一緒に寝なくて済む。
……付き合ってもいないのに、一緒に寝るというのはやっぱり駄目だ。
というか、そろそろ告白の返事を決めないと……。
「もしかしたら、神父とシスターも避難してるかもしれないさ」
と、僕が物思いにふけりそうなところでフマが言った。
「え? ……じゃあ、教会に行っても」
「誰もいないかもしれないさ。まあ、行くだけ行ってみるさ」
「そうだね」
僕は告白の返事を時間のあるときに考えることにして、目の前のことに専念することにした。
昨日来た教会へと、僕ら3人はやってくる。
礼拝堂には……誰もいなかった。
しかし、奥の部屋には魔力の反応がある。
もぬけの殻というわけでもないらしい。
「オレが行ってくるさ。2人はそこで待ってるさ」
フマがそう言って脇のドアへと消えていく。
僕は祭壇の前で、真上にある大きな採光用の窓を見上げた。
静謐を保つ薄暗さの中、光の柱が祭壇へと降り注いでいる。
「……ニィは、神様を信仰してる?」
「うん。魔神、エスタンテ。私に限らず、魔人は、エスタンテを祭っているわ。……でも、魔神は架空の神。『エスタンテ』は、国の名前」
「……え? 架空の神? 国の名前? 神様の名前を国の名前にしたの?」
僕は聞き返す。
常識というわけでもないようで、ニィは当たり前のように説明してくれた。
「魔神というのは、私達が勝手に作り出した神なの。そして国の名前を、神に捧げた。……ケイ、知ってる? 魔脈には、必ず1柱の神が宿っているの」
どうやら、実在する神様ではなく、本当に架空の神様を名前から作り上げたみたいだ。
「……ごめん、その魔脈というのから説明してもらってもいい?」
僕が申し訳なく思いながらお願いすると、ニィはこくりと頷いた。
ニィの鈴の鳴るような声が、閑散とした礼拝堂に溶け込んでいく。
「魔脈というのは、魔力の噴き出している場所のことなの。そこでは、密度の濃い魔力が、常に、地下から湧き出ているわ。世界中にはそういうところが何ヶ所もあって、そういうところを魔脈って言うの。
それで、魔脈には、1柱の神が宿ると言われているわ」
場所のせいもあるのか、ついついニィの声に聞き入りたくなるけど、僕は頭を働かせて今の話をまとめる。
魔脈というのは、水脈や鉱脈の魔力バージョンだろう。
そうなると、魔力は地下から生まれているのだろうか、という疑問が湧くけど、今はそれより神様の話だ。
「どうして、魔脈に神様が?」
「神は魔脈の管理者ではないかと考えられているわ。実際に、魔脈を潰そうとしたある国が、その魔脈に宿る神の怒りを買って、滅ぼされたという話があるの」
なんだか恐ろしい話を聞いた。
神様が直接手を下すだなんて……。
神様が実在する以上、それができてしまうのが怖いね。
「ちなみに、魔脈の管理関係なしに、神様が怒ったという可能性は?」
「他の魔脈でも、神が姿を見せることがあるわ。神のほうでも認めているみたいだし」
魔脈と神。
土地と管理者。
……まるで、大きなシステムみたいだ。神の上に、さらに上位者がいて、上位者がそれぞれの神に魔脈を与えているかのような。……なんのために? 分からない。
「神様が魔脈の管理者だと考えられているって言った? ってことは、確認はできてないの?」
「聞いた話だと、曖昧にぼかされるみたい。……何かを隠しているんじゃないかとも言われているけど、実際のところは分からないまま」
ふむ、ぼかすってことは、隠していることがあるんだろうけど……それにしても、もしかして全ての神様が、魔脈を持っているのかな?
そうだとしたら、シア様やロニーちゃんにも対応する魔脈があるということになるけど。
と、脇のドアからフマと神父が現れた。
僕とニィは話を中断する。
……機会があれば、今度シア様に聞いてみよう。
僕らは、神父のほうへと歩み寄る。
神父は、昨日僕も使った石盤を抱えていた。
神父はそれを、机の上に置く。
石盤には、手を置くくぼみと、ギルドカードを置くくぼみの二つがある。
「お嬢さんが、ニィナリアさんだね? こちらにギルドカードを」
フマから話が通っていたのか、神父はニィにステータスの記録手続きを行う。
ニィが石盤にステータスカードを置いて、ついで右手を置き、魔力を流す。
基準値に達した後、ニィは手を離す。
10秒ほどの間魔力がギルドカードを流れた後、魔力が全てギルドカードに吸収された。
「どうぞ」
ニィは受け取り、ギルドカードに魔力を通して、自分のステータスを表示させる。
僕はプライバシーだからと、カードを覗くのはやめておいた。
「オレもお願いするさ」
「はい、どうぞ」
すると今度はフマが記録を行い始めた。
通常の半分サイズのカードを取り出して、さっきと同じ手順を踏む。
……どうして? フマは既に記録しているだろうに。
僕は神父に触れていなかったので、僕の存在は知られていない。
フマには後で尋ねることにする。
フマも記録を終えると、僕らは最後にお祈りを捧げることにした。
ニィ、フマ、それと見えていないだろうけど僕の3人は、肩膝をつき、両手を組んで頭を垂れる。
……シア様。聞きたいことができました。時間があれば、またあの空間にお呼びください。
……ロニーちゃん。僕を恨んでいるかもしれませんが、僕はできれば良い関係を築きたいので、お手柔らかにお願いします。
僕は祈りを終えて、立ち上がる。
ニィは、魔神に祈ったのだろうか。
フマは、誰に祈ったのだろうか。
教会での用は済んだので、神父にあいさつを残して僕らは教会を出た。
フマを頭に乗せた僕は、当てもなく村の大通りを歩きながら話をする。
「これからどうする? 買い物?」
「買い物の前に、まずは何が足りないかを確認するさ。持ち物を見たいから……村長の家に戻るさ。客室に一泊させてもらったあいさつも済ませるさ」
フマの言葉に従い、僕らは村長の家に向かう。
道中、僕はフマにいくつか質問をする。
「フマって、ギルドカードにステータスの記録はしてたじゃない? 昨日、森の中で見せてもらったし。さっき改めて記録してたけど、あれはなんで?」
「あれは更新してたさ。ステータス、つまり、アプトとギフトは、ずっと同じってわけでもないさ。生きている間に、変わることもある。だから時々記録を更新して、チェックしないといけないさ」
へぇ、そうなんだ。
アプトは適性で、ギフトは授かり物だから、どちらも生涯不変だと思ってた。
「とはいっても、変わることは本当にまれさ。ちなみに、オレは変わってなかったさ」
更新したのは、あくまで念のため、といった感じかね。
「ふぅん。じゃあ僕は更新しなくてもよさそうだね。昨日記録したばかりだし」
「年毎の確認でも事足りるさ。それでも多いくらいで、人によっては3年に1回とか、5年に1回とか」
「しばらくご縁はなさそうだ」
これでステータス記録の疑問はスッキリした。
次は、お祈りのほうだね。
「話は変わるけど、さっきのお祈り、フマは誰に祈ったの?」
僕が聞くと、フマは、僕の頭をぺしぺしと叩いて言った。
「秘密さ」
僕はプライバシーだろうと思い、追及はしなかった。
村長宅の客室に戻ってきた僕らは、ベッドの上で車座になり、町までに必要な物品を確認するため、持ち物を出し合った。
僕はギルドカード1枚と、1852グリーシア(食事で使った)。
フマはギルドカード1枚。
旅をするには明らかな装備不足だ。
食糧もないし、野営の道具もない。
僕は期待を込めてニィを見る。
魔王として持ち物を揃えているだろうから、何かしらの道具があるに違いない。
そうしてニィが取り出したのは……ギルドカード1枚。
僕はがっくりと肩を落とした。
「実はこのマント、寝具の代わりになるの。雨風は魔法でどうにでもなるし、食糧は現地調達だって聞いたわ」
ニィは説明した。つまるところ、必要な物は買うということだ。
ニィのことだから、空間魔法か何かで収納する魔法道具を持っていると思っていた。
この調子だと、食糧などを買っても、それを袋に入れて持ち運ばないといけないだろう。
僕の考えは甘かったということだ。
うん、分かってたさ。空間魔法の魔法道具なんてそうそうないことは。
あっても高額で手が出せないんだろう?
空間魔法は希少だから……あれ?
「ねえ、ちなみに、空間魔法で物を収納する道具ってある?」
「見たことないさ。魔石に魔力を込めればできないことはないが、使用に耐える魔石は国宝級の価値があるし、空間魔法も稀有な能力さ。実現できても、国が一つ買える値段がつくさ」
「私も。移転の魔石は、魔国として最低限集めてあるけど、空間魔法の使い手には会ったことないし、収納の魔法は聞いたこともないわ」
僕の質問に、フマとニィが首を振る。
「そうなんだ。じゃあやっぱり、僕がやらないとね」
「……え?」
「……え?」
そう、空間魔法は僕が使える。
僕がやればいいだけの話なんだ。
道具に頼る必要なんてない。
2人はぽかんと口を開いて、それから僕の言葉を消化するかのように数秒を要する。
そうして理解できたらしい2人は、落ち着いていられないのか、早口にまくしたてた。
「け、ケイ、できるんさ? そういえばケイの魔法は空間魔法だったが物を収納するなんてことができるんさ?」
「できそうなの? 私はイメージもできないけどケーィならできるの?」
「ちょっと、2人とも落ち着いて。一度に聞かれても答えられない……と、言いたいところだけど、2人とも同じことを聞いているみたいだから、答えようか。
できるかどうかで言えば、できないよ」
2人に対して答えると、僕の言動が一貫していないとばかりに2人は困惑顔になる。
そんな2人に、僕はにやりと笑ってみせた。
「でも、できないなら、作ればいいじゃない?」
その一言が、さらに混沌を呼び寄せた。
フマは小さな眉を不機嫌そうにひそめる。
ニィは反対に、赤い瞳を輝かせる。
多分ニィは重過ぎるぐらいの信頼で僕を信じているので、説明が必要そうなフマに僕は向き直った。
「もちろん、できるかどうかは分からないけど、試すだけならタダでしょ? それにイメージもできてる」
「そういや、ケイのアプトは……でも、言っておくが、普通はそんな簡単に新しい魔法なんか作れないさ。分かってるか?
魔法の理屈そのものが破綻している場合もあるし、正しい理屈を持てていても、それを明確なイメージにするためにイメージトレーニングが必要さ。作ろうと思ってすぐに作れるもんでもないさ。
しかも今回は、肝心の理屈からして難題さ。物を収納するにはどのような魔法にすればいいか? 空間を作ればいいのか? それとも別の答えがあるのか?
理屈ができても、今度はイメージさ。捉えられない概念のイメージは、相当に難しいはずさ。それらが全部できそうだって言うのか?」
「うーん、多分ね。理屈は、別次元に空間を作ってそこに物を収納する感じでいいだろうし、イメージは、認識できないプライベート空間の作成と、出入り口の呼び出しかな」
「そ、そんなの無茶苦茶さ!」
フマは顔を真っ赤にして言う。
「できるわけないさ! 別次元? 架空の話だろ!? 認識できない空間? そんなのイメージできるかさ! ケイの言ってることは無茶苦茶さ!」
「そ、そこまで興奮しなくても……」
これ、成功させたらフマはどうなってしまうんだろう?
なんだか心配だな……。
「フマ、興奮しすぎて死んだりしない?」
「何言ってるさ! とっとと試すさ! それでハッキリするさ!」
まあさすがに死んだりはしないだろう。
フマの気も済まないだろうし、言われた通りにしますかね。
僕はベッドから降り、立ち上がって伸びをする。
次に、魔力を出し、試しに目の前で立方体を形作る。大きさは15センチほど。小さいけど、大きさはあとで調整すればいい。
……さて、早速やってみるとしよう。
僕は2人が見ている中、目の前の魔力に意識を集中させる。
空間のイメージは、魔力の広がりだ。魔力を構成する微小な一つ一つが、空間を伝って広がる様子。
それをここじゃないどこかで、しかし目前で、イメージする。
……うん、できそうだ。
「それじゃあ、やるよ。
《それは認識できない空間。見えない、触れない、存在しない。でもそこにある。確かにある。それは、ここじゃない。この世界じゃない。仮想の空間。想像のままに作り出そう。異空間作成》」
魔力の高まりを感じ、それが消費される。
どうやら成功したようだ。
……というか長いよ、呪文。いや、それだけ難しいということなんだろうけどさ。
すぐに呪文短縮させよう。
そう考えながら、僕はできたはずの異空間を探す。
「……あれ?」
見当たらない。
ん? もしかして作った本人にも認識できないの?
「ケイ。で、できたのか?」
フマが聞いてくるけど、僕は手で制して思案する。
認識できないってことは、認識できるようにすればいいわけで……。
僕はもう一度魔力で立方体を作り、今度は魔力を多めに入れる。
それから、成功のイメージをリフレインさせつつ、呪文短縮に乗り出す。
「《それは認識できない空間。でもそこにある。想像のままに作り出そう。異空間作成》」
あー、一発じゃ短縮しきれないか。
でも数回繰り返せばいけそうだな。
そう考えながら、僕は完成した異空間を探す。
……あった。狙い通りだ。
微弱にだけど、僕の魔力を感じられる。
「よし、成功した」
やったことはひどく単純だ。
異空間の中に、自分の魔力を入れた。
たったそれだけ。
あとは、魔力感知でその魔力を認識すれば、異空間も認識できるという寸法だ。
「ねえ、2人とも、ここに僕の魔力があるんだけど、感知できる?」
僕は異空間を作った場所を指差しながら、聞いてみた。
しかし2人は首を振る。
「本当にあるのか? オレには全く感じられないぜ?」
「私も。……言われたらあるような気はするんだけど、でもやっぱり分からないわ」
うーん、これは【魔力感知:Ex】のおかげなのか、それとも術者本人だからこそなのか。
まあそれはどちらでもいいか。
「ちょっと2人とも待っててね。まだ続けるから」
僕は使用する魔力をより節約して、異空間作成を繰り返す。
呪文短縮を行うと、2回目で一言化に成功した。
……魔法は完成したけど、これで物が収納できるわけじゃない。
今は収納スペースを作っただけだ。
今度は、その収納スペースの入り口を作らないといけない。
僕は手元に魔力で円盤を作る。ちょうど腕が入るくらいの大きさだ。
次に、その場所と、異空間が繋がるイメージを持つ。
「ふむ。《その異空間にはここから繋がる。異空間接続》」
《作成》に対して、《接続》は呆気なかった。
空間を繋げるという行為は、《転移》や《転送》にも通じるところがある。そのおかげかもしれない。
目の前の円盤は、魔力の集まりだったけど、今は真っ黒な何かに変わっている。
これが異空間に繋がっているだろう。
手を中に入れてみないと。
……ごくり。見えないってのは怖いね。
僕は目の前のゲートに、おずおずと手を差し入れる。
指が円盤に触れ……ることもなく、差し込んだところが消えていく。
見えないけど、確かに腕が入っていく。
魔力感知を行えば、実際に、異空間に自分の腕が入っているのが分かる。
「……小さいな」
今回作成した異空間の大きさは、一辺15センチの立方体だ。腕が肘まで入ることなく、奥に突き当たってしまう。
ちなみに奥に触った感触は、大気を固定したときと同じ感じの、つるつるとした壁だった。
「うーん、また新しく作成すればいいんだろうけど、一度物を収納した後、入りきらなくなったら面倒だな……」
収納スペースがいっぱいになった後、また新しく大きな異空間を作成して、中の物を出し入れするのは手間だ。
どうせなら、同じ異空間を拡張して、そのつど大きさを変えられたら便利というもの。
「いや、できるか?」
僕は異空間の周りに魔力を集める。
だいたい2倍くらいの大きさ――30センチの立方体にしたところで、イメージを固める。
「《その異空間を作り直そう。異空間調整》」
魔力が消費された。成功だ。
うん、イメージ自体は作成と同じだから、簡単だった。
僕はもう一度腕を差し入れ、確かにスペースが広がっていることを確認する。
よしよし、いい塩梅だ。
僕は接続ゲートから腕を引き抜いて……ふと、ゲートの裏側がどうなっているのか気になった。
表面からは、異空間に繋がっている。
では、裏面から触ったら、どうなる?
僕は早速回りこんで、裏面から指を入れてみる。
……すると、ゲートを通り抜けるのではなく、すり抜けた。
異空間には繋がっていないらしい。
非対称的だ。
「うーん、これ、なんかに使えそうなんだけど……」
片方からは異空間に繋がり、もう片方からは繋がらない。
例えば、防御なんかに……。
「いや、これはあとにしよう」
僕は収納の魔法を2人に披露するべく、《接続》と《調整》に関しても呪文短縮を行う。
「《作成》《調整》《接続》」
一連の流れを再現して、うまくいっていることを確認。
僕は2人に披露しようと、ベッドのほうに向き直った。
……フマがニィの膝に寄りかかるようにしてうずくまっている。
寄りかかられているニィは、半笑いになっている。
「えっと……2人ともどうしたの?」
「私は……ケーィが予想の上を行っていたから、ちょっと驚いただけ」
そう言うニィの頬は引きつっていた。
あれ? あの過剰な信頼は?
もしかして完全に引かれてる? うそ。
「え、ちょっと待って。そんなに僕って変なことした?」
「えーっとね、私ね、ケーィが空間魔法を一つ作るんだと思ってたの。……まさか三つも作るなんて思わなかった」
んー? いや、僕だって、まさか三つ作る羽目になるとは思わなかったけど。
「それって、そんなに引かれること?」
「……魔法に慣れている側からすれば、……ちょっとだけ、異常かな?」
ニィは微笑もうとして、頬がぴくぴくしていた。
うわぁ……ちょっとじゃないんだね? ものすごぉく、異常なんだね?
「……うん、なんかごめん」
「いえ、それはいいんだけど……」
ということは、フマも似たような感じか。
もう見ていられない、みたいな?
「……一応完成したけど、見る?」
「うん」
ニィが頷いてくれたので、僕は自分の鉄貨(1グリーシア)をベッドから拾い上げ、収納してみせる。
「《接続》」
手元にゲートを作り、中に鉄貨を入れる。
鉄貨は僕の腕ごと異空間へと消えていく。
鉄貨を中に置いてから、僕はいったん接続を切り、それから少し移動して、もう一度接続し、中から鉄貨を取り出してニィに渡した。
「奇跡ね……」
ニィは鉄貨を受け取ると、ぼーっとそれを見つめて呟く。
……僕は問題点を見つけてしまった。
異空間を作ったのはいい。そこに収納できるのもいい。
でも、僕が移動しても、収納した異空間がその場所から動いてくれないのだ。
つまり、旅をする中で、収納スペースが置いてけぼりになるということ。
物を出し入れする際には、そこに接続をしないといけないから、距離が離れればその分困難となる。
……もう一つ、魔法を作るしかないか。
僕はニィが鉄貨に気を取られている間に、魔力を伸ばし、自分と異空間とを繋げるようにする。
感覚としては、犬とリードだ。
僕から離れないようにする。
それから、僕と異空間の距離を固定にし、常に傍を追ってくるようなイメージを持つ。
「《異空間と僕の距離は一定。つかず、離れず、手が届く。僕の座標と紐づけよう。異空間連結》」
小声で呟き、魔力を消費。
歩いてみて、異空間がついてくることを確認してから、呪文短縮を施しておいた。
今度こそ終わって、ニィのほうを見てみると、ニィは鉄貨を指で持ったまま、僕に優しい微笑を向けていた。
「大丈夫。私はケーィがどうであっても受け入れるわ」
「ニィ……」
それって言外に僕を異常者扱いしてません?
「えーっと、一応今度こそ完成かな。これで荷物運びの労はなくなるよ」
僕は微妙な空気を払拭するべく、報告をする。
すると、ニィの膝に倒れこんでいるフマから一言。
「もう、好きにするさ……」
あれ? なにこの、なんか報われない感じ。
みんなの利益になると思ってやったのに……。
「ケーィ、おいで」
僕が落ち込んでいると、ニィが察して、慈しむような微笑みで両手を広げてくれたので、僕は甘え……ようとしたけど、どうやっても抱きつくか膝枕くらいしか選択肢がない。
僕はまごつきながらも、結局どちらも選ぶことができず……、ニィの隣に腰をおろすに留まった。
「ケ~ィ~」
がばちょと、ニィのほうが僕の腰に抱きついてくる。
「……」
ベッドの上。フマがニィの膝に、ニィが僕の腰にと、よく分からない状況になっている。
僕自身どう収拾をつけたらいいか分からなかったので、とりあえずニィの頭を撫でておき、誰かが動くまで、僕はぼんやりとニィの赤髪をすいていた。
保っていた1話分のストックを消費しました。もう後がありません。
1話が長いんです。今回は特に。
でも切りがいいところまで書きたかったし……自業自得ですね。
次話で、村を出発します。……多分。