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18話 ザックの頼み

2014/11/28 一部表現を適切な形に修正しました。


 僕、フマ、ニィの3人は、冒険者ギルドに向かった。

 それぞれに用事があったからだ。


 僕はなぜか呼び出しが掛かっている。

 昨日、食堂で冒険者達と勝負したことが原因かもしれない。誰にも迷惑はかけていないはずだけど、クレームでもきたのだろうか?


 フマとニィに関しては、昨日の襲撃事件のことで、ザックさんに日を改めて話をしたいと言われていた。

 こちらは話の再確認だろうか? 2回尋ねてあら探し? それとも思い出した新事実の確認?


 あとニィは、冒険者登録をさせようと思っている。

 これから冒険者稼業をするうえで、3人とも冒険者となってパーティを組むのが都合が良い。

 ギルドカードも手に入れたい。身分証として使えるし、お金を入金できる。ステータスの記録もできる。


 そんなわけで、冒険者ギルドに向かう。

 僕は徒歩で、フマは僕の頭に乗って、ニィは僕の裾を掴んで。

 ……いや、これは好きでやってるんじゃない。2人が勝手にやったんだ。

 ニィは言わずもがな。フマは「飛ぶのは魔力を使うんさ」ということだった。


「じゃあニィの頭の上でもいいの?」

「視線は高いほうがいいさ」


 どうしても僕の頭の上がいいらしかった。

 うん、いいんだけどね、別に。


 僕らがギルドの建物に入ると、食堂にはあれだけいた冒険者の姿が見当たらない。

 みんなどこに行ったのだろう?


「時間が時間さ。今頃みんな、森に出てるさ」

「へぇ。……もしかして、この時間を狙ったの?」

「考慮はしたさ。混んでいるのは嫌だろ?」


 これはありがたい心遣いだ。

 フマにお礼を伝えておく。


 カウンターに向かえば、昨日の受付嬢とは別の女性が座っていた。

 こちらも20歳前後といった感じで、受付とあって、容姿は整っている。


「おはようございます。本日はどういったご用件でしょうか?」


 受付嬢が、フマとニィにあいさつをする。

 営業スマイル、というよりは、微笑ましいといった笑顔。

 妖精と少女の二人組みに見えるだろうから当然かもしれない。


 ここでフマかニィが話してもいいんだけど、どのみち僕も用事がある。

 だから僕が代表して話すことにする。


 まずはいつもの儀式から。

 僕は女性の肩に触れる。


「ひゃ!?」

「驚かせてしまいすみません」


 例に漏れず素っ頓狂な声を上げる受付嬢。

 そのうち変な噂が流れないだろうか。驚かすのが好きな悪戯小僧みたいな。 

 うん、嫌だな。驚かせたら毎回謝ろう。

 そうすれば悪い噂が流れないと信じてる。


「僕は佐々倉……ケイ・ササクラと申します。ギルドから呼び出しがあるとお聞きしました。こちらはフマとニィです。昨日のキーグリッドの件でお話しに来ました」

「はい、承っております。お三方とも、2階のギルド長室にてザックが担当いたします。ただ……ケイ様と、フマ様ニィナリア様の案件は別件でして、申し訳ありませんが、先にフマ様とニィナリア様から対応させていただきます。ケイ様は、そののちにということになりますが、よろしいですか?」

「はい、構いません」

「それでは、ケイ様はそちらでお掛けになってお待ちください。フマ様とニィナリア様は、係の者が案内いたします」


 そうして、カウンターの奥のデスクで作業をしていた女性――おそらく昨日の受付嬢だ――が、フマとニィを引き連れて階段に消えていく。


 フマとニィが用事を済ませている間、僕は暇なので、掲示板に張ってある依頼書を見ることにする。


 特に疑問も持たなかったけど、僕は不自由なく字が読める。

 冒険者たちはどこで字を習っているのだろう?

 字を学ばないと、依頼書を読むこともできない。

 学校があるのだろうか? まあ、僕には必要ない……こともないか。この世界の常識を知らないから、行く価値はあるね。今はいいけど。


 そう考えながら、僕は依頼書をざっくりと眺める。

 まず依頼のランクが上部に示されている。この掲示板にあるのは、EからBランクの依頼だ。AとSは出ていない。まあ、そういうものだろう。仮にAやSランクが出ても、この村の冒険者に対応できるか不明だし。

 

 次に依頼の種類が載っている。

 討伐、採集、調査、雑務……、字面通りの内容だ。


 あとは、依頼の名称、募集人数、報酬や仕事内容などの詳細が書かれている。


 僕はいくつか見て回ったけど、興味の引かれるものはなかった。


 ただ……依頼の数が、100もない。食堂にいた冒険者は100を超えているようだったけど、彼らは仕事を得られているのだろうか?

 僕が心配するようなことでもないけど。


「さて、次は……」


 僕は本棚に向かう。

 そこには、下位ランクの魔物の情報冊子が並べてある。

 他にも、いついつに魔物の大量発生があったとか、冒険者ギルドの変遷とか、雑多な記録も見受けられる。


 僕は魔物の情報冊子を手に取る。

 冊子自体は薄い。紙の質は低く、端はボロボロ。中を開くと、細かい字でビッシリと書かれてある。

 まるで辞書のようだ。

 うん? 辞書? ……何の辞書だっけ? まあいいや。


 それにしても、魔物の図解つきで分かりやすい。特徴から習性、弱点まで、詳しく記載されている。結構ためになりそうだ。

 といっても、討伐する分には要らない情報だろうけど。弱点とか知らなくても、僕、ニィ、フマなら簡単に倒せるだろう。

 

 ただ、読み物としては興味深い。

 例えばスライム。

 そう、スライムだ。

 あのぷよぷよとした最弱モンスター。

 その解説ページには、このような概略が書かれている。


 ランク:E

 液状の魔物。

 起源は、自然における液体。

 たいていのスライムは襲ってくることはないが、動物などの死骸の消化液がスライムとなった場合、捕食目的で襲ってくる。

 知能はなく、魔力の流れで周囲を感知していると考えられている。


 僕は何ページか読み進めていくうち、あることに気がついた。


 魔物は、何かが魔力を取り込んで生まれる。


 逆に言えば、魔物は元々魔物ではなかった。


 魔力を吸収した液体が、スライムになる。

 魔力を吸収した木が、トレントになる。

 魔力を吸収した兎が、ラピッドラビットになる。

 魔力を吸収した鳥が、ウィンドバードになる。


 そして、強い魔物というのは、吸収した魔力が濃かったか、魔物同士の交配で生まれたかのいずれかのようだ。

 ……覚えておこう。


「ケーィ~!」


 と、ここでニィがタックルをかます。


「うぐ」

「お待たせ~」

「ふ、不意打ちで勢いよく抱きつかないでね? 身長差があるからって、下手したら転ぶから」

「魔力感知は?」

「……してたよ? ニィが来るのは分かったよ? でも、目で見るのとは違うでしょ? 心構えというのがあるからさ」

「慣れたらできるよぉ。ケーィならすぐー」


 そしてニィの甘い声に僕の反抗心がしぼんでいく。諦めよう。


「ケイ、オレに触れるさ」

「あ、そうだった」


 僕を見失っているフマに、僕は触れる。

 それによって、僕の存在が認識できるようになる。


「……あれ? なんでニィには効いてないの?」 

「ニィナのことだから、ケイの魔力をずっと意識してたんじゃないさ?」


 僕の疑問に、フマが反応する。

 そこにニィが答える。


「うん。ザックの話を聞きながら、ケイのことを忘れないようにしてた」

「……それは嬉しいけど、話は集中して聞いたほうがいいんじゃない?」

「大した話じゃなかったわ」

「どんな話だったの?」

「隣の町に行って、そこのギルド長にも同じ話をしてくれないかって。明日の朝にギルドの馬車が出発するから、よければ護衛も兼ねてそれに乗ってくれって」

「……ちゃんと聞いてたんだね」

「私に任せてっ」


 ニィは得意顔で微笑む。

 そこにフマが一言。


「ザックと話したのはオレだったのにさ」


 ……どんまい。ニィにいいとこ取りされた気分なんだろうね。


「ケイ様ー! ケイ・ササクラ様ー、おられませんかー?」


 と、案内係から声が掛かる。


「あ、呼ばれてるから行ってくるね。町に行く件は後で詳しく聞かせて」

「うん」

「もちろんさ」


 僕は2人と別れ、案内係に従う。

 案内嬢に対して恒例の儀式を行い、驚きの声を聞き、それから2階に上って、ギルド長室に通された。




 ****




 20分前。


 ギルド長ザックは、部下からフマとニィナリアと佐々倉啓の来訪を聞き、応接用のテーブルにお茶を入れて待機していた。


 最初は、フマとニィナリアだ。

 昨日の襲撃の件で、頼みたいことがある。


 すぐに扉からノックが聞こえ、フマとニィナリアを連れて来たことが伝えられる。

 許可を出し、入ってきたのは2人。案内係は部屋に入らず、引き上げていく。


 ザックは2人をソファーに誘導しながら、2人の姿を観察する。


 1人は妖精。

 30センチほどの体に、緑色の髪と瞳。

 垂れ目の愛らしい顔だちを、隙を見せないようにとばかりに張り詰めさせている。

 背中の七色の羽で浮遊していて、服装はベストとパンツという軽装備。

 どこにでもいそうな妖精だ。これがS級の魔力を有しているというのだから、にわかには信じがたい。


 そしてもう1人は、少女。

 150センチほどの小柄な体躯で、赤色の髪と瞳。

 驚くほど整った顔つきで、道行く人が振り返らずにはいられない、うっかり王家の姫にでも遭遇した心地になるほどの気品のある美少女だが、心ここにあらずといったていで、気の抜けた表情は町娘のようでもある。

 というか、本当にどこかの姫ではないかとザックは疑う。

 原因はその装備だ。

 皮の装備は、ありふれているが、その少女の身につけている皮は、明らかにA級以上の魔物と思われる上質品。皮の表面には魔法のかけられたワックスが塗られており、ザックは完全には理解できていないが、その皮と獣脂はドラゴンのもの。装備者の魔力を通すことで、ドラゴンの鱗に準じる能力を発揮する。ちなみにドラゴンはS級であるから、最上品質の防具である。

 肩と胸を覆う漆黒の金属プレートは、魔国の魔脈に浸した鋼を使用しており、普通の槍では傷もつかないほどの強度。さらには魔法効果のある文様を入れることで強力な魔法耐性まで実現していて、人間の国では生産できない超一級品だ。

 背中を覆う灰色のマントは、3層構造となっており、中の一枚にはびっしりと魔法陣が刻み込まれている。そこには身体強化、物理耐性、魔法耐性などの各種能力が付与されているが、ザックに分かったのは、そのマントが上質な布で仕上がっており、体を包むことで快適な睡眠が取れるだろうということ。

 腰に吊っている漆黒の剣は、漆黒の金属をもとに鍛え上げた超一級品である上に、やはり魔法的な補助が幾重にも施されている。この剣の特筆すべき魔法効果が、幻影。何をどう惑わすかというと……鞘があるように見せかけているのだ。その中身については、ザックはもちろん、佐々倉啓やフマもいまだ知らない。

 靴も、漆黒の金属製で、そこに施された魔法により、装備者の速力を4段階引き上げる。ただ、こればかりは、生身だと装備者の体がもたないので、《身体強化(フィーズ・フォルス)》なしではせいぜい1段階しか上げられないが。

 ニィの両耳についているイヤリングには、黒い魔石がはまっているが、そこには共有魔法の魔力が込められていて、いつでも魔王城の首脳部と連絡を取ることができる。この魔石はもちろん最上品質で、少なくとも一生は遊んで暮らせるほどの価値がある。


 と、全身装備の総額が国家予算にも値するようなとんでもない装備に彩られているニィナリアだったが、その価値をザックが全て見通せるはずもない。しかし、それがとんでもないことだけは分かるので、ザックはニィナリアがどこかの姫ではないかと当たりをつけたのだ。まあ、姫というより、王ではあったが。 


 そんなニィナリアだからこそ、ザックはさらわれたという情報を疑わない。少なくとも、魔王だと聞かされるよりは、断然信用のできる嘘だった。


 2人がソファーに座ってから、ザックはお茶を勧め、それからすぐに本題に入る。


 今回のキーグリッド襲撃事件と、同時出現した魔物たち。それらの話を隣町の冒険者ギルド長にも伝えてほしいということ。

 事件の情報を各冒険者ギルドで共有したいが、1人のギルド長の発言だけでは信じてもらいにくいほどに、今回の事件は異常だ。

 S級が2人、A級がいくつもこの村に現れるというのは、それだけ突拍子もない。

 だからザックだけでなく、隣町のギルド長からも支持を得たいので、フマとニィナリアには直接話をしに行ってほしい、と。


 2人が受けた話はこのようであった。


 佐々倉啓、フマ、ニィナリアの3人は、もともと隣の町に移動するつもりであったため、ザックの頼みは断る理由がない。

 フマはそう判断して、ザックに了承の旨を伝えたのであった。


 それからザックは、2人に町への移動方法を教え、話を終える。

 2人が出て行った後、2人のカップを下げ、新たに一つお茶を用意した。


「さて、次はケイという冒険者だったな」


 ザックは襲撃事件で避難した秘書の代わりに、カップを洗いながら、簡単に要点をまとめる。


 昨日、ケイという冒険者が、A級の魔物であるフェンリルヴォルフを討伐したこと。

 パーティではなく、単独によるものだったこと。

 ケイが冒険者ではなく、昨日冒険者登録をしたこと。

 昨夜、食堂で、村に居残っていたCランク以上の冒険者100人ほどを相手に、勝負で圧勝したこと。


「……たった昨日だけで、ここまで実力者が集まっていたとはな」


 フマしかり。キーグリッドしかり。A級の魔物しかり。そして、佐々倉啓しかり。


「ギルドとしては、そんな人間が登録してくれたんだから、文句はねえが」


 ザックが洗い物を終えると同時に、扉から声が掛かる。

 佐々倉啓が来たのだ。

 ザックは許可を出し、扉が開くのを視界に入れた。





 ……そこには、案内嬢しか見当たらなかった。


「おい、ケイはどうした?」


 ザックが案内嬢に声を掛けると、彼女は困ったような顔でこう告げる。


「ケイ様なら、目の前にいらっしゃいます」

「は? どこだ? いねえじゃねえか」

「……ケイ様、触れてください」

「?」


 ザックが困惑していると、唐突に、そう、本当に唐突に、少年が目の前に現れた。


「どわ!? な、なんだお前は!?」


 ザックが声を荒げると、その少年は申し訳なさそうに答える。


「僕は、ケイ・ササクラです。驚かせてしまいすみません」

「!? お前がケイか! いや、そうか、話は聞いている。非常に優れた隠密の能力を持っていると。いやしかし、まさかここまでとはなぁ」


 ザックは頭を掻く。

 ザック自身、ケイがどのようにして現れるのかは聞いていた。しかし、それは話をした冒険者が未熟なだけであって、自分だったら気配に気がつくだろうと高をくくっていたのだ。

 それも当然といえば当然である。

 ザックはAクラスの冒険者であり、人間としては最高レベルの戦闘力を有している。

 もちろん気配察知能力や危機察知能力も優れており、今まで暗殺者に狙われたことも数え上げられないほどあったが、そのことごとくを回避してきた。

 よもや目の前にいるのに気がつかないことなど、ありえてはならないことだ。

 もちろん、佐々倉啓のギフトレベルがExなんていう人外レベルじゃなければ、ありえないままだったろうが。

 

「こりゃあ、あいつらが言ってた“暗殺者の極み”ってのも、あながち的外れでもねえようだな」

「いや、暗殺者ではないですから」


 ザックの言葉を、佐々倉啓は慌てて否定する。


「あん? ちげえのか? てっきりお前さんのクラスは暗殺者かと」

「僕は一応魔法使いです。暗殺者なんていう物騒なものじゃないですよ」


 ザックは理解できないとばかりに首をひねる。

 それもそのはず。暗殺者というのは、あくまでクラスの一つにすぎない。

 剣士、風魔法使い、罠士、などなど、冒険者をやっていく上でのていを表す便利な表現でしか過ぎないのだ。

 佐々倉啓が暗殺者という言葉に抱いている、要人を秘密裏に殺すというイメージは、冒険者の間では共有できない。

 冒険者にとって暗殺者とは、気配を悟られずに魔物を殺し、足の速い魔物でも確実に仕留められる、稀有なクラスでしかない。

 そこに賞賛はあれど、物騒な含みはほとんどないのだ。

 ……まあ、皆無ではないのだが。


 いずれその勘違いには佐々倉啓は気付くだろうが、少なくともそれは今ではなかった。

 ザックは佐々倉啓の否定の真意を掴むことができないまま、しかし魔法使いにこだわりがあるのだろうと想像し、本題に入るべく佐々倉啓にソファーを勧める。

 案内嬢には戻ってもいいと伝え、ザックは佐々倉啓とテーブルを挟んで向き合った。


 ザックは佐々倉啓をこっそりと観察する。

 そうして判定する。

 変わっていると。


 先ほどのクラスのやり取りもそうだ。

 暗殺者というのは、ある意味なりたくてもなれないクラス。

 周りから指摘されて、喜びはすれど、嫌がるものではない。

 魔法使いにこだわりがあるようだが……。


 と、ザックはそこまで考えて、それ自体は妥当なものであるかと思い直す。

 そもそも人間は魔力量が少なく、魔法使いとしてやっていけるのはほんの一握り。

 パーティとしては後衛として需要があり、希少さと必要性から、憧れを持つ者は多い。

 しかし話に聞いた佐々倉啓の使う魔法は、そういう憧れを持つ者がよく学ぶ四大属性魔法でも、二大特殊魔法でもないらしい。

 見たこともない固有魔法を使用するらしいが……やはりそれは風変わりなことだ。

 固有魔法を体得できるのは特殊な経歴持ちがほとんどであるから。


 佐々倉啓の特殊性は、それだけではない。

 まず服装だ。

 見たこともない模様の入った滑らかそうな生地の上着に、変わった形状の、しかし機能性のありそうなズボン。

 このような衣装をザックは初めて目にする。

 佐々倉啓の出自にザックは疑問を呈する。


 そしてそれは、佐々倉啓の物腰に対してもだ。

 冒険者らしからぬ、むしろ商人のような丁寧な口調。

 しかし商人ほど狡猾な雰囲気はなく、育ちのよさそうなすれていない空気。

 だが貴族の坊ちゃんのように鼻に掛ける態度はなく、まるで修道女のような素直で柔らかな物腰。

 それぞれの良い所を集めたような、そんな不思議さがある。


 そう、佐々倉啓は、外見、内面、能力、どれもが普通の枠から外れて変わっていた。


 ザックは気を引き締める。

 問題は、佐々倉啓が信用できるのか、実力があるのか、ギルドに貢献してくれるのか、である。


「お前さんの話はいろいろと聞いている。フェンリルヴォルフを単独で討伐したとか、Cランク以上の冒険者相手に100人抜きを達成したとか」


 ザックが試しに噂を持ち出すと、佐々倉啓は否定するでも誇るでもなく、苦笑した。


「ええ、多分聞いたとおりなんでしょう」


 ザックは考える。

 佐々倉啓が本物の可能性は高いと。


「お前さん、有名になるのを嫌う口か?」

「うーん、どうでしょう? 別に有名になるのは構いませんけど、面倒ごとは避けたいですね」

「おいおい、そりゃあ有名になりたくないってのと同じだぜ?」

「あー、やっぱりそうですか。じゃあそういう感じで」


 欲がない。いや、野望がない。

 いまどきの若者にしては珍しい。

 ザックは一つ、確信する。

 こいつは、やっぱり変わっていると。

 嘘をついている可能性はないだろうか?

 それはさすがに分かる。ザックは齢40を過ぎている。少年にしてやられるほど、この人生を生きてきてはいない。


「そうか。じゃあこの話はお前さんの希望に沿っているかもしれねえな。お前さんを呼んだのは他でもない、限定Aランクになってほしいんだ」

「限定Aランク?」


 佐々倉啓は昨日冒険者ギルドに登録したということだ。

 限定ランクを知らなくても当然といえる。


「限定ランクというのは、ある条件を満たす依頼に対してのみ、そのランクの依頼を受けることができるというものだ。

 今回お前さんになってほしい限定Aランクについては、討伐限定とさせてもらう。この場合、討伐のみの依頼に対しては、お前さんをAランクとして扱い、ランクS、A、Bの依頼をお前さんは受注できるようになる」


 ザックは簡潔に説明をする。

 初めて聞くとしたら、少々理解しにくい内容だろう。

 そう思っていたザックは、佐々倉啓の質問に驚きを覚えた。


「……なるほど。ちょっと疑問なんですけど、通常のランクで討伐の依頼は受けられるんですか? いや、ただの確認なんですけど、僕の今のランクは確かEで、受けられる依頼はEとD。もし討伐の依頼も受けられるとすると、限定ランクとあわせて、討伐に関してはS、A、B、D、Eを受けられるということですか? それともやっぱり、討伐は限定ランクのほうだけで受けないと駄目ですか?」

「……いや、通常のほうでも受けてもらって構わねえ。限定ランクというのは、あくまでも権利であって、強制じゃない。優遇してもらえる程度に考えてもらえればいい」

「そうですか。……あともう一つ。普通ランクを上げるのって、確か依頼を一定数こなさないといけないんですよね? 限定ランクで上位の依頼を受けた場合って、ランクを上げる時の審査にどういうふうに扱われるんですか?」

「限定ランクを使用して受けた依頼に関しては、ランクアップの審査に加味しない。つまり、いくらお前さんがAランクの依頼を達成しても、本体のEやDの依頼をこなさなけりゃ、ずっとEランクのままってわけだ」

「なるほど、了解です」


 こいつは、なかなか頭も回るようだ。

 口調や物腰もそうだが、高等教育を受けているのは間違いない。

 ザックはそう判断した。



「さて、どうだ? 説明は終わったが、お前さん、限定Aランクを受けてはくれねえか?

 限定Aランクになっても、表向きはEランクのままだ。ギルドカードの色は変わらねえし、通常のAランクになるよりは、目立つことも少ない。お前さんの意向にも沿えていると思う。

 それに、ギルドとしちゃあ、せっかくの戦力を持ち腐れさせても面白くねえ。活躍の舞台を整えたほうが、双方にとって得だと思うんだが」


 有名になりたくはないといっても、活躍すればいずれは有名になる。佐々倉啓はそれを毛嫌いしているわけでもない。あくまで、()()()()有名になりたくない、という程度に違いない。

 また、今回の提案については、win-winの関係だ。冒険者ギルドにとっても、佐々倉啓にとっても、利益がある。佐々倉啓はそのことを正確に理解できているだろうと、ザックは確信していた。


「はい。その限定Aランク、喜んで受けさせていただきます」


 返答を聞き、ザックはにやりと笑む。


「そう言ってくれると信じてたぜ? 手続きはカウンターでやる。受付に行ってくれ。引き受けてくれてありがとな」

「いえ、こちらこそありがとうございました」


 佐々倉啓が部屋を出て行った後、ザックはにやにやが止まらなかった。

 なぜだろう?

 そう考えて、ザックは自分が興奮していたらしいと気付き、苦笑する。


「A級の魔物か。俺が倒せたのは20代後半だってのに、悔しいと思わねえのは年のせいかね? ……才能の卵を見ると、育ててみてえと思っちまう」


 ザックは想像する。あの少年が、さっきの妖精と少女とパーティを組むところを。

 得体の知れない才能を秘めた少年。S級の魔力を持つ妖精。豪華な装備に身を包む少女。 

 

「なかなかに面白い構成じゃねえか」


 本人たちの意志を知っていたわけではなかったが、ザックは彼らの活躍を予感して、笑みを漏らした。



 もう少し村で活動します。

 次の次で出発でしょうか?

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