16話 スイシアとの再会
目を開けると、そこは真っ白な空間だった。
境界というものが認識できない、どこまでも果てしない白。
水平線も地平線もないし、森とか雲とかもないし、壁とか床とかも見当たらない。全てが白。
あまりにも何もないから、自分が浮かんでいるんじゃないかと錯覚してしまう。
立っている感覚はあるのだけど。
僕はこの場所に見覚えがある。
この世界に転生する直前、この空間には来たことがある。
僕を転生させてくれた神様、スイシア様。
その彼(彼女?)と出会った空間。
案の定、僕の目の前にはシア様がいた。
黒髪ボブカットの子どもの姿。性別不詳。
その顔つきは凛々しく、ニィの魔王モードに通じるものがあるけど、シア様の雰囲気は柔らかい。
今はどこか申し訳なさそうな表情をしている。
そうしてシア様の背後に隠れるようにして、赤髪お下げの女の子がこちらを窺っている。
彼女は……そうだ、思い出した。僕が転生する直前、シア様にタックルをかましていた子だ。
そしてタックルをかまされたシア様は、手元が狂ったのか、「あ」という何かに失敗したような言葉を……。
あれ? 今回はもしかしてその件?
「どうも、お久しぶりです、シア様。1日ぶり……でもないですね。もっと短いですか。久しくもないですね」
「あはは。そうだね。随分と濃密な1日だったみたいだね」
「……もしかして、見てました?」
「うん。覗かせてもらったよ。……神の使い、なんだって?」
シア様は苦笑している。僕は大それたことをしてしまったかと、謝罪しようとする。
「いいよいいよ! ボクは困らないからさ! それに、キミにはいろいろと迷惑を掛けたしね。神の使いでも神の化身でも名乗ってくれても咎めないよ」
いや、化身はないです。
「それで、キミを呼び出したことなんだけどね。……ロニー。ほら、謝るよ」
シア様は背後の子を押し出す。
ロニーと呼ばれたその子は、愛らしい顔をむすっとさせている。
うん? ロニー? どっかで聞いた名前だけど……。
「謝る必要なんてないもん! 手元を狂わせたシアちゃんが悪いんだから!」
「だからそれは何度も説明したじゃないか。大事な操作をしているときは、邪魔しちゃ駄目だって」
「でも、悪いことにはなってないもん!」
「結果の問題じゃないんだ。悪い行為をしたから謝るんだよ」
ロニーちゃんとシア様がなにやらもめている。
多分あのことなんだろうけど、具体的にどうなったのか聞いてみよう。
「シア様。結局、何か問題が起きたんですか?」
「それがね……キミの才能レベル、いくつになってた?」
才能レベル? アプトとギフトのことかな?
「えっと、Exでしたね」
「それね、本当は4にするつもりだったんだ」
「……え?」
そうなの? てっきり初めからExだったのかと。
「ロニーが邪魔したから、間違えて最大レベルまで上げちゃったんだ」
「あー、なるほど。それで謝ろうというわけですね?」
「うん」
シア様は首肯する。
そこに、ロニーちゃんが入ってくる。
「でもExで良かったでしょ! 感謝してるよね! ほら! シアちゃん! 謝る必要なんてないよ!」
ロニーちゃんは僕を恨むように睨みながら、一人で勝手に話を進める。
「ちょっと、ロニー。勝手に話を進めちゃ駄目だよ。ロニーが謝らないなら、ボクがその分2回謝るから」
「!? なんで!? シアちゃんは悪くないでしょ!」
「だから二人とも悪いんだってば。ロニーが謝らないんだからしょうがないでしょ? ボクがその分謝るからね?」
「うぅぅ~!」
ロニーちゃんは葛藤を露わに視線をさまよわせる。
それから、シア様が頭を下げるのを見て、猶予がないと思ったのだろう。ロニーちゃんも頭を下げた。
ただし、上げたときの顔は相変わらずぶすっとしていたけど。
「才能のことはごめんね。もうボクにはレベルを戻すことができないんだ」
「いえ、いいですよ。もらった才能は役に立ってますし、悪いことばかりじゃないですから」
「ありがとう。そう言ってもらえると気が楽になるよ」
僕とシア様がやり取りをしている間、ロニーちゃんは用が済んだとばかりにシア様の背後に隠れてしまった。
「ところで、シア様。あの、ロニーちゃんって、有名人だったりしますか? どっかで聞き覚えがあるんですけど」
「うん? そうだね。かなり有名だよ。息災の神って、聞いたことはないかい?」
息災の神? ……あ! 教会だ! そうだった!
お祈りするときに、息災の神ロニー様というフレーズを聞いたんだ!
「え? じゃあその子が息災の神様?」
「うん、そうだよ」
こんな小さい神様だったとは。
いや、それを言ったらシア様もだけどさ。
「そうだったんですか……」
「そうだ、ロニー。才能レベルを間違えたお詫びに、彼に息災の加護をあげてよ」
「息災の加護?」
「そう。決められた期間、病気に対する抵抗力が上がる加護だよ」
へぇ。そういうものがあるんだ。
シア様がロニー……様……ちゃんに、息災の加護を促すけど、ロニーちゃんはそれに応えない。
「もう頭下げたもん! なんにもしてない人には加護をあげないもん!」
ロニーちゃんは頑として譲らなかった。
「ふぅ、仕方ないね。ごめんね、佐々倉啓。お詫びはしたいけど、ロニーに強制することはできないんだ」
おっと、唐突のフルネーム呼び。
発音の仕方だろうか、懐かしい響きがする。
「いえ、いいですよ。謝ってもらいましたし」
神様に頭を下げられるなんて貴重な体験だろうからね。
謝罪はもう終わりかと思えば、シア様は話を続ける。
「実は、謝るのはそれだけじゃないんだ。……薄々気が付いていたんじゃないかな? 神代魔法の件だよ」
「……ああ」
関係ありそうだとは思ってたけど、そうだったんだ。
それからシア様に、ことのあらましを聞かせてもらった。
僕を転生させたときに、途方もない魔力を使用したこと。
その魔力の波紋が、神代魔法として認識されたこと。
神代魔法を巡って、フマと、フェンリルヴォルフやキーグリッドといった魔人勢が調査にきていたこと。
つまるところ、今日1日の僕の多忙は、転生が原因だったということ。
「へたすればキミは死んでいたからね。だからその件も謝るよ」
「いえ、いいですって。第一どうしようもないじゃないですか。魔力を使わないで転生させることはできないんですよね?」
「まあ、そうだけど」
「だったらいいですよ。そもそも僕は一度死んでいる身ですし。転生させてもらったんですから、文句は言えません」
僕はシア様に気にしないでほしいと伝えておいた。シア様に過失はないからね。
「それよりも、聞きたいことがあるんですけど」
「ん? なんだい?」
「神代魔法って何ですか?」
途方もない魔力を使う大魔法ということしか知らない。
「神代魔法はね、神代と呼ばれる時代に神が使っていた魔法だよ。ボクはその頃生まれていないから、ロニーのほうが詳しいよ」
シア様はロニーちゃんに振る。
「あのときは遊び過ぎちゃった」
ロニーちゃんはそれだけ言って、もう終わりとばかりに口をつぐむ。
僕は嫌われているのかもしれない。
シア様は苦笑する。
「要するに、神が使っていた魔法だよ。もう地上には神という使い手がいないから、神代魔法は失われた魔法として扱われているんだ。
でもそれを求める人も多いみたいだよ。戦争の道具にしようとしていたり、学者が真実を追い求めていたり。
フマという妖精の場合は、妖精女王の継承権を持つ者として、真実を知ろうとしていたんだろうね。
魔人勢は、封印かな? 戦争に転用されないように。彼らは既に最強の国だからね」
おっと、いろいろと知ってしまったけど、こんなに教えてもらってもいいのだろうか?
「お詫びも兼ねてるよ。あと、キミはこれからも、“神代魔法”関係で騒動に巻き込まれそうだし」
まるで僕の心を読んだようなタイミング。
というかもしかして読んでる?
「うん」
え?
「もっと前から気付いているかと思ってたよ?」
「あんまりそういう感じがしなかったもので」
「そう? まあ、無言でやり取りするのも寂しいからさ、できるだけ話してくれると嬉しいかな」
「分かりました」
それはともかく、話を戻そう。
さっきは不穏な言葉が聞こえた気がする。
「えっと、僕はこれからも騒動に巻き込まれるんですか?」
「キミはもう魔王を抱え込んだでしょ? それだけで火種としては十分だよ」
「た、確かにそうですけど」
「そして魔王と出会ったのは、もとはといえば神代魔法の件があったからだからね。そういう意味では、ボクのせいでこれからも騒動に巻き込まれるというのと同じなんだ」
なるほど。元を辿ればそうなるのか。
「でも、それは別にいいですよ。僕だって、ニィを拒みはしなかったんですから」
そう、拒むことはできた。でもそれをしなかった。
僕は騒動に巻き込まれはしたけど、その後のことは自分で選んだ結果だ。
それをシア様のせいにするつもりはない。
「そう思ってもらえるなら嬉しいかな。それに、魔王のことを憎からず思っているみたいだし?」
「い、いや、それは……」
シア様は悪戯っぽい視線を送ってくる。
べ、べつに、そんなんじゃ……な、ないこともないけど……。
「そ、それはおいといてですね。僕は後悔なんてしてませんし、迷惑とも思ってません。むしろ転生させていただいて感謝しかありません。ですから、シア様は責任を感じる必要はないんです。はい」
ちょっと言い訳がましく言ってしまったけど、言いたいことは言えている。
転生の件も、授かった才能の件も、神代魔法の件も、どれも嫌じゃなかった。
「……キミは本当にそう思っているんだね。それなら、ボクがしつこく言うこともないか。分かったよ。キミがこれからもそう思えることを願ってる」
「はい。……そういえば、今後もこうやって会う機会はありますか? いえ、あくまで確認なんですけど」
「滅多なことではやらないかな。今回はこっちに用事があったからね。まあ、キミが望むならできないこともないよ」
「そうなんですか。……でも、そうですよね。シア様と話さないといけない用事なんて、そうそうないですよね。もしかしたら今回が、最後になるかもしれないんですね」
そう思うと、寂しいものがあるなぁ。
「まあ、神との関わりなんてそういうものだと思うよ! ……じゃあ、そろそろ終わろうか!」
シア様は明るく締める。
そこに悲壮感はなく、ただ、そういうものだという当たり前な雰囲気だけがある。
「あ、最後に。『転生』って、赤ちゃんから始まるもんだと思っていましたけど、僕の場合はどうなるんですか?」
前世の体を維持している場合は、転移だと思う。
「キミは一度確かに死んだよ! そのときの体の情報をこちらの世界で再構築したんだ。だから転移じゃないよ! 死んで生き返ったから転生だね!」
「なるほど。そういうことだったんですか。分かりました、ありがとうございます。もう大丈夫です」
「それは良かったよ! じゃあ、またね!」
シア様はにこやかに笑いながら手を振り、ロニーちゃんは相変わらず背後に隠れたまま。
「またね」か。
果たしてこれから再会することはあるんだろうか?
僕がそう思った直後、意識がふっと薄れていった。
まとめ回でした。
一章の終わりです。
多分二章が始まります。