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最終話 旅の終わり



 ヴェロニカさんの封印から三日後。

 次の町に到着していた僕とニィとフマの三人は、宿のベッドに腰かけて足を休ませながらこの町での予定を話し合っていた。


 ふいに、ニィが耳元のイヤリングを押さえて独白する。

 いや、イヤリングは魔国との通信装置であり、魔国の誰かと話しているのだ。


 通信中、ニィはショックを受けたように立ち尽くし、しばらくして声を絞り出した。


「……分かったわ」


 通信を終えたニィから告げられた言葉に、僕は驚き、そして了承した。


 内容は魔国への帰還要請だった。




 僕は神様が世界に与える影響を過小評価していたらしい。

 ヴェロニカさんの一件に対する認識は、ルエがいなくなったのは残念だけど、ヒュピちゃんが救われて良かったぐらいのものだ。

 もともとヴェロニカさんたち姉妹の問題だったし、問題解決に当たったのは長老会のメンバーだった。

 一部の神様だけが関わった事件。それくらいの認識でしかなかった。


 魔国の幹部会議が開かれ、ニィはそこに呼び戻された。

 僕は【存在希薄:Ex】で認識されない姿を現すために、魔国の幹部陣に触れて回りその暗殺者じみた特質に場が騒然となったり、ニィのパートナーとして紹介されて一悶着あったりしたけど、それはおいておこう。

 円卓で【王者:4】を遺憾なく発揮する凛々しいニィの後ろで護衛のように直立する僕は、会議での第三者の声を聞いて驚いた。


 いわく、死の魔脈(ルエの魔脈)での神様同士の衝突から発生したとみられる謎の波動により、魔脈に隣接する三国は数万人の犠牲者を出した。

 いわく、神様同士の衝突の絶えなかった神代の再来を危惧する声が多く、各国では国の垣根を超えて人類で結束する機運が高まっている。


 ヴェロニカさんの一件がここまで大事になっているとは思わなかった。

 ニィが呼び戻されたのは、魔国でも対策を練る必要があるのと、魔国内の不安を払拭するために魔王の存在が必要だからで、すわなち旅の終わりを示していた。


 ヴェロニカさんの一件が既に決着していて、もう神様同士の戦闘がないことを報告すれば、魔王の必要性がなくなり旅を続けられるかと言えばそうでもない。

 世界情勢を受けて国民に不安が広がっている以上、カリスマを持つ魔王の存在は必要とのこと。

 また、国民に神様の事情を報告するわけにもいかないらしい。なんでもリスクが高すぎるのだとか。

 ここで神様との繋がりを持ち出すと、他の魔脈の神様が興味を持って関わってくる可能性があるらしい。


 ヴェロニカさんレベルでなければ、神様からちょっかいをかけられても《加速空間》と《転送》のコンボで対処できる自信はある。

 でも、その話をニィの祖父であるエンデベルドさんに伝えたら、唖然とされた後、神様と事を構える危険性を数十分ほどじっくりと説かれてしまった。

 触らぬ神にたたりなし。僕だって波風を立てたいわけではないのでエンデベルドさんの言葉に従っている。

 ……つまり、旅は終わったということだった。 




 深夜、僕とフマはニィの部屋に集まっていた。

 この時間まで僕とニィは解放されなかった。

 ニィは魔国を空けていた間に仕事が溜まっていたし、僕はニィを支えられるよう魔国の風土や政治などを勉強していた。

 フマは、僕の後ろをついてきていた。フマは魔国に肩入れしないと明言して魔人を避けているけど、僕とニィから離れる気配はない。なんだかんだで居つきそうな気がする。


「……私ね、旅に憧れていたの」


 寝間着姿で天蓋付きベッドに腰かけたニィがぽつりと言った。

 旅はもう終わったのだ。この切なさは僕だけのものではないだろう。

 僕とフマはソファで楽な姿勢を取りつつニィの言葉を待つ。


「私は魔王としての生き方しか知らなかった。

 生まれた時から【王者:4】のギフトを持っていて、ただ一人の次期魔王候補として育てられてきたの。

 楽しいと思うことはなかった。勉強とお稽古と戦闘訓練の毎日。やることが決まっていて、自由時間はほとんどない。

 魔王になる覚悟はあったから、逃げ出したいとは思わなかったけれど、でも、変化に乏しい毎日だったわ。

 それで、楽しみだったのがレーィの旅の話。見たことも聞いたこともないことがいっぱいで、ワクワクしたの。

 だから、私は旅に憧れていたの」


 レーィというのは、諸国を遍歴する諜報員レイチェルさんのことで、ニィに土産話を聞かせていたらしい。

 同じような毎日の繰り返しの中で、旅の話だけがニィを非日常へと誘ったのだろう。

 旅に憧れるのも理解できる。


「でも、私に旅は許されないことだった。魔国から出られるのは視察のときだけ。そのときだって自由には動けない。

 だから、誰かが私を旅に連れて行ってくれるのを夢見ていたわ。

 ……もちろんそれが夢物語だって知っていた。だって、城に忍び込めて私を連れ出せる実力と、私を連れ出す理由のある人なんているわけがないもの。

 だからこそケーィが来たときは本当にビックリしたわ。……浴場だったからというのもあったけれど」


 はにかむニィ。あまりの可愛さにくらっときたけど、「女湯に忍び込む変態め」とフマに頭をはたかれて正気を取り戻す。


「そ、そうだったんだ。あのときは僕も驚いたよ。……ニィがいきなり抱き着いてきたし。普通は体を隠そうとして離れるでしょ?」

「だ、だって、逃がしたら二度目はないと思って」


 頬を赤くしてうつむくニィ。隣でフマが「裸で抱き着く女。こっちも変態さ」と嘆いている。

 僕が苦笑していると、ニィはうつむいたまま続けた。


「と、とにかく、ケーィのおかげで旅ができて。……期間は短くて、ケーィが神と戦うから心配ばっかりしていたけど、それでも、新しいことがいっぱいで、楽しかった」


 顔を上げたニィは僕と目を合わせる。頬は赤いままだ。

 僕とフマはニィの言葉に応じる。


「心配かけたのは本当にごめん。でも、僕も楽しかったよ」

「そうさ、楽しかったさ。時々空気が甘すぎて居たたまれなかったけどな」

「ごめんってー、フマー」

「うわっ、頬ずりしようとするなさ!」


 逃げるのフマを見てニィが微笑を漏らす。


「うん。本当に。

 ……本当に楽しかった」


 トーンの低い声に、僕は思わず腰を浮かした。


「でもね、気づいたの」


 静止する。


「旅が楽しかったのは、それが旅だったからじゃないんだって。ケーィとフーマがいたからなんだって」


 そして僕はニィの横に行き、ニィを抱きしめる。


「僕もだよ。僕も、ニィとフマがいて楽しかった。二人がいたからこそ楽しかった」


 僕はフマを魔力で捕まえ、僕とニィの間に転送させる。すかさずニィが優しく抱いた。


「フンっ、今だけは大人しく捕まってやるさ」


 フマがつんと言うのを見て、僕とニィは顔を見合わせて笑う。

 それから、ニィは言った。


「旅は終わって魔王の生活に戻るけれど、私はもう旅に行けなくてもいい。

 だって、二人がいるから。私は今のこの時間が、旅より大切だって気づけたから」


 ニィの手をフマが包むように触れる。

 僕は二人にありがとうと告げると、きょとんとする二人を魔力で包み、城の上空へと一緒に転移する。

 足場を固定して降り立つと、自信を持って伝えた。


「行きたいところがあったらいつでも言って。どこにだって連れ出してあげるから。

 魔王の生活に戻ったって、町に遊びに行ける。これからは、これまでよりもっと楽しくする。

 旅は諦める必要はないんだって、覚えておいて」


 ニィは呆然とすると、静かに目元を月明かりに光らせ、とても綺麗に無垢に笑った。










 オチがなくたっていいじゃない。


 そんなこんなで最後までお読み頂きありがとうございます。

 完結できたのは皆様のおかげです。

 特に、楽しみにしている、待っているとコメントをくださったお三方には感謝してもしきれません。

 本当にありがとうございました。


 さて、書き始めた当初は100話を目標にしていたのですが、惜しくも届きませんでした。

 とはいえ、三桁を目前とできたことには感慨深いものがあります。

 色々と伏線のつもりで張ったものは、色々と回収できずに終わっちゃいました。

 ドキドキワクワクされた方々には不完全燃焼とさせてしまったこと、大変申し訳なく思います。


 一時期は毎日更新していましたが、私には連載形式よりも一作書き上げて推敲するほうが性に合っているようです。

 投稿するたびこれで本当に大丈夫かと自問自答しながら物語の進む先に不安を感じていたのです。

 

 今後の予定としては、新作を連載せず、一作書き上げて新人賞に応募するつもりです。

 皆様とお会いすることはもうないかもしれません。

 ……でも、新人賞に落ちたら十中八九ここに投稿するので、機があれば暇つぶしに読んでやってください。

 

 それでは、縁があればまたお会いしましょう。



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