10話 三者三様の認識(2)
謎が……解けていく。
対話によって、明らかにされていく真実。
魔王城でのフマの行動。フマの素性。
魔王城での僕の行動。僕の強さ。
お互いに認識不足があり、互いの説明でそれを補った。
さあ、残るはもう一人。
赤髪の美少女。
彼女がどうして僕に過剰な好意を示すのか。
すなわち彼女の事情を解き明かすことで、最後の謎が解明する!
さあ、解明しよう、謎を!
さあ、説明願おう、話を!
……と、一人盛り上がって現実逃避を図りたくなるくらいに、僕は無関係を装いたかった。
現状を端的に示せば、少女が妖精を抱きすくめている。
……これだけ聞けば、牧歌的と言えなくもなさそうだ。
ただし、少女の顔が不自然に熱狂して赤らみ、次の瞬間には襲ってきそうな危うさがあること。
少女に抱きすくめられている妖精の緑色の瞳が、いろいろと諦めて生気の光を失っていること。
以上の描写がなければという条件付きになるけどね。
一つ見方を変えれば、妖精が少女に捕食されているようでもある。
だから僕は、第二の犠牲にならないためにも、二人とは無関係でいたいと願うのだ。
そう、犠牲となったフマのためにも、僕は生き残らなければならない。
……フマを人身御供とした僕が言えることではないんだけどね。
僕は少女が落ち着きを取り戻すのを待ち続ける。
しばらくして満足したのか、少女はフマを解放した。
フマは死んだ魚のようにぷかぷかと空中を漂う。
だが、唐突に、ゆらりと顔を僕に向ける。
その瞳には、恨みの炎が燃え盛っている。
フマが小さな口を開く。
恨み言だろう。
まあ、僕がフマを生贄にしたのだから、恨み言の一つや二つは聞こうじゃないか。
僕のその考えは、ただの油断となった。
「《風弾――×300》」
「え?」
気がつけばフマの周囲に無数の空気の塊が装填されており、僕がやばいと思った瞬間にはそれらが連射されていた。
「逃がさないさ」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!
「痛タタタタタタタタタタタッ!?」
情け容赦なく打ち付ける風弾。
一発一発が小石ほどの威力を持ち、逃げようとした僕の背中を間断なく殴打する。
ご丁寧に斉射ではなく連射されたそれは、まるで水をジェット噴射されているように一続きの攻撃と化している。
僕は咄嗟にうずくまり、御しきれない激痛により地面をかきむしる。
痛い! 痛い! 痛すぎる!
どれぐらい痛いかというと、青あざに拳を押し当ててぐりぐりし続けるぐらいに痛い!
というか絶対、背中が青あざだらけになってるって!
「くぅうううううううううううッ!」
僕は必死に耐える。耐える。耐え続ける。
これはある意味自業自得だ。
フマをみだりに生贄に捧げたことへの仕返しだ。
だから僕は耐えるしかない!
《固定》で空間の壁を作ることもできるけど、そんなことはしない!
ただ耐えるんだ!
……ところで、これあと何発残ってんの?
「あがぁああああああああ! ……カハッ、痛っ」
ようやく連射の嵐が止み、僕は咳き込むけど、途端に背中に激痛が走り、ひゅーひゅーと小さく呼吸する。
思ったより重傷かもしれない。
「フン! 素直に受けてたから100発で勘弁してやるさ!」
フマの言い方からして、温情をかけられたようだ。
うーん、やっぱり根はいいやつだよね、フマは。
「ほら、オマエ、今ならケイに抱きつき放題だぜ。うっ、そんな怖い目をするな! すぐ治療するつもりさ! その前に、好きなだけ抱きついてきていいぜ。今なら起き上がる気力もないだろうからな!」
フマは少女をけしかける。
ちょぉおおお!?
まだ仕返し終わってないの!?
もう十分でしょ!?
もう散々痛い目みたよ!?
「ま……待て……」
大声を出すと打ち身に響くので、僕はうめくことしかできない。
僕の弱弱しい抵抗を聞いてくれるはずもなく、少女は駆けてきてうつ伏せの僕の背中に接近する。
待って待って!
今抱きつかれたら背中の傷が――。
「《治癒――4》」
途端、全身をお湯のような温かい何かで包まれ、背中の痛みが一瞬で引いていく。
……あれ? 治してもらった?
「安心して。あなたが傷つくたびに、私が治すから」
少女は優しげにそう言って、僕の背中をさする。
さっきまでの怪しい手つきではなく、体を労わるようなものだ。
そのため少女の温かい手が背中に直に触れているにもかかわらず、僕は変な気分にならずに済んだ。
「ありがとう。楽になったよ」
「いいの。いくらでも治すから。それよりあなた! どうしてこんな酷いことするの!?」
僕は体を起こし、地面に座る。
少女は僕の脇で女の子座りをしていて、フマにキッと鋭い視線を向けている。
あー、少女から見たらそうだよね。
僕を一方的に痛めつけた悪者に見えるよね。
でもそれは、僕がフマを身代わりにしたのが悪いわけで、フマを責めるのは違うんだ。
「実はね、フマは悪くないんだ。えーと、君が気付いていないところで僕がフマに酷いことをしてしまってね。それが原因なんだ」
僕は助け舟を出すことにした。
ただし、僕は意図的に一部を隠す。
少女の抱擁から抜け出すためだったと公言するのは、憚られた。
「え? そうなの?」
「うん。だからフマは悪くない。だよね、フマ?」
僕はさっきから固まったまま反応しないフマに、援護を期待して呼びかける。
そしてフマは……なぜか思案に暮れていた。
「そ、そうだな……」
フマは上の空で返事をよこす。
それから何かを思い立ったように、一直線に少女のもとに飛んできて、少女の赤い髪の頭の上に、はいつくばるような姿勢で両手をつける。
「ど、どうしたの? この子に何が?」
僕は事情が飲み込めずフマに尋ねる。
一方、フマに頭に乗られている少女は、いつの間にやら僕の片手を両手で包み、ホクホク顔をしている。
……って、油断も隙もないね!?
僕は逃げ出したくなるところを、フマの行動が気になるので、ぐっと我慢する。
フマはというと、真剣な顔つきで何かを探っているようだった。
そして数秒たって、フマは追い詰められたように目を見開いていく。
「ぅ、ぅわぁぁあああああああああ!?」
いきなりだった。
フマはその場から緊急離脱して、あっという間に10メートルほど距離を取った。
その様子はこういってはなんだけど、無様で、一心不乱で、心底怯えきっていた。
まるで……例が記憶から思いつかないけど、多分両親を目前で惨殺された子どもなんかが、こういう逃げ方をするんじゃないかな?
とにかく、はなから勝ち目がないと、そもそも戦うことを考えることすらおこがましく、自分より圧倒的格上の絶対強者からいかに逃げ出せるかだけを考えているように見えた。
当然、僕にはフマの考えが分からない。
どうしてこんな少女から逃げようとしたのか。
確かに違う意味で逃げたくなるほど肉食的で積極的な美少女だけど、だからってフマのあの反応はない。
僕はフマに事情を尋ねる。
「フ、フマ? いったいどうした?」
「っ、っ、っ!」
フマは見ているこっちが不安になるほどガタガタと小さな体を震わせている。
過呼吸気味なのか、口を開いては、声になっていない。
このままでは話ができないので、僕はフマが落ち着くまで待つことにする。
「っ……。ケイっ! そいつは魔人さッ!」
ようやく声を出せたフマが、切羽詰った声でそのようなことを言う。
この子が、魔人?
魔王城に囚われた人間ではないの?
僕は疑問に思うも、特殊な事情があって囚われていた魔人ということも考えうる。
フマが怯えるほどのことではないと思う。
そもそもフマは、高位四家の当主を相手にしているときですら、今よりも落ち着いていた。
どうして今さら魔人に怖がるのだろう?
僕は少女を見る。
少女は特に否定する気はないらしく、というかフマの言葉を何とも思っていないようで、そもそも聞こえていたかどうかすら怪しく、満足顔で僕の肩に寄りかかっている。
幸せそうに頬を緩めて両目をつむっていた。
……あれ?
「……えっと、魔人だからどうしたの?」
僕はもはや少女のことは諦めて、フマとの会話に意識を移す。
フマは持て余した感情を発散するように、両腕をぶんぶん振り回す。
「いやっ、魔人じゃないんだッ! 魔人より上さッ! 桁違いに上さッ!」
「え? 魔人より上? ……キーグリッドよりも?」
「そうさッ! キーグリッドなんか比較にならないッ! キーグリッドよりもずっとずっと上さッ!」
うん? でもフマの説明では、キーグリッドは相当強いって話じゃなかったっけ?
高位四家の当主は魔王の次に強いと。
「えーっと、キーグリッドより上ってことは、キーグリッドと魔王の間くらいってこと?」
「違うッ、違うッ! そいつはッ……! 魔王級なんさッ!」
「……え?」
魔王級? こんな可愛い少女が?
「えーと? うん? つまりどういうことなの?」
「おい、オマエッ! オマエは何なのさ!? 魔人の秘密兵器なのかッ!?」
フマが口角泡を飛ばす勢いで、少女に詰問する。
僕は遠い世界にトリップしている様子の少女を呼び戻すべく、少女の頼りない肩を優しく揺すった。
「ねえ、フマはああ言ってるけど、どうなの?」
少女はおもむろに睫の長いまぶたを持ち上げ、蕩けた瞳――かと思えば、端整な顔つきにふさわしい澄んだ赤い瞳で、僕をじっと見据えた。
僕は少女の瞳に吸い込まれそうになる。
少女の瞳には、人を引きつける何かがあった。
あたかも、力強く燃え盛る炎に、誰も彼もが足を向けてしまうような。
そう、まさしく炎を瞳に宿していた。
瞳に限らず、少女の纏う雰囲気が一変している。
可憐で幼くて庇護欲を感じさせる少女から、凛として不動で全てを任せられそうな一人の女へと。
頼る側ではなく、頼られる側の存在へと。
僕は思わず、ごくりと喉を鳴らした。
少女は唇を開いた。
魂が奪われそうなほど、脳を痺れさせる澄んだ声だった。
『私は――魔王』
そう、宣言した。
次の瞬間、一人の女は。
……荘厳なる空気をふにゃっと軟化させ、いっぱいいっぱいのあどけない少女に早変わり。
頬をぽっと染め、熱っぽい瞳で僕を見つめると、思い切ったように一生懸命に言うのだ。
「私をあなたの恋人にしてくだしゃい!」
少女の顔は、噛んだ羞恥でさらに火照り上がった。
……遠くから、鳥の鳴き声が聞こえてくる。
……え、何この可愛い生き物。
というか……え?
えっと…………あれ?
もしかして僕、告白された?
そう認識した途端、僕の頭の中は真っ白になった。
「………………ちょっと、考えさせてください」
僕まで赤面しながら、少女の健気な眼差しから視線を逸らす。
……あれ? こういう話をしてたんだっけ?
少女の爆弾発言により、僕はすっかり話の流れを忘れてしまったのだった。
10話という一区切りを迎えることができました!
皆様のおかげです!
これからもこの調子で続けていきますので、どうぞよろしくお願いします!