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あれからまた数日が過ぎた。
あのチビアクマが俺の部屋から姿を消してから、数日だ。
望んでいた結末だったはずだ。
そう、あのチビが俺の前に現れてからというもの、ずっと望んでいた結末。
そのはずだった。
なのになんでだろうな? この気力の湧かなさは。
もしかしたら、わりと気に入っていたのかもしれないな。あの生活が。
…いや、きっと違うな。
キライじゃなかったのだ。あのバカどもが。
だれもが賢く生きることを強要するこの世界の中で、アイツラは自分の命を張ってバカをやり続けていた。
賢く生きることで語れるものがなにもない人生を送っていた俺には、精一杯バカをやって、正義も悪も、偽善も偽悪もなく、自分に正直に夢を追って、わがまま言って、語れるものが山ほどあるアイツラが羨ましかったのだ、きっと。
「…ああ、そうか。
この世界って退屈だったんだな…」
「そう思うんならアンタも好きに生きてみたら?」
だれにともなくつぶやいた独り言に、思わぬ返事が帰って来て驚く。
振り返ればそこには、うっかりすると惚れてしまいそうなルシファーの姿。
今日も今日とて土足で進入してきているが、もうそんなことはどうでもいい。
「…生きてたのか」
「ま、なんとかね」
あの日以来、アンノウン関連の連中は誰一人我が家を訪れなかった。
正直、訊きたい事は山ほどある。が、
「『アイツ』は?」
「…消えたわ。アタシの腕の中でね」
予想はしていが、…それでも沈黙が場を苦しめる。
「……死んだ、のか?」
「あー、それはないない。たぶん還っただけだと思うわよ?」
「…そうか。わるいな」
「別にかまやしないわよ。アタシはただ筋を通したいだけなんだから。
うやむやにすると、どーにも性に合わないのよね。気分わるくてさ」
言いつつ「パチン」と指を鳴らし、そしてどこからともなく現れるいつかの悪魔な執事さん。
「場所変えましょ。バティン?」
一礼した執事の姿を最後に風景が切り替わる。
件の瞬間移動か。
「ここって…どっかの交差点か?」
「そ。スクランブル交差点ってやつ? 今は歩行者天国状態らしいわよ」
右を見ても左を見ても人、人、人。
「…なんでまたこんなとこへ…って、ルシファー?」
いつの間にか視界から消えたルシファー。
あわててその姿を見つけ出そうとする俺の背に、だれかの指先を突きつけられる感触があった。
「振り向かないで。殺しちゃうわよ?」
「…そういえば、前にお前の爪に殺られたことがあったっけな」
胸を一刺し。ったく、目撃者をここで始末しようって寸法かよ?
「もしかしたら、ここならあのおチビも見てるかもとか思っちゃってねー。
…最後にひとつ、あんたに伝えておいてあげるわ。
レヴィが見つけてきたのよ、おチビの本当の名前」
「アイツの、名前?」
興味を惹かれて思わず動きが停まった。
「そ。今回の一件でクトゥルーとミカエル、どっちにも貸しができたからね。
ニャルラトホテプとの交渉は成功するし、新聞もおもしろい具合になってきたしでラッキーラッキー。
『邪神率いて天界乗り込むわよ』って、ちょっと神サマ脅しちゃった☆
今、おチビさまさまでとってもいい気分よ。
んで、せっかくだからレヴィを天界に送り込んで捜索させたってわけ。
ちなみに見つけた場所は、天界の隠し倉庫よ。
覇奪ルート調べて出てきたスクラップ帳の中。神のヤツが隠し持ってやがったわ。
正直アタシも、まさかんなとこから出てくるとは思ってなかったんだけどね。
ま、どっちも抹消された大罪には変わりなかったわけだし、当然と言えば当然だったのかしら」
「さっさと言えよ」
いい加減、今の俺には不要な情報ばかりでさすがにイラついた。
ルシファーはルシファーで、「まったく、アンタもおチビも互いのこととなると沸点低いんだから」などと失礼なことをほざきつつも本題に入った。
「おチビの名は『コクマエル』(Cochmael)、だそうよ。
中世以降に発達したカバラ思想の原型、生命の樹の知恵に神のエルって言えば、もしかしたら伝わるのかしら?
それで『神の叡智コクマエル』よ。
神に仇成す者も成さない者も、みな等しく肯定する『神』以上の神威体現者。
神が神であるために邪魔なヤツだったってわけね。
ちなみにデータもあちこち改ざんされて『男』ってことになってたわよ?
アンタ確認した?」
「してるわけねぇだろ! 変態か俺は!!」
むしろ出逢った直後に持ち上げてひっくり返していたのはどこのどいつだ?
「そ。…ああ、そうそう、これは推測だけどね。
アンタ、十中八九間違いなく、ただの凡人よ。
たぶんアンタと『同化』して独りになるのをイヤがったのね。
アンタがどんだけ生命力持ってかれたのかは正直アタシも知んないけど、あのおチビ、最後の最期まで後生大事にアンタからもらった命にすがり付いて、そのまま逝っちゃったわ」
そして、沈黙。
なにを言う気力もなくなった俺たちの間に、また苦ったらしい風が吹く。
ホント、アイツ、なんか悪いことでもしたのか?
「…結局、最初から最後までロクなもんじゃなかったな」
「ま、気持ちはわかんないでもないんだけどねー。
ハッピーエンドがお望みなら、それは天使の領分よ。
アタシら悪魔はね、命を懸けて、わがままを通して、
壮絶なバッドエンドで人を魅了するからこそ世界に望まれているの。
勧善懲悪がお望みならミカエル相手に殺されときゃよかったって話よ。
だけど人間ってやつはそれだけがオタノシミってわけでもないでしょ?
アンタもなんだかんだでおチビのがんばり、けっこう楽しかったんじゃない?
ま、それでもあのおチビにもうちっとマシな結末を望んでくれるのなら、何百年かあとにでもまたこの世界に呼んでやってよ。アタシら気ぃ長いしさ」
背に突き付けられた指が、ゆっくりと圧力を遠ざけて残滓を残していく。
「あ、そうそう、この先のアンタの人生、次におチビが出てきたら教えてあげるつもりだから、少しはマシな人生送らないと承知しないわよ?
アタシにくだらないウソ、吐かせないでよね」
「――ッ!」
殺されるかもしれない。
だけど振り向かずにはいられなかった。
そして風は吹く。
目にも鮮やかな金紗のカーテンが俺の視界を覆い隠し、
閉じた目を開けば、そこに見えるのはきっとどこかにあるだろう日常の風景。
堪えきれずに俺は笑い出す。
本当に、本当に。
今までのすべてを思い出しながら、目に涙を浮かべながら、
周囲の人間に奇異の目を向けられることもかまわず、俺は笑った。
…あのヤロウ。
「ここどこだよ! バカヤロオォォォォ!!」
……まったく、これだからアクマってやつは好きなんだ。
まあ、ここが秋葉原という街で、見渡す限りそこかしこに強欲の大罪、マンモン親父がその配下と思われる、妙にヤクザっぽいのが大量に居るのを確認したとたん、思わず「二度とヤツらには関わるまい」と心に決めちまったけどな。
そんなわけで、どこに行ったのかは知らんが、安心しろルシファー。
俺はどこのショップにも寄らず、まっすぐ帰るからな。
それとアンノウン。
どこに消えたのかは知らんが、生きてんのなら、もう別にそれでいい。
……気が向いた時にでも、またきっと思い出すんだろうからな。
たぶんそうだろ? お前も、きっと。
なんたって、ことごとくロクでもない連中ばかりだったもんな。天使も悪魔も。
「………ふぅー」
さーて、と。帰るかー。
…。
………。。
……………。。。
財布………無ぇし。
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Presented by Oreta-hude.
「平凡男と危険すぎて抹消されたアクマ」――完。
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