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平凡男と危険すぎて抹消されたアクマ  作者: 折れた筆
終章 アンノウン神殺編
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バイバイおチビ

 そして流れ星はゆりかごへと墜ちた。

 アンノウンが最大規模で作成した防御結界は、最初から彼女の人口太陽を受け止めるためだけに作成されたものらしく、夕焼け色に輝く邪神と妖精を包み込んで内部での爆発をすべて包み込み、受け止めた。

 生き残ったのは、ルシファー、レヴィアタン、マスター。

 覇奪は刀身にヒビが入って沈黙。

 ベルフェゴールの携帯は通信を途絶した。

 そして…、


「アンタ、まだいたのね?」


 椅子として適当と判断された岩のひとつに腰掛け、アンノウンが焼いていたアンドドレイクの串焼きを頬張っている、九尾の大妖狐。

 あのだれにも余裕がなかった最後の一瞬、ルシファーに己の狐火を宿した日本刀『獅子王』を投げ込んだのは、この狐巫女だった。


〈余計な世話、ぢゃったかのぅ?〉

「ま、礼は言っとくわよ。あんがとね。助かったわ」


 言いつつ借りた獅子王を九尾へと投げ返し、頭上に浮かんだゆりかごを見上げるルシファー。

 じわじわとしぼんでいくそれの中には、いまだにアンノウンが閉じ込められているはずだった。


「もしかして玉藻さん、置き去り?」

〈さあのぅ? 気がついたらこんな状況ぢゃったわ〉


 改めて合流してきたレヴィアタンが大変失礼なことを九尾に問う。

 しかし実は大当たりだった。

 ミカエルは同じ天使のウリエルだけを回収し、そのすぐ近くで気絶していた九尾の狐をそのまま華麗に放置スルーしていた。いわゆる厄介払い。

 もしもマスター殿が起きていたら確実にこう思ったことだろう。『ご愁傷様、雫ちゃん』と。

 九尾に憑かれたが故に天使に見捨てられたのだ。自分と同様に。

 しかし幸か不幸か、そのどちらもが現在気絶中。

 いや、おそらく不幸の部類に属するのだろう。

 役目を終えたゆりかごが砕け散り、その中から半透明になって背後を透かしたアンノウンが墜ちてくる。

 アイアスの花弁は剥がれ落ち、人工太陽の熱に浮かされ、なにより己の紙片と共に命燃え逝くその小さな子供の身体。

 魔王と化したルシファーは、その焼け付くほどの熱を厭わずに墜ちてきた彼女を抱き留め、ゆっくりと彼女のマスターの元へと送り届ける。


「……ここで、いいです…」


 しかし距離にして五メートルを残してルシファーの歩みを止めるアンノウン。


「おチビ、いいの?」


 滅びに瀕してもなお、苦笑の気配を漏らすアンノウン。


「マスターが、燃えてしまいますよ…。

 ルシファー、アザゼルから、末期の思念を、もらいました。

『バカな女』『その涙』『戦えば』

『せめて』『お前ぐらい』『救いを』…だ、そうです」


 それはまた、なんとも邪神らしくない最期の思考に苦笑をもらうルシファー。


「そーいやアイツ、女に熱を上げて堕天したんだったっけ。

 ったく。この期に及んでどっちがバカだってのよ。

 いまさらアタシ一人がお情けで救われてどーしろっての?」


 最後にルシファーは「どれだけ失っても、全部持ってくわよ」と言って締めた。

 ゆっくりとアンノウンを横たえたルシファーは、彼女の代わりにマスターの元へと向かい、いまだ気絶し続ける彼に対して軽く蹴りを入れた。


「起きなさいよコラ。アンタんとこのおチビが消滅の危機よ」


 だが反応はまるでない。

 目覚める気配は一切見せなかった。


「こんの…起きろっつってんのよ!」


 殴りつけてでも叩き起こそうとしたルシファー。

 それを「いい」と言って止めるアンノウン。

 振り上げた拳を震わせながら降ろし、代わりに地面を叩くルシファー。


「……これだから悪魔が消えるとこ見んのはイヤなのよ。

 …救いもなにもありゃしないったらないわ」


 しかし嘆くルシファーを無視してアンノウンが身体をうつ伏せに転がし、起き上がろうとし始めた。

 あわてて支えに跳び戻るルシファー。

 アンノウンは焼けて消え逝く身体に鞭を打って、彼女のマスターを包み込む魔法陣を形成し始めた。

 術式からして帰還魔術だと見て取ったルシファー。アンノウンを止めにかかる。


「ダメよ、おチビ! そんなのこっちでどうとでも――


 しかし制止の途中で言葉を途切らせるルシファー。


「…これは…これだけは…。

 …だれにも、譲らない…。

 …私の…私、が…だから…!」


 理屈では少しでも力を温存して消滅を遅らせた方がいい。決まっている。

 これは間違いなくバカな選択。

 理屈などなく、消滅を早め、ただ己の思いだけを最優先した、バカな選択。

 与えられた命を最後の一雫まで搾り尽くそうとするアンノウン。

 その小さな身体は木の葉が焼けるように足先から削られて行き、維持できなくなったのか、その手の先に求めるマスターの心臓部からも不死鳥の紙片が燃え上がり始めた。

 アンノウンに残された命はもはやないに等しい。

 それでも成そうとする彼女を抱え、ルシファーはせめてもの助言を送った。


「思い出しなさい、おチビ。…座標なんて適当でいーわ。

 アンタが生きていた場所へ、アンタの大好きなマスターを送る。

 …おチビ、アンタの居場所は、どこ?」


 その瞬間……初めてアンノウンは「笑った」。


「三畳一間の、ボロアパートです」


 マスターを待ち伏せして飲み水を用意し、

 ハンバーグにナイフを突き立て、

 マスターの胸に不死の紙片を仕込むかどうかを悩み、

 ルシファーの強襲を受け、

 ミカエルの電話により呼び出され、

 戦いの果てに裁判へと送られ、

 九尾の巫女が厄災を持ち込み、

 壊れた部屋をOvercallを使ってまで修繕した、


 ――あの部屋。


 そして彼女が望んだその場所へと送り届けられていく彼女のマスター。

 最後の役目を終えて崩れ落ちる彼女。


「…おつかれ、おチビ。もういいわ。

 アンタの欲望ワガママ、確かに見届けさせてもらったわよ。

 ………ゆっくり、おやすみなさい」


 火の這う身体から舞い上る、智欲の大罪の本体、透明な一冊の本。

 ほんのささやかに発光したそれは、次第に世界に溶けて、消えていく。


「……バイバイ、おチビ…」


 金紗の髪を翻し、血の涙を数滴風にさらわせながら背を向け、覇奪の大罪を回収したレヴィアタンと、鞘に納めた獅子王を肩に担いだ九尾の元へと赴くルシファー。


〈もう、よいのか?〉

「ええ。帰るとしましょーか。やることもそれなりに出来たしねー」


 気にしていないはずなどないはずなのに、それでも気丈に普段通りに振舞うルシファー。


「ん。なにからしようか?」


 応じて長年の付き合いのレヴィアタンが指示を仰ぐ。

 だが、大体の答えは予想済み。

 鉤爪を太陽の熱に溶かして失い、やはり黒コゲたままの己の左手に、同じく己の右拳を「パン」と打ち付けるルシファー。

 とても痛く、やせ我慢しているはずなのだが、そこはみな優しさでスルー。


「まずサタナエル、次にミカエルをボコにするわ」

「サタン?」


 なにゆえサタンを殴る必要があるのかといぶかしむレヴィアタン。


「ええ。あんのアホ、『魔王』の着信拒否ってんのよ。

 とりあえず殴りつけて突っ返してくるわ」

「あー」


 わざわざ弱くなるために戦う。

 いくら幻想世界広しといえども、これほどのバカはそうそういないだろう。


〈おお、ご高名なる聖書の魔王どの相手にケンカとはの。

 妾も付き合ぅてよいかの??〉

「んー。」


 さて、どうしたものかと頭を悩ませるレヴィアタン。

 連れて行けば確実にケンカ。

 つまり弱体化状態の魔王サタンを目撃させる羽目になる。

 しかも九尾は顔が広く、かつ口が軽い。

「ルシファーが魔王サタンを足蹴にしていました」と絶対言いふらすに決まっている。

 やりようによってはルシファーが魔王に返り咲くメリットもないではないが…。


「ん。今回は身内の大喧嘩になりそうだから、遠慮してほしい。

 お望みなら別に機会を作るとお約束」

〈ふむん、そうか。ちと残念ぢゃの〉

「つーか、魔王と謁見なんて、アンタの宿主また泣いちゃうんじゃないの?」


 号泣する雫嬢の姿が目に浮かぶようだ。


〈カーカッカッカ。そんときはそんときよ!〉


 そして後日、ルシファーはサタンの尻を踏みつけて『魔王』を返上し、ミカエルの首を吊るし上げてレヴィアタンの包丁で滅多刺し。

 此度のアザゼル騒動はこうして幕を閉じた。

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