平凡男と罵倒するアクマ
「ギリギリ」「ギギギ」と双方互いに圧力をぶつけ、氷と爪のかけらを散らして鎬を削りあう殺し音が響いていた。
一方は冷気漂う氷の紙製ナイフを両手持ちにし、背後四基の本型ブースターに全開で火を噴かせる、緑髪黒目の幼女悪魔・『智欲の大罪』アンノウン。
対するは長く伸ばした真紅の爪でナイフを止める、漆黒の六枚羽を高速振動させて推力を拮抗させる、金髪碧眼の少女悪魔・『傲慢の大罪』ルシファー。
状況は真正面からの力比べに移行し、双方自身が押し負けた場合の手札を残す余裕は見受けられるものの、変容はどちらか一方の武器破壊を前提とした膠着状態に陥っていた。
「――ッ。なかなかの速さだけど、レヴィやマンモンほどじゃあないわね。
でも、ま、褒めてあげるわ。泣いて喜びなさい」
「それはどうも。さっさと墜ちてください」
言いつつちらりと、彼女がいうところのマスターである俺の安否を確認してくるアンノウン。
だがルシファーは、対するアンノウンのその視線移動がすこぶる気に入らなかったらしい。
「失礼ね。アタシよりあんなブ男の方が気になるっての、アンタ?」
「あなたがマスターに色目を使う前に仕留めます」
「アスモじゃないんだから、んなことしないわよ!」
そんなアンノウンの勘違い発言に、ルシファーはぞわぞわと鳥肌を立てながら叫んだ。
双方共に余裕が失われ始めている様子。
それもそのはず、武器の崩壊が爪・ナイフ共に始まったのだ。
どちらが先に完全破壊するか読める状況ではなかった。
最悪ギリギリまでの拮抗に、残した手札を切る余裕すら失う可能性がある。
「ではマスターには興味はない、と?」
「あんな凡人、最初っから眼中にないってのよ」
「ですが、ここに連れてきたということは、私と一緒にマスターに危害を加える気だったのではないですか?」
「あんなの、メインディッシュのアンタのついでに付いてきただけのただのオマケよ。
それとも殺したら美味しいの、アレ?」
そんなルシファーの疑問に対して、うちの幼女悪魔は、
「いえ、マスターは基本的に特売品程度の価値しか存在しません」
などと嘘偽りなく、正直に、どキッパリと答えやがった。
あとでしばく。
そしてこのタイミングで時間切れ。
アンノウンが引かされたミクジは大凶どころか「タロットの死神」級不運。
アンノウンのナイフが我慢比べに負けて一瞬早く先に砕ける。
ルシファーの爪剣も後を追って折れたが、先に態勢を崩したアンノウンの方が圧倒的不利の状況に陥った。
例の最悪の可能性を引いたのだ。
「くっ」/「もらい!」
勢い残るアンノウンの胴体に、好機逃さずルシファーの左肩が「ドゴンッ」と容赦なく叩きつけられた。
ベクトルカウンターのショルダータックル。
アンノウンによる全力攻撃の鏡面返し。
馬鹿力×推進力の命を削る計算式がアンノウンの体力を奪いにかかる。
効果は覿面。ブースターの推進エネルギーがまるごと、アンノウンの小さな体に反動&衝撃ダメージを強要。
幼女悪魔が苦悶の息を漏らす。
さらにルシファー追撃。
勢いが死んで落下を始めるアンノウンの体からステップバック。
着地の右足を軸に高速回転。
真紅のドレスの奥から白い凶器による下段打ち上げの脚技を叩き込んだ。
アンノウン飛ぶ。
飛翔角度が低く、二度、三度と地面に叩きつけられ、その向かう先に存在した湖面の水を切り、ようやくの水没を果たした。
その距離ざっと50メートル。人間であればひとたまりもない。
「あーらら。自慢の本も水に浸かっちゃ役立たずよね。
もーちょっと遊びたかったんだけどなー。失敗失敗」
「うそ、だろ」
けらけら笑うルシファーに、水没したまま復活してこないアンノウン。
アンノウンは敗北した。
一から十まですべて見ていた。
しかし実感がわかなかった。まるで冗談のように感じた。
以前自分が聞いた話とはまるでかみ合わなかったからだ。
そう、あの幼女悪魔はこう言ったはずだ。
「お前、『神に核弾頭を叩き込む』悪魔だってのは、嘘だったのかよ!?」
そう、確かにそう説明されたはずだ。
『神に核弾頭を叩き込む』そんな悪魔はいなくていいと。
だから自分は抹消された、と、そう言ったはずだ、アイツは。
なのにこの状況はなんだ?
アイツが嘘をついていた?
それは考えにくい。
ならなんでルシファーなんてものが出てくるって話になる。
たしか聖書の大物だろ、こいつ。
なら本来の力とか、お約束のアレか?
だったらマジでヤバい。
アイツの覚醒条件なんて知らないぞ、俺。
Dead Endフラグ確定じゃないか。
とにかく状況の打開策がなにもない。
やばいやばいやばい。
「は? 『神に核弾頭を叩き込む』悪魔?」
だがそんなパニック状態の俺を無視して、今の俺の言葉を聴きとめたのだろうルシファーが、「なにを言ってるんだこいつ」と言わんばかりの顔を向けてきた。
俺も思わず「え?」と間の抜けた回答を返すが、ルシファーは一人勝手に納得顔して「あー、そっかそっか」と言い出した。
「神に核、ねえ。確かにアイツが伝承通りの能力を持ってるのなら、そんなこともできんのかもしんないわねー」
この言葉を聴いた瞬間、俺はひどい違和感を感じた。
一度頭を冷やして整理してみよう。
あの時、アイツはなんて言っていた?
/「要するに、です。『神を相手に核弾頭を叩き込むような悪魔はいなくてけっこう』と教会の皆様にハブられたのです」
そして今、コイツはなんて言った?
/「神に核、ねえ。確かにアイツが伝承通りの能力を持ってるのなら、そんなこともできんのかもしんないわねー」
…つまり、だ。比喩によって要約されてた?
真実じゃあなかったのか??
なら、この違和感を解消する、答え、は。
「…違う、のか?」
「はぁ?」
「アイツが聖書から消された理由は、核を出せるからじゃないのか?」
瞬間ルシファーは、鳩が豆鉄砲食らったような顔をし、一転大爆笑へと至った。
「ぶっ、は、ははっ! あ、あははっ! バカだコイツ!
それも真性のバカッ! んなことありえるわけないじゃん!
アンタなに? そんな戯言本気で信じてたの? バカッ?
バカなの? 死ぬの? ほんと掛け値なしにバッカじゃないの!?」
本当に腹を抱えて大爆笑していやがる。
一片の疑いようもなく、こちらの不明をあざ笑っているようだった。
間違いない。確定だ。
…しかし、その確信は希望にはならなかった。
「あ、アンタねぇ、核兵器が登場したのって、第二次世界大戦の末期よ?」
…聴いた瞬間、頭に1トンの鉄球が落ちてきたような気分だった。
当然ながら聖書が生まれた頃は剣や槍が主流で、戦闘機もミサイルもない。
飛ばない、飛べない、飛ばせない以上、核兵器などありえるわけがない。
なぜ気付かなかった、自分。
核弾頭の代わりに、俺のわずかばかりのプライドが粉々に砕けて飛び散った。
…正直、地に這いたい気分だった。
なにやってんだよ大学生。
第3部の爆弾、起爆しました。
次回は作品のタイトルに偽なしを目指します。