Overcall『世界縫合』
「気ぃ済んだ? おチビ」
己のマスターを人質に取ろうとした不貞の輩を、思う様ボコボコにして一時帰還した智欲の大罪。
彼女を出迎えたのは、いまだに覇奪の生み出した針山にて休息をとる、先ほどよりよほど気だるそうになったルシファーの気の抜けた声だった。
「まあ、半分ほどは。調子はどうですか?」
「なーんかやる気でないのよねー。『明日から本気出す』ってな感じよー。
左腕の回復も鈍いし。おチビ、アンタたしかスキャン能力あったわよね?
わるいんだけど、ちょーっと診てくんないかしら?」
なんとも風情のない話だが、さすがに何百年という単位で戦っていれば、自分が状態異常を引き起こされていないかどうかはある程度感覚でわかってくる。
オーダーを受けたアンノウンは両目を紅く光らせてルシファーの全身を観察し、
「………ふむ。やはり呪われてますね」
その身に魔力や気脈を乱す濁った澱みのようなモノを観測した。
「あ。やっぱり?」
そのまま上空に浮かぶレヴィアタンに視線を向けてみると、やはり向こうにも同様の呪いが見て取れる。
おそらく自分も、と考えておくのが正解だろう。
「…ホラー系の大罪特性、でしょうか…」
「たぶんねー。レヴィ、ベル、アスモ、マンモンに続いて五人目の『足引っ張る系』大罪かー。ぬかったわー。ちょっと考えりゃわかりそうなモンなのに」
「知らなかったんですか?」
「アイツ、大罪化してすぐアメリカ行っちゃったのよねー。
おチビ、アンタの能力で解呪できない?」
つい十分ぐらい前にも似たような口を訊かれた智欲の大罪。
あの兄にしてこの妹あり、か。
「本当に、あなたたち兄妹は私をいったいなんだと思ってるんですか」
「ちょっとおチビ。よくわかんないけどミカエルなんかと一緒にしないでよ」
「苦情はむしろこっちが言いたいですよ。
やれ『スキャンしろ』だの『ディスペルしろ』だの。
ミカエルに至っては『自力で帰還しろ』ですよ?
本当に、なんだかんだであなたたちは似たもの兄妹ですよ。
思い込んだら一直線なところなんか特に」
兄が神バカ一直線なら妹は身内バカ一直線。
結果、関わるものすべてを巻き込んでの戦争をしているのだから、本当に本当にいい迷惑だ。
そんなこんなでとってもご機嫌斜めの智欲の大罪。
片やルシファーとしては反論したいところは山ほどありはするのだが、ここで下手に言葉を放れば後々色々とめんどうな羽目になること請け合いだ。
仕方なしに頬をぽりぽり引っかきながらご機嫌伺い。
「あー、なんかよくわかんないけどわるかったわよ。
無理なら解呪しなくていーわ。正直アタシもミスったしね」
「正確には『解呪可能ですがやらないほうがいい』です」
「……は?」
なにかよくわからないことを言い出したアンノウン。
いぶかしむルシファーを横目に、『空白のページ』へと己が認識した呪いの情報を記載し始める幼女悪魔。
そして解説を始めた。
「察するにこの呪いは、おそらく狂希の大罪の大罪特性ですね。
問題なのは、その材料が彼の手中にある『業』そのものだということです。
実際に解呪を試みるのなら業を無力化してしまえばそれで済みます。
しかしそれは、同じく業を力の源とする大罪悪魔たちにとっては致命的な痛打にほかなりません。
まるで大罪悪魔たちをまとめて相手取るために用意された能力のようです」
向こうから言わせれば「他にキミらの攻略法があるとでも!?」と逆ギレされそうだ。
『神殺し』と『魔王』が組んでいる時点でバランスもなにもあったものじゃないのだから。
「…能力的に『大罪悪魔殺し』、か。
細かい手出しはできないの?」
「それも可か不可かと問われれば『可』です。
ただし、材料が材料――人の犯した罪の形と数だけに機械的な対処はできません。
米の一粒一粒を常に選別し続けるような労力が必要になるでしょう。
当然戦闘中はずっとです。
実を言えば、今それをやってみている真っ最中なのですが…、
正直なところ、ウリエルの単純さに感謝したいぐらいめんどくさいです」
ウリエルを引き合いに出すほど面倒くさく、かつ厄介な代物らしい。
「さっき使ってた『フィルター』ってのは?」
「それも試しましたが素通りです。
もともと業そのものが人の毒や呪いと言える代物ですから無理もないのですが…」
簡単に問題を解決させないところもホラー系のお約束のようだ。
なんとも頭の痛い話だった。
まあ、向こうからしてみれば、最強クラスのベテラン&チート悪魔を相手取ったがために、ホラー系の醍醐味たる『じわじわと迫り来る』感がまるで演出できずにただのやられ役として扱われているのだから噴飯ものだろう。
ターミネーター相手に真正面から拮抗するような主人公どもが相手では、恐怖モノのストーリーが途端にただのバトルモノにまで成り下がる。実にイヤな話。
そしてことごとく空気を読まない者達なのだ、この大罪ファミリーに連なるヤツラは。
もういっそのことアザゼルを差し置いて智欲の大罪のマスター殿がターミネーター化してくれたほうが盛り上がりそうな雰囲気。
ヒロインは主にルシファーと九尾の二本柱で。ニャルラトホテプの参戦も可。
「…はぁ。底の見えない手合いを相手にするのって、本当にしんどいですね」
「アンタが言うか、おチビ」
リアルに世界を滅ぼしかねない能力を持ったヤツが、なにを言うのか。
「…仕方ない。とりあえず八つ裂きにするかー。
おチビ、アンタ剣は?」
「雪月花の『月』があります」
雪の暗殺、花の火力に続いて月の剣撃ときたか。
なんともミヤビな話だ。
「おっけー。合わせなさいな。……行くわよ」
今まで腰掛続けていた針山を一振りの長剣へと変化させ、
「おチビにばっか『規格外』やられちゃ、憚りながら頭張らせてもらってるアタシの『傲慢』の名が泣くわ。
どこに居るかわかんないから、とりあえずブッた斬るわよ覇奪っ!
極大バスタード……いっけぇぇぇぇ!!」
エクスカリバー、二回目の完全開放。
規模30メートル、ただし柄だけは普通サイズの黄金の大剣が、アンノウンの拳が生み出したクレーターめがけて振り下ろされ、
「………あ。」
とどめを、刺す。
「………なんということを…」
もとより現在の状況は、智欲の大罪お披露目バトルロイヤルのために地下からせり上げられた薄いフィールド。それをミカエルたちの手によって観客席を除いて異空間にまるごと放り出されただけの薄氷の上だ。
それをルシファーが覇奪で引っこ抜いて粉砕し、アンノウンがギリギリまで殴り壊したその直後に、また同じ場所に大打撃を与えるとは…天然おバカも大概にしてほしいところだ。
フィールドはもはや、覇奪の斬撃が通った場所は見事貫通してその先真っ暗な異空間が丸見え。
残った岩盤にもビキビキと音が鳴りつつ亀裂が走り始めている。
果たしてあと何分保つものか?
「…ま、まー、やっちゃったことはしょーがないわ。
こーなったらさくっとアザゼル倒してさっさと帰るとしましょ。うん」
「あなたもう大技使うの禁止です。
重複Overcall『グレイプニールの紐』」
即座に対処に走ったアンノウンが地に拳を突き立て、バトルロイヤル中に散々散布した紙片を使って重複させた上でのOvercall。
巨大化させたグレイプニール――魔獣フェンリルを捕縛した紐を駆使してひび割れたフィールドを縫合し始めた。
召還された場所は、主に水球ステージや雷撃ステージ。
アンノウンが立ち入っていない豪風ステージがもっとも少ない。
もはや徹底的に対処すべきと判断したのか、アンノウンは召還したグレイプニールを地表へ地下へとボコンボコン貫いて、対面のステージへと向けてフィールド全体を十文字に思いっきり縫い付け始める。
「…やらかしちゃっといてなんだけど、まったく大したチートよね、アンタ」
グレイプニールの応用とはいえ、もはやこれは、世界縫合の領域だ。
「いいから黙って仕事してください。
私の切り札をこんなくだらないことのために使わせてくれたんです。
これで負けたら聖剣百本プレゼントしますから、覚悟しといてください」
「さ、サー、イエッサー!
おらさっさと出てきなさいバカゾンビ!
いい加減おチビ様がお怒りよ!」
さすがのルシファーさまといえども、アンノウンが使役する聖剣を百本も打ち込まれたなら真っ白な灰と燃え尽きかねない。
どこぞの英雄王よりよほどタチが悪いのだ、この幼女。
なにせ所持する武装の数が一桁二桁は確実に違う。
おまけにその場で新規の伝説を生み出せるのだから、まともにやりあったら世界が泣くぞ。
「出てこないなら――」
覇奪を逆手に握り直し、地に突き立てようと振りかぶるルシファー。
その切っ先が大地に届こうとしたその時、土中から黒い手のひらが生え出で、その手を貫かせる形で覇奪の大罪を受け止めてみせた。
Q.「そして彼らは剣を取った」から問題です。
『ルシファー・サタン同一人物説』と『サタン影武者説』
この矛盾する二つの説を共に肯定したとき、その境界線上に顕れるイレギュラーな事態は一体なんでしょう?
回答は二話後「地に墜ちた翼」の最後、解説はその翌話です。




