愚者は逆鱗に触れて
マスターのニャルラトホテプ狩りにストーカーの参戦と紆余曲折はあったが、とうとう智欲の大罪と狂希の大罪の二柱が戦闘を開始した。
片や『智欲の大罪』アンノウンは歴史上全ての知識を使役し、常識破りな攻撃パターンを以って進化し続ける、無限の攻撃特化悪魔。
一方『狂希の大罪』アザゼルは、恐怖や怪談を以ってどこまでもしぶとく敵を追い詰めていく、無限の再生特化悪魔。
空には魔獣化した『嫉妬の大罪』レヴィアタンが浮かび、同じく『傲慢の大罪』ルシファー及びエクスカリバーこと『覇奪の大罪』も己が打って出る機をうかがっている。
全大罪悪魔中その半数が入り乱れる、狂気の沙汰とも言える戦場がそこにあった。
・諸事情あってアンノウンからマシンガン片手に追い掛け回されたルシファー。
彼女はレヴィアタンともども半ば中立状態になってしまっているが、基本的にはアンノウンとは同盟の間柄。
左腕をニャルラトホテプの自爆によって負傷している事情もあるため、今しばらくは高みの見物を決め込むこととしたらしく、警戒を維持したまま二柱から距離を置いた。
・一時的に覇奪の大罪が生み出した黄金の檻の中へと封じ込まれていたアザゼル。
彼は狂希の大罪が持つサスペンス・ホラーから犯罪者の特殊技能『脱獄の因果』によってこれを脱出した。
脱獄から始まるサスペンスのお約束にはいかなる牢獄も意味を成さない。
しかし、刑務所を飛び出した直後におまわりさんに見つかったなら話は別だ。
出会いがしらに逮捕だ!の一斉射を浴びせられ、アザゼルは態勢の立て直しにかかった。
・ルシファーと、主にレヴィアタンに楽しみにしていた竜骨スープを飲み干されて頭にきたアンノウン。
彼女はルシファーをマシンガン片手に追い回していた最中に、魔剣エクスカリバーの力を開放された覇奪によって生み出された黄金の牢獄を破壊しながら飛び出してくる、狂希の大罪アザゼルの姿を認識した。
その直後、彼を諸悪の根源と判断し、ターゲットサイトの中心をアザゼルへと変更して追い掛け回す。
本作最後にして最大の大罪バトルはここから始まる。
「アザゼル。あなたは私の不興を買いました。
もう謝っても許しません。
お望み通りに潰してあげますので、覚悟してください」
ブースターを120度開放して追うアンノウンが、「パパパパパッ」と音高く鳴らしながらブースターシャフトに四連装備したミサイルポッドを開放する。
その数48弾。
「それは重畳。久々のスリルを味わえそうで嬉しい限りだ」
ルシファーとの戦闘の果てに手放していたチェーンソー(埋もれていたが、そもそも武器が呪われているので大罪特性ですぐわかる)を触手を用いて左手に回収し、残る右手にメスを数本かまえてミサイル群に突っ込むアザゼル。
回避した猟犬に一本、二本とメスを投擲して起爆させ、時に真正面からチェーンソーで叩き斬り爆炎を蹴破る。
一方、その間アンノウンは両手を頭上に掲げて一枚の紙片に魔力を集中。
「簡易編纂…属性加算『聖』、スキル『ゾンビ殺し』――call」
天を目掛けて撃ち放つその紙片。
call発声とともに赤く燃え上がり、紙片は鳥の姿を形作っていく。
「不死には不死を。
思考共鳴完了。『フェニックス』、GO!」
召還主たるアンノウンが指差すアザゼルへと向け、『聖』と『ゾンビ殺し』の幻想を付与された火の鳥が踊り往く。
フェニックスの体当たりを錆付いたチェーンソーを盾に受け止めるアザゼル。
呪われたチェーンソーがフェニックスに付与された『聖』属性によって悲鳴を上げ、本体にひびが走っていく。
「…く、キツイな、こいつは」
「ならもっとキツイのをくれてやります。
call『巨人の篭手』『パイルバンカー』
簡易編纂、スキル『天使殺し』install」
アザゼルを押し続けるフェニックスのすぐ下を通り抜け、死角から超小型体型のアンノウンが懐に飛び込む。
その両腕には巨大なメタルアーム。右腕には鋼鉄の破壊串。
「『天使殺しの…破壊鉄杭』ッ!!」
子供特有の少しだけ舌足らずな高い声で、恐ろしい必殺技が繰り出された。
どこかの魔王が使ったという伝説の同時攻撃が、アンノウン流にアレンジ…どころか凶化されてここに炸裂した。
しかもこの鉄串、以前よりさらに強化されて、単発式から六連発のマグナムリボルバー弾装式に変更、拘束用のサイドアンカーを同時に射出しつつ、鉄杭に「天使」と名のつく者への呪詛を上乗せされて「ドゴンッ、ドゴンッ」と打ち抜き続ける。
これでも一応堕天使の武器である『死の気配を漂わせる錆び付いたチェーンソー』。
しかしフェニックス渾身の体当たりと、アンノウンが亀裂をピンポイントで打ち抜いてくる五連撃にとうとう耐え切れず、木っ端微塵に砕け散った。
…だがまだだ、まだ弾丸は一発残っている。
「Re install『ゾンビ殺し』!!」
恐ろしきかな智欲の大罪。
最後の一撃にもう一度紙片を投入し、元堕天使かつゾンビ属性を持つアザゼルに、通常打撃の何倍にも達する痛打をみぞおちど真ん中にクリーンヒットしてのけた。
「――ッガ…グハァッ!?」
いつかどこかのルシファーのごとく、血を噴きつつ地表へと吹っ飛んでいくボロボロのテロリスト。
手番の終わったアンノウンは、しかしもう一度攻撃を指示。
再度のフェニックス爆撃。聖なる炎に抱かれて燃える不死属性者。
しかしアンノウンの腹の虫はまだ治まらない。
「call『火刑台』」
召還するは異端審問がジャンヌ・ダルクを処刑した火刑台。
すでに聖なる炎に包まれている犯罪者に、さらに偉人殺しの炎を上乗せさせ、場はすでに英雄殺し級の処刑場。
「call『火尖槍』」
それでも気の済まない智欲の大罪。
体内の氣を炎へと変換する槍をひびが走るほど強く握り締め、全怒りをエネルギー化して投擲。
投げ放たれた槍は見事に心臓を直撃。自前でゲイ・ボルグだ。恐ろしいことこの上ない。
そして刺さった火尖槍から吹き上がる炎の黒いこと黒いこと。
『聖』と『偉人殺し』の炎が「ごめんなさい」と謝るように、黒炎を引き立てつつ外周へと退いていき、火尖槍は火尖槍で火山でも噴火したかと思うような熱量を放出してドス黒い炎の柱を屹立させた。
火を弱点とするはずの智欲の大罪。
しかし扱わせれば属性者以上に使いこなすアンノウンがそこにいた。
よ~~~~く覚えておくといい。
普段怒らない人が怒るとなぜ怖いのかを教えよう。
基本的に、彼ら普段怒らない人は大抵『周囲に気を遣っている』。
しかし、この手の人がブチ切れたとき、『周囲への気遣い』が『相手を潰すための気遣い』に思考が切り変わるのだ。
怒りの度合いによっては『どうすればより精神的な苦痛を与えられるかを事細かに気遣う』ことすらありえる。
そして、ここが一番恐ろしいことだが、その『気遣い』というやつが、彼らのライフワークそのものだということだ。
けじめをつけ、許すと決めるまで十年でも二十年でも普通に『気遣い』続ける。
どちらにしろ、怒らせたら下手にケンカを売らずに許しを得られるまでひたすら謝ることをおススメする。…トラウマはイヤだろう?
ましてや、
「call『ゲイ・ボルグ』『ゲイ・ジャルグ』『ゲイ・ボゥ』。
――合成、術式『ケルベロス』set」
唐突にアンノウンが召還した三枚の紙片が組み合わさり、三叉を持った一本の木の枝となってその手に握られる。
周囲に散る紙片たちは残らず共振し、なにがしかの危険を彼女に伝達したのか、放出したはずの怒りが魔力を噴出せんばかりに再び膨れ上がる。
『鳴子』
本来は音をかき鳴らす罠の一種。
兵法やサバイバル術などで、障害物が多いところに紐やピアノ線、ワイヤーなどを張り、何かが来た時に音を出すような仕掛け。
アンノウン式の鳴子はミカエル戦時に使用した連鎖共鳴の応用。
これになにものかが引っかかった場合、彼女の使役するすべての紙片が共鳴を起こし…結果として智欲の大罪アンノウンは盛大にブチ切れる。
彼女は手に持った「地獄の番犬」を最大魔力で投げ放ち、数瞬後、矢の如く奔る雷となってとある地点に雷鳴を響かせた。
ましてや…そう、ましてや、
触手だかドッペルゲンガーだかは知らないが、ヒトのマスターに手ぇ出そうなんざしてはいけない。
確実なる死亡フラグの成立だ。すなわち、
『確・殺・惨』
この瞬間、狂希の大罪アザゼルくんの消滅が確定した。
起死回生の手段には、極力相手の神経を逆撫でしないものを考えるべきだろう。
最後に、彼らの特性をもうひとつ教えておこうと思う。
彼らは「そう簡単には怒らない」代わりに「怒ったら簡単には許せない」性分にある。
素直に謝ったところで、『気遣って』「許す」と言うことができても、腹の底ではマグマがぐつぐつ煮えたぎったまま容易には消えないのだ。
本気で許してほしいと思うのならば方法はふたつ。
ひとつは、十回でも二十回でも、彼らのマグマが冷える、いや『冷え切る』まで謝り続けること。
一度や二度の謝罪で許されるほど彼らの『気遣い』は軽くはないのだと覚えておいてほしい。なにせ人生かかった性分なのだから。
そしてもうひとつの許されかたは…、
おそらくアザゼル殿が実証してくれることと思うので割愛する。
最終83部までの骨組み、完・成。
とりあえず怒りの9、10日・ルシファー13~16日と連載予定。
次回タイトルは「雪渦巻いて拳花狂乱」




