幼女悪魔のひそかな楽しみ
戦場に姿を現した巨大ウミヘビ型海洋魔獣レヴィアタン。
その全身は強固なうろこに覆いつくされ、口元には巨大な牙を生やす肉食系生物。
身体の各所からくじらのように潮を吹き、自らが支配下に置いた水を以って空を泳ぐ、とてつもなく非常識な海洋生物型大罪魔獣だった。
《…わ…》
「…わ?」
また、魔獣化した彼女に人間と同種の発声器官は存在しない。
あるのはイルカと同種のパルス音波発生器官。
それによって思念波を周囲に飛ばして意思の疎通を図る…はずなの、だが、
《わたしの水を、呑めぇぇぇぇぇ!!》
「――はぁっ!?」
まっっったく仲間と意思の疎通ができてはいなかった。
脈絡さっぱり意味のわからない怒声を発したレヴィアタンは、落雷に近い速度域に達する水弾の雨を降らしまくり、周囲一帯を破壊し続ける。
その速度ゆえに摩擦熱で沸騰する温泉、いや、熱湯水弾。
その豪雨は着弾して弾けた途端に蒸発してほとんど大地に吸収されない。
結果、昇る水蒸気が再びレヴィアタンに使役されて、際限のない雷が落ち続ける。
というか、あんなもんを呑まされたら物理的に腹を壊すこと間違いなし。
上昇気流と下降気流が乱立して、周囲の風向きはもはやめちゃくちゃ。
気温は一気に急上昇し、フィールドはまさに蒸し風呂状態。
レヴィアタンを中心点に竜巻がどんどん育って乱立していく。
超絶はた迷惑な、大型海洋災害指定大罪生物、レヴィアタン。
レヴィアタンの二つ名?
『嫉妬の大罪』『不死身の最強生物』『無貌の暗殺者』
『世界一のストーカー』『大型海洋災害指定』『リバイアさん』
他にも訊けばいくらでも出てくるさ。
それが『レヴィアタン』という生き物なのだからして。
「ちょ――どわっ!? っとと。――ぐはっ!?
痛ぅぅぅ…ええい、やめんかコラァ!!」
水弾の雨に踊らされ、脳天に一発もらったルシファー。
彼女はアザゼルに切り落されたレヴィアタンの右腕を拾い上げておもいっきりブン投げた。
同じく水属性、かつ周囲一帯にはびこる水の主であるレヴィアタンの腕は、彼女を覆い尽くす水の膜を素通りし、見事横っ面にビンタを入れて、そのままぷかぷかと周囲を漂い始めた。
「……止まった?」
《………Zzz……くかぁ~…》
巨大ウミヘビと化した、天を泳ぎ行く生きる厄災、魔獣レヴィアタン。
しかしようやく動きが止まったかと思ったら、今度は見事な鼻ちょうちんをこしらえて居眠りをしだした。
「なんだってのよ、まったく」
《……うぃ~、ヒック》
「………」
どこかで覚えのある――そう、既視感の頭痛にこめかみを押さえて黙するルシファー嬢。
なぜかは知らないが酔っ払っているらしい。
呑んだ水に酒でも………まさか「モーセの十戒」の仕業か。
まったくもっていらんところに妙なフラグを張ってくるな。
高魔力の奇跡現象に当てられたのかどうなのかは知らないが、おかげでこちらの戦力がひとつ、役に立たない置物と化した。
「…気付けば周り宇宙空間になってるし…。一体だれの仕業よ、コレ?」
おまけにいつの間にやら空は黒一色。
観客席を除いたフィールド一キロメートル四方を残して宇宙に放り出されている。
観たところ出口っぽいものはなさそうな気配。
まるで「帰ってこなくていいよ」と言われているようで、なんとなくミカエルの顔が脳裏に浮かんだ。
「…とりあえず、帰ったらミカエルのバカでもシバいときましょーかね」
明日のケンカ予定を彼女の心の中に在る、「己の辞書」ならぬ「魔王様のメモ帳」に記載しつつ、金棒化した得物を肩に担ぎなおす鬼が一匹、そこにいた。
当然、辞書の方には「不可能」の文字など書き入れてはいない。
相手が神でもぶちシバくルシファー嬢だった。
「んで? いったいいつまで潜ってるつもりよ、アザゼル?
お約束なら付き合う気はないわよ?」
「………。
君はホラーの醍醐味というものをまったく理解していないようだね?」
己の足元に冷たく言い放つルシファーと、土中から言葉を返すホラー系の大罪悪魔、邪神アザゼル。
「アタシ、ローアングル狙ってくるバカは容赦なく潰すって決めてんのよ。
昔はよくレヴィのアホを踏み潰したモンよ?
正直ハァハァうるさくてたまんなかったわ。
…主にあんなのと家族扱いだってことに対して、だけどね」
いつの時代も気苦労の絶えないルシファー嬢だった。
ついでに、かく言う今この足元に居る一匹も、その家族扱い。
ほんとなんとかならないものか、この繋がり?
「…なるほど。しかしこちらにもホラーの矜持というものがあってね」
苦笑こそ漏らすものの、素直に出てくる気は毛頭ないらしい。
その代わり、予定調和とでも言わんばかりにボコボコと土中から出てくる、一本一本が手の形に整えられ、ひとつひとつに怨嗟の呪いを宿された真っ黒な触手の群れ。
普通の人間ならば戦慄するだろうそれらを前に、しかしルシファーは微笑みを崩さない。
「おっけー、潰すわ。で~んでんむ~しむし、か~たつむり~ってね!
やるわよ覇奪!」
以前雨の日にどこかの子供が歌っていたものを思い出しながら、振りかぶるそれ。
鬼の金棒、覇奪の大罪に、例のハリセンほどではないが、凶悪なるオーラが宿る。
「そら、角出せ! 槍出せ! 頭出せエロリスト!!」
土中へと叩き込む覇奪に凶悪な突起。
埋め込まれたそれが土中で槍と化して深く根を張り、ルシファーが月面離脱をやってのけたバカ力、最大跳躍と直後の引き抜きをもって土盤からして芋掘りの如く「ボコン」と引っこ抜く。
地上二メートルとちょうどいい高さにまで持ち上げたそれを、ハンマー代わりにして遠慮なく容赦なく思いっきり地表に叩き付けた。
「っしゃー! なめんなコラぁ!」
口汚く快哉を叫ぶルシファーお嬢様。
粉々に砕け散った土盤から放り出されたアザゼル。
それでも反撃を期し、翼から生やした触手群に土砂を縫わせてルシファーへと殺到させる。
しかしルシファー、容赦なし。
元の魔剣状態に戻された覇奪の大罪から、豪奢な黄金のオーラが漂い堕ちる。
「エクス…カリバーっ!!」
振り抜かれる長剣。そしてほとばしる融けた黄金。
巻き上げられた土砂はそのほとんどを黄金の奔流に喰らい尽くされ、最終的に黄金の針山、まるでウニのような形をした鉄槌を残して静まり返った。
「……はぁぁぁ~、めんどくさ」
アザゼルをコンクリ詰めならぬ黄金詰めにして封印したルシファーだが、彼女は覇奪が生み出した針山の針の一本に腰掛けて、心底めんどくさそうにため息を吐いていた。
ニャルラトホテプに自爆された左腕はいまだに黒コゲ。
回復傾向にはあるが、今しばらくは使えないと診た方がいいだろう。
同じくレヴィアタンも鼻ちょうちんこしらえて居眠り中。使えない。
できればこのまま覇奪の腹の中で融けて消滅してくれるのが一番望ましいのだが、アレも一応は悲しいことに我が身内。大罪悪魔の一柱。
もう一波乱はありそうで心底うんざりだ。
「……およ?」
おお、なんか見覚えのある威圧感とブースター光。
「おーい、お~チビ~。こっちこっち~」
智欲の大罪。おチビこと大罪悪魔アンノウン。
遅れ馳せながらもようやくのご到着だ。
「…相変わらず無茶な力押しをしたようですね、ルシファー」
「しゃーないわよ。『狂希の大罪』は常時HPフルのゾンビ野郎だからねー。
精神的にブチ殺すしかやりようがないもんだから、三下扱いしてやんのがなんだかんだで一番キクのよ。
しょーじきなところ、こいつがもーちょっとボケキャラだったら、アンタのマスターにお仕置き頼んでたぐらいのエゲツナサよ?」
(注)普通に愚者狩りの話を振っておりますが、ルシファー嬢は極度のストレスからニャルラトホテプVS.マスター戦をほとんど忘却しております。
とりわけ愚者狩りが第13段目の変化を迎えた辺りからの情報はまったく記憶にございませんので悪しからず。
「…ところで、空のアレはレヴィアタンだと認識してもかまわないんでしょうか?」
見上げればいまだにグースカ鼻ちょうちんを膨らませている迷惑的存在。
もはやステージ特性の活火山と称してもいいのではないかと思えてしまう、酔いどれレヴィアタンの寝姿がそこにある。
「ウボ・サスラん時にアンタが打った、十戒の水よ、たぶん。
レヴィが怪我したんで飲ませてみたら、あのとーりってわけ」
そう説明を入れた瞬間、アンノウンの小柄な身体がピクリと震えた。
「…飲ませたんですか…アレを、全部…」
「あによアンタ、やっぱ思い当たることでもあんの?」
「…私の竜骨スープ…。
符寺さんに頼んでこっそり煮込んでいたというのに。なんてことを…」
「そりゃこっちのセリフよ! アンタ、バトルロイヤルの真っ最中になにさらしてくれてんのよ!」
アンノウンの新装備だった腰の二丁ブック。
片方は照野さんだったが、使われなかったもう一丁は符寺さんことプテラノドン召還用。
アンノウンは皆が焼肉に注目していた際に彼の恐竜を召還。
機会に恵まれなかった符寺さんに、アンドドレイクから採取した注射器満タンの血と大腿骨の輸送を依頼。
北に残された水球儀へと放り込んで火炎放射器でじっくりコトコト煮込んでもらい、ひそかにドラゴンのだし汁を作成していた。
とはいえ水球ステージ付近の観客にはモロバレ。
おかげであの近辺での串焼きの売れ行きは絶好調だった。
そしてレヴィアタンが呑んだそれも、当然ながらドラゴンエキスはたっぷり。
そりゃあそんなモン人間の姿のまま全部呑んだらミナギルに決まっている。
むしろ今夜はこのまま簀巻きにしてお札貼って、頑丈な牢屋にでも閉じ込めて封印しておかないと、ミナギったレヴィアタンに襲い掛かられてルシファーの身に危険が…。
場合によっては最悪、覇奪がへし折れる可能性すらありえる。
それもこんな、本当にくだらないしょうもない理由で。
「後でマスターと一緒にラーメン屋さんに持ち込もうと…。
よくもやってくれましたね、あなたたち…call『M60マシンガン』」
しかしお子様のアンノウンにはルシファーの身の貞操などどうでもよく、そして本気で楽しみにしていたのか、彼女に向けてマシンガンを斉射してくるアンノウン。
特に落ち度はないはずのルシファーだったが、こうして彼女はアンノウンからも逃げ回る不運に見舞われることとなった。
そう、彼女は本当に運が悪い。
追記。
間の悪いことにアザゼルはそのタイミングで脱獄し、アンノウンに元凶としてターゲットされる羽目になった。
軽く息抜きをひとつ。
ルシファーの準備運動はここまでです。




