不死神アザゼル
レヴィアタンがアザゼルの胸に包丁を突き立てていた、その頃。
マスターがアンノウンのブースターによって飛ばされた実況席。
そこでは、飛ばした張本人であるアンノウンが後からマスターへと追いつき、そこで出くわしたミカエル相手にマシンガンの銃口を向けるという妙な状況に陥っていた。
依頼した退避勧告は確かに成された。
しかしそれは、己がマスターによるものではなかった。
故にアンノウンは弾幕射撃を途中で放棄し、一基欠けた三基のブースターで実況席へと急行。
重射撃形態の機動力は低く設定されているため、常態へと復帰して実況席へと飛び込む。
そこで、この天使と行き会い、即座に銃口を向けた。
発された声の質は、目の前の天使、ミカエルのものに相違なかった。
一方、銃口を向けられたミカエルは、静かにマイクスタンドのスイッチを切る。
「やあ、智欲の大罪。二日ぶり、かな?」
「そうですね。だいたいそのぐらいです。
…とりあえず、撃っていいですか?」
ジャカッと音を立ててミカエルをロックオンするM60マシンガン。
「まあ、待ちなって。ボクにも覚えのあるシチュエーションだ。
理解を示すよ。跳弾すると危ないだろう?」
対してアンノウンは右手にデリンジャーを一丁呼び出して、壁の一角をポイント。
撃ち放った銃弾は三度跳弾して、壁掛け時計の十一の位置に穴を開けた。
「…これはおみそれしたよ。
とりあえず今何時かと訊く手間が省けたね。
質問があるなら答えるけど、まずは彼の容態を確認するのが先決だ。
文句はないだろう?」
「…了解しました。
しかし、妙な気を起こすようなら即座に撃ちます」
マシンガンを開放、resetしてマスターに駆け寄るアンノウン。
うつ伏せに倒れる彼の背から、己の本型ブースターを取り外しにかかった。
「ボクがここに来たとき、彼はその姿でスタンドに手をかけていてね。
そのまま気絶していたよ。
外傷は見たところないようだし、状況から察するに脳震盪でも起こしたんだろうと診たんだけど、どうだい?」
「………どうやらその通りのようです。これは私のミスですね。
ですが、それとこれとは話が別です。
この状況下で貴方を信用する理由にはなりませんよ」
「まあ、確かに」と己の前科を思い出し、苦笑するミカエル。
あれだけの犠牲者を出しておきながらあっさり和解するなど、倒れた者達が報われないにもほどがある。
天使と智欲の大罪との距離は今後も慎重に測っていくべき問題となるだろう。
「とはいえ、ここは信用してもらってかまわないよ。
世の中ことのついでに手を出していい問題と、軽々しく手を出すわけにはいかない問題がある。
キミの場合は明らかに後者だ。中級以上の天使千柱はさすがに痛すぎたよ」
「謝罪はしません」
キッパリと言い切るアンノウン。
千対一の戦いの結果だ。苦情は一切受け付けない。
「まあ、それは今は忘れておこう。
今回の一件、悪魔側とは完全に利害が一致してるからね。
釣れた神話がクトゥルーに行ったアザゼルだったのはなんとも言えない気分だけど、考えようによってはむしろ好都合だ。
あの神話はキミの能力に文句を言ってくるような手合いではないからね。
その分遠慮はいらないし、アザゼルにしても他の神話に狙った獲物を献上するような男じゃない。
キミに関わったことを後悔させてやってくれれば、それで十分。
ならば話は簡単。ボクの権限でキミの制約を解除しよう」
智欲の大罪の能力制限が解除されました。
Overcall、編纂call、宝具及び魔獣召還がこれ以降使用可能になります。
術式『ミストルティン』及び『ケルベロス』、『カスタム・ロー・アイアス』、『アポロ11号』が使用可能になりました。
setcallモデル雪月花に宝具の紙片が加算されます。
さらにinstall能力が拡張。
智欲の大罪本人のみならず、すでに物質化している紙片に能力を上乗せする上位スキル、「即席簡易編纂(instant remake call)」にアップデートされました。
簡易編纂履歴の記憶領域が新規に作成されます。
合成レシピ「巨人の篭手+竜の爪」が記載されました。
「情報封鎖は最大で行う。最悪、全員まとめて別次元に転送しよう。
そのまま帰ってこれないような手合いじゃあないだろう? キミたち。
後は大罪悪魔同士、好きに暴れてくれ」
「…いい加減、私をなんだと認識してるのか問い質したい気分ですよ。
私はそれほど好戦的ではないというのに。
毎度毎度、野蛮なドンパチに巻き込まれて本当にいい迷惑です。
まあ、狙いが私だというのなら相手はしますが…」
ルシファーを筆頭に、ミカエル、九尾、アザゼルと、挑戦者が後を絶たないアンノウン(インドア派)の悩みだった。
かの幼女は「よいしょっ」と声を出しつつ己のマスターを自分の肩に担ぎ上げながら、射出していたブースターに指示を出し再接続。
この場からの離脱にかかった。
「彼も連れていくのかい?
ボクのほうで治療するつもりだったんだけど」
「私の傍に居る限り、決して死なせはしませんよ」
治療を申し出るミカエルにそれだけ言い置いて、アンノウンはブースターを噴かせてその場を後にした。
飛び去るブースター光を見送りながら、ミカエルはふとつぶやく。
「ボクが言えた義理じゃないけど、気をつけなよ、智欲の大罪。
人類の足跡を象徴する、世界の申し子。
進化と破滅を分け隔て無く肯定する幻想の異端児よ。
あの男、狂希の大罪と化したアザゼルは――」
『…ヒトの悪しき幻想そのものと化している』
アザゼルの胸に突き立てられた包丁がゆっくりと引き抜かれる。
しっかりと心臓へと突き刺さったそれは、引き抜く際に多量の血を噴かせ、レヴィアタンのコートや顔に紅い痕跡を遺した。
包丁に付着した血糊を振り払いながら倒れゆくアザゼルを見送る、レヴィアタンの怜悧な瞳。
「茶番はいい。さっさと起きて」
「…心臓を一刺しにしておいて言うセリフかね?」
むくりと何事もなかったかのように起き上がるアザゼルが、そこにいた。




