DEAD OR INTROSPECT
這い寄る混沌にツッコミまくってニャぶニャぶ鳴かせた末、マスターはついにニャルラトホテプを妥協させるに至った。
問題のそいつはアンノウンに似た幼女態へと身体を縮め、頭から地面にまで伸ばした黄土色の髪に触覚っぽいナニカを二本ほどぴんぴんさせた、なぜか「三頭身」の形態へとフォームチェンジを果たしてのけた。
不定形の(いろいろな意味で)変態生物だという設定に偽りはないらしい。
「ねんどろいどニャルラトホテプ!
さあ、思う存分愛でてください! ハァハァしちゃってくださいっ!」
「ストラップサイズになってから出直してこい!」
「――ニャぶっ!?」
記載『激怒』のハリセンがニャルラトホテプの脳天に極まり、反動で二本の触覚が天を衝く。
どこかから誰かがマスターのツッコミに対して「確かに!」と合いの手を入れたような気がした。
訂正。不定形じゃなくても変態生物だという設定に偽りはないらしい。
「そんなバカな! 幼女趣味だという話は
「んなわけあるかぁ!!」
魂を込めたハリセン(『滅殺』)の力を得て、マスターの拳がニャルラトホテプのあごをアッパーカットで吹っ飛ばす。
マスター唯一の物理属性攻撃を浴びて、ニャルラトホテプのあごに白い絆創膏が十字に貼り付けられた。
言いたいことは山ほどあるが、荒く息を吐きつつも気を落ち着けようとするマスターだった。
「…ついでに服もだ。さっさと着替えろ」
「いやん、エッ――ニャぶんっ!」
かまわずハリセンを振り抜く。ハリセンの色が紫色に変色するが…彼は思う。
(チッ、失敗したな。このハリセン、かっ飛ばし機能も付けときゃよかった。
後でアンノウンに再編纂してもらうか)
英雄級のキャラ達を片っ端から星にするのはぜひやめていただきたいところである。
すでに犠牲者はニャルラトホテプを含めて上位存在四名。ルシファー、ミカエル、九尾。
レヴィアタンやラファエルの名もいずれ名簿に刻まれそうな雰囲気で、下手をするとそのうち愚者狩り伝説が発生して神話化しかねない。
そしてそんなことを考えている間に衣服を切り替えるニャルラトホテプ。
だが、
「………そうか、そんなに死にたいか、ニャルラトホテプよ…」
ニャルラトホテプの服装が幼稚園児用のスモック姿に変わった辺りで、愚者狩りの記載がついに…『神殺し』へと変化した。
これでとうとう第14段目の70%、喰らえば残30%という死の領域に突入だ。
愚者狩りが発するオーラが日の光の存在を忘れさせ、闘技場全体を恐怖に包む。
アンノウンとルシファーが怯え始め、九尾は悪夢にうなされる。
さらに15段、連続のギアアップ。
ハリセンの色彩が青く染まっていき、場の体感気温がどんどん冷えていく。
赤い激怒の山脈を越えて、青い殺意の氷河へと愚者は至った。
「ニャぶっ、ぶはっ!?」
そして目にも留まらぬ瞬間連続転移の二連撃。
右ほほ、あごかち上げと大打撃(10%)をもらい、ニャルラトホテプの魂が肉体から飛び出る。
この瞬間、会場は智欲の大罪以上にそのマスターに恐れを抱いていたのだが、そんなことは今はどうでもいい。
肩越しに担ぐように構えるハリセンが第16段目の変化――『容赦無用』。
魂を肉体へと無事帰還させたニャルラトホテプは、脳天に打ち込まれたハリセンを必死のバックステップで回避。
しかし『必中』及び『限定転移』が連鎖発動。
飛びのいた距離の分だけマスターの姿がテレポート。
肉体的ダメージはまったくないというのに、精神だけが刈り取られた。
そしてついに残り20%、第17段変化………『遺言許諾』。
おそらく連動して第18段目の変化だろう、ハリセンの色彩が黒く染まり、どす黒いオーラが、まるで死神の手のひらであるかのようにニャルラトホテプの身体を包み込んで撫で上げていく。
「…なにか言い残すことはあるか?」
「アンタ鬼や! ツッコミ殺人鬼やッ!!」
「人聞きの悪いこと言うな!」
左右の頬を叩く瞬撃のハリセンツバメ返し。
さらに膝をついて崩れ落ちようとするニャルラトホテプのあごを、下からの『瀕死重傷』が追撃し、その魂を昇天させた。
残りHP5%を切り、身体をビクンビクン震わせながらハリセンにぐったり寄りかかる、自称ねんどろいどニャルラトホテプ。
それはレベル1の勇者が同じくレベル99の魔王を、武器の特性とその場のノリだけで屠り抜いた、すべての強化成長系ゲームの常識を覆した瞬間だった。
なお、ここ以外に語る機会がないため、明日の幻想世界新聞の朝刊、その一面をここに記載しておこうと思う。
『ニャルラトホテプ、敗北!!』
○月×日、聖書の裏神話に記載される大罪悪魔、智欲の大罪アンノウンのお披露目となるエキシビジョンマッチが公開された。
当大会には神の炎ウリエルや九尾の大妖狐、クトゥルー神話のウボ・サスラや中国神話の白虎、その他アンドドレイクやメタルスライムが参戦の運びとなり、結果としてその勝者は大方の予想通り智欲の大罪となった。
しかしその決着の直後、かの英傑、「ニャルさま」でお馴染み、クトゥルー神話のニャルラトホテプ氏(以降N氏)が乱入。
飛び入りで智欲の大罪に勝負を挑んだN氏だが、なんとこのN氏を智欲の大罪のマスター殿(以降M氏)が迎え撃ち、驚くべきことにかのN氏に一切の抵抗を許さず滅殺してのけた。(写真はN氏が敗北を喫した瞬間のものである)
我が幻想世界新聞の取材陣は後にN氏へのインタビューに成功。
以下がそのコメントである。
「私も長いことこの世界を旅してきましたが、まさかあれほどの好敵手に出逢える日が来るとは夢にも思ってはいませんでした。
M氏のツッコミは実に痛快。私達が長いこと忘れていた、『芸に命を懸けること』を痛みを伴って教えてくださいました。
今となってはM氏に心から感謝しております。
しかしまた、己の未熟をも痛感したため、これより再び己を磨き直すための旅に出ようと考えております。
もしももう一度M氏と相見える機会があるのなら、その時はさらに進化した私の姿をご覧いただきたいものです」
最後にN氏は「とりあえず北へ」とだけ言い残し、街を後に風の中へと去っていきました。
………。
……。
…。
そして舞台は再び現実へ。
『…ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、
ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ…』
『…従僕悪魔が「神殺し」で、仕える主は「邪神狩り」とか…。
さすがにシャレになってない…まさかここまでとは…』
Dead or Introspect――すなわち「反省か死か」。
すでに5%まで経験済みでひたすら謝り続けるルシファーと、さすがにここまで戦闘で猛威を振るうとは予想していなかったレヴィアタン。
ハリセンの進化はついに最終段階へと突入し、
『愚者ニ生クル術無シ』
と、記載されて金色の輝きを放射し始めた。
…もはや完膚無きまでに勝負はついていた。
世の中強いだけでは生きてはいけないらしい。
『――あ。ヤバ。呆けてる場合じゃない。
待って待って。殺っちゃダメ。さすがにその殺し方はヤバすぎるから』
九尾が白虎を屠ったときのような感じならばまだ問題はない。
だがこれはダメだ。許容できない。
あのニャルラトホテプにロクな反撃もさせないまま屠り抜くなどありえない。
なんだかんだで意外と人気者なのだ、ニャルラトホテプ。
そのニャルラトホテプが最終的にツッコミ殺されるなどと……ん?
末路としてはものすごく正しいような気がしてきた。
いやいや、さすがにここではそれマズイ。
たとえ末路としては正しくとも、せめて人知れず抹殺するべきだ。うん。
『…と、いうわけで殺さずにお持ち帰りしておいて』
「ふざけんな! いるかこんなモン!」
ニャルラトホテプを「こんなモン」扱いときたものだ。
おそらく誰もが同意だろうが、それを面と向かって言い放てる者がはたしてどれだけいるものか?
『ん。わかった。
なら、その萌えないゴミ――もとい粗大ゴミはこっちで回収して丁重に焼却処分するから――ッ!
ごめんルシファー!』
互いに「それ」に気付いた瞬間、智欲の大罪はマスターの身の防護に回り、レヴィアタンはいまだ死んだ魚の目で謝り続けるルシファーの首根っこを引っつかんでブン投げた。
必殺るしふぁーミサイル。
頑丈さと破壊力において満点を誇るレヴィアタンの必殺奥義。
同時に嫉妬の大罪が誇る究極の愛情表現。
死んだ瞳でかっ飛ぶルシファーはしかし、その投げつけられた相手に弾かれて墜落し、先のニャルラトホテプ同様、頭から大変危険な角度で地面に突き刺さった。
だがルシファーの頑丈さを無条件で信じるレヴィアタンは、その光景をまるで無視。
ニャルラトホテプを確保した「その何者か」に目を固定したまま、ぼそりとつぶやいた。
『………アザゼル』




