神バカ、不良、命知らず
魔王に会うためにルシファーの館に行った。
大罪悪魔たちによる裁判を乗り切った。
九尾の狐に憑かれた巫女さんの騒動を無事終えた。
明らかに精神的オーバーワークだ。
なのに休もうと思ったら天使が追撃しかけにきた。
しばらくのんびりと過ごせるだろうと思っていた矢先に。
泣きたくもなるさ。ふざけるなよ、うぅ…。
「マスター、泣かないでください」
「今度はなんだよ、ドチクショウ! 今なら神だって殺してやっからな!」
休んでもいいはずだろう! 普通なら!
なんでよりにもよってここで天使がしかけてくるんだよ!
ねぎらえよ、天使なら。お前ら名前だけじゃないんだろ?
あいつら俺を過労死させる気なのか?
それともストレスでどうにかしようって算段なのか?
…深い深いため息をひとつ。
つきあってられるか。三十六計逃げるが勝ちだ。
アンノウンを小脇に抱えて全力疾走。
こちらの意図に気付いたミカエルたちがあわてて追いかけてくる。
捕まってたまるか。俺は寝たいんだ。もう一度言う、俺は寝たいんだ!
呪われた物品が部屋にぶっ刺さってない状態で、ゆっくりとな。
ビルの角を曲がって裏路地に入り込む。
けっこうな勢いだったのだが、そこにだれかが立ちふさがったため正面衝突してしまった。
俺も、ぶつかってしまった女性も倒れ、アンノウンもどこかへ飛んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
しまった。明らかにこちらの過失だ。
「う、うう…胸が…」
二十歳ぐらいと思しきミカエルたちと同様金髪の、そしてなぜかはわからないが病院着姿の女性が胸を押さえてうずくまる。
路地の入り口からミカエルらが追いつき、胸を押さえる女性を見るなり血相変えて駆け寄ってきた。
「ラファエル! てめぇ、こんなところでなにやってやがる!」
「病院を抜け出したのか! なんて無茶を!」
ら、ラファエルさんときましたか。
確かアンノウンのやつに殺されかけたんだったっけ?
倒れたラファエルさんの手を取り合い、まるで最期を看取るかのようにムードを出し始める三人。
…この場合、第三者はどうすりゃいいんだろうね?
「…こ、この、大変なとき、に…わたし、だけ…」
「んなこたぁどうでもいんだよ!
てめぇ、ゲイ・ボルグ喰らって死に掛けてんだろうが!
おとなしく寝てやがれよバカヤロウが!!」
「もしもし、ガブリエルか?
僕だ。悪いが急いで救急車を手配してくれ。
ラファエルが病院を抜け出したんだ。場所は…」
携帯を取り出し、電話の向こうの相手に救急車の手配を頼むミカエル。
えーと、俺、とりあえずどうしようか?
「なにボケっと突っ立ってやがる!
てめぇのせいでラファエルが死に掛けてんだぞ!
わかってんのかコラぁ!」
いや、ちょっとこれは、さすがに理不尽じゃないかと思うんだ。
いや、まあ、怪我の原因はうちのアンノウンなのかもしれないけど、ケンカ売ってきたのはそもそもミカエルで、ぶつかったのは俺だけど、死に掛けの体で病院抜け出したのはこのお姉さんの…ああ、もう!!
俺、そこまでするほどのラスボスかよ!?
何度も言うけど一般人だっつの!
「…ごめ、なさい…わたし、帰ります、から…だから、話…」
「わかった、わかったよ! 話聞きゃいいんだな?
聞いてやるからさっさと病院帰れ」
この人もこの人で問題あるっていうか、残念っていうか、命の賭けどころ全力でまちがってないか?
「…ごめ、ん、ミカエル…いっしょに、サタ…たおした、かった…」
「ラファエル! ラファエールッ!!」
「ちっくしょーーーがぁぁぁ!!」
…ああもう! ほんとなんだろう、この茶番。
四大天使のうち三柱が、神バカ、不良、命知らずとは。
…組織として問題あるんじゃないのか? どうなんだ、そこんとこ。
せめてガブリエルには期待したいなぁ。いち人間として。
できれば苦労人と表現できるヒトであってほしい。いや、本気で。
――ぴーぽーぴーぽー。
救急車がやってくる。
速やかにラファエルさんを拉致して迅速に立ち去っていくのだが、…どうにも間の抜けた音に聴こえたのは俺の精神状態に問題があるからなのだろうか?
まあ、それはそれとして、
「おーい、アンノウン、おーい?」
「こ、ここです、ますたー」
「げ」
改めて探すと、飛んだアンノウンがポリバケツに頭から埋まっていた。
足だけが出ていたので、畑から大根掘るときのような感じで引っこ抜く。
頭に尾頭付きの魚の骨がついていた。
「ちょっとにおうな」
さすがにブチ切れるアンノウン。
「call」
結果、「ボボッ」と火に包まれたアンノウンが、いつものバールのようなものをフルスイングしてきたのだった。
…その場の全員に向けて。
ラファエルが救急車に捕獲されてしばらく。
とりあえず話を聞くのにファミレスに入るというので、ぞろぞろと近くの店に当たりをつけて乗り込んでいく。
全身火の玉化して生臭いのを浄化した、肩に工具っぽいものをかついだ三歳児に、頭にこぶをこしらえて涙目でさする大の男が三人でだ。
こんな連中がファミレスに入ってきたら店員は対応に苦慮するかもしれないな。
少なくとも不審に思われなかっただけマシ、か。
自分ならどう思うだろう?
なんらかの妖しいオーラを漂わせた工具っぽいものをかついだ幼女に、ボコられた大人三人の組み合わせだ。わんぱく娘? それとも逆虐待?
まあ、関わり合いにはなりたくないし、スルーして警察呼ぼうとは思わない、かな?
うっかり「可愛いお子さんですね」とか口走って、当の幼女の手で血の海に沈められたくはないし。
「いらっしゃいませ。四名様ですか?」
「いえ、待ち合わせです」
店員の対応にミカエルは店内を見回し、待ち合わせていたらしい女性が手を上げたところへと向かう。
最後尾にウリエルが立って退路をふさぐ。別に逃げないって。
相手の女性はダッフルコートを着込んだ女子高生ぐらいの、
「ん? どっかで??」
「やあ、レヴィアタン。待たせたね」
あ、嫉妬の大罪レヴィアタンか。ほんと記憶に残らないな、この子。
昨日会ったときの記憶も、顔がぼやけてて同一人物なのかわからないぞ。
…まあ、それはそれとして、
「昨日はお世話になりました」
一応礼は言っておかないとな。またルシファーがうるさそうだし。
「ん。あなたもお疲れさま。九尾の件は一通り聞いておいた。
むしろ来てくれて感謝」
レヴィアタンの話し方は少々ぶつ切りな感があるけど、さっきの三文芝居を見せられた後ではずいぶん好意的に感じるな。
「ほんとはミカエルに任せずに迎えに行きたかった。
たぶんそのほうがマシだと思ったし。苦労はしなかった?」
「ラファエルってのが救急車で運ばれたな」
事実を告げるとレヴィアタンがあきれかえってため息をついた。
「…おとなしくベッドの上で死んでればいいのに。
天使はお人よしが多い分、頭悪いのが多い。
たとえば昨夜死に掛けてICUに入ったばかりだっていうのに、命懸けで出番取りに来る大バカ者とか。よく覚えておいて」
「ああ、ご忠告痛み入るよ」
そりゃもう泣けるほどに。
「とりあえずはい。メニュー。好きなの頼むといい。ミカエルのおごり」
「いいのか?」
一応ミカエルにも尋ねてみる。
「ハハハ。暴食の大罪が同席したときに比べればなんてことありませんよ」
「あのときミカエル真っ青だった」
「よし、遠慮するなアンノウン。俺も許可する」
「では遠慮なく」
陰でこっそりミカエルがレヴィアタンに(ベルゼブブ、来ませんよね?)
と確認しているのは見なかったことにしておいてやろうと思う。




