平凡男とアクマのお食事
「ありがとうございました」の声を背に自動ドアのセンサーをくぐる。
さすがに今時のコンビニでも純然たる「癒し」は売っていなかったが、代わりに一番高い缶コーヒーを買ってやった。
このぐらいの贅沢はしてもいいだろう、なあ、俺?
少し移動して店の邪魔にならない場所を陣取り、背を預け、買ったばかりのコーヒー缶のプルタブに手をかける。
「カコッ」と小気味いい音を立てた缶を、その音の余韻ごとコーヒーと共にのどの奥に流し込む。
苦くて泣けそうだった。
「買ってきたぞ」
「おかえりなさいませ、マスター」
奥の居間からトテトテと悪魔幼女が寄ってくる。
本当にどうしよう、コレ。
大学生としてのプライドも、男としてのプライドもガリガリ削られた。
次は人としてのプライドをヤラれそうで戦々恐々だ。
「マスター、マスター」
幼女が左手のビニール袋に手を伸ばしてクレクレと催促してくる。
一つ嘆息して手渡してやると、ピューと擬音が付きそうな勢いで取って返してちゃぶ台の前に陣取り、三歳児級の小さな手でビニールを外そうと四苦八苦、
「ああぁ」
――してるかと思ったら落とした。無表情ながら涙目になってるのが印象的だ。
お、気丈にもなかったことにして、せっせせっせと「魔方陣」を描いている。
ってなんだそりゃ!?
じっと見つめていると、ふくれてすねたような気配を漂わせつつも毎度の無表情で、
「…私の記憶を元に、30秒前の状態に復元します」
などと、のたまった。
「そんなことできるのか、お前」
「知識を司る悪魔ですから、このぐらいは当然です」
しばらくすると、魔方陣がピカッと光って元通り。
復元した弁当をそっぽ向いて渡してくる。
どうやら開けろという意思表示らしい。
ご要望のままにビニールを剥がす。
ふと気になることができたので弁当を手渡しながら訊いてみる。
「そういやお前、箸使えるのか?」
「私をだれだと思っているのですか?」
知識を司る悪魔さんなんだろう?
だが、気になった問題はそこじゃあない。
実践して見せようとする悪魔さんを、生温かく見守る。
すると、
「…む…むぐ…ぬぅ」
やはりというかなんというか。お分かりだろうか?
箸の使い方を知っていようがなんだろうが、それを持つ手は三歳児。
普通ならグー握りが当然の「おてて」なのだ。
満足に使えようはずもない。
先ほどのビニールの一件を鑑みるに、器用さもそれほど高くはなさそうであるし。
「…くぅ。これが『身体が付いてこない』感覚ですか。
これはまた、なんとも歯がゆい。
経験しなければわからない感覚ですね、これは」
「ま、わかってたけどな。…ほらよ」
あらかじめ用意しておいたスプーンを放る。
幼女悪魔はおでこでワンバウンドして、手元に落ちて来たところをキャッチしてみせた。
普通の子供なら、おでこに当たった辺りで目を瞑って取り落としていることだろう。
ノーダメージならノースタンなようだ。
「いざ。ハンバーグ初挑戦」
高々と獲物を掲げて逆手に持ち替え、狩るようにそれを突き立てる幼女。
弁当を見つめるまなざしに、キラリと星が瞬いたような気がした。




