そろそろ自炊を始めよう
俺は今、ヤクザの持ち物だという高級外車を、内心中指立てて見送っていた。
場所は拉致された大学前。せめて自宅まで送れ、気が利かないな。
こっちはルシファーとミカエルのおかげで魔王様に謁見するハメになった、不運の超VIP様だぞ。
実際はそんなことこれっぽっちも望んでないんだけどな。
しっかし、魔王に招待されて何事もなく帰ってこれただなんてのは、もしかしなくてもこの上ない幸運なのかもしれないな。
ルシファーの家のほうにも、できれば二度と招待されたくないものだ。
バトルもサスペンスも謹んでおことわり。喜ぶのは絶対アイツだけだろう。
たのしそうに高笑いする姿が目に浮かぶぞ。いっそ爆発しろ、アイツ。
はぁ。今日もまた実に最低な一日だった。
とりあえずこれでしばらくはルシファーフラグも魔王フラグも立たないはずだ。
だからといって、気分爽快とはどうにもいきそうにはないのだから最低だよ、ほんと。
『アンタのマスター、イッタイナニモノ?』
ルシファーの発したこの質問に、我が家の智欲の大罪たるアンノウンは「マスターの身の安全のため」と、最後まで回答を拒否した。
最終的にはルシファーが折れてお開きとなり、その後食事に誘われたのだが、アンノウンが、
「回答を拒否し、以後も語る気のない自分にその誘いを受ける資格はない」
と固辞、こうして帰途に着いたわけだ、が。
俺、ふつーの人間だよな? な?
少なくとも、こうして帰り道にスーパーマーケット見かけてナチュラルにかごをキープするぐらいにはふつーの人間だぞ。
カートも引いてアンノウンを子供座席に放り込んだし。
あ、アンノウンが経文ワンピのままだ。ま、いっか。
「さすがにそろそろ自炊すっかなー」
「マスターは料理できるのですか?」
「米を研ぐぐらいなら、まあ、問題はない」
と、いうわけで米一袋キープ。
「知識はあるんだろ?」
「それは当然ありますが、しかし私の手では料理はできないのです」
自分の小さな手をぐっぱぐっぱするアンノウン。
「問題ない。初心者用の食材ってあるか?」
「ああ、なるほど、そういうことなら…えーと、大根がおススメです。
好きなように切り刻んでください。殺人鬼の道も一歩から、です」
「イヤな言い方すんな」
アンノウンの頭をぺしりと一発はたく。
「味噌はありますか?」
「ないな。えーと、売り場は…」
「あ、マスター、あそこのようですよ?」
「お、サンキュー」
「だしも忘れないようにお願いします」
そんなこんなで味噌とほんだしをキープ。
あ、ヤバ、持って帰るのに重さの計算忘れてた。
「大丈夫ですよ、マスター。いざとなったら私、『どこでも「それはよせ」」
そのネタはもういい。たとえ便利でも、もういい。
「あとはお肉を一パックも確保すれば十分でしょう。
本能と直感に任せて焼いてください」
「俺は原始人か」
焼肉用カルビを一パック確保、と。
「あ、マスター、ついでにそこのポテトサラダを――」
「ほいほい」
確保した食材をガラゴロとカートに載せてレジを目指す。
「…マスター、訊かないのですか?」
「訊いたら教えてくれるのか?」
正直あんまり聞きたくないのだけどな。
「レヴィアタンの手のものと推測される使い魔を処理した後でなら」
居たのかよ使い魔!
てか、チビすけ、お前はその黒光りするリボルバーさっさとしまえ。
「あ、逃げたようです」
そりゃ使い魔だって死にたくないだろうしな。
それより今のシーン、防犯カメラに――げ。角度バッチリだ。
「おい、チビ。おもちゃの拳銃だして遊んどけ。サツ呼ばれるよりマシだ」
「わかりました。ではマスター、ご容赦を」
call検索はおもちゃ・拳銃・BB弾。
アンノウンも心得たもので、おもちゃの拳銃を改めて出して、俺の顔めがけてBB弾をペチペチ撃ってくる。正直ウザいが、この際しょうがない。
っと。ちょうどレジも空いてるな。
「話はまた今度」「ですね」
さっさと済ませて立ち去るとしよう。
お米や味噌などの重いものは自分、
サラダや肉をアンノウンに持たせて帰宅の道を往く。
今日は、ちょうど移動中にルシファーに拉致されたため、本日最後の単位を取り損なった。
代わりに取ったのは魔王フラグという、果てしなく価値はあるけど心底いらないプラチナ単位。
取らせる相手、絶対間違ってるだろう。
どこかに勇者はいないのか、現代!
まさか魔王城へ乗り込む代わりにブラック企業に就職しましたとか言わないだろうな? もしそうならせめて会社ごとぶった斬ってこい。
勇者ならそのぐらいできるだろ。
就職してないヤツは傾注。日本に一匹、勇者歓迎な魔王が来てるぞ。
俺のところにくれば重要フラグ立ててやるからぜひに来い。退治手伝ってやる。
なんならアンノウンにお好みの武器を出させてやってもいい。
いや、むしろこっちからお願いするんでどうぞ来てください。
と、まあ、気分はそんな感じだったので、正直なところ今日はもうなにも起こらないだろうと高を括っていた。
…甘かった。
「…あれは一体なんのフラグだよ」
頭が痛いことこの上ない。今日は完璧に厄日だな。
帰り道、地図を張り出した掲示板のところでずいぶんと紅白色鮮やかなヤツに遭遇した。
…いわゆる巫女さんだ。神社以外での遭遇なんて、まずありえないだろう。
彼女達だってれっきとした人間だ。パジャマだって制服だって着るだろう。
外出するなら普段着のはずだ。なのにそこをあえて巫女服。
ありえないだろう。無意味に目立つことこの上ない。
いや、待てよ。もしかしたらこの巫女さん、俺の願い通りに勇者とパーティ組んでたりするのだろうか?
勇者参上フラグって可能性もありえるっちゃありえるんだよな?
普通に一般人の人生ならまずありえないのが悲しいところだけど。
んーむ。いったいどう動くのが正しいんだ、これ。
「どうしましょうか、マスター?」
「できれば関わりたくないなー」
本音としては、やはりこういうのは慎んでお断りなのだ。
しかし世界というヤツは、そんな俺のささやかな願いをいつだって優しく却下してくれるのだろう。
果たしてこの巫女さんは、俺にとって敵にまわるのか、はたまた味方となってくれるのか?
そう。その日、俺は魔王と巫女に出会った。
Q.マスターナニモノ?
A.最終章用の重要フラグのため、お答えできません。




