Dear 智欲の大罪とそのマスター
ミカエルの勢力をアンノウンとルシファーが退けてから数日が経った。
退けた、と言うよりは「退けたらしい」と表現するほうが適当か。
なにせ俺には途中からの記憶がきれいさっぱり存在しない。
目覚めたら自宅に戻っていた。
事の顛末はアンノウンから聞かされたが、正直実感がほとんどない。
アンノウンがしでかした「とてもひどいこと」というのも、あの幼女はバカ正直に教えてくれた。
核弾頭とはなー。マジで使ったのか、あのチビアクマ。
実際には見ても感じてもいなかったから、その被害がどれほどだったのか、なにをどう思うべきなのかもいまひとつよくわからないのだ。
結局行き着いた感想は、「この日本で核の所持って、マズくね?」というものだった。
非核三原則くらいはさすがの俺でも知っている。
少なくともバレたら警察のご厄介になる程度では済まないと思う。
その時はきっと、もうこの国には居られないんだろうなー。
もしかして俺の人生、着々と詰んでいっていやしないか? なあ、どう思う?
最終的には「人類史上最大の犯罪者」とか…うぁ、マジでありそうでイヤだ。
神様、助けてくれないかなー? 無理か。無理だな。
「神殺しの悪魔」だもんなー。
いつか世界を敵に回す羽目に陥るんじゃないか、俺?
考えないようにしてきたけれど、現在の罪状は幼女監禁、天使殺害、アポロ11号強奪、核の不法所持、各種兵器や宝具の不法所持、といったところか。
全部冤罪だと言ったら誰か信じてくれるだろうか? 無理か。無理だな。
なんかもう、普通に生きていく分には人生お先真っ暗だよ。
いっそファンタジーの世界に移住しちゃおうかと思い始めている俺が居るよ。
もう泣くしかないよなー。
「――ぐはっ!?」
などとネガティブなこと考えながら大学の構内歩いていたら、いきなり誰かに首根っこ引っ掴まれた。
「よぉ兄ちゃん、ちょいと面貸してくれや」
しかも最悪なことに赤毛の不良。
「手荒すぎだぞ、ウリエル。
どうもしばらくです、智欲の大罪のマスター。
先日はすいませんでした」
しかし、ありがたいことにだれかに諭されたらしく、不良の手が離れる。
というか、そのアンノウン繋がりでの呼び方するヤツって、大抵ロクでもない事件持ってくるよなー。この声も聞いた覚えがあるし。
「ミカエル…さん?」
「呼び捨てでかまいませんよ」
フードを深く被っていて顔は見えないが、まず間違いはなさそうだ。
「こっちの不良は知り合いで?」
「だれが不良だ、テメぇ」
こっちの赤いのは気が短いらしい。ミカエルが「どうどう」とやっている。
馬か? 馬なのか?
「抑えて抑えて。ええ、そうです。彼はウリエルと言います。
あなたとは初見のはずですね。ほら、ウリエル」
「チッ。ウリエルだ」
「…それだけ?」
「悪ぃかよ?」
天使として問題があるんじゃなかろうか、この人。
まあ、どっちにしろ関わらないに越したことはないか。
「いろいろ信用ならないんで帰る。それじゃ」
人質にでもされちゃたまったもんじゃない。
「わ。ちょ、ちょっと待ってください。主と天使の誇りにかけてなにもしません。
今日はあなたに折り入って頼みがあって来たんですよ」
「頼みだぁ? どの面下げて?」
なんだろう、不良が伝染ったような気がする。
後でうがい手洗いしっかりしよう。
「覇奪の大罪の一件はお詫びのしようもありません。
実際、無意味に焦って先入観だけで動いてしまいました。その挙句部隊は壊滅。
覇奪の大罪を封じた聖剣もルシフェルに持っていかれてしまいました。
指揮官として恥ずべき失態です」
「自業自得だろ。ガキ一匹、数集めてボコろうとしたんだから。
罰があたったと思って諦めろよ」
「返す言葉もありません」
このままじゃ話が進みそうにないな。仕方ない。
「…で、頼みってのは?」
「あ、はい、それは
「…ん?」
ミカエルが消えた。今まで目の前で話していたはずなのに。
「あっちだ、兄ちゃん」
不良天使が左を指差す。
その指し示す先を追いかければ、目に映る光景はいつの間にやら現れたルシファーがミカエルを拉致してボコっているらしい。
実にマシンガンなジャブだ。
おお、見事な後ろ回し蹴りが顔面に。
あ、あごに昇竜アッパーが入った。あれはK.Oだな。
「…覇奪の大罪を手に入れてからというもの、ルシファーのヤツが妙に凶暴になっちまってなー。
あーやって毎日毎日ミカエル見つけてはボコにしてやがんだよ。
なんか兄貴ぶん殴んのが快感になったんだと」
「うわぁー」
実に嫌な妹だった。
あ、なんか「僕の妹がこんなに凶暴なわけがない」と泣きながら喚いているな。
敵ながら哀れだ。
ああ、そうか、なるほど。あのフードはそういうことか。
そりゃあんだけ殴られてれば顔隠す必要はあるわな。
「ま、あーゆーわけで、お前さん方に覇奪の大罪、再封印の依頼を持ってきたっつーわけよ。正直オレぁどーでもいーんだがな。見てて退屈しねぇし」
「同感。アレはしばらく放っとこう」
頑張れルシファー。目指すはストリートファイト百人抜きだ。
「オーケイ、伝えとくぜ」
「用件はそれで終わりか?」
「んにゃ。まだあるぜ。お前ぇさんの意思確認だ。
コイツぁちょいとマジで答えてもらうぜ」
瞬間ウリエルの右手がブレる。
傍目には肩を組んでいるようにしか見えないだろうが、首筋にあてたその手の中に隠して、おもちゃのような短いナイフが一振り。
「コイツにはオレの能力が込めてある。下手に暴れねぇほうがいいぜ」
「正気か? 一応ここだって大学の中だぞ」
「あのガキに関することにかけちゃぁ天使はガチだぜ」
そりゃそうだろう。なにせアンノウンは「神殺しの悪魔」だそうだ。
「『主と天使の誇りにかけてなにもしません』とか言ってなかったか?」
「『ミカエルのヤツが』な。オレぁ言った覚えはねぇぜ」
イヤな不良だ。…てか、だれか通りかかってくれないかなぁ?
無理か。たとえだれか来たとしても、明らかに向こうの金髪兄妹大喧嘩のほうが注目度高そうだ。はぁ。
「…なにが訊きたいんだ?」
「決まってんだろ。お前さん、あのガキを手放す気はねぇか?」
本当に実にいまさらな質問だな。
「手放したら封印されんだろ、アイツ。質問の内容が間違ってるぞ。
そこは『クズになる気はあるか?』だろうが」
「へぇ」
ウリエルのヤツが「ヒュー」と口笛を吹く。
「答えとしちゃぁ悪かぁねぇな。オーケィ。
ま、今日のところはこの辺にしておいてやらぁ。
別に殺る気があったわけでもねぇし」
脅しをかけたことに謝罪もなく、まるでスルーしてウリエルがミカエルを、文字通りに拾う。
代わりにルシファーがこっちに。はぁ。まだ続くのか。
と、思ったら目の前にピンク色した板チョコレートのような扉が顕れた。
なんだこの危険極まりない物体は?
「マスター、ご無事ですか!?」
開いた扉の奥から幼女が飛び出す。やはりお前か、アンノウン。
「お前、なんつーヤバイもんを」
「これですか? これは『どこでも「どっりゃあぁ!!!」」
ルシファーが最後まで言われる前にその扉を黄金の剣でぶった斬った。
ルシファー、ナイスアシスト!
「とりあえずアレ消せ。すぐ。今すぐ」
その後、ルシファーとも雑談を交わす羽目になった。
聞く所によると、天使勢が監視目的で俺の大学にも人材を寄越してくる予定らしい。
さっき出くわしたのもそういうことだそうだ。
ルシファーには天使たち、とはいっても主に被害者のミカエルがであるが、覇奪の大罪を狙ってるから気をつけろと忠告しておいた。
日常が着々と天使と悪魔たちに侵食されていく。
またきっとどこからか厄介ごとが舞い込んでくるんだろうなぁ。
と、思っていたら次の瞬間、極め付きが来た。
「はい、コレ」
ルシファーが手紙を一通押し付けてきたのだ。
「なんだ、コレ?」
『Dear 智欲の大罪とそのマスター』
裏返して
即、手紙を捨てて回れ右。
迂闊にも涙を零しながら遁走に走った。
『From 魔王』とか書かれてたぞ。
「ぐはっ」
「しかし、逃げられなかった」の無常なアナウンス。
即座に逃げに走ったというのにルシファーのヤツに首根っこ掴まれた。
放り捨てたはずの手紙まで片手にキープしてやがる。
そのままズルズルと拉致されていく俺。ミカエルの二の舞だ。泣ける。
「はいはーい。逃げない、逃げなーい。
ルシファーとミカエル相手にガチっといて、こーならないわけないでしょーが。
とりあえずアンタにはそれ相応の責任とってもらうからそのつもりでねー。
おチビ、アンタも来るでしょ?」
「当然です。マスターの身は私が守ります」
一応アンノウンも魔王に会う心積もりらしい。
てゆうか、身を守るなら今頼みますよ、アンノウンさん。
「魔王になんか会いたくねー!!」
しかし、そんな俺の嘆きはだれもがガン無視。
夕日がまぶしくて軽く泣けたさ。
Fin
第二章、完結です。
正直アンノウンには完全に呑まれました。
第一章時同様、累計データを活動報告に載せておこうと思います。




