ルシファー流儀の大バクチ
「まったく、相っ変わらずムカつくわね、あのおチビ。
アンタもそー思うでしょ?」
今のやり取りの最中、すぐ傍にはミカエルが寄ってきている。
アンノウンを追わず、またルシファーに不意を撃って襲い掛かろうともしてこない。
ルシファーはその大体の意図を読み取って心底呆れた。
それでも「話だけなら聞いてやろう」という風に、長剣二本を地に突き立てる。
同じくルシファーの意図を察したミカエルが地に降り立った。
白の甲冑を身にまとった剣を持たない騎士と、真紅のドレスに身を包み、二剣を地に突き立てた姫が向かい合う。
「同感だね。だけどルシフェル、キミはなぜ彼女に肩入れするんだい?
下手をすれば再び天使と悪魔の戦争が勃発しかねないぞ。
キミにそこまでする理由はないはずだろう?」
「あのおチビはアタシの獲物よ。それで十分じゃない?」
少なくとも月の一件は殺意を抱くに値する。
「いいや不十分だよルシフェル」
騎士が一歩、二人の距離を詰めた。
「もしただそれだけのことが理由なら、僕はキミと手を組んでもかまわない。
だが、キミにそうする気はないのだろう?」
「よーくわかってんじゃない。そーよ。
こーんなくっだらないことでアンタと組むなんて、さらさらごめんなのよ」
「くだらない? 相手はあの『神殺しの悪魔』なんだぞ?
偉大なる神が殺されるようなことがあれば世界がどうなるか、わからないお前じゃないだろう」
提示した妥協案を面と向かって「くだらない」と言われて頭にきたのか、ミカエルの呼称が「キミ」から「お前」に変わる。
そこにさらなる燃料が来た。
「そっちこそ抜けたこと言ってんじゃないわよ。
アタシは今も昔も神殺し肯定派よ。
あのおチビが神を殺してくれるってんなら、願ったり叶ったりだわ」
「――ッ」
瞬間、頭に血が上ったミカエルが思わず右手を振り上げ、振り下ろす。
「バシッ」と音が響いた。
次いで「ギリギリ」と、なにかを握り締め、こすれる音。
「忘れたのミカエル?『それ』はアタシ、初見じゃないわよ」
ルシファーはミカエルの手首を同じ右手で押さえ込み、握り締めていた。
「あの時は、確かアンタに否定されたのが堪えて、
泣きながら走り去るなんて醜態をさらしたっけね」
「ルシフェル、何故だ?」
大天使が苦渋に満ち満ちた声で問う。
「なぜですって? あの時言ったはずよ、ミカエル。
マインドコントロールはそれを仕掛けた者の傍に居続けたら決して解けることはない。
そしてアタシたち天使は神に対して『絶対』の忠誠を求められ、その理から外れた者は冷徹に処分される。
自由も例外も一切許されることはない。
堕天とされ、悪魔とされ、居場所も食事もなにもない。
自己を否定され、ただ殺される。
神はそれほどまでに万能の完全無欠な存在なの?
いいえ、違う。アンタも知っていたはずでしょう、ミカエル兄さん。
少なくとも最上級天使だったアタシ達は知ってた。
だけど、気にも留めなかった。神は絶対だと信じ込んでいたから。
どれだけの理不尽が弟達を、妹達を襲っても、一片も疑わずにアタシ達はただ神を信じていた。
でもアタシは運悪く気付けたのよ。理由はものすごく…自分でも、本当に、自殺モノのすっっっごいバカだったけれど、そしたらもう、見てみぬ振りなんてしてらんなかったわよ。
…以降はアンタも知っての通りの、大罪悪魔街道一直線。
おかげですっかりこのザマってわけよ」
ミカエルの手からはすでに力が抜かれていた。
「…あのねえ、ミカエル。人間を第一に考えたっていいわよ。
だって、アタシ達は…いや、もう『アンタ達』か…そう、アンタ達は天使なんだから。
でもさ。だけど。ほんの少し、ほんの少しだけでいいから、あの子達の幸せもちゃんと考えてやってよ。
アンタ仮にも大天使でしょうが」
ルシファー、いや、ルシフェルもまた手を外し、しかし拳を握ってミカエルの甲冑の奥へと飛び込み、その胸を強く叩く。
「ねえ。ねえ! ちょっと聞いてんの!?
いい加減目を覚ましなさいよ、ミカエル!
アタシが根本的にバカなんだって、アンタ知ってるでしょ!?
どうすればいいかなんて、アタシわかんないわよ…!」
父に欺かれ、兄に救いを求めて拒絶され、絶望に堕とされながらも兄弟たちのためとなお屈せず、後に悪魔と呼ばれ恐れられ、多くの名と矛盾を持ち、救済の概念を抹消すらされて、数百年を放浪した一人の娘の物語。
もしそんな物語があったなら、それはどのようなものだったのだろうか?
果たして娘は救われるのだろうか?
それとも死ぬまで救われることはないのだろうか?
「…済まない、ルシフェル。それでもやはり、神は絶対であるべきなんだ」
「……………………………そっか」
少なくとも、彼女は「悪魔」と、そう呼ばれた。
その事実は決して動くことはない。
そしてそれは、この先もおそらく動くことはないだろう。
ミカエルからは見えない。
「じゃー、しょーがないわね」
うつむくルシフェルが一筋だけ涙を流している姿は。
泣き喚いてすがりつくには少しばかり時間が経ち過ぎた。
だけどせめて、それでも平然を装う中で涙一滴、一筋ぐらいは許されてもいいはずだろうと思う。
人が、世界が悪魔に救いを与えないとしても、それでも。だからこそ。
「だったらアタシは…あのおチビに手持ちのチップを全部賭けるわ」
「…懐かしい言い回しだね、ルシフェル。
一緒に居た頃は大勝負のときによく聞かされた言葉だ」
「『Call or drop?』」
「決まってるだろう? 当然『call』だ。
…フフ、本当に懐かしいな。
それが戦場の兵士たちがやっていた賭け事から聞き知った言い回しだと知ったときには、ずいぶんと呆れ果てた覚えがあるよ。
ほんと、天使長の身の上だというのに、一体なにをやっていたんだよ、あの頃のキミは」
「さあ? 覚えてないわそんな昔のこと…それにしても『call』かー。
あのおチビもcallcallうるさかったわねー。すっかり忘れてたわ。
いったいぜんたいなんの偶然かしらねー」
なにがこようと、どんな状況に陥ろうともただただ受けて立つのみ。
それが智欲の大罪アンノウンのスタンスか。
「…手加減は、しないわよ?」
「全部賭けるんだろう?」
「そうね、ミカエル」
突き立てた二剣を引き抜くルシファー。
応じて聖剣を具現化するミカエル。
それぞれ翼を震わせ、距離をとる二柱。
「さあ、いくわよッ!」




