平凡男と幼女なアクマ
バタンと盛大に音を立てて、ボロアパート(失礼)のドアが閉まる。
図書館からここまで、かれこれ十分近くは走っただろうか?
しかし、普段の状態ならばこれほど時間は取られないはずだ。
やはり図書館でうっかり開いたあの本に、そうとう体力やらなにやらを持っていかれていたらしい。
壁を背に寄りかかったままズルズルと腰が落ちていく。
思い出したように噴き出した汗が背を、頬を伝う。
喉もカラカラだった。
「…みず…」
「はい、どうぞ」
目の前に差し出された透明なプラスチック製のコップを反射的に受け取る。
中に浮かんだ氷がカランと鳴ったあたりで理性が飛んで一気に飲み込んでいた。
「…んっ…んっ…んっ……ぷはぁっ」
まさに生き返る心地だった。
ただの水がこうまで美味く感じることも、人生そう多くはないだろう。
残った氷も口に入った分は全部噛み砕いた。
汚れた木板の天井を振り仰ぐ。
口の中に残る氷の冷気を余さず味わうように、深く息を吸い、吐く。
「………ん?」
イマ、ミズヲクレタノハ、ダレダ?
ギギギと音が鳴りそうな感じで、隣を確認するべく首を回す。
「どうも」
そこにはぺこりと頭を下げる三歳ぐらいの幼女の姿。
背は1メートルあるかどうかも疑わしく、りんごのようなほっぺ。
特徴は腰にまで届こうかという、新緑の木の葉を彷彿とさせるような色の長い髪と、ちょっと尖った耳。
瞳はインクのように黒。
緑髪黒目とはまた最近珍しい組み合わせのような気がする。
どうにも子供らしくない無表情が玉に瑕で…いやいや、もっと他に見るべきところがあるだろう自分。
なんだそのこめかみの辺りから突き出した角は?
背中で翼のように漂う古紙の束は??
見ているとクラクラしてくる妙な文様入りのワンピースは???
「ていうか、そもそも、お前は誰だ!?」
守りに入ったら終わり、と、なにかを逆転するかのように人差し指を突きつける。
すると幼女は、無表情ながらムッとした気配を見せて、突きつけた指を握り、
「ゴギンッ」。
「ぎぃえぇええええぇええ!!?」
と、折り曲げた。(危険だからよい子はまねしない様に)
「…落ち着きましたか?」
「折り着いたわ!」
自分でも意味不明なことを半べそかきながらわめく。
めちゃくちゃ痛かった。
だが目前の幼女はそんな俺をあっさりと無視して、部屋の奥にトコトコ歩いて行き、ちゃぶ台の横に座布団を敷いて正座。
部屋にはなかったはずのクマさんカップで、いつのまにか用意したらしいお茶を呑み始めた。
…この幼女、できる。
「座ってください。自己紹介、しましょう」
「あ、ああ」
トントンともう一枚敷いた座布団を叩いて手招きする幼女。
幼女にリードされてるよ、自分。
大学生のプライドが音を立てて崩れていきそうだった。




