アンノウンと紙片の選別
世界は理不尽だ。
ある日、俺は『智欲の大罪』を名乗る少女、いや幼女。
便宜上の名をアンノウンという、常時無表情のアクマに出会った。
姿は三歳児並のチビッ子悪魔。
緑色の髪に黒い瞳、額には樹木製の角が二本生えており、背中にはパピルスの古文書で出来ているらしい一対の翼。
現在こそブカブカだぼだぼの服を着込んでいるが、元々の服は呪われそうな経文ののたくったワンピース姿。
その能力は歴史上のありとあらゆる知識を隷属させ使役するという、並のチーター達が群れを成してサバンナを裸足で逃げ出すような、極めに極めたチート特性。
「神殺しの悪魔」として抹消されたという超一級危険物体だ。
そんな悪魔の主人に、俺はなった。
まったくもって「なんで俺が」だ。
自分はいたって平々凡々とした人生を歩んでいた、さして取りえもないごくごく普通の大学生に過ぎない男だ。
さらに言えば、特にファンタジー願望もなく、命懸けの人生に夢を見るような趣味もない。
こういうのは中二病患者に伸しつけて送ってやりたいぐらいの人間性の持ち主だ。
きっと受け取り側も喜んでくれるだろうと思う。
できれば誰か名乗り出て欲しいと切に願う。
まあ、詮無い願いだろうとは思うのだが。
あれはきっと悪霊の類だ。しかも宿主と一体化するタイプ。
もはや手遅れに近いと自覚もしている。
…世界は理不尽だ。
「おはようございます、マスター」
起きたら居間に『unknown』が。
…なんだろうこの表現。しっくり来すぎてものすごく嫌だ。
「マスター?」
「あ、ああ、おはようさん」
我が家はごくごくありふれた安普請のアパートメント。
貧乏学生の典型だと言われたことがある。
まあ、それはいい。問題は、
「なにやってんだ、お前?」
その我が家における数少ない家具のちゃぶ台を使って、彼女がなにか妙な作業をしていたことだ。
具体的にはハードカバーの「背表紙しかない本」を何冊か広げて紙片を選り分けているようだ。
光景は理解できるが、意味がいまいちよくわからない。
「紙片の選別をしているところなのです。こっちのは緊急時用の切り札。
こっちのは戦闘関連情報。こっちのは生物関連です。
これは自然現象関連で、そっちの完成してる本はそれぞれ、宝具・兵器系をまとめて放り込んだ本と、スキル関係です。
量があまりにも多いので確認は後回しなのですが」
「ふーん」
宝具・兵器系と説明された本を手にとって開いてみる。
最初のページはもっとも有名なのだろう、かのアーサー王伝説の宝剣、エクスカリバーの記載情報だった。
『エクスカリバー』
アーサー王伝説に登場する、アーサー王が持つとされる剣。
エクスキャリバー、エスカリボール、エクスカリボール、カリバーン、キャリバーン、コールブランド、カリブルヌス、カレトヴルッフ、カレドヴールッハなど様々な異称を持つ黄金の名剣にして聖剣。
その鞘は所有者の身を護り、血を流させない魔力を持っていたという。
その名の数が示すとおり様々な伝承を持ち、『不死身』『斬鉄』『勝利をもたらす剣』などいくつもの概念特性を持つ。
しかし、当然ながら概念特性は人の思念や願望が形作られた幻想である。
実際のエクスカリバーの属性は「岩に刺さった剣」や「木を斬るように鉄を斬る」などと記されるように『大地』の属性であり、人によって幻想された『聖』にあるものではない。
その鞘もまた『大地』の属性にあり、所持する主の身体にその属性を与え、加護とする『地在不滅』の能力を持つ。
これは本来水中戦や空中戦、すなわち地に足がついていない状態での戦闘では効果を得られず欠点としていたが、現在は概念特性が上乗せされて穴を埋められている。
同じく剣の能力特性は『所有者の戦意高揚と勝利欲求の増大』であり、これが聖剣伝説を生み出した土台である可能性が高いと推測される。
王の後継者ではなく、一介の盗賊や海賊がこの剣を手にしていたなら、またそれとは別の英雄奇憚が生まれていただろうことは想像に難くない。
仮にアーサー王が存在しておらず、国も滅んで剣だけそのままに残っていたならば、その可能性が存在したということになるのだろう。
そして、これはエクスカリバーにのみならず、すべての聖剣に関して言えることだが、「他者を害する目的で製造された物質はすべからく殺戮器具である」為、あえて語るならばエクスカリバーもまた、オリジナルは所有者を破滅させるほどに勝利欲求を増大させた、聖剣視された魔剣であると言える。
「エクスカリバーは黄金の聖剣である」
この認識は当然正しい。
その剣によって護られた希望や誇りにそれを疑う余地など存在しない。
そもそもこの剣に聖剣としての役割を望んだのは人の意思そのものなのであるのだから、概念的にこの剣は正しく聖剣なのである。
「エクスカリバーは黄金の魔剣である」
この認識もまた正しい。
血の海を当然のごとく作り出し、虐殺を余儀なくされた敵対者や策の犠牲者達にとっては、その剣は魔剣以外のなにものでもない。
ただ、それを語る口がなかっただけに過ぎない。
またアーサー王に反旗を翻した――
そこまで読んで俺は本を閉じた。
なんだこの1ページ目からデンジャーな気配漂う妖しい本は?
反旗を翻したヤツの話なんて人物用のページに載せておけよ。
なんで魔剣と称したその後に、わざわざその宝具のそのページに載せるのか、その意味がわからない。なにかの嫌がらせか?
まさか他の宝具もこんな感じに記載されてるんじゃなかろうな。
だとしたら間違いなく関係各所に殺されるぞ。
だが、まあ、とりあえず、ひとつこれは読まなかったことにしよう。
「前回の戦いでは検索時間の隙を突かれて一撃もらってしまいました。
なので、きたるミカエル戦に向けて万全を期すために、紙片を改めて戦闘用にカスタマイズしているところなのです」
「あ、そ」
正直応える気力を本に持っていかれた。
これ、間違いなく封印指定の禁書だろ。
それも欧州に連絡して、禁書目録に登録してもらってもいいぐらいの。
「私は本来、生粋インドア派の典型的な魔術師タイプなのです。
一対一の戦闘ではなく、一対多数の戦闘の方でこそ真価を発揮します。
そのおかげで前回のあの悪魔にはずいぶんと手を焼かされましたが、同じ轍は踏みません」
ようするに、彼女の弱点がひとつ消えたらしい。
いや、ちょっと待て。神話最強クラスのルシファーをボコっておきながら「典型的な魔術師タイプ」だと!?
確かに前回の戦いで彼女が編み出した「クイックcall」と呼べるような技は卑怯の一言に尽きるイカサマだった。
特に、本来土木工作用杭打ち機械を武器に転用した「パイルバンカー」によるカウンターは実に壮絶だった。
少なくともあれだけを見ればガチに戦士タイプだったはず。
百歩譲っても「殴り系魔術師」だろう。
「とはいえ、整理していて気付いたのですが、問題もひとつ発見してしまったようなのです」
そう言いながら彼女は、一巻きの古文書を取り出して見せてきた。
どうせまたロクなもんじゃないんだろうな、とそう思った。




