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平凡男と危険すぎて抹消されたアクマ  作者: 折れた筆
第一章 ルシファー強襲編
16/83

平凡男とアクマの約束

 そうしてルシファーは泣きながらアポロ11号に拉致されて、夜空に輝く一筋の流れ星となった。

 空間は崩壊し、俺とアンノウンは元居た俺の部屋へと帰ってくることができた。

 アンノウンの姿も元の緑髪黒目の幼女姿に戻った。

 うっかり幼女に安心した自分がものすごくいやだった。

 あの後ルシファーがどうなったのかは知らないし、アンノウンに訊く気もない。

 今頃泣きながら宇宙旅行としゃれ込んでいるのだろうか?

 まあ、どちらでも構いはしない。

 帰って来てもいいし、帰って来なくてもいい。

 とにかくやたらと濃い一日だった。

 無事生きて帰って来られただけでも万々歳だ。


「寝るか」

「はい」


 そのやりとりですべておしまい。

 一晩眠って全部なかったことにしてやる。

 アレハユメダッタ。アレハユメダッタ。アレハユメダッタ。

 あ、そういえば。


「…だれが特売品程度の価値しかない、だ、このチビ」

「いたたたたたたたた」


 角付近のこめかみを狙ってぐりぐりとお仕置きしておいた。



 翌日は二人してだらだらと過ごした。

 アンノウンのレベルが上がって、角と翼を見えない状態に出来るようになったらしく、今は本当にパッと見人間の幼女そのもの。

 風を圧縮して光の屈折率を上げるトカナントカ、またヤバそうな話を始めようとしていたので、とりあえず口をふさいだ。

 人の姿に見えるなら、まあ外に出しても平気かと思って、適当な服に着替えさせて連れ出してみた。

 女児物なんて部屋にはない。だぼだぼな成人男性の服だ。

 結果、怪しまれて通報された。

 泣けてくる。涙がとてもしょっぱい。

 オマワリサン、コンニチワ。

 近いうちにフリーマーケットでも当たってみようと思う。

 それまではお巡りさんと仲良くしておこう。

 留置所はご勘弁願いたい。


「どこか行きたいところはあるか?」と問うと、「本の陰干しがしたいのですが」と返ってきた。

 とりあえず、公園でも行ってみるか。


 よさそうな木陰を探してのんびりとぶらつく。

 アンノウンはベンチの片隅に放置されていた新聞を拝借。

 頭の上に乗っけて手を広げ、バランスを取って歩く。

 見えていないとはいえ、角が二本あるのだから引っ掛ければいいのにと思った。

 遊んでいるのだろう。

 自動販売機を発見、一本買っておくかとミネラルウォーターに指を伸ばすも、下で「ポチ」っとオレンジジュース。

 精一杯背伸びした幼女に強奪された。まあ、いいだろう。

 しばらくして適当な木陰を見つけた。

 レジャーシートなんてご大層な物はない。

 そのまま草の上にごろりと寝転がった。

 草の匂いを感じたのなんて、いったい何年ぶりかね。

 懐かしいものだ。

 アンノウンも木の幹に背を預けて座り込む。

 文庫程度の大きさの自身の本を呼び出して、陰干し前のページの慣らし。


バララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ


「長ぇな、おい!」

「地球全書録も同然ですから。聖書に載せたらすごいことになりますよ」


 どこからどう見ても普通の文庫本サイズなのに、ページ数が半端じゃなかった。

 きっと酔狂な人間以外だれも読もうと思わないだろう。

 全部で何ページあるのか訊こうと思ったが、それはやめておいた。

 どうせ今この瞬間も増え続けているのだろう。頭痛の種はいらない。

 アンノウンはその後もしばらくバラバラやり続けたが、別にその時間を計ろうとは思わなかった。

 草の匂いを懐かしみながら、しばらくのんびりと過ごす。

 仰向けに横になってあくびをする俺と、うつ伏せに横になって新聞をレジャーシート同然にして読んでいるアンノウン。

 暖かい陽気。

 ほんの少しだけ気になって彼女の視線をたどると、「オスプレイ、抗議」の文字が見えた。


「沖縄か?」

「はい」


 本音を言えば、それほど熱心に興味がある話題ではなかった。


「気になるのか?」

「ほんの少し興味を引かれただけです。

 人は、己を非難する者を守るのは難しく、また、己を非難する者に剣を振り下ろすのは容易い。

 そういう生き物ですから、不幸は見えないだけですぐ近く、それこそひとつ道を違えただけの一歩分の距離にいつだってあるのです」


「よくあることです」とアンノウンは言葉を締めた。


「マスター、なにか、私に気を使っていませんか?」


 そんな気はなかった。

 だが、指摘されると思い当たることが一つ。

 ルシファーに聞かされた、アンノウン抹消の真実。

 別に隠す必要は感じなかった。

 聞いた話を出来る限り要約して伝えてみる。


「…亀甲縛りではなく、拷問器具をプレゼントするべきでしたか」


 怖い、怖いよアンノウンさん。

 あ、ヤバい。

「アタシが喋ったってバラしたら殺すわよ?」って口止めされてたの忘れてた。

 聞こえているかルシファー。

 もし生きていたら絶対帰って来るな。

 今度は別ルートで星にされるぞ。


「誤解がありそうですので言っておきますが、私はそのことに対して特に思うところはありません。いまさらどうでもいいことです。

 せいぜい当時の司教様たちの墓標に聖剣の二、三本でも『お供え』しておしまいです」


 お供えと言ってはいるが、普通の供え方じゃないな。

 …刺す気か、コイツ。

 そして、その得物が聖剣か魔剣かで教会側の対応がまるで変わるのが理解できてしまう。

 聖剣なら神罰として、魔剣なら悪魔の仕業と判断して動くのだろう。

 つまり、『聖剣』をあえて選んだコイツはやっぱり怖いやつだ。

 モノが本物の力ある聖剣だけになおさらタチが悪かった。


「それに私が聖書に記されなかったことも、気になどしてはいません。

 もし私が聖書に記されていたのなら、教会は人の進化を禁じねばならなかったでしょう。

 そして、進化をやめた者に待つのは淘汰のみ。

 私は、私が抹消されたことで信徒達の未来を守れたのでしょう。

 そう信じる権利くらい、私にもあるはずです。

 それにそもそも、私は知的欲求が満たされていれば他のことはどうでもいいのです。

 だから私は気にしてはいません。

 マスターも気にする必要はありません」

「そうか」


 応える言葉はそれで十分だろう。

 せっかくなので、続けて気になっていたことを訊いてみる。


「昨日みたいなこと、またあると思うか?」

「…そうですね、少なくともミカエル辺りは確実に来ると思います。

 さすがに放って置けはしないでしょうから」

「大天使様か。見逃してくれると思うか?」

「期待はしないほうがいいでしょう。

 なんだかんだで私は『神殺しの悪魔』ですから」

「難儀なこったなー」


 こういう切った張った、どころか斬った覇ったな世界はガラじゃないのにと、心底思う。


「マスター」


 だが彼女は自分を呼ぶ。

 なぜかは知らないが、自分を。


「マスター、私は火に遭っては燃やされます。

 水に遭っては沈みます」


 だから、まあ、仕方ない。


「風に遭っては紙片が飛びます。

 地に遭っては埋もれて開けません」


 少しぐらいは付き合ってやろうと思うのだ。


「雷に遭ってはコゲます。

 虫に遭っては食べられます」


 これもまた人生、仕方なし、だ。

「なるようになれ」――たしかQue sera sera、だったか?


「ですが、マスターは必ず守り抜きます。

 それは、なにが来ようと、必ずです」


 自分はどういうわけか、この幼女悪魔に憑かれてしまったのだから。


「ま、ひとつよろしく頼むわ」

「はい、マスター」


 彼女の名は『智欲の大罪』アンノウン。

 …そう、危険過ぎて抹消されたアクマだ。


              Fin

平凡男と危険すぎて抹消されたアクマ、以上をもちまして第一章完結となります。

参考になるかはわかりませんが、一章完結時最終アクセスデータ・感想・考察を活動報告に載せておこうと思います。

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