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不遜な騎士と仮面の王子  作者: 狼花
4章 戦争勃発
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01.宣戦布告、上等じゃないか

「『我が国の民を傷つけたことを敵対行為とみなし、宣戦を布告す』……か。シャルの言った通りになったな」


 フロイデンが届いた文書を読み上げて嘆息する。シュトライフェンも腕を組む。


「既にこちらも迎撃の構えは取ってあるが、本当に短気というかなんというか……こちらの言い分も聞かずに宣戦布告か」

「要するに、無理矢理なことをしても勝つ自信があるってことかね」


 シャルの呟きに、レオンハルトが眉をしかめる。


「どういうことだい、シャル?」

「そうだな……」


 シャルは軽く顎をつまみ、しばらく沈黙する。そしてぽつりと呟く。


「……可能性があるとすれば、アジールかな」

「アジール?」

「どれだけ優れた機械技術があろうと、海上の戦いはこっちに分がある。なら戦術の基本、一対多数に持ち込むしかない。南の国々が海軍を出したところでインフェルシアの優勢は動かない。テオドーラはまだ再起不能状態だ。なら、アジールが北から攻めてくるんじゃないかなと思ってな。勿論、アジールは陸軍だ」

「そうなれば、こちらは王国軍のすべてを動かさねばならん、か……その挟撃は、まずいな」


 本気で考え始めたシュトライフェンに、シャルは軽く手を広げて見せる。


「勿論、これはただの推論だ。だが少なくとも、俺ならそういう手を整える。インフェルシアが邪魔という意味じゃ、ティグリアもアジールも利害が一致するからな」

「国同士でそういう取り引きがあったと?」

「いや、またウォルディス公爵だろ。戦争の兆しもなかった時に、他国とそんな取り引きをすれば怪しまれるのは目に見えているからな。アジール側は誰だったのかは知らないが、秘密裏に行われたことだろうよ」


 呟くシャルの顔は、いつもと変わらず平静だった。この男が取り乱すところなど、レオンハルト程ではないが滅多に見せない。その冷静さを見て、みなも慌てずに行動できるのだ。


「用心し過ぎて困ることはねえ。幸い、アジールとの国境にはシェーレイン大河があって、籠城できる砦もある。騎士を送っておくべきだと思うぜ」


 シュトライフェンは頷いた。そのまま視線をフロイデンに向ける。


「フロイデン中将、騎士隊の出撃をお願いします。迅速にアジール国境ラーディナ城塞へ向かってください」

「騎士隊だけでいいのかい?」

「いま必要なのは速さです。本当に北からアジールが攻めてきたとき、対処できるだけの戦力を国境に置いておきたい。こちらが連絡を受けて歩兵隊を含めた援軍を送るまで、フロイデン中将の騎士隊ならば持ちこたえられますね?」

「何を当たり前のことを……と、言うべきかな?」


 フロイデンはふっと微笑んだ。するとレオンハルトが口を開く。


「私も精鋭を率いて同行しましょう。籠城戦ならば弓箭兵の力が必要でしょうからね」

「それは有難いけれど、身体は大丈夫なのかレオンハルトくん?」

「ご心配なく、もう体調は万全です。傷のほうも」

「よく言うぜ、傷の痛み止めが手放せないくせに」


 シャルの余計な一言で、ぴくりとレオンハルトが頬を引きつらせる。レオンハルトはくるりとシャルを振り返ると、友人の両肩を掴んだ。


「君って人は、どうしてそうやって人の心配を煽るかな……?」

「毎日痛い痛い言ってる奴を、はいそうですかって送り出せるわけねぇだろ。いまは効いているみたいだけど」

「……そりゃ、よく効くよ。君の作った薬なんだから当たり前だ」


 平気な顔をしているレオンハルトではあるが、当然のこと救出されて数日では全快などできるはずがない。脱水症状は改善されていたが傷は治りきっておらず、見かねたシャルが調合した丸薬を服用していた。その鎮痛作用のおかげで今はけろっとしているだけである。


「それもこれも、君の薬を信用しているからだ。効果が切れないうちは普通に動ける。できることはやりたいんだ、そう言わずに行かせてはくれないか」

「薬は、人間が持つ自然治癒能力の補助でしかない。あんま薬に頼られても困るんだが?」

「おいこらシャル。レオンが戻って来て嬉しいのは分かるが、いじめはやめろみっともない」


 シュテーゲルがにやにやと人の悪い笑みを浮かべながら突っ込む。その瞬間にシャルはシュテーゲルに怒鳴る。


「誰がいじめてるよ、誰が!? 前半部分の戯言は聞かなかったことにするが、俺は当然のことをだな……!」

「本気で止める気なんかないくせになぁ」


 槍歩兵隊隊長アーデルが笑う。見透かされていたシャルは肩をすくめてレオンハルトに向きなおる。レオンハルトもすっかり穏やかに微笑んだ。


「ヴェルメを借りるよ。何かあれば、彼女を通じて知らせる」

「おう、気をつけろよ」


 レオンハルトは頷き、くすくすと笑いが止まらないフロイデンを見やる。フロイデンも笑みを浮かべたまま頷く。


 そこで、初めてアシュリーが口を開いた。


「シャル」

「……なんだ?」

「ずっと先送りにしていましたが……皆を集めて頂けますか?」


 シャルはすっと表情を改めた。宣戦布告の文書には、攻撃開始の日時が書かれている。それによると、開戦は三日後である。時間は、まだ残されていた。


「そうだな。お前への疑いを残したまま、軍を戦わせるわけにゃいかん。すぐに手配する」


 一連の出来事はエルファーデン公爵が王位を手にせんと画策したことで、レオンハルトはその陰謀に巻き込まれた。既にその公表はされており、レオンハルトの無実は証明されていた。しかし、エルファーデン公爵が訴えかけた「王太子アレックスは女で偽者」という言葉はまだうやむやにされたまま、噂として市民や軍人たちの間に流れている。


 今のままではいけない。アシュリーもシャルも、それは思っていたのだ。



★☆



 シャルと、その部下たちの尽力で、驚くべき短時間で民衆が城門前の広場に集まった。そこには軍人の姿もある。


 その広場へ向かう道すがら、アシュリーとシャルは無言であった。シャルはちらりと、インフェルシア王国軍の制服を着ているアシュリーを見やる。そして短く尋ねる。


「怖いか?」

「……いえ。緊張はしていますが、怖くはないです。私はありのままを伝えるだけ……みなが分かってくれることを、祈るばかりです」

「堂々としていればいい。傍には俺も、レオンもいる。心配することなんてない」


 アシュリーはそっと、手を自分の左耳へあてる。そこには、以前シャルが贈ってくれた赤い耳飾りが小さく光を放っている。あれから、毎日身につけていたものだ。もらった時どれだけ嬉しくて、これがあるだけでどれだけ今心強いか。アシュリーは微笑んだ。


「はい」


 城門と広場を繋ぐ長く大きな橋を渡り切ると、そこは国民で溢れかえっていた。姿を現したアシュリーを見て、しんと沈黙が舞い降りる。


 アシュリーは台の上に上がった。シャルはその台の傍に待機する。反対側にはレオンハルトもついた。


 彼女は民衆を見回し、深く一礼した。顔を上げたアシュリーは、静かに、ゆっくりと言葉を発する。たいして大きな声でもないのに、その声は不思議とみなの耳に届いた。


「まずは……エルファーデン公爵の行動を未然に防げなかったこと、そのことで皆さんを混乱させてしまったこと。これを深くお詫び申し上げます。そして……彼が口に出した、私の素性。それについて、今この場で皆さんにすべての真実をお伝えしようと思います」


 アシュリーはそこで一度そこで言葉を切る。小さく彼女が息を吸い込んだのが、シャルには見て取れた。


「私の名は、アシュリー・L・インフェルシア。王太子アレックスの双子としてこの世に生を享けた、亡き国王陛下の……娘」


 その言葉に、みながざわめいた。王太子ではないこと。忌み嫌われる双子であること。女であること。エルファーデン公爵の言葉が、一部真実であったこと。それらが、みなに衝撃を与えていた。


「私の兄アレックスは、生まれたその瞬間に王太子に定められました。そして後継問題を避けるため、私は存在を隠されてました。しかし十二年ほど前、兄アレックスは事故で亡くなった。その時に、私は『王太子アレックス』を名乗るようになりました。男児に恵まれなかった、インフェルシア王家の直系を守るためにと。……以来私は、この日まで己を男と偽り、王太子の座に座り続けてきました」


 シャルと出会ったばかりのころ、アシュリーは自分が女であることがばれてしまう恐怖で、シャルに少し触れられただけで無意識に拒絶反応を出してしまっていた。あの時のアシュリーのままだったなら、こうして皆に真実を告げるなど絶対にしなかっただろう。それができるようになったのは、周りの人間たちが、アシュリーが女だと知っても受け入れてくれたからだ。


「兄が亡くなったときこの座に座ったのは、私の意思ではありません。けれど、今この時まで王太子と呼ばれることを享受していたのは私の意思。そして皆さんに真実を告げることを恐れた私は、長いこと皆さんを騙したままにしてしまった。――このことに対するけじめは、必ずつけます」


 その一言を聞いて、シャルは思わず台の上に立つアシュリーを見上げた。反対側を見ると、レオンハルトも怪訝そうな顔である。初耳だったのだ。


 けじめ。そんなもの、アシュリーが考えることではないのに。


 それでもきっちり責任を取ろうとするのが、アシュリーという少女なのだ。



「――でも、その前に、私には果たさなければならない義務があります」



 アシュリーの声が、また響く。



「いま、このインフェルシアは他国の脅威に晒されています。宣戦布告の文書も届き、もはや戦争を避ける手立てはない。ならば私は、武力を以ってこの国を守ります。インフェルシアを守り、そこに住む民の命を守る。それが仮にも王族として生まれ、一度は王位継承権を賜り、かつ軍に在籍していた私の責務です」



 アシュリーはすっと背筋を伸ばし、この場に集う軍の者へ声を投げかけた。



「軍人諸君! 我々は、人々の命と生活を守るために集った同志だ。私はその意志を貫き通したい! 志を同じくする者たちよ、最後にどうかもう一度だけ、私を信じて命を預けてほしい!」



『最後』。


 その言葉を聞き、シャルは唇を噛みしめる。彼だけではない、この場にいる大半が、その意味を理解していたのではないだろうか。


 それが彼女のけじめで、切なる願い。



 歓声が上がる。アシュリーをよく見てきた、陸軍騎士隊の者たちだった。他部隊の者も、海軍の者も、拳を天に突き上げてアシュリーの想いに応えた。

 民衆たちも、割れんばかりの拍手を送る。



 男尊女卑とか、双子は忌まれるとか。そんな差別や迷信は、もうとっくに人々の心にはなくて。


 ただあったのは、運命に翻弄されたひとりの少女が、懸命に自分の責任を果たそうとしている姿を見て信頼する心だけ。


 彼女は、彼女が思うよりもずっと前から、もう身分だけではなく、本当の意味で『王族』として皆に好かれていたのだから。



★☆



 演説を終えて台から降りたアシュリーは、歩み寄ってきたシャルとレオンハルトを見てにっこりと微笑んだ。


「どうでした?」

「……亡き国王陛下にも劣らぬ素晴らしいお言葉でございました」


 レオンハルトが個性の欠片もない台詞を言う。


「すみません。本当はもっと、申し上げたいことがあるのですが……何か、良い言葉が見つかりません」

「レオン……」

「とにかく、今は、貴方の御心のままに」


 彼はそう言って深くアシュリーに頭を下げ、踵を返した。それを見たシャルは軽く肩をすくめた。


「あいつ、柄にもなく動揺しまくっているみたいだな」

「シャルも、ですか?」

「いや。ある程度は、想定してた。お前のことだから、きっと重く受け止めて自分に罰を下すんだろうとな」


 アシュリーの笑みに、悲しそうな色が混じる。


「身勝手……でしたよね。後継のことも何も決まっていないのに、このままじゃシルヴィアに重荷をかけてしまう。それでも、私なりの誠意を示したくて」

「それは分かってる。ただな、『皆を騙していた責任を取りたい』っていう理由だと、お前のせいじゃないんだから考え直せって俺は言うぜ」

「え? それ以外の理由、なんて……」

「あるだろ。『押し付けられた椅子に座りっぱなしなんて冗談じゃない』って椅子を蹴り飛ばすなら、俺はお前の意思を尊重する」


 つまり、アシュリーが『王太子なんて身分に縛られるのは嫌だ』と声をあげれば、シャルはそれを叶えると言っている。――アシュリーが王位継承権を返上することに賛成すると言っているのだ。


「お前には、それを言っても許されるくらいの権利がある。もしお前を王太子の身代わりにした首脳陣が生きていたら、俺は間違いなくそいつらのところに殴り込みに行っていた。自覚しろ、お前はそれくらい理不尽なことを強制されたんだ。王家を存続させたいって、身勝手な理由でな」


 過激な人だ。アシュリーは改めてそう思う。けれど、そのくらいアシュリーのことを思ってくれていることが、すごく嬉しくて。


「……今は、言いません。すべてが終わって落ち着いたら……ちゃんと、私の口から言葉にします」

「……分かった」


 シャルは頷く。シャルだって分かっていた、彼女が本心でそう思っていても決してそんなことを口にはしないと。与えられた役目に不満はあっても、きっちりそれを最後までやり遂げようとする人間だから。それでも、シャルは彼女に幸せになってもらいたかった。もう純粋に、王族の姫としては生きられない。だったらせめて、一人の人間として、つつましやかでも確かな幸せを。




 インフェルシア南部の海上で、戦が始まる。


 同時に、陸軍騎士隊が北方の城塞へ向けて進軍を開始した。


 アシュリーは、シャルを筆頭とする親衛隊に守られながら、戦の勝利を願う。


 ひとりでも多くの仲間が帰還できますようにと。

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