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不遜な騎士と仮面の王子  作者: 狼花
2章 安らぎの時
24/51

07.恋愛相談は他をあたってくれ

「……いや、僕には無理ですよ!」

「そこをなんとかっ! 相談に乗ってくれるだけでいいんだ、なっ?」

「勘弁してくださぁい……」


 インフェルシア城内に新たに設けられた「親衛隊詰所」――要するに当直の者たちが休息を取り、時に書類仕事をする場所であるが、シャルがその部屋の扉を開けた瞬間、そんな会話が聞こえてきた。


 部屋の奥で、イルフェとラヴィーネが話している。それがまたおかしな図であった。ラヴィーネは両手を合わせて懇願するポーズを取り、その前に立つイルフェは困り切った顔をしている。シャルは小首をかしげた。


「何やってんだ?」

「あ、ああっ、シャル先輩! いいところに!」


 イルフェは大袈裟に声を上げ、さっとシャルの背後に回り込んでその背中を押し、ぐいぐいとラヴィーネの前に押し出した。


「な、何すんだよイルフェ!」

「先輩、先輩は正義の味方ですよね!? 困っている人は放っておけないんですよね!? 助けてあげてください、いま目の前でお困りのラヴィーネ先輩を! さあ!」

「……お前、なんか変な演劇でも見たのか?」

「いいえっ、僕は至極真面目です! ではでは、僕はこれからフォルケさんと城内警備に当たりますのでっ」


 そう言い残し、イルフェは親衛隊室から逃げ出していった。シャルは苦虫をまとめて噛み潰したような表情で、視線をラヴィーネに戻す。


 イルフェが逃げ出した。それだけで厄介ごとの匂いがする。ラヴィーネにとって、後輩の後輩であるイルフェもちょっかいを出しやすい存在だ。むしろ、シャルほど不遜ではないイルフェのほうが、何かと無理難題を押し付けられやすい。イルフェもまた断れないタイプなのだが、逃げるほどとなれば一体どれだけのことなのか。


 いやちょっと待て、今日は何日だ? ――頭の中でそんなことを計算したシャルは、ラヴィーネの「頼みごと」の正体を察して、さらに苦い顔になった。


 ラヴィーネが腰に手を当てて溜息をついた。


「なんだい、イルフェの奴。シャルは忙しいだろうからイルフェに相談したってのに結局シャルに押し付けて、上官への配慮が足りないよ」

「そう思うなら、お引き取り願えませんかね?」

「……いや、この際シャルでもいいよ」

「この際俺でもいい、と来たか! 頼みごとする人間の態度とは思えねぇな」

「あああ、悪かった! 悪かったから、聞いてくれ」


 ラヴィーネが慌ててシャルの腕を引っ掴む。シャルはじっとこの女性将校を見下ろし、一言告げた。


「俺、昼飯まだなんだけど」

「う……い、いいさ、奢ってやろう!」

「さすが太っ腹、先輩」


 シャルはにやりと笑い、ラヴィーネとともに部屋を出た。




★☆




 騎士団宿舎にも食堂はあるのだが、フォロッドの街でリヒターと話した通り、食堂の食事は健康的すぎて、働き盛りの男たちの口にはあまり合わないものである。だから大体シャルは外食をする。金をかけてでも美味しいものを食べたい、というのがシャルの信条である。


 そういう訳で、シャル行きつけの食事処で少々遅い昼食を終え、食後のデザートで頼んだオレンジのシャーベットをつつきながら、シャルはラヴィーネの相談を聞いてやることにした。そろそろ暑くなってきたので、冷たいものが美味しい。シャルらが座る席のすぐ隣は水路であり、それもまた清涼感が漂う。


「で? 俺に何をしろって?」


 そう話を振ると、ラヴィーネは急激に硬直し、ぎくしゃくした動きで水路のほうに視線を流した。


「あ、あはは……そ、それよりシャル、あんた良い店知ってるのね。やっぱ、景観とかは気にするタイプなの?」

「さあて、それじゃご馳走様、先輩」

「わーっ、ごめんってば! ちゃんと話すから!」


 土壇場になって話を逸らしたので、シャルは席を立ちかけたのだが、慌ててラヴィーネがシャルを引き止める。椅子に座り直したシャルは溜息をついた。


「毎年毎年、昔から懲りないねあんたも」

「……えっと、何の相談か分かってる?」

「分かってるよ。二週間後のフロイデン中将の誕生日の贈り物は何にしよう、だろ」


 それを言った途端、ラヴィーネがかあっと真っ赤になる。普段男勝りにさっぱりした性格のラヴィーネにもそんな一面があるのかと、万人が思うであろう。


 単純に言えば、ラヴィーネ・F・ヘッセラングは、上官のハーレイ・フロイデンに恋をしている。


 彼女は本来ならば、少将として一万騎を率いるだけの実力を持っている。事実、一度昇進の話も出た。だが彼女はそれを断ったのだ。それはなぜか。答えは簡単、フロイデンの副官という座を誰にも渡したくないから、准将の位にしがみついているのだ。


 騎士隊隊長の副官は、ただの雑用係ではない。危急の時には、一時的に隊長から指揮を預かる存在でもある。だからこそ副官には准将というかなり高い地位が要求され、ラヴィーネは六年前についにその座に就いた。これは数少ない女性士官では彼女の地位が一番高い。彼女が必死に頑張って努力してきた理由が、ただ「フロイデン中将を近くで見ていたい」ということであったなど、誰が想像できようか!


 遡れば、訓練生時代のラヴィーネを指導してくれたのがフロイデンで、その時から既に彼に恋をしていたのだとか。騎士隊にはこうした縦の繋がりが多いが、フロイデンからイルフェまで続くほどの繋がりの長さは珍しい。


 それはさておき、そう言ったラヴィーネの繊細な「乙女心」をよく知っているシャルは、昔から毎年ラヴィーネから「フロイデンの誕生日の祝い方」について相談を受けてきた。その都度シャルは真面目に相談に乗って来てやったのだが――。


「……ラヴィーネ、何か贈り物を用意したとして、それ本当に中将に渡すのか?」

「わ、渡すよ」

「本当に?」

「渡すってば!」

「嘘つけ! 用意した挙句、毎度『恥ずかしいからやっぱり無理』で終わっていただろうが! どうせ俺がいなかった五年間も、何も行動できていないんだろ」

「ほ、本当かって確認しておいて嘘とか断定するな、馬鹿ぁっ」


 そう、彼女はいまだ一度も、彼に贈り物をしたことがない。


 部隊や親しい者たちが集まってフロイデンを祝う宴会は、毎年行っている。ラヴィーネも毎回参加している。だというのに、彼女は個人的に贈り物ができないのだ。色々考えて贈り物を用意して、シャルがフロイデンを呼び出して舞台を作ってやっても、結局逃げ出してしまう。


 察するに、この五年間の相談相手はイルフェだったのだろう。そして彼も「またか!」と悟り、シャルに押し付け返したのである。


「こ、今年こそは! 今年こそは渡すんだもんっ」

「何が『渡すんだもん』だよ。なんであんたはそういうところで女の子になるんだ?」

「仕方ないだろ! 本当に好きなんだよ、中将のことがっ」

「そりゃよーく知ってますがね」


 シャルはそう言いながらシャーベットをスプーンですくって口に運ぶ。ラヴィーネが両手を合わせて頭を下げた。


「お願い、シャルっ! この通りだから、協力してくれ!」

「……一応確認だけど」

「な、なに?」

「中将の誕生日を祝いたいの? それとも、祝うと同時に気持ちを伝えたいの、どっちなの?」

「え、ええと……」


 ラヴィーネは口ごもり、しばし沈黙した後に言った。


「伝われば……いいんだけどね」

「そうだなあ、伝わるかが問題だよなあ。あのフロイデン中将だもんなあ」


 他人事のようにシャルは笑う。他人への気遣いは得意だが、自分へ向けられる気遣いや好意にはとことん鈍感なフロイデンである。ラヴィーネからの決死の贈り物に特別な意味があるとは、よもや考えまい。


「どうしたら伝わると思う?」


 ラヴィーネはすっかり悩める女子の顔で、目の前にある冷たい珈琲をスプーンでくるくると掻き回している。


「ずばっと言うしかないんじゃないの」


 短く告げたシャルだったが、彼が本腰を入れて相談に乗ってくれていることを悟ったラヴィーネは、少しばかり身を乗り出す。


「そ、それはともかくさ。根本的なことから聞くけど、男ってのは何をもらえたら喜ぶんだい? そう、シャル、あんた今何が欲しい?」

「皿が欲しいなあ。うちの皿、俺がいない間にじいさんが軒並み割っちまってたみたいだし」

「なんでそんな生活感ありまくりのことしか言えないんだい!」

「事実なんだから、仕方ねえだろ」


 シャルはシャーベットの最後の一口を食べ終え、その皿をテーブル脇に寄せた。


「実のところ、普段から使えるものじゃないともらってもあんま嬉しくないんだよ。少なくとも俺はさ。どんなに綺麗でも置物はやっぱり置物で、飾っておく以外に需要がないだろ。究極の節約生活をしていた俺からすれば、せっかくもらってもちょっと勿体ない話だ」

「……でも、使えるものだって、使い続けたら擦り切れちゃうじゃないか」

「そりゃ当たり前だな。確かに使い終えて捨てられちまうのは悲しいが、あの時誕生日にもらったものだからって捨てられなくて、結局ゴミになることだってある。……だからさ、腹に収めちまえばいいんだよ」

「腹に収める?」


 シャルは頷いた。


「土壇場で逃げる癖のあるラヴィーネが、絶対に逃げずに済む方法を、俺は提案する」

「……そ、それは?」

「ずばり、『男の胃袋を掴め』だ」

「――は?」

「今年のフロイデン中将の誕生日の祝いは、じいさんの家でやることがもう決まってる。ラヴィーネ、あんたが料理を作るんだ」

「うええぇっ!?」


 思わず大声をあげて飛び上がったラヴィーネは、当然のごとく店内にいた他の客たちの注目を浴びた。赤面して椅子に座り直したラヴィーネは、幾分か声を抑えてシャルを詰問する。


「私が料理を作るって、あんた正気!? 私の壊滅的な料理の腕は知ってるだろ!?」

「それを克服するんだよ。中将だってラヴィーネの料理下手は知ってるんだ。けどラヴィーネが料理を作って、中将にこう言ってみ? 『中将のために頑張って練習したんです』って」

「う、なんてベタな……」


 ラヴィーネは眉をしかめた。彼女の剣の腕は並みの新人騎士に軽く勝るが、代わりに家事はてんで駄目なのだ。一度克服しようと試みたのだが、とても食べ物とは思えないものが完成したのを見てシャルもさすがに匙を投げた。しかし彼はもう一度それをやれと言う。


「でも、うまくできないし……」

「まだ二週間もあるだろうが。付き合ってやるから、本気でやるぞ」

「……本当に付き合ってくれるのかい!?」

「ああ」


 シャルは素っ気なく頷いた。感激したラヴィーネだったが、ふと不思議そうな顔になった。


「なんかやけに優しいね。どうして?」

「どうしてって……俺がいまどういう気持ちか、教えてやろうか」

「うん」

「『てめぇら、面倒だから早くくっつけ』」

「……」




★☆




 かくして、シャルによる料理講座が始まったのである。夕方から夜にかけてシュテーゲル邸でラヴィーネはみっちり料理の勉強をしている。前回だったら一度失敗した途端に諦めていたラヴィーネだったが、めげずに続けるあたり彼女の本気が伝わってくる。


「最近、ラヴィーネが任務終わりにシャルの家に行っているようだけど。何をしているんだ?」


 不意にフロイデンがそう尋ねてきて、柄にもなくシャルはぎくりとした。シャルは視線を明後日のほうにむけつつ、ぎこちなく答えた。


「あー……その、俺が調合した薬が欲しいって言うんで、色々と」

「薬? 彼女、どこか具合が悪いのか?」

「いや、そうじゃなくて、健康のためですよ。何事も予防が基本ですからね」


 そそくさとその場を立ち去ったシャルの背中を見つめながら、フロイデンは顎をつまんで呟いた。


「……ふたりとも、実は付き合っていたりして。意外とお似合いかも……」


 それが聞こえてしまったイルフェは苦い顔で笑い、こう思ったものである。


(ラヴィーネ先輩、不憫だな……)


 そんなこともいざ知らず、シャルによる特訓は続く。


 材料の調達はすべてシャルが行った。安いものを買って美味しく仕上げる、これ自炊の基本。そうしてシャルは色々と市場を物色していたのだが、ひょんなところでレオンハルトと遭遇した。彼はもちろん、シャルがラヴィーネのために奔走しているのを知っている。シャルが教えたわけではないが、どこからかそういう情報を仕入れているのである。


「なんか面白そうなことをしているね、シャル」


 にこにこと笑ってそんなことを言うので、シャルは肩をすくめた。


「なんなら代わってやろうか?」

「謹んでお断りするよ。料理を教えられるほどの技術は持ち合わせていないからね」

「ちょっとは協力しろよ。教える時間と労力もでかいが、食材費も馬鹿にならないんだ。俺らの先輩の恋路のために、ほれ」

「え、ちょっと……参ったなあ、今回は傍観者でいるつもりだったのに」


 シャルは体よくレオンハルトという名の『財布』を手に入れたのである。金銭に最大の価値を置かない貴族さまは実に気前がよく、更にその容姿と生まれ持ったずる賢さで、大抵の店で値切りを成功させてくれる。本当に便利な人間である。


 二週間などあっという間に過ぎ、いよいよフロイデンの誕生日当日となった。一足先にシュテーゲル邸へ集まったラヴィーネは、酷く心細げにつぶやいた。


「だ、大丈夫かなぁ……ねえシャル、ちゃんと食べられる料理だと思うかい?」

「そんな領域はとっくに超えてるよ。俺が教えたんだ、うまくできてるに決まってるだろ」

「やっぱり自信ないよぉ」

「……すごい、ラヴィーネ先輩が乙女になってる」


 ぎょっとしたようにそんな感想をもらしたのはイルフェである。隣に佇むシュテーゲルも、だいぶ白くなっている髪の毛を掻く。


「ラヴィーネも、実はちゃんとした女だったんだなあ」

「そこ、余計なこと言うな。ここまで来て逃げられちゃたまんねえよ」


 シャルにぴしゃりと叱られ、イルフェとシュテーゲルは沈黙した。と、玄関のベルが鳴った。ラヴィーネが硬直する。シャルが食堂から出て行き、すぐに玄関を開けた。


 言わずと知れたフロイデンの到着である。玄関に佇むフロイデンはにっこりと笑った。


「中将。待ってましたよ」

「こんばんは、シャル。今日は呼んでくれて有難う」

「何言ってるんですか、中将が主役なんですよ。さ、どうぞどうぞ」


 集まっているのはシャル、シュテーゲル、ラヴィーネ、イルフェのみで、騎士隊の中でも特に親交のある者だけだった。レオンハルトやアーデルがいない分、そんなに騒ぐような宴会にはならない。いうなれば夕食会だ。


 食堂に入ると、シュテーゲルらが笑顔でフロイデンを迎えた。


「ようフロイデン、お前も今年で三十五か」

「中将、誕生日おめでとうございます!」


 シュテーゲルとイルフェはそう祝ったが、ラヴィーネは緊張からか「おめでとうございます……」と呟いたきり硬直している。シャルは肩をすくめ、一同に座るよう促す。


 食卓には既に料理が並べられていた。メインはトマト味に炒めた米に、焼いた卵を被せた――いわゆる、オムライスであった。それにサラダやスープが付き、米を好むフロイデンには嬉しい料理ばかりであった。


「や、美味しそうだね。シャルの御手製?」


 フロイデンがそう尋ねたのはごく自然なことだろう。しかしシャルはにやりと笑う。


「今日は俺じゃないですよ」

「え?」


 おずおずとラヴィーネが口を開く。


「わ……私が、用意しましたっ」

「ラヴィーネが?」

「は、はい。その……中将の、ために。頑張ったんです」


 シャル曰く「殺し文句」を発したラヴィーネに、最初こそ驚いていたフロイデンは優しく微笑んだ。


「そうか……有難う、嬉しいよ」


 それだけでラヴィーネが顔を真っ赤にする。


 五人で乾杯をしたあと、各々フロイデンへの贈り物を差し出した。フロイデンがずっと探していたという本をやっとのことで見つけたイルフェが、その本を贈る。シュテーゲルからは葡萄酒の瓶を一本。何気に一番喜んだのは、シャルが贈った米五キロだったような気がする。


 料理の味は、シュテーゲルらが「このラヴィーネが本当に作ったのか!?」と疑うほどの出来栄えだった。ちょこっとシャルが手を加えたところもあるが、正真正銘ラヴィーネの手作りである。この二週間、オムライスを作ることだけに集中してきたので、文句なしの味だ。フロイデンからも高評価で、ラヴィーネはほっとしたようだ。


 食事も済んだあと、シャルが片付けを行った。ラヴィーネの勝負は、実はここからである。


「ふ、フロイデン中将!」


 決死の覚悟でラヴィーネがフロイデンに声をかける。そんなに距離はないのに大声で呼ばれ、フロイデンがびくりとする。


「な、なんだ、ラヴィーネ? そんな大声を出して」

「中将に、お渡ししたいものがっ」


 そう言ってラヴィーネは、背後に隠していた袋をさっとフロイデンに差し出す。それを受け取ったフロイデンは、相変わらず穏やかに微笑む。


「ラヴィーネも用意してくれていたのか。有難う、開けてもいいかな」

「ど、どうぞ」


 がさがさとフロイデンが包装を解いていくのを、誰もが注目していた。そうして中から現れたのは、取ってのない陶器のカップだった。


「これは……」

「……湯呑、です。中将は、お茶を好むと聞いていたので」


 フロイデンの故郷では、この湯呑で茶を楽しむ文化があるのだとか。ラヴィーネはそれを覚えていたので、それを贈り物に選んだのだ。「珍しく趣味が良いな」とシャルに突っ込まれながら。


「可愛らしい湯呑だな。大事にするよ」

「……それ!」

「え、これが?」

「その湯呑っ、ペアで売ってたんです! 片方は、私が使ってもいいですかっ!?」


 察しの良い人間なら、そこで分かったであろう。だが相手はフロイデンである。


 シャルが台所から、盛大に咳払いをした。それが聞こえたラヴィーネはぐっと呻き、言い直した。


「……フロイデン中将が、好きです。その……貴方が上官だからとかじゃなくて、私は一人の女として、一人の男性である中将が好きです」

「ラヴィーネ……」


 笑ってはいけないところだ。それを自覚しているからこそ、シュテーゲルはあえてふたりから視線をそらし、イルフェはそそくさと廊下へ出て行く。


 緊張が限界だったのか少々涙目になっているラヴィーネの頭に、ぽんとフロイデンが手を置いた。ラヴィーネがフロイデンを見上げると、彼は少々照れくさそうな表情で笑って見せた。


「……私も、君と一緒にこの湯呑で茶をしたいな」

「――ほぇ? どういう意味……」


 呆けたような生返事をしたラヴィーネに、我慢できなかったのかシャルがくつくつと笑う。


「阿呆かっ、てめぇのほうが中将よりよっぽど鈍感じゃねぇかっ……くくくっ」


 要するに互いに、直球の言葉でしか理解しあえないということか。フロイデンが頷く。


「私も、君の上官としてではなくて、ひとりの男として君が好きだよ」

「……!」


 やっと意味を理解したラヴィーネの目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。それを見てフロイデンが慌てる。


「わっ、ちょ、泣かないでくれ……!」

「だ、だってぇ……!」


 周りのことなどすべて忘れたかのように、ラヴィーネは勢いのままフロイデンに抱き着いた。フロイデンはラヴィーネを抱き留め、困ったように背中を撫でてやる。


 シャルが爆笑しだしたのも、ラヴィーネとフロイデンには聞こえない。シュテーゲルがぼそぼそとイルフェに耳打ちする。


「……こういうのを、いま世間では『公開処刑』というんじゃないのか?」

「ええっと……お二人とも嬉しそうですから、多分いいんですよ、これで」


 イルフェも恥ずかしさで真っ赤になっている。俗にいう、「聞いているこっちが恥ずかしい」状態であった。


 ともかくも、ラヴィーネの十年越しの恋は見事に成就したのであった。

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