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不遜な騎士と仮面の王子  作者: 狼花
2章 安らぎの時
20/51

03.宴会なんてろくなもんじゃねえ

 休暇最終日の夜。中流階級の住宅地にあるシュテーゲル邸では、豪華な面々が揃って宴が催されていた。


 招待された、というより、呼ばれもしないのにやってきた者がほとんどである。まずは主催者のシュテーゲルにシャル。そしてレオンハルト、フロイデン、さらにラヴィーネ、アーデル・キーファーである。昔から付き合いのある人々だけの、小ぢんまりとした宴会だ。だが軍部の幹部という幹部が揃っているので、一応誘ってみたイルフェなど「そんなところには入れません!」と固辞したくらいである。


 もっとも、何かの密会ではなく単なる飲み会なので、イルフェが思うほど堅い場ではない。


 そして六人が食べるための料理を大量生産しているのは、シャルであった。


「くっそ……なんで俺が働かなきゃいけねえんだよっ。デリバリーでもしろよ……」


 店によっては、事前に料理を注文しておけば指定した時間に家まで届けてくれる宅配サービスを取り入れている食事処もある。勿論船に乗って届けてくれるので、それはそれで風流ではある。が、急なことだったためシャルもそこまで気が回らず、結局こうなってしまったのだ。


 悪態をつきながらも、シャルは手際よく同時に数品の料理を仕上げていく。食堂のほうでは楽しそうな笑い声が聞こえてきて、さらにシャルはむっとする。そこへフロイデンが現れた。あまり酒は得意ではないそうなので、いつも宴の席では控えめなフロイデンである。大体、酔いつぶれた人々の後処理をやっていることが多い。


「シャル」

「ん、ああ中将。もしかして、酒がなくなったんですか?」

「いや、そうじゃないよ。代わろうかと思って」


 フロイデンは芸術的才能の塊のような人である。文学にも通じ、楽器も弾ければ絵も描ける。料理だって、下手をすればシャルよりうまい。とことん剣が似合わない人なのだ。


 そしてこういう気遣いができるのも、酒の席ではフロイデンだけ。


「シャルはその料理を持って行ったらそのまま座りなよ。あとは私が引き継ぐから」

「じゃ、お言葉に甘えます」


 シャルはほっとして頷いた。大きく伸びをしてから、作り終えたばかりの料理の大皿を持ち上げる。と、フロイデンが声をかけた。


「ね、シャル」

「なんですか?」

「またよろしく頼むよ」


 フロイデンの穏やかな笑顔に、シャルも頷いて笑みを浮かべたのだった。


 食堂では四人の人間が楽しそうに話をし、酒を飲み、料理をつまんでいた。既に十五分ほど前に出した野菜の肉詰めの大皿は空になっている。それらを取り下げて新しい皿を置くと、ほろ酔い加減のラヴィーネが声をかけてきた。


「あれ、シャル。フロイデン中将は?」

「料理係を代わってくれた」

「えっ、ということはこれから中将の手料理が食べられるの……!?」


 酒以外の理由で頬を赤くしたラヴィーネに白い目を向けておいて、シャルは隣の貯蔵室から新しい葡萄酒の瓶を取ってくる。それをシュテーゲルに渡すと、早速彼は栓を開けた。


「シャル、お前も飲めや。俺たちはお前の復帰を祝うために来たんだからな」


 槍歩兵隊のキーファー中将が、そう言って酒を薦めてくる。シャルは肩をすくめた。


「よく言いますねえ、主役を差し置いてたらふく飲み食いしておいて」

「それは事前にデリバリーを頼んでおかなかったせいだね」

「俺が悪いのかよ」


 本当に酒が入っているのかと思うほど顔色が変わらないのはレオンハルトだ。彼はにっこり笑って、葡萄酒のグラスを傾けている。


 アーデルがシャルの分を差し出した。それを受け取ったはいいが、シャルは赤い葡萄酒をじっと見つめたまま動こうとしない。アーデルが首を傾げた。


「どうした?」

「……酒、飲んだことないんですよ、俺」

「ええっ!?」


 驚愕の声はラヴィーネのものである。


「そりゃ、退役したときのあんたはまだ十九だったけど、この五年間成人してから一度も飲んでないっていうのかい?」

「俺にとってアルコールは消毒用だ」

「そりゃまた極端な……」


 ラヴィーネの呆れも一応理解はできる。が、どうしてもシャルは酒を飲もうと思わなかった。フォロッドで高い金を払って酒を買うなら、その金を食料品や衣類に回したい。シャルはそういう人間である。


「まあものは試しだ。飲んでみろ、価値観変わるかもしれねえぞ」


 アーデルに促され、渋々シャルは赤葡萄酒を少し口に含んだ。じっくり口内で味を確かめてから、それをゆっくり咀嚼する。みなの視線が集まっているのを感じながら、シャルは一言。


「……美味いとは、思えないな」

「このお子様めっ」

「いってっ! 急に殴んな!」


 シュテーゲルに頭をど突かれるという不条理に反論する。レオンハルトは楽しそうに笑った。


「飲み続ければ、シャルにも味の良さが分かるんじゃない?」

「そうだね、私も初めて飲んだときは似たような感じだったかもね」

「シャル、男は酒の飲み方を身体で覚えるもんだ。今から俺と飲み比べをしねえか?」

「しないしない。絶対拒否」


 とんでもないことを言いだしたアーデルを慌てて退ける。


「いいっすか、キーファー中将。酒の飲み比べとか一気飲みっつうのは冗談じゃなく命に関わるんですよ。急性アルコール中毒にだってなるし、時には吐瀉物が喉に詰まって窒息死ってことも……」

「食事中になんて話をするんだい」


 ラヴィーネにまではたかれる始末だ。シュテーゲルは魚の揚げ物を食べながら言う。――勿論シャル作の揚げ物は、小骨もしっかり取り除いてある。


「まあ注いじまったんだから、その一杯はちゃんと飲めよ」

「へいへい……」


 話の内容に、仕事関係のものは何一つなかった。そう言えば商店街にこんな店ができた、とか、あそこのパンは美味いんだぞ、とか、こんな演劇をやっているが観に行ってみないか、とか。どこの学生だよ、とは言わずに黙って聞きながら、シャルは飲みたくもない葡萄酒の処理に追われていた。


「お待たせしました、追加しますよー」


 のんびりとした声とともに、フロイデンが空になった皿を下げて新しい料理を出す。相も変わらず、料理上手な人だ。盛りつけにシャルより拘る分、目の前に出されれば数倍「美味しそう」と感じる。


 が、あまり見慣れた料理ではなかった。シュテーゲルがフロイデンを見やる。


「これは何なんだ?」

炒飯(チャーハン)ってやつですよ」


 異国の食材として、米というものがある。異国の食材とはいっても普通に流通しているし、シャルもシュテーゲルも割と米料理を好むから、家には備蓄がある。それを数種類の野菜と卵で炒める、フロイデンが作ったのはそういった料理であった。その米料理の盛んな地が、フロイデンの先祖の生まれ故郷である。直接にはフロイデンもその国に行ったことがないが、本などの知識である程度のことは知っている。これらの料理も、レシピを漁って探し出したのだろう。


「つい自分が食べたくなっちゃったんで。味は保証しますよ」


 フロイデンはそう言って一度台所に引き下がると、綺麗にカットした果実の盛り合わせの皿を持ってきた。と、そこで、シャルが食卓に突っ伏しているのに気づく。フロイデンは瞬きをし、その傍に歩み寄ってシャルの肩を叩いた。


「シャル? どうしたんだ?」

「……なんか、気持ち悪ぃ……」


 顔を上げたシャルの表情には、酒による赤みなど一切なく、むしろ血の気がなかった。フロイデンが心配そうにシャルの顔を覗き込む。


「大丈夫か? 果物でも口に入れれば、少しはさっぱりするんじゃないかな」

「いや……それより、水が欲しい……」


 そう呟きながら、シャルはふらふらと立ち上がった。そして歩き出そうと一歩踏み出した瞬間、シャルの身体は崩れ落ちた。


「えっ、ちょ、シャルっ!?」


 珍しくも、フロイデンの焦る声をみなは聞いたのであった。




★☆




「はは、まさかこんなにもシャルが酒に弱いとはねえ。クライスさんがかなりの酒豪だったから、てっきり君も大丈夫なものだと思っていたよ」

「俺だって信じられねえっつの」


 シュテーゲル邸二階、シャルの自室。いまベッドで横になっているのはシャルで、脇にある椅子に座り、団扇で風を送ってやっているのはレオンハルトである。


 ぶっ倒れたシャルはあのまま三十分ばかり意識をなくし、自室のベットの上で目が覚めたらレオンハルトが傍にいたというわけである。起き抜けに親友から水を大量摂取するように言われ、水をがぶ飲みしてしばらく休んでいるところだ。


「どうにも君の場合は、酒が弱いとか飲み方が下手とかそういう次元じゃなさそうだからね。君にとって酒は毒物というわけだ。今後は口にしないように気をつけなね。間違っても消毒用アルコールを飲んだりしないように」

「誰がそんな阿呆をするかよ。言われなくとも、二度と飲まん」

「そして付き合いの席で酒が飲めずに、そのたびにお子様と言われるわけだ」

「お子様で結構だぜ」


 開き直ったシャルはひとつ溜息をつくと、やはり酔っぱらった様子のないレオンハルトをじっと見つめた。


「……お前、酒強いんだな。まあお前がべろべろになってたら引くけど」

「嗜む程度にはね」

「嗜む程度の量じゃなかったろ、お前が今夜飲んだのは」

「実は我が家の血筋の人間は、飲んだアルコールを体内で分解する速さが常人の二百倍ほどなんだ。だから喉に流し込んだ瞬間にアルコールは消えて、僕は絶対に酔わないという体質でね」


 沈黙したシャルは、まじまじとレオンハルトを見た。


「え、お前……」

「……ちょっと、嘘に決まってるでしょ。なんでそんな本気で吃驚したような顔をしているんだい」

「いいか、よく聞け。お前の言うことはどれも真実にしか聞こえない」

「逆に言えば、それが本当でもおかしくないと思われているくらい、僕は変人ってことか」

「なんだ、よく分かってるじゃないか」


 自覚があることに本気で感心したシャルだったが、レオンハルトの優美な指がシャルの額にデコピンを食らわせた。お仕置きらしい。


「まあ君は一応病人だし、それでなくとも僕は紳士だから、このくらいで許してあげるけどさ」

「紳士を語るか、その口が。世も末だな」

「……許してあげるけどさ、これでもし明日二日酔いで叙任式を欠席でもしたら、今度は弓で殴りに行くからね」

「てめえ一度のみならず二度までも。弓箭兵のくせに、身体の一部ともいえる弓を殴打用の武器にするのか。それは俺が剣で魚を捌くのと同じくらいの冒涜だと思うぞ」

「うわあ、使いにくそう。三枚おろしどころじゃなさそうだね」

「――ああもう、くそっ。何の話をしてたんだよ、俺たちは」


 シャルは苛立たしげに髪の毛を掻き回した。いつものことだ、こうやってどんどん関係のない方向へ話が流れていく。苛立ちを強調しているが別にシャルはこういう打てば響く会話は嫌いではないし、レオンハルトはむしろ好んでそういうふうにしたがっている節がある。


「とりあえず、王太子の護衛を任されるのに欠席するほど不心得じゃねえよ。ちゃんと行くから安心しろ」

「了解。とりあえず君はもう休んだほうがいいよ。僕はもう少し下で騒がせてもらうけど」

「まだ飲むのかよ……」

「大丈夫、後片付けはしていくから」


 団扇を棚の上に置いたレオンハルトは、立ち上がってから「そうそう」と何かを思い出したように振り返る。


「本当のこと言うと、これでも僕は酔ってるよ。ちゃんと酒は入ってるからね、顔に出ないだけで」

「ほんと、表情変わらないよな……」

「うん、それも人前だから。性分的に、他人が傍にいるとどうしても気が抜けないんだ。『身分を弁え、緩んだ姿をさらすな』と子供のころから言われ続けてきたから、癖でね」


 大貴族であるレオンハルトだ。弱みを見せれば付け込まれる可能性がある。そうなればアークリッジ家、ひいてはインフェルシア王家まで悪影響を及ぼすかもしれない。どれだけレオンハルトが幼いころから厳しく教育されてきたか、シャルには想像がつかない。


「だから一人になると箍が外れて、目も当てられないくらいの醜態を晒すんだよ。我慢していた分、反動が大きくてね」

「想像できねえ」

「しなくていいよ、恥ずかしいから。……でもさ」

「うん?」

「こんな恥としか思えないような話を暴露してしまうあたり、僕はちゃんと酔ってるんだよね」


 シャルは瞬きし、ふっと笑みを浮かべた。


「酒が入ると心が弱くなる人間もいるぜ?」

「はは、きっと僕はその部類の人間だね」

「――聞かなかったことにしておいてやるよ。お前の名誉のために」

「そうしてくれると助かる」


 レオンハルトは笑みを浮かべ、今度こそ部屋を出て行った。一人残されたシャルは思う。今度からレオンの本音が知りたいときは、酔わせるといいかもしれない、と。


 常に緊張状態のレオンハルトは、酒が入るとその鉄仮面に綻びが生じ、そしてシャルの前でだけ本音という弱さが出る。意外な弱点だ、羞恥心など持ち合わせていないようなレオンハルトが「恥」を称した醜態も、いつか見てみたいものだ、と親友らしからぬことをシャルは考える。


 宴会はまだ続く。片付け等はフロイデンとレオンハルトがやってくれると信頼していたから、シャルは大人しく眠ろうとして目を閉じた。しかし、階下から聞こえてくる賑やかな声が、いちいちシャルの神経に棘を突き刺した。安眠どころではない。


「……あいつら、俺の無様を肴にしやがって……」


 会話が聞こえているわけではないが、シャルには手に取るようにわかったのだった。どうやら宴が終結するまで、シャルも睡眠という名の静寂に逃げることはできそうもなかった。

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