第三章 エクストラ使い(2)
場所は変わらず表通りの路上。先と異なるのは、死神やら騎士やらの異形はなく、全員が人間の姿に戻っているという事だろうか。
俺の前には小夜子ちゃんと同じ白嶺学園初等部の制服を着用した少年少女が立っている。
「羽山翔太だ」
そう名乗ったのは、最初に斬りかかってきた西洋鎧に変身する少年である。
全員クラスメイトなので同い年という事は知っていたが、この羽山翔太君はもう中学生に見えるほどに成長している。
流石に俺と比べれば身長は低いが、小学五年生で160センチ以上あればかなりのものだろう。
その発育振りは俺の小学生時代を彷彿とさせるが、決定的に違うのは彼の容姿が綺麗に整っていることだろう。
サッカー部のエース、みたいな表現が似合う何とも爽やかな容姿だが、今は俺と言う不審人物を前に、大いに眉をしかめて睨みつけてくる。
高校生男子もどん引く凶悪フェイスの俺に向かってメンチを切るとは、かなりの胆力の持ち主だろう。
「私は坂本麻耶です。さっきはごめんなさい、てっきりモンスターだと思って」
この小夜子ちゃんと同じように礼儀正しい喋り方をするのは、あのイルカとも狼ともつかない不思議な獣に変身する少女だ。
四人の中で唯一の女の子ということで、消去法的に彼女が小夜子ちゃんの言っていた友人だろうと判明する。前に聞いた「麻耶」という名前とも一致するし。
しかし、この子もこの子で発育が良い、いや、決していやらしい意味では無く、純粋に大人びていると言いたいのだ。
可愛いよりも綺麗、と言うほうが似合い始めているクールな容姿に、かけている眼鏡がより彼女を理知的に見せている。
クラス委員長か風紀委員長みたいな肩書きが似合いそうだ。
ちなみに、少し離れてモンスターの襲来を警戒するように立つ二人の少年、赤い魔法使いとモノアイロボのエクストラ使いだが、こちらは歳相応に見えてちょっと一安心だ。
魔法使いは丸い眼鏡の細身、ロボの方はやや太めと、なんだかそれなりにエクストラのイメージに合った容姿をしている印象を受けた。
さて、とりあえずは目の前に立つ二人との話し合いの続きである。
「いや、あの状況じゃあ仕方ないよ、怪我もしてないし、気にしないで」
怪我どころか下手すれば死にかねない強烈な攻撃に晒されたが、ここは年長者として冷静に振舞わねばならない。
相手が素直に頭を下げているなら、尚更である。
「ほら、翔太も謝んなさいよ、アンタが真っ先に飛び出していったんだから!」
「うっせーな、別にいいだろ」
反省の色が見えないと、少しばかりカチンと来るが、まぁ、大目に見よう。
「このオッサンも気にすんなつってんだし」
お、オッサンだと……落ち着け、所詮は子供の戯言だ。
「さっきの事はもういい。それより、どうする小夜子ちゃん?」
半ば苦笑を浮かべながら、俺の背中に隠れるようにしている小夜子ちゃんに意見を求める。
最初は彼女が満足するまで付き合って、それから仲間に会いに行けば良いだろうとほとんど考え無しに思っていたが、よくよく考えれば、彼らが単独行動をする小夜子ちゃんを心配して探しに来るのは予想して然るべきだった。
彼らに余計な心配をかけたという点では反省せざると得ない。
「わ、私は、まだ黒乃さんと一緒にいたいです」
「なっ、おい! 小夜子、そんな――」
「翔太はちょっと黙ってなさいよ。ねぇ小夜子、まずは今までどうしてたのか、ちゃんと聞かせてくれない?」
何とも冷静に語りかける坂本だが、羽山にアイアンクローをかまして黙らせているのがシュールだ。 今時の女子小学生ってみんなこうなんだろうか。
「小夜子ちゃん、この機会だ、ちゃんと話した方がいいだろう」
どこか躊躇う素振りを見せる彼女の背中を押して、友人である坂本の前に立たせてやる。
「はい、分かりました黒乃さん。麻耶、私ね――」
「うん」
「ちょ、麻耶、先に離せ、手を離せっ!」
無事に羽山が恐怖のアイアンクローから解放されたところで、小夜子ちゃんは彼らに向かって話し始めた。
守られてばかりの自分が嫌だったこと、みんなと一緒に戦えるくらい強くなりたかったこと、そして、俺と出会ってから一緒にモンスターと戦闘を重ね、新しい装備が出せるまでになったこと。
しかし、俺の活躍がちょっと美化して語られたのは少しばかり恥かしかったが、特に突っ込まないでおいた。
「なるほど、そっちはそっちで何とかなってたみたいね。怪我もしてないみたいだし、良かったわ」
凡その事情を察してくれた坂本は、ホッと安堵の息をついてから、
「ごめんね、私、そこまで小夜子が悩んでること、分かってあげられなかった」
「ううん、私の方こそごめんね。勝手に飛び出したりして、みんなに心配かけちゃった」
どうやら、上手く和解は成立したようだ。小夜子ちゃんは理解のある良い友人をもてたようである。 俺もそういう友達が欲しいな、いや、今は考えるまい。
「良かったな小夜子ちゃん、これでもう、みんなの元に戻ってもいいんじゃないか?」
「あっ、はい……そう、ですね」
あまりこういう事を考えてなかったのだろうか、小夜子ちゃんはどこか驚いたような表情をしている。
「あ、あの、黒乃さんは、どうするんですか?」
「俺? ああ、そうだな、俺は……」
どうしようか、俺も一緒に彼らの仲間に入れてもらうべきだろうか。
しかし、小学生グループに堂々と高校生が混じるというのは、改めて考えれば気が引ける。
彼らとしても、こんな同級生でもビビる強面の野郎が一緒に居ては落ち着かないだろう。
この夢の世界は、まぁモンスターが出現するので仲間は大いに越したことは無いが、ボスも難なく倒せたことだし、俺一人でもやっていけるような気がする。
変に彼らとギクシャクするよりは、俺は単独行動していた方が良いだろう。
そこまで考え、俺はその結論を口にしようとした時だった。
「俺はこのオッサンを絶対仲間になんかしねぇからな」
先手を打って、羽山が俺の仲間入りを拒絶した。
「ちょっと翔太、アンタまた――」
「馬鹿、どう考えてもコイツは怪しいだろ!」
断言する羽山の台詞に、思わず坂本も押し黙った。
いや、彼の言う事も十分に理解できたのかもしれない。
「絶対ロリコンだぜ!」
「いや、ロリコンでは無い」
流石に突っ込まざるをえない。
小学生にしてマセたことを言いやがる、全く今時の、ってさっきからこればっかりだな。
「俺は断じてロリコンじゃないが、まぁ、君らが警戒するのは分かるよ」
「小夜子には指一本触れさせねぇからな」
ごめん、もう頭撫でたりした。
したが、あえて言うまい。余計な火種を巻くのは御免だ。
「……すみません黒乃さん、正直に言うと、私もまだ貴方のことは信用できません」
「えっ、そんな、麻耶!?」
俺がそういう風に見られることがよほどショックなのだろうか、小夜子ちゃんの表情は驚きで目を丸くしている。
少しは俺の事を思ってくれているんだな、という事が伝わってどこか嬉しく思う。
「いや、いいんだ。俺も無理に君達の仲に割って入ろうなんて思ってない。そもそも高校生と小学生だ、別行動の方がいいだろう」
改めて確認するまでも無く、俺が彼ら小学生にとって受け入れがたい存在であることが明らかになった。
流石に子供といえども拒絶の意思を向けられるのは心苦しいが、彼らから見れば、俺は得体の知れない大男だ。
自分のちっぽけなプライドを満たす為に、彼らを怖がらせることはできない。
「そ、そんな……黒乃さん……」
ただ、俺の事を心配してくれる小夜子ちゃんだけは、ここでお別れと言うのは寂しく思えてくる。
だが、ちゃんと同い年の友人達がいるなら、彼らと一緒にいるべきだろう。
それに、この四人は強力なエクストラを持っているのだから、俺といるよりもっと安全だろう。
特に羽山なんかは自分の身を盾にしてでも守ろうという気概が伝わってくる。やけに俺に敵愾心向き出しに突っかかってくるのも、彼女を大事に思っている心の現われだろう。
「小夜子ちゃん、俺は一人でも大丈夫だから、そんなに気にしなくていいよ。これからは、友達と一緒に頑張って」
「く、黒乃さん……私……」
今にも泣き出してしまいそうな小夜子ちゃんを、あやすように頭を撫でる。
サラサラと流れるような白銀の髪はどこまでも心地が良い、これで触り納めかなと思うと寂しく感じる。
「もし危ない時は、きっと助けに行くよ。それじゃあ小夜子ちゃん、友達と仲良くね」
名残惜しくも、彼女の頭から手を離す。
そのまま踵を返して、真っ直ぐ歩き始める。目的地は当初の予定通り春風神社だ。
「黒乃さん……黒乃さぁん!」
あえて振り返ることもしなかった。心優しい小夜子ちゃんは、こんな何でもない別れでも涙を流しているかもしれない。
そして、彼女の泣き顔を俺は見たいとは思わない、心臓に悪いからな、戻って抱きしめたくなったら困る。
そうして、俺はここでお別れとなった小夜子ちゃんを彼らに預け、久しぶりに一人歩きとなる夢の世界を行くのだった。
歩き去っていく黒乃の背中が見えなくなった頃、雪村小夜子の青い瞳から、溢れるように涙が零れ落ちた。
「そんな……黒乃さん……私と、一緒に戦ってくれるって……」
小さな独り言を嗚咽と共に漏らしながら、華奢な肩を震わせる小夜子の姿を見かねたのか、坂本麻耶は慌てるように慰めの言葉をかけた。
「もう、あの人と離れ離れってワケじゃないでしょ。そんなに泣かなくても――」
「……麻耶、どうして?」
彼女の言葉を遮るように、小夜子は振り向きざまに問いかけた。
「え、どうしてって?」
「どうして、黒乃さんを仲間に入れてくれなかったの」
涙はもう止まっているのだろうか。俯き加減で銀色の前髪が小夜子の目元を隠しており、はっきり確認はできない。
だが、そのやけに冷たい物言いから、泣き止んでいることは十分に窺い知れると同時に、
「え、ちょっと、小夜子……もしかして、怒ってるの?」
そう、仄かな怒りの気配を感じてならない。
「ねぇ、答えてよ、麻耶」
その、生来の輝きを失った瞳を見て、坂本麻耶は悟った。彼女は紛れも無く怒っているのだと。
友人である麻耶でなくとも、小夜子が発する憤怒の気配を察することが出来るだろう。要するに、それほどまでに尋常ならざる雰囲気をかもし出されているのだった。
この雪村小夜子という少女と付き合いが長ければ長いほど、今の彼女がどれほど異常であるか理解できるだろう。
白嶺学園初等部入学以来、実に五年もの付き合いの中で初めて彼女が明確に怒りを露わにするところを見れば、麻耶が切れ長の美しい目を驚愕で見開いてしまうのも当然だ。
「おい小夜子、お前ちょっとおかしいぞ、落ち着けよ」
だからこそと言うべきか、困惑する麻耶の代わりに、あの恐ろしい顔つきの高校生相手に全く怯まない度胸を持つ羽山翔太が声を上げた。
「アイツ、どう見たってヤクザだぜ。あんなのと一緒にいるのはヤベぇだろ」
「そ、そうよ、ヤクザかどうかは分からないけど、あの人は高校生だし、どういう人なのか私たちは全然知らないわ。いきなり仲間に入れるっていうのは……無理よ」
白嶺学園は名門などと謳われる類の私立学校である。故に、そこに在籍する生徒は頭脳明晰、全てとは言い切れないが、羽山翔太と坂本麻耶は、十分に理性的な危機判断能力を持ち得ていた。
無論、普通の小学生だったとしても、黒乃の大きな体と恐ろしい顔つきの前に、ナマハゲが現れたのと同じだけの恐怖心を示し拒絶することに変わりは無いだろうが。
「あのオッサンに何言われたかは知らねぇけど、あんま近寄るなよ。大人は信用できねぇ」
「ええ、あの人もエクストラを持っているようだし、もし襲われたりしたら、モンスターよりずっと恐ろしい相手になるわ」
二人の言い分は、至極もっともだと言えるだろう。
もし、この状況を小学生では無く、大人に置き換えたとしても、恐ろしい顔つきをした大男が相手となれば、彼らと同じような危機感を抱くに違い無い。
少なくとも、快く受け入れられるほど、黒乃の容姿は可愛らしいものでは無いのだから。
そしてそんな感情を、翔太と麻耶に勝るとも劣らない、小学生離れした明晰な頭脳と理性を備える小夜子が、理解できないはずがない。
「……いいよ」
だから、そうポツリと零した時、ようやく彼女が怒りの矛を治め、自分たちの意見を理解してくれたと二人は考えた。
だが次の瞬間には、それは全く逆の意味合いを秘めていたことに気づかされる。
「もう、いいよ……絶交しよう」
絶交。それは多くの小学生が勢いで口にする、ありふれた言葉であるように思える。
だが、小夜子の言い放った「絶交」は、この上なく本来の意味である交際の関係を絶つ事を、本気で実行しようとしているのだと分かった、いや、分からされた。
「え? そんな、嘘でしょ、小夜子?」
なぜなら、すでに小夜子の手には白銀の槍が握られ、そのモンスターを悉く穿ち貫く凶器たる刃の切先が、友人である、否、友人であった者へと向けられているのだから。
「ば、馬鹿なことすんなよ小夜子っ! なにやってんだよ!?」
流石の翔太も、小夜子の突然の凶行に驚愕の色を隠せない。
「馬鹿なのはそっちだよ。みんな、自分がどれだけ酷いことを言っているか、分かっているの?」
槍を構える小夜子の顔は、モンスターを相手にする時よりもよほど冷静な、いっそ冷徹と呼んだ方が適切なほどに無表情である。
そこには、つい先ほどまで肩を震わせて泣きはらしていたか弱い少女の面影は無く、粛々と罪人を裁く処刑人の如き異質な雰囲気を纏っている。
事実、槍は一歩踏み込めば、麻耶と翔太どちらの胸を貫けるように構えられている。
「黒乃さんは、私を必要としてくれた……黒乃さんだけが、私を、認めてくれた……一緒に戦おうって、言ってくれたの……黒乃、さん……」
「ちょ、ちょっと、小夜子、何言って――」
黒乃さん、黒乃さん、と呪詛のように呟く小夜子の異常な様子に、麻耶も理解が追いつかない。
「だから、ね、みんな、黒乃さんに謝って。ごめんなさいって言おうよ。黒乃さんはとっても優しいから、きっと許してくれるよ。そしたら、私も絶交しない、黒乃さんが許してくれるなら、私も許してあげるから」
そう微笑みながら訴えかける小夜子はしかし、普段、たまにしか見せない天使の様な愛らしい笑みとは全く異なって見える。
それはきっと、全く目が笑っていないから。
どこまでも澄んでいるはずのスカイブルーの瞳が、雷雲渦巻く曇天のように濁り曇っているからに他ならない。
それでも、言葉の内容そのものは理解するに足るものだった。
仲間に入れることを拒絶した非を詫びるか否か、それを問うている。イエスかノー、単純な二択に対する答えは、
「そ、それは……」
「そんな事できるかよっ! おい小夜子、お前、もしかしてアイツに何か変なことされたんじゃないのか!? 俺達よりアイツを信じるのかよ!」
明確な返答を避ける麻耶と、真っ直ぐな憤りを黒乃へ向ける翔太。
結果的に、両者の解答はノーということである。
「私も、みんなとは友達だと思ってた。でも、そんな酷い事を言うなら、やっぱり絶交するしかない、残念だよ」
と、さして残念そうに見えない無表情のまま、小夜子は目にも止まらぬ速さで槍を引き、そして、いつの間にか消し去っていた。
「私は黒乃さんとずっと一緒にいるから、もう探しになんか来なくていいよ、じゃあね」
そうして、小夜子は何の未練も無いように踵を返し、つい先ほど黒乃が歩き去った方へ向かって一歩を踏み出す。
「お、おい、小夜子……待てよ」
翔太の呼び止める声を無視して、小夜子は学校へ通学する時のように黙々と歩を進める。
このままではまた見失ってしまう、そう危機感を抱いたのか、小さくなりつつある小夜子の背中に向かって、力ずくでも行かせまいと決意した翔太は、
「待てよ! 小夜子っ――」
駆け出そうとした瞬間、目の前に白銀の槍が突き立った。
「うわっ!?」
あとコンマ一秒早く一歩を踏み出していれば、自分の足はアスファルトの路面に縫い付けられていただろう。
いや、刃の大きさを考えれば、足の甲と指が切断したかもしれない。それほどの際どい場所に槍は突き刺さったのだった。
ハッと気づけば、幻のように槍は消え去っていたが、それでも翔太は本能的な恐怖に思わず身を震わせた。
そんな彼が顔を上げてこの槍を投げつけた本人へ視線を向けたのは、半ば反射的な行動だった。
「ついて、来ないで」
その声こそ聞こえはしなかったが、永久凍土の如く暗く冷たいブルーの双眸は、何よりも雄弁に拒絶の意思を語っていた。
小夜子の姿が、春風山まで伸びる道路の向こうへ消えるまで、ついに誰もその場を動くことは出来なかった。
水平線の向こうへ完全に陽が没する、夢から醒めるまであと僅か、というタイミングで春風神社の長い石段を登りきった。
夢の中でここへ来るのは二回目。スライム軍団に襲われ、初めて死神の力で戦って以来だ。
「やっぱ、変わりなんてないよな」
やや色褪せた朱色の鳥居の向こうに広がるのは、どこの街にもあるような、寂れた小さな神社の風景。
二度目の夢を見た後に立ち寄った現実の春風神社と、なんら変わりは無い。
しかし、この神社こそが他の場所とは異なる特徴を持ち得ているのだ、何か夢の秘密に繋がる可能性があるとすれば、ここが一番高い。
だが、今回はもうあまり時間が無さそうだし、とりあえず本殿の中を確認するくらいが精々だろう。 やや罰当たりな気もするが、真実を探る為には致し方ない。
何の神様を祀っているのかは知らないが、ここは一つお目こぼしを――
「黒乃さんっ!」
「うわぁごめんなさい!」
まさか天より怒りの声を聞く事になろうとは――いや、待て、落ち着け、声は背後から聞こえてきたものだし、なにより、この小鳥のさえずりが如き麗しい声の主は、
「あれ、小夜子ちゃん? どうしたの?」
俺は神の怒りに思わず無様に謝罪したリアクションなど全く無かったかのように平気な顔で、そんな当たり前の疑問を口にした。
振り返り見れば、やはりそこにはついさっき涙(?)の別れを済ませたばかりの少女が立っている。
「やっぱり私、黒乃さんと一緒にいます」
なんていじらしい台詞を愛らしい微笑みと共に言われると、小学生相手でも男心が勘違いしそうである。
少々ヤバい思考になったが、まぁ、なんだかんだで、俺もかなり寂しく思っていたのだろう。
なんとも嬉しい申し出ではあるが、ただの勢いで飛び出してきたというのなら、俺がちゃんと止めてやらないとまずいだろう。
「もう仲直りもできたんだし、友達と一緒にいた方がいいんじゃないのか?」
流石に、あの短時間でまた喧嘩ということはないだろう。
そして、それを証明するように、小夜子ちゃんは朗らかに笑って答えた。
「ふふ、その事はもういいんです、ちゃんと話しましたから。その上で、私は黒乃さんと一緒にいたいと思ったんです。だから、また二人で頑張りましょう!」
羽山の様子を思えば、俺と小夜子ちゃんがコンビを組むことに難色を示しそうだと簡単に想像がつく。
だがそれを説得してまで、俺を追いかけてきてくれたということか。
果たして、俺が一人になってしまうことを哀れんでくれたのか、それとも純粋に仲間だと思ってくれているのか。
どちらにしても、彼女がここまで言ってくれたのだ、もう俺には拒否する言葉を出せそうに無い。
「そうか、ありがとう小夜子ちゃん」
そして、俺はさっきとは異なる喜びの感情を抱きながら、また彼女の艶やかな銀髪を撫でる。
滑らかな指どおりの銀糸は、いつまでも触っていたい誘惑に駆られる。
だが、何よりも魅力的なのは、恥かしそうにはにかみながらも、隠しきれない嬉しさを浮かべる彼女の表情だろう。
夢のような一時は、正しく本当の夢の終わりをもって、強制的に中断させられる。
気がつけば、太陽は完全に水平線の向こうへ沈みきり、その瞬間、突如として真夜中に切り替わったかのように、深淵の闇が桜木の街ごと俺の視界を覆った。
いつもと同じ、夢の終わりである。
「春風神社?」
夕食時、俺の問いかけに百合子さんは年頃の乙女のように小首をかしげてハテナマークを浮かべた。 その仕草が似合っているから恐ろしい。
「はい、ちょっと気になって」
実際はちょっとどころでは無い気にしようではあるのだが、深い事情など説明できるはずがない。
あくまで話の種の一つとして、さりげなく聞いてみる。
「うーん、普通の小さい神社よ? 足を運ぶのも秋のお祭くらいね」
百合子さんは、日々の生活の中でいかに春風神社と関わりが無いかを語る。
初詣も春風神社ではなく、別のもっと大きい神社を利用するらしい。
恐らく、ぽつぽつと願い事、それこそ受験に動揺する俺のような人々が利用するだけで、秋に行われるお祭が無ければ複数人が一度に集ることもないだろう。
まぁ、そうだろうと言うのは何となく予想はついていた。
ここで何かあからさまに怪しいイベントやら伝説やらがあれば、ネタとしてはバッチリなのだが、早々上手くは行かないらしい。
一応、ネットでも調べてみたが、ヒットするのは神社を紹介する個人のブログくらいなもので、得られた情報といえば春風神社の由来や祭神といった公式なものだけである。
ちなみにこの春風神社、伊勢神宮の系統らしく、祭神は天照大神である。ありがたくはあるが、凄い特徴があるとも言えない。
「あ、そうそう、春風神社と言えば、ついこの間の遠足で、亜理紗が迷子になったのよ」
何か有力情報かと思いきや、百合子さんの口から語られたのは、何とも現実的なエピソードであった。
俺の隣に座る亜理紗ちゃんが、心なしか気まずそうな顔をしている。
もしかして、気にしているんだろうか?
「迷子って、大丈夫だったんですか?」
「幸いにも怪我はしなかったけど、春風神社の境内で大泣きしている亜理紗を迎えに行ったわ」
「むぅー」
やはり恥かしい過去として認識しているのだろうか、亜理紗ちゃんはあからさまにむくれた表情をする。
だが、それもまた可愛い。
不純な気持ちを抱きつつも話を続けた結果、どうやら春風山は幼稚園、小学校と、遠足の定番スポットだということが判明した。
亜理紗ちゃんが小学生になったら、また同じ山道を歩くことになるらしい、今度は迷子にならないよう切に祈るばかりである。
小学生と言えば、小夜子ちゃんも春風山へ遠足に行ったのだろうか。
遠足のルートに春風神社が組み込まれていれば、現実でも行った事があるということだ。
いや、秋にお祭があるようだし、遠足なんて無くても、この街に住んでいれば一度くらいは足を運んだこともあるだろう。
むしろ、俺が春風神社に行った事がある、というのが、よりあそこが特別な場所である証拠になっているように思える。
ほんの気まぐれに訪れただけの場所が、あの夢において特別な意味がありそうなのだ、逆に何も関係無いと思う方が不自然だ。
しかし、だからといって何か異常があの場所にあるというワケでもない。
俺が合格祈願で訪れた時だって、特に罰当たりなことをした覚えは無い。
むしろ、そういう可能性があるのは、俺が一心に祈りを捧げている間、後ろのほうで騒いでいた小学生の集団――
「あ」
茶碗から箸で掴んだ白米を口へ運ぼうとした途中で、そんな間抜けな声が思わず漏れた。
「あら、真希那くん、どうかした?」
「ああ、いえ、何でもないです――」
適当に誤魔化しつつ、俺はふいに蘇った記憶を脳裏で必死にリプレイを繰り返す。
完全に思い出した。
あの時、俺の後ろで騒いでいた小学生の集団、その中に居たんだ。一目見れば忘れられない美しい銀髪の少女。そう、雪村小夜子だ。
彼女を見た時、どこかで見覚えが、というのは気のせいではなかった。
いや、小夜子ちゃんだけじゃない、もっとよく思い出してみれば分かる。
あの場には、羽山翔太と坂本麻耶、それと、あと二人男子がいたはずだ。
はっきり顔を覚えているほどではないが、改めてあの四人の顔を見た今となってみれば、それが一致することが分かる。
夢の世界に囚われた六人、その全員があの時、春風神社で一堂に会していた。これはもう、偶然の一言で片付けられる話じゃない。
やはり春風神社、あそこには間違いなく何かがある。俺達を夢の世界へ誘う‘何か’が。