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第三章 エクストラ使い(1)

 小夜子ちゃんと出会ってから一週間が過ぎた。

 高校生と小学生の差があるので、リアルで顔を合わせたのは最初の時だけだが、夢の中ではずっと行動を共にしている。

 基本的には、行動範囲確定のために桜木の街を東へ西へ行ったり来たりしている。

 ちなみに、夢の世界は入るたびに‘更新’されるので、自転車屋からパクったクロスバイクも、次に来た時には元の店内に戻されていた。

 毎回あの『サイクルショップ桜木』まで戻るのも面倒なので、移動はもっぱら徒歩である。

 たまに路肩に止めてある車に乗れれば楽なんだろうなとは思うが、キーが無ければどうしようもない。

 映画みたいに適当に配線を繋げてエンジンをかけるなんていう芸当は、ただの高校生にできるはずもない。

 そんな理由で今日も小夜子ちゃんと連れ立って無人の街を歩くのだが、やはりというか何と言うか、どこからともなく現れるモンスターは相変わらずである。

「なるほど、今日はゴブリンね」

 これが雑魚モンスターのスタンダードです、と言わんばかりに徒党を組んで登場したのは、緑色の皮膚に、猿と蛙を足して二で割ったような、潰れた醜い面構えの小さな人型。

 一体何の動物からとったのか分からない茶色い毛皮を腰に巻いたり羽織ったりした蛮族ファッションに、手には手作り感溢れる石の槍やら斧やらを持っている。

 中には武器を現地調達したのだろう、金属バットや鉄パイプを持っているヤツもちらほら見受けられる。

 果たしてこの緑のオランウータンみたいなヤツらが本当にゴブリンという名前なのかどうかは分からないが、

「はい、ゴブリンです」

 小夜子ちゃんはじめ、先輩にあたる小学生メンバーの間でもコイツらをゴブリンと呼んでいるようなので、名前はこれでいいだろう。

 さて、呑気にモンスターの名前を確認しているが、向こうはこちらの事情などお構い無しにギャーギャー喚いて襲う気満々の様子である。例によって道の前後を塞ぐように現れているので、逃げるにしてもどちらか一方を蹴散らさなければならない。

 要するに、戦いは避けられないという事だ。

「それじゃあ、今日も背中は任せるよ、小夜子ちゃん」

「はい!」

 すでに慣れ始めた背中合わせのフォーメーションで、互いに武器を振り上げ威嚇するゴブリン共と対峙する。

 背後では小夜子ちゃんが槍を呼び出し、俺は死神の体を全身に纏う。

「よし、行くぞっ!」



 猿のようにピョンピョンと身軽に飛び跳ねるゴブリンに最初はやや翻弄されたものの、死神の圧倒的なスペックを生かして難なく排除に成功した。

 ゴブリンの腕力そのものは人間とそう代わりないように思えた、もっとも、大人のパワーで棍棒をフルスイングされれば痛いでは済まないが、死神の体にはスポンジをぶつけるが如しだ。

 一方、防御力に不安のある小夜子ちゃんだが、相変わらず巧みな槍捌きで全くゴブリンを寄せ付けなかったようだ。

 そうしてゴブリンの群れを首尾よく撃退したのだが、これも恒例と言うべきか、途中でスライムの群れも乱入してきた。

 もっとも、俺にとってはスライムほど倒しやすい敵もいないので、出てきた端から叩き潰してやったが。

 そうして十数分後、スライムの増援も底を突き、ようやく戦闘終了と相成った。

 食いしん坊の死神は、今回も俺の頭の上でスライムの核を煎餅でもつまむようにバリバリやっている。

 まぁ、無機物のスライムコアは食べてても良いのだが、ゴブリンみたいな生物の体をそのままを喰らっているのは未だに抵抗がある。

 せめて、俺の頭の上でムシャムシャするのは止めて欲しい。

 そんな勝利の余韻も無い複雑な心境でいると、

「やった、私、レベルアップしましたよ!」

 と、小夜子ちゃんの歓喜の声が耳に届いた。

「レベルアップ?」

 何のことだ、と思って振り返り見れば、彼女の首元には、今まで無かった白いマフラーが巻かれているのに気がついた。

 フカフカの毛糸編みではなく、絹のように滑らかな布地でなんとも肌触りが良さそうである。

「もしかして、そのマフラーのこと?」

「はい、これも新しく出せるようになりました」

 まるでクリスマスプレゼントでも貰ったかのように、純白のマフラーに顔をうずめて喜ぶ小夜子ちゃんには祝福の言葉を送りたいのは山々だが、それよりも、

「っていうか、レベルアップするんだ」

「え、知らなかったんですか?」

 いや、知らないよ。

 そこで、俺は改めてエクストラの‘レベルアップ’機能を知ることになる。

 なんでも、エクストラを使い続けると、形状が変化したり、新しい装備が出せるようになったり、これまで使えなかった技や魔法が使えるようになるらしい。

 それはほとんど戦闘をさせてもらえなかった小夜子ちゃんを除き、他の四人組がみなそうしてレベルアップし、より強力なエクストラ能力を獲得していったのだという。

「なるほど、強くなる、ってそういう意味だったのか」

「すみません、黒乃さんのエクストラってとても強いですから、もう何度もレベルアップしていたと思ってました」

 酷く申し訳無さそうな顔の小夜子ちゃん。

 うぉお、これは拙い、彼女の泣きそうな顔なんて心臓に悪すぎる。

 俺は亜理紗ちゃんをあやすように彼女の銀髪頭を撫でたりして怒ってないよアピール。

 最近は小さい子の頭を撫でる機会が随分と増えたなと思ったが、それはさておき、気にするべきなのはレベルアップの話である。

「なぁ、お前はレベルアップしないのか?」

 俺は現在進行形で頭の上で食事中の死神に、答えるわけが無いと思いつつも、問いかけた。

「黒乃さん、そうしていると独り言みたいですね」

「ああ、外からは俺の姿は見えないんだっけ」

 これも最近気がついたことなのだが、俺から見ると死神の体はホログラムのように半透明の状態で浮かび上がって見えるが、外から見ると完全に死神が実体化しているように見える。

 俺もこの前、ショーウインドウのガラスに映った自分の姿を見て、酷く驚いたもんだ。

 そして、これは他の四人も同じようで、だからこそ小夜子ちゃんは「変身」と言ったのだろう。

 そう考えれば、小夜子ちゃんと初めて出会った時、悲鳴をあげられたのは当然だよな。

 こんな死神がいきなり現れれば、どう考えてもボスモンスターにエンカウントしたとしか思えない。

 今は一緒に戦った経験が生きているのか、小夜子ちゃんは死神状態の俺を前にしても、全く怯えた様子は見られない。

 意外と肝の座った娘なのかもしれないな。

「よし、それじゃあそろそろ――」

 移動しようか、と言いかけた時、ふいにスライムコアを食べ終わった死神が、数メートル先に落ちているゴブリンの死骸に向けて手を伸ばした。

「おいおい、まだ食べるつもりか?」

 仕方無いから、手の届くところまで歩いてやろうかな、と思ったその瞬間、

「きゃっ!」

 死神の腕がいきなり伸び、小夜子ちゃんの目の前を通り過ぎた。

 いや、正確には伸びたのは腕そのものではない、手のひらから黒いロープのようなものが射出されたのだ。

「うおっ、なんだコレ、もしかして触手か?」

 やはり死神は俺の問いかけには答えずに、手のひらから合計三本の触手を伸ばして、道に転がるゴブリンの死体を拾い上げた。

 そうして、その場から動く事無く触手で獲物をとった死神は、大口をあけてゴブリンの体を頭から丸呑みするように平らげた。この横着者め。

 いや、そうじゃなくて、

「これがレベルアップ、なのか?」

「えーと、そ、そうなんじゃないですか?」

 残念ながらゲームではないので、気の利いたアナウンスや解説文などは表示されない。

 だが、この死神がいきなり出した触手は、よくよく見ればあのスライムの体からひねり出すゼリー状のものに、質感がよく似ていることに気づく。

 もしかして、コイツがモンスターを食べているのは、単純に腹が減っているんじゃなくて、相手の能力を奪い取るためなんじゃないだろうか。

「小夜子ちゃん、他の四人のエクストラは、色々な特殊能力を持ってるって言ってたよな」

「え、はい……あっ、それじゃあもしかして――」

 そうだ、これこそ俺の死神の能力なのかもしれない。

 相手の能力を奪う、コピー、いや、違うな、より正確に表現するなら、

能力吸収スキルドレイン、か」




 前回の夢で知られざる死神の能力が明らかになったが、それ以外にも収穫はあった。

 夢の滞在時間が長かったことと、あれ以来モンスターが現れなかったお陰で、霧の出現範囲の確認がかなり進んだ。

 夢から醒めたその日の内に桜木市の地図を広げ、確認した範囲を描き込んでいく。

 隣にはまたしてもお絵かきに興じる亜理紗ちゃんがいたか、今は置いておこう。

 霧によって封鎖されている範囲がある程度明らかになったことで、その形状にはっきりと規則性があることが判明した。

「円、ですか?」

 今は、再び夢の世界に降り立って、数日振りに会う小夜子ちゃんに俺は知りえた情報を話している。

「ああ、地図が手元にないから分かりにくいかもしれないけど、霧は大きく円を描くように街を覆っている」

 俺が赤ペンで描きこんだ地図上には、三日月のように大きな弧が描かれていた。

 それを見れば、まだ見ぬ先も同じようにゆるやかな曲線を描いて、一つの円をなしているのだと誰でも想像がつくだろう。

 無論、この一部だけがたまたまこういう形状になっているだけの可能性もゼロでは無いが、それはもう少し確認作業を進めれば明らかになることだ。

「それじゃあ、やっぱりこの辺りから外側へは行けないんですね」

「そういうことになるな、まぁ、霧の向こうに行けたから何があるってワケでもないけど」

 怪物が現れるパニック映画では、こういう閉鎖状態に陥ったせいで外に助けを呼びにいけないなんていうシチュエーションはよくある。

 だが、ここは夢の中なので、どこまでも行っても‘他の人’などいないのだ。

 そもそもここが夢という時点で、これ以上ないほど現実世界と隔絶されたクローズド・サークルなのである。始めから誰かの助けなど期待できない。

 遠くへは行けないものの、それとは逆に自宅へ帰ることは一応可能だ。

 霧の予測範囲のギリギリなところに俺が今お世話になっている黒乃家が立地している。

 まぁ、小夜子ちゃんの雪村さん家が何処なのかは分からないので何とも言え無いが。

「俺が気になるのは、外に行けないことじゃなくて、この円の中心だ」

 例えば、目の前に広げられた地図に大きく円が描かれていれば、多くの人はその円の真ん中に視線がいくのではないだろうか。

 そういう反射的な部分も含めて、円があればその中心点が気になるのは当然。

「それで、どうやらこの円の中心にあるのは、春風神社だ」

「えっ! 春風神社って……」

 この夢の世界にいる者なら、あの小さな神社を知らないはずが無い。

「あそこは俺達が最初に現れた場所だ。どう考えても怪しい」

 むしろ、今の今までスルーしてた俺がどうかしていた。

 だが、こうして霧の中心に位置するという、新たな疑惑が春風神社に向けられたことで、その怪しさを再認識できた。

「今回は春風神社を調べてみようと思う」




 春風神社へ向かう途中、俺が週間少年チャンプを立ち読みしたコンビニを通り過ぎたあたりで、赤犬にからまれた。

 赤犬、とは初めて小夜子ちゃんと出会った時に戦った、赤い毛皮の犬である。見た目そのままのネーミングで赤犬と呼んでいる。

 そして、その赤犬どもは例によって例の如く、何頭も連れ立って群れを形成している。

 だが、三車線の広い表通りの路上のど真ん中には、他の赤犬とは一線を画す巨体を誇る個体が堂々と立ち塞がっていた。

「デカいな、赤犬のボスなのか」

「わ、私もあんなに大きいのは初めて見ました」

 最早、犬というよりライオンと言った方が適切な大きさである。

 特徴的な赤い毛皮は他の犬と同じだが、その獰猛な面構えに、大きく伸びた牙と爪は、野生の猛獣に勝るとも劣らない力強さを秘めている。

 もしもリアルでこんなライオンサイズの巨大犬と出会えば恐怖で身が竦むだろうが、ここは夢の中で、しかも真っ向から対抗できる力があるのだ、ビビったりはしない。

「相手になるぜ、かかって来いよ」

 俺が死神を纏うのと、ボスが一声鳴いて手下を嗾けるのは、ほぼ同時だった。

 四方から襲い掛かる赤犬の群れ、だが、その連携攻撃はもう何度も経験したもので、対応するのに難は無い。

 連携プレイはコイツらの専売特許ではない。

 俺は拳を振り上げて前方から迫る赤犬を叩き、後ろでは、もう何も言わずとも小夜子ちゃんが槍を振るって敵を撃つ。

 ここまでは問題無い、気になるのはボスの動きだ。

 ヤツは手下と一緒になって突撃することなく、やや後方に控えたまま。

 かと言って、特別に指示を出しているという様子も無く、赤犬の動きもいつもと変わりはないように思える。

 その特異な姿から警戒したが、もしかして、コイツはただ体がデカいだけで、他のヤツとそう大差は無いんじゃ――なんて、思った時だった。

「はっ!?」

 ボスがこちらに向けて大口を開けた瞬間、背筋に悪寒が走る、と同時に、反射的に体も動いた。

 小夜子ちゃんを背中にかばうように俺が一歩踏み込んだのと同時に、ゴウッ、と、突風が吹きつけるような音が耳に届いた。

 次の瞬間には、視界一杯を埋め尽くす紅蓮の炎が体にぶつかり、全身が熱と衝撃で揺さぶられる。

 火炎放射の直撃だった。

「ぐうっ!」

 思わず吹き飛びそうになるのを、アルファルトの路面に足を踏ん張ってどうにか耐える。

 ついでに、普通なら一発で体が消し炭になるだろう火力を「熱っ!」くらいのリアクションで耐えられるだけの耐火能力を誇る死神に感謝する。

「黒乃さんっ!?」

「大丈夫だ、大した威力じゃない」

 灼熱の突風も、過ぎ去ってみれば一瞬のこと。

 特に痛みは感じない、だが、この死神を纏った状態で、ここまで危機感を覚えるほどの攻撃を受けたのは初めてだ。

 しかし、あまりショックを受けている場合では無い。

「炎のブレスってか、まさか遠距離攻撃してくるヤツがいるとは」

 まるでドラゴン気取りである。いや、ここは流石ボス、と言うべきか。

 これまで雑魚ばかりと戦っていた所為で、モンスターに対して油断していたかもしれない。

 思い出せ、あのスライムだって、生身で受ければ死を感じさせるほどの攻撃をしてきたのだ、ましてこんな猛獣然としたヤツなら、その危険度はより一層高いものとなるのは当然。

「小夜子ちゃん、俺はボスを仕留める、周りのヤツらは任せた!」

「はい、黒乃さん!」

 力強い返答を背中にうけながら、俺は飛び掛る赤犬共を押し退けながら一気に突撃を始める。

 遠距離から火を吹いてくるとは何ともセコい戦術だが、放置するのは危険に過ぎる。

 どうやら赤犬は火に対して強い抵抗力を持っているようで、ボスの吐いた炎に巻かれても全く動じなかった。

 だからこそ、ボスは躊躇せずに手下ごと火炎をぶっ放せるのだ。

 俺の死神がそこそこの炎にも耐えられるというのは幸運だったが、小夜子ちゃんがどうであるか、実際に確かめてみるわけにはいかないだろう。

 彼女の新装備であるマフラーはただの防寒具でもファッションアイテムでもなく、全身へのダメージを軽減する魔法の防具だ。

 これのお陰で犬の爪や牙を少しくらいなら受けても大丈夫なようだが、何度も喰らえば負傷する。少なくとも、俺の死神ほどの防御力は期待できない。

 その代わり小夜子ちゃんは槍の攻撃力と素早い機動力で回避が可能なので、差し引きゼロに思えるが、ここで遠距離から隙を狙うヤツが存在するという状況は、かなり危険だ。

 だからこそ、ここはボスをさっさと叩く必要がある。

 俺の死神は頑丈だから、多対一のこの状況下においても、これくらいの無茶は押し通せる。

 それに小夜子ちゃんだって俺がいなくなったからといっても、もう赤犬の群れなんぞに遅れをとることは無い、安心して任せられる。

「おらぁああああっ!」

 雄叫びをあげて突撃を敢行する俺に向けて、ボスの口からは再び火炎放射が放たれる。

 だが、真っ直ぐ走り勢いのついた死神を止めるほどの圧力は、この攻撃には無い。

 全身を蝕む炎熱を気合で耐える。

 オマケのように現れたボスへの進路を塞ぐ赤犬を跳ね飛ばしながら、一気に肉薄、そして、渾身の力を篭めて骨の拳を振り下ろす。

 だが、ボスとてただ火を吐き出すだけの固定砲台ではない。犬の姿に相応しい俊敏性をもって、俺の拳から軽やかに逃れる。

 拙い、回避に専念されれば、特に足が速いわけではないこの死神では追いつけない可能性があるな。 このボスが犬じゃなくてスライムだったら、頑張って殴りつければ良いだけで済んだのに、と思うが、今はそんなことを呪っていても仕方が無い。

 いや、待てよ、スライム――そうか、今の俺にはアレがあったか。

「出ろっ、触手!」

 物凄く適当な技名だが、俺の意図はしっかり汲んでくれたらしい。

 存外に空気の読める死神は、チョロチョロと動き回るボスの動きを封じるべく、黒いゼリー質の触手を瞬時に形成し射出した。

 あるいは、ただ大きい獲物が欲しいだけなのかもしれないが。

 かくして、鞭を振るうような勢いで放たれた触手は合わせて五本、ボスが回避する空間を潰すべく別々の軌道を描いて迫る。

 一本、二本、とその図体に見合わない素早い動きで触手を交わすボスだが、流石に全ては避け切れなかった。

 五本目がついに後ろ足を捕らえる。

 そうして一度動きが止まれば、後は楽なものだ、回避された触手を再び操作し、さらなる拘束をしかける。

 あっという間に縄で捕えられたような格好となった哀れなボスは、そのままウインチに巻き上げられるようにズルズルと死神の、つまり俺の元へと手繰り寄せられる。

 己の辿る運命を悟っているのか、路面で激しくのたうち抵抗の様子を見せるボス。

 触手の耐久力もスライム譲りというべきか、そこまで上等なものではないようで、今にも千切れそうになってしまっている。

 だがしかし、

「これで終わりだ」

 俺の繰り出した拳――否、死神の鋭く硬質な指先を揃えたナイフ同然の貫手が、赤い胴体に深々と突き刺さる。

 いつもより大型の相手、しかも流血を伴う攻撃を仕掛けるのは若干躊躇する感情があったが、余計な隙を見せるほど油断も慢心もしてはいない。

 スライムも赤犬もゴブリンも死神ならばパンチ一発で十分だが、このボスに限っては、打撃よりも直接的に肉体を傷つける方が、より確実に思えた。

 実際に毛皮を裂き、骨を押しのけ、肉を貫いているのは死神の腕なのだが、俺の手にも生物特有の生暖かい体温が感じ取れる。

 正直、気持ち悪いとしか思えないが、まだ、ここで‘手’を抜くわけには行かない。

 突き刺した脇腹という場所が良かったのか、俺の、いや、死神の指先には、ドクドクと鼓動を打つ肉の塊に触れていた。

 モンスターも地球の生物と同じ肉体構造を持っているというのなら、これは間違いなく心臓だろう。

 確実な急所と思しき器官を掴み、俺はそのまま引き抜いた。

 ブチリ、と何かが千切れる感触を感じつつ、そのまま一息に体外へと引きずり出す。

 断末魔の悲鳴としか形容のできない悲痛な叫び声をあげながら、ボスの体から急速に力が抜けていくのを触手越しに感じた。

 無理も無いだろう、俺の手には僅かに脈動する真っ赤な肉塊があり、この生命維持に必要不可欠な臓器は、もうコイツの体内には存在しないのだから。

 やはり、というか何と言うか、意識する前に死神は手にした鮮血滴る心臓を口中に放り込んだ。

 ボスが完全に動きを止めたのも、それと同時だったように思える。

 オォーーン!

 という鳴き声を上げたのは、どの犬だっただろうか。今となっては分からないが、とりあえずボスがやられたので、赤犬どもはそそくさと撤退していった。

 追撃する気もないし、そもそも逃げの一手を打つ犬の足に追いつけるほどの速さはない。

 そのまま見逃すより他は無いだろう。

「あ、あの、黒乃さん……その、派手にやりましたね」

「ああ、ごめん、ちょっと倒し方がグロテスクすぎたよな」

 自分でやっておきながら、あまり良い気分はしない。

 だが、それよりも小夜子ちゃんに引かれる方がショックではある。

「でも、今回の相手は手加減なんてできなかったと思います、だから、仕方ないですよ」

 俺の心情を察してくれたのか、何ともありがたいフォローを笑顔でいれてくれる彼女は、いったいどこまで良い娘なのだろう。

 感動すると同時に、その大人顔負けの心配りに少しばかり驚く。

 俺の感情はさておいて、死神の方は心臓を喰らっただけで満足したのか、血溜りに沈むボスの体へは手を伸ばそうとしなかった。

 そういえば、スライムは核だけを選んで食べていたな、ということは、モンスターは全部食べる必要は無く、どこか一部、弱点とも呼べる重要な器官さえ食べられれば良いのだろうか。

 赤犬とゴブリンは基本的に丸呑みだったが、心臓を取り出すのがただ面倒臭かっただけなのかもしれない。

「それじゃあ、春風神社に行こ――」

 言いながら、食欲の失せた死神を消そうと思ったその瞬間、

「小夜子から離れろっ! このヤロぉおおおおおおおおおお!」

 憤然と絶叫をあげる少年の声が、俺の台詞を遮るように響き渡った。

 反射的に声の方へ振り向けば、そこには声の感じから連想される少年の姿は無く、代わりに、白銀の光沢が目に眩しい、巨大な西洋鎧がいた。

 翻る真紅のマントが印象的。

 そんな鎧兜を纏った騎士が、長剣を片手に振り上げ、凄まじい速度で突進してくるのだった。

「うおっ!?」

 驚きの声と同時に、小夜子ちゃんを後ろへ突き飛ばしつつ、バックステップ。

 この騎士からは殺気、と呼んでも過言ではないほどの迫力を感じる、つまり、その妙にピカピカと白い輝きを纏っている剣を、躊躇無くこちらへ振り下ろす気満々ということだ。

 万が一、小夜子ちゃんがコイツの攻撃に巻き込まれる危険性を感じたからこそ、少々乱暴だが突き飛ばしたのだ。

 彼女はまだ槍を握っているし、ちょっと吹っ飛ばされても上手く着地できるだろう。

「死ねぇえええ!」

 問題なのは、完全に俺を狙っている西洋鎧だ。

 その願望と行動が完全に一致しているコイツは、輝く刃の剣をコンマ一秒前に俺が立っていた場所を一刀両断していた。

 剣先は深くアスファルトの路面に突き刺さっている、とんでもない切れ味だ。

「くそっ、避けただとぉ」

 悪態をつきたいのはこちらの方である。

 大きく飛び退いた俺は、初撃を回避したことに一息つく間も無く、状況判断を迫られる。

 何だコイツは、という疑問が真っ先に浮かぶが、奇跡的に俺の頭は即座に解答を導き出してくれた。

 人の声で喋っている、しかも少年の声で、という条件があれば、この白銀の西洋鎧はデュラハンとでも呼ぶべきモンスターでは無いという事だ。

 つまり、コイツは恐らく、小夜子ちゃんのクラスメイトだというエクストラ使いに違い無い。

 ならば、反撃するわけにはいかない。

 だが如何なる勘違いをしているのか――いや、勘違いしても当然か、彼らから見れば、俺は二本角の死神姿だ。

 どう考えても、小夜子ちゃんへ襲い掛かるボスモンスターとしか思えないだろう。

 早々に誤解を解くには、声をあげて俺が人間であることを訴える必要があるのだが、

「うわっ!?」

 出てくるのは情けない叫び声。

 それも仕方無いだろ、なぜなら、俺の頭上からはバスケットボールサイズの燃え盛る火の玉が三つも降り注いできたのだから。

 転がり込むように回避行動に移ると同時に、火球が路面に着弾したのだろう、激しい爆発音と熱風が俺の全身に襲い掛かった。

 いくら死神が優れた耐火性能を持っていても、正面から受け止めたいとは思えない。

 この爆発音から察するに、赤犬ボスの火炎放射よりも威力がありそうだし。

 内心で冷や汗を流しつつ視線を上げると、恐らく俺に火球を見舞ったのであろう、新しい人物の姿が確認できた。

 それは真紅のローブを纏い、捻れた木の杖を手にする、随分とレトロスタイルな魔法使いだった。

 俺の死神と同じくらいデカい西洋鎧と比べれば、赤い魔法使いの背はまだ人間の範疇に納まっている。

 だが、やはり俺と同じく‘変身’しているのだろう。

 深く被った赤いフードの、僅かに口元が見えるはずの場所は黒々とした虚空になっており、眼光と思しき二つの黄色い光が灯っている。

「――っ!?」

 しかし、俺が注意を払うべきなのは魔法使いではなく、その隣から猛然とタックルをしかけるように突撃してくる巨大な灰色の影だ。

 コレも西洋鎧か、と一瞬思うが、よく見ればそれは甲冑というよりも、むしろロボットに近いように思えた。

 アメフトのヘルメットみたいな頭部には、赤く光る一つ目が輝いている、いうなれば、モノアイ、というヤツだろうか。

 そのモノアイのロボは俺の死神よりも、さらに一回り大きいように思える。

 しかも、突き出されるゴツい肩の装甲には、大きな鋼鉄の棘が生えている。

 拙い、コイツの突進なんて喰らったらただじゃ済まない。

 さらに拙いことに、最初に現れた西洋鎧もロボの後に続き、再び輝く剣を振り上げて駆け出していた。

 どうする、今ここで叫んでもコイツらは攻撃を止めるだろうか? 説得するのは、この一撃を捌いてからの方が良いように思える。

 仕方が無い、と覚悟を決めて俺が構えをとると、

「やめてっ!」

 耳をつんざく大声量で、静止の言葉が放たれた。

 それはここ最近で聞きなれた少女のものであるが、普段は鈴を転がすように澄んだ声色だ。今の必死の叫び声が、即座に結びつかなかった。

 だが、この声は紛れもなく小夜子ちゃんのもの。

 そして、その言葉の効果は劇的だった。

「な、何だよ、何で止めんだよ小夜子っ!」

 不満気に声こそあげているが、しっかり歩みを止めているのは西洋鎧。

 一番俺に近い位置にいたロボもタックルは中断しており、この状況が気まずいのか、キョロキョロと落ち着かない様子だ。

「みんなやめて! その人はモンスターじゃないの、私の大切な仲間なのっ!」

 そう涙ながらに訴えかける小夜子ちゃんの姿に、俺は心を打たれそうになるが、今の彼女の状況のほうが気になって仕方が無かった。

 小夜子ちゃんは、大きな水色のイルカ? いや狼? みたいな謎の獣の背中に跨っているのだ。

 ついさっき倒した赤犬ボスよりもさらに一回り大きい体躯を誇っている。

 なんだアレは? あんなのもエクストラの変身能力だと言うのだろうか?

「お願いみんな、エクストラを解いて」

 その言葉に、まだ警戒心があるのか、即座にエクストラは解除されない。

 しかし、俺の目の前に迫った攻撃の危機は無くなったのだ。

 ここは、俺の方が先に死神姿をやめるべきだろう。

「こんな死神みたいな姿で驚かせて済まない、俺は黒乃真希那、最近この夢にやってきた高校生だ」

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