二人の距離に関する二、三の憶測
自動車やバイクほどの自由度はなく、
徒歩や自転車ほどの開放感もありませんが、
交通機関での移動は色々な人たちを目にすることができる、という魅力があります。
知り合いとの待ち合わせ場所である渋谷へ向かうため、私は都営新宿線の神保町駅から東京メトロ半蔵門線に乗り換えた。
車両内は比較的すいていたため、適当に空いている席に座る。私の向かい側には一組の男女が座っていた。以降、女の方を『A子』、男の方を『B夫』と記述する。
A子とB夫はどちらもそれなりに整った顔立ちをしており、年齢はおそらく二十代後半くらいと思われる。二人は他愛のない世間話を親しげに交わしているようだ。
これだけなら単に仲の良い、もしくはお付き合いをしている関係なんだろうなと想像するだけに留まっただろう。しかし、二人には一点だけ奇妙な点があった。
二人は丁度座席一人分、離れて座っているのである。
知り合いの女性と電車などで同行するとき、車内がすいている場合は拳一つ二つ分程度は離れて座る、ということは私もよくやる。だが、今向かいに座っている二人の間には丸ごと一人分の席が空いているのである。
(それ、"他人"の距離じゃないか)
私は思わず心の中で呟いた。
繰り返すが二人はとても親しげに会話を続けている。
仮説を立ててみる。
仮説1。二人の間には透明人間が座っている。
仮説2。最初は隣あって座ろうとしたけど照れや遠慮などでつい離れて座ってしまい、そのまま動くに動けなくなった。
『次は~、永田町~。永田町~』
そんな私の阿呆な想像を鼻で笑うかのようにアナウンスが流れる。
「あ、混んできたね。ちょっとそっちに寄ろうか?」
A子がB夫にそう提案した。仮説1はどうやら誤りのようだ。
「え、別にいいよ。大丈夫でしょ」
何を考えているのか、B夫はそう言って断った。
少なくともB夫については仮説2も成り立たなさそうである。
A子は少々気分を害してしまったのか、二人の会話は止まってしまった。
仮説3。A子はB夫のことを気に入っているが、B夫の方は社交辞令。A子について只の顔見知りという以上の興味はない。もしくはA子の方も偶々知り合いに遭遇したから気を使ってやってるだけ。
この仮説は、できれば外れであってほしい。何と言うか、浪漫やトキメキがなさ過ぎる。
『次は~、表参道~。表参道~』
そんな私の阿呆な想像を鼻で笑うかのようにアナウンスが流れる。
「じゃあ、私、ここで」
A子が降りる。手を振って見送るB夫。
結局二人はどういう関係なのか? 気にはなるが次はもう渋谷。
私は下世話な想像を目的地までの道順に書き換えて降りる準備を始めた。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。
ちょっと悪趣味な話かとは思いますが、どうかお許しを。