バツシカクテンノ
とある日、旅人が訪れた村は、何やら祭りの準備中のような雰囲気を醸し出していた。
お祭りがあるのですか? 旅人は門番に訊ねた。
すると門番は、顔を綻ばせながら答えた。
「そうなんだよ旅人さん。あなたは運が良い、この村では明日から年に一度のお祭りが開始するんだ」
年に一度、それは本当に運が良いようです、と旅人は言った。
「待ちに待った一年ぶりの祭りだから、皆準備しながらすでに心は踊ってるさ」
どんな祭りなのですか? 旅人は訊ねた。
「村にしか出来ない特別な物を食べれる祭りさ」
特別な物? 旅人は首を傾げた。
「ここでしかないから見た事ないだろうけど、バツシカクテンノ、っていうんだ」
……すみません、もう一度お願いします、旅人は再度訊ねた。
「バツ、シカク、テンノ、だ」
門番は区切りながら説明してくれた。しかし旅人にはどんな物が分からなかった。本当にこの村特有の食べ物なのだろう。
それを見ることは出来ますか? 旅人が聞くと、門番は首を振った。
「いいや、祭りが始まるまで村長が鍵を持ってる倉庫に放り込んであるんだ。でも旅人さん、祭りは明日からだぜ」
つまり、明日まで待てばそれが見れると、旅人は言った。
「そうさ、明日には祭りの主役、バツシカクテンノを見られるぜ」
そう語る門番の顔は終始綻んでいた。よほどその食べ物を好きなのだろうと旅人は思った。
門番に宿屋の場所を聞いてから別れ、旅人は村の中を歩いた。村の中はお祭りの準備に追われていて旅人に声をかける者はいない。色々な屋台も建てられているのを見て、ここでは仕事は出来ないかもしれないと旅人が思っていると、村人どうしの会話が耳に入った。
「ついに明日だな」
「あぁ、どれだけ待ちわびたことか」
「あー早く明日にならねぇかな」
村人達は、バツシカクテンノが本当に待ち遠しかったようだ。
それからも、村人の会話からバツシカクテンノの特長が語られていた。
「あの甘さがいいんだよ」
バツシカクテンノは甘い物らしい。
「他の果物とは比べものにならないよな」
バツシカクテンノは果物らしい。
おそらく村人のほとんどが明日の話、バツシカクテンノの話をしていたが。聞く度に旅人はそれがどんなものか分からなくなっていった。
翌日。村人達は朝から倉庫前に集まっていた。
旅人はその中には紛れず、少し離れたところからバツシカクテンノが現れるのを待った。
そこへ、白髪の老人が現れた。手には鍵の束を持ち、倉庫へ近づくと村人達はその道を開けた。彼が村長なのだろう。
村長は扉の前へ行くと村人達へ振り返った。
「村の皆、遂に今日は一年に一度の祭りだ。一年間の苦労や疲労を、今日で存分に発散してほしい」
村長の一言に村人のテンションは更に高まった。その声を聞いて村長は扉に向き直り、倉庫の鍵を開いた。村人2人で扉が開かれ、中に入った数人が巨大な籠を運び出した。
瞬間、村人達から大きな声が響き、テンションが最大限に高まった。
籠に収まっていたのが、村人達が会話していた。一年に一度にしか食せない物にして、甘い果物。バツシカクテンノだった。
それを見た旅人は、気付いた。
アレは、他のところでも何回も見たことがある。しかし、決してバツシカクテンノなどという名前ではなかった筈だ、と。
「ほら旅人さん! あんたも食べなよ!」
村人の一人に、バツシカクテンノのが切られたものを一つ渡された。
ありがとうございます、旅人はお礼を言うとバツシカクテンノを一口。
「どうだ? 上手いだろ!」
はい、とても美味しいです、旅人は素直な感想を述べた。それを聞いた村人は嬉しそうな顔で旅人から離れてバツシカクテンノの集まる籠に向かった。
旅人は改めて、間近でバツシカクテンノを見た。そして確信する。
やはり、コレはアレだ。ただ名前こそバツシカクテンノたが、全くアレと同じものだ。
では、なぜバツシカクテンノという名前で伝わっているのか? 旅人が思案していると、
「こんにちは旅人さん。ようこそ我が村へ」
村長が近づいてきた。旅人も挨拶を返す。
「時に旅人さん。そちらの名前、ご存知ですか?」
村長は旅人が持つ物を見て訊ねた。旅人は、バツシカクテンノですよね? と返す。
「本当に、そうですか?」
村長の返しに、旅人は気付いた。
そして、コレの通常の名前を、バツシカクテンノではない名前を答えた。
「やはりご存知でしたか」
なぜこのような名前に? 旅人は村長に訊ねた。
「我が一族がこの村にコレを持ち込みました。しかし過去には村人と一族には言語の違いがあり。考えた一族は名前を紙に書き、記号として村人に覚えさせたのです。今では私を含め一族の者もここの言語に染まりましたが、あえて正式名は教えないという事を決めたのです」
あえて正式名を教えないのですか? 旅人は首を傾げた。
「はい。それにはこの村の地表が関係しています。コレの種を植え、育った物は一族が持ち込んだ物よりも何倍も美味しかったのです。あまりの美味しさに盗む者や、独り占めしようとした農夫もいたくらいでした。なので、こうして一年に一度、祭りとして食す事を決めたのです。我が一族が持ち込んだ物ではなく、バツシカクテンノとして」
なるほど、旅人は納得した。
確かにコレはアレにそっくり。しかし、その味は今まで食べた物より何倍も美味しかった。
もはやこれは、アレではなく。
バツシカクテンノ。という新たな食べ物だった。
ある日、段ボールにポップ調に描かれたこれを見つけて思いついた物語です。
最初見た時は本当にバツシカクテンノと読みそうになりましたが、物を見たら納得してこの物語のアイデアが浮かびました。
様々な果物でも、作られた所により異なった名前がついているもの、なのでこの村でバツシカクテンノは、バツシカクテンノなのです。
バツテンシカクノ、あえて正式名称をモ物語内では書きませんでしたが、ヒントや題名でどんなものかは分かるとおもいます。もしも分からない場合は、書いてみてください。バツ、シカク、テンノ、と。
ここまで読んで下さったそこのあなた
感想、評価及び一言、おまちしています。
それでは、