表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導師の落し者【休止中】  作者:
落ちる黎明の黒
9/37

7:その女性

2012-09-05 結構改変しました

 彼等彼女等は見た!

 その美しき後ろ回し蹴りを!

 ただし見ている事しか出来なかった!


 両開きのドアの片方が吹き飛び、私の真横を掠め陛下の執務机に当たって大破した。

 扉が飛んできた方に向けた視線の先には、蹴り上げたそのままに足を持ち上げた上げたポーズで立つ女性。


「ハーミシュリエラ!」


 女性を見た陛下が思わずと言った感じで声を上げた。

 怒号と共に部屋に入って来たのは、ウェーブの掛かった暗紫色の長髪に、同色のロングドレスを着た長身の女性。たくし上げたスカートからスラリと伸びた足がとても美しい。

 文字通りドア蹴破った形で入室してくると、カツンカツン高いヒール音をさせて、陛下に詰め寄った。


「私に寄越せ!そんな女、お前が手をつける前に私が切り刻んでやろう!」


 突然の乱入の上に物騒な事を仰っている。女と言うのはもしかして私の事だろうか。相当怒っているのか眉は吊り上がり、興奮した頬には赤みがさし、食いしばった口元から覗く犬歯が赤いルージュと合わさって獰猛さを表している。

 女性を追い掛けて来たであろう、扉の周りに集まっている騎士や侍女達はあまりの迫力に右往左往としているばかり。確かに見るからに高貴な身分の女性な上に、何といっても迫力がある。にも拘らず、私は周囲のそんな様子に気付かずに、ただ女性のある一点に目が奪われ釘付けになっていた。

 彼女が動くたびに、顔の下でたわわに揺れる大きな二つのモノ―――ギリギリのラインでドレスに覆われているが、今にも零れ落ちそうなボリュームだ。


(すっ…すんごい巨乳。本当にゆっさ、ゆっさしてる)


 私がボケッと関心していると、当然の如く女性と目が合ってしまった。

 位置的に陛下と向かい合わせに座っていた私の顔を穴が開くくらい見た後、陛下の顔を見、その後二人の顔(私を陛下)を行ったり来たり見比べる。段々上がっていく眉と震える肩と拳に、私は嫌な予感が持ち上がり、それは的中する。


「お前が…!!し、しかもこんなに幼い女児を…!!」


「ぐはっ!」


 じょせい が じょじ を とえた !

みお は さけられなかった!


 みお に 1000 の ダメージ ! ! !

 みお は うごけない


 <―――GEME OVER ―――>


 コンプレックスをナイフで抉られる。


(チビで童顔で悪いか!!)


 澪は現代日本人としては少々低い身長に、やや童顔気味の顔がコンプレックスだった。童顔だと言われるのが悔しくて、会社に行く時は濃い目の化粧やスッキリしたパンツスーツを着たり、前髪を上げて何とか年相応に見える様に努力していた。


(誰かっ!ホ○ミお願いします!)


 慌てて陛下が「違う誤解だ」とか「落ち着くんだ」とか宥めようとしているが、頭に血が上っているのか逆効果だった。寧ろ私を庇っている様に見えてしまったのか益々火に油を注いでしまっている模様。


『――――――さぬ』


 まるで地の底から湧いた様な低い声。

 空気を揺らす声が響き、それによりビリビリと床や壁が揺れ、城全体が軋みをあげる。彼女の震える体から、怒りのオーラが立ち上っている様に見える。髪は重力を無視した様にフワフワと持ち上がり、複数の蛇がのたうつ様に動いている。


(メ デ ュ ー サ !)


 そんな陳腐な事を一瞬でも考えてしまった自分が恨めしい。重力総無視とかそんな事は、目の前にある恐怖の前では意味を持たない。


『私を娶っておきながら、この仕打ち許さぬ!《暁の災厄》と呼ばれし魔女()を愚弄した行為、万死に値するぞ!生まれてきた事を後悔させてやるわ!』


 そう言った瞬間、彼女を中心に爆発が起きる。床が割れて建物全体を揺らす爆音が鳴り響き、圧迫された空気が外に逃れようと強風を巻き起こす。私の所にも爆風が押し寄せ、思わず腕で顔を庇う。周りで壁や床が崩れる音、ガラスが割れる音や何かが倒れる音、そして人の悲鳴が鳴り響いた。

 やってくる衝撃に耐えるが、いつまで待ってもそれ(・・)は訪れなかった。


―――気付いたのは異常な静寂


 恐る恐る顔を覆う腕を下ろすと、目の前には白い壁。顔を上げると白銀の髪が見える。ルキさんが私と爆発の間に滑り込み、庇ってくれた様で、私の所には何の影響も届いていない。ほっとしたのも束の間、寧ろルキさんの怪我は―――と思ったが、本人も掠り傷一つ負っていない。これが魔導師の力と言う事なのだろうか。

 部屋の大理石床は割れて吹き飛び、破片が壁や天井などに突き刺さっている。カーテンは破けて辛うじて、レールからたなびいているだけ。窓は無くなってぽっかりと穴が開いている。一目見て大災害と分かる酷い有様に、自分があのままだったら危なかったのだとやっと理解する。


(…ルキさん一体何したんだろう?)


 ルキさんと私が立っている周囲一メートル程だけが、何事も無い様にそのまま綺麗な床が残っていた。その上を砕けて細かくなった砂がさらさらと流れていく。


「ハーミシュリエラ!落ち着くんだ」


「放せ!お前から灰にしてやろうか!」


 一瞬忘れていたが、さっきまで修羅場中だった。どうやらまだ続行中らしい。ルキさんの体の脇からそっと向こう側を覗いてみると、陛下に後ろから羽交い絞めにされた女性が怒鳴っていた。陛下も女性もぴんぴんしていて先程の大爆発が嘘の様なやり取りをしている。

 アレがあの女性の仕業なのだとしたら、私は地球とはだいぶ違った世界に来てしまった様だ。何の道具も使わず、人の力で出来る事を明らかに越えていた。本当に異世界なんだとしみじみと思いつつ、自分がそれほど恐怖を引き摺っていない事に、少しだけ、驚いた。


(…ルキさんが居たからなのかもしれない)


 親しい仲では無いけれど、この世界で最初に出会い、一番長く接している人。ぶっきら棒なのに何処か律儀で、何処か優しさを感じる人。

 今だって目の前の事など何と言う事も無いと、ただ立っているだけ。けれどその何と言う事も無いと感じさせる空気が、声が、態度が、混乱しそうになる私に落ち着きを取り戻させてくれて、私は自分を見失わずに居られたのかもしれない。





「后は君だけだ!君以外を娶るつもりは今もこれからも一切ないよ!」


「……っ!」


 聞こえて来たストレートな台詞に今置かれた状況を思い出す。すっかり忘れていたが、まだ修羅場は続いていた様だ。いつの間にやら見ているこっちが赤くなる様な展開に移行している。

 二人の会話を聞いて、私の頭の中で一つの符号が一致した。

彼女(・・)が選んだであろう、可愛らしいクッションもソファーも今は埃と瓦礫に紛れ、酷い有様だ。可愛い趣味の女性なのだと勝手に思っていたけれど。

私は一つため息をついて、陛下が王妃(・・)を宥めすかせるのをジッと待っていた。



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  



「そうであったか、ミオはこやつの妾では無いのだな」


「そうだよ、君の勘違いだよ」


 突如乱入して来た女性は、"ハーミシュリエラ・イブ・プラリネ"と名乗られた。思っていた通りこの国の王妃様だった。

 落ち着いた所で仕切り直しという事で、今現在目の前で足を組んで尊大に座る様は、女王様然としており淑女らしさの欠片も無いが、王妃様には非常に似合っていた。腕組みして寄せられた胸が強調されて虎跳峡(※)が形成されている。目のやり場に困るが、本人は気にもしていない堂々たる態度だ。

 王妃様は「ならば、早く言え!」「言う前に攻撃したじゃないか!」「ふん!それ位防げるだろうがっ!」と隣に座る陛下と言い争う様子は本当に仲が良さそうに見える。

 執務室が使い物にならなくなってしまった為、仕方なく私達は別室に移って話をしている。壊れてしまった執務室の片付けや修復は、あの場に居た騎士や侍女さん方が今行っているらしい。ルキさんも借り出されて行ってしまったので、今部屋には私と国王夫婦の三人しか居ない。ロイヤルな面子過ぎる。


「さて、勘違いとは言え突然すまなかったな。怪我は無かっただろうが、驚かせただろう?」


「まあ…でも、この世界に来てからは驚きの連続ですから」


 王妃様には既に陛下が軽く説明をしてくれた。

 基本はこーいった口調なんだろう。先程よりかは柔らかい口調で話しかけられる。苛烈な性格の様だけど、地位に胡坐をかかず自分を省みれるし、陰険さや曲がった感じを受けない。竹を割った様な性格の様で、話し方から好感が持てた。


「……そうか、ミオは"落ち人"か。難儀だったな」


 王妃様は「落し物」では無く、"落ち人"と言った。確かに私は物ではなく、人だけど。何だか落人みたい。けれど"落ち人"と口にした王妃様の声が低くなり、何故か眉が悲痛に顰められた。


「……いえ、私は何も…気付いたらこうなっていましたし」

(本当、何でいきなりこうなったのかも分からない)


 悲痛な王妃様の顔に、つい何でも無いと中途半端な言い回しをしてしまった。


「…馬鹿な事を。生まれ育った場所から突然放り出され、不安に思わぬ者が居る筈が無かろう。無理をせずとも………どうやらお前達二人はそんな配慮も思い至らなかった様だな」


 前半は私に対して、後半は陛下と、いつの間にか私の後ろに立っていたルキさんに対して。


「よもや自分の都合や興味を優先して、当人の理解も聞かずあれこれと話をさせたのではあるまいな?」


「………」

「………」


 ギロリと二人を睨み付ける王妃様の目には、呆れの色が強い。ルキさんの表情は変わらなかったけれど、陛下は若干顔が強張っている様だ。王妃様には流石の陛下もたじたじらしい。


「…………男二人揃って何とまあ。ミオ、苦労があらば私に言え。余計な気遣いは不要だぞ」


―――男性二人には冷たい一瞥を、私に対しては聖母の様な微笑みで。


 思えば異世界に来て、二日。異世界だと理解したのも今日がやっと。

 それなのに短時間で色々な事があって、私は状況に、周りについていくのがやっとだった。ルキさんと話をした時の様に、その場その場で切り抜けられても本当に理解するのがとても遅い。

 けれど気を使われて、あまりに普通に扱われて、こういう物なのだと思った。これが普通なのだと。"心細い"なんて感情、すっかり忘れていた。


「…ありがとうございます…私は大丈夫です」


「…チッ、強情め」


 少し拗ねた様な言い方に、自然と笑みがこぼれる。よく考えて見れば、この世界で初めて笑ったかもしれない。


「いざとなったら王妃様に泣き付きますから」


「う、うむ」


 王妃様の心からの優しさが分かって心が温まる。

 言葉は荒いけど真っ直ぐなこの人の事が、私はとても好きになれそうだ。

 突然の異世界体験で何だかんだとあったけれど、こうして私を気遣ってくれる人が居る私は、とても運がいいと思う。王妃様に散々言われてしまっていたルキさんや陛下だけど、決して私を放逐する様な事はしなかった。それが分かって、心が少し軽くなった。


 結局のところ、執務室の修復などで予定がずれてしまい、集められた「落し物」を見く事は出来なかった。その為明日に繰り越される事になった。

 いきなりの話で何の事か分からない王妃様が、陛下に話を聞いて「私も行く」と言い出して、明日は四人で見に行くことが決定した。

 流石にもう遅いからと(王妃様と話をしていたら、いつの間にか夜に)、今日はお開きになる。「ではな」と言い、王妃様は颯爽と自室の方へ去っていく。

 力強い靴音を鳴らして、胸をはっての自信満々な歩み。(胸はバインバイン)その堂々たる後姿は女も惚れ惚れする男らしさだ。

 陛下に断わりをいれ、私もルキさんと一緒に後宮を後にすることになった。陛下がルキさんの部屋の近くに、私用の部屋も用意してくれたと言っていたので、今日はそこで休む事になる様だ。


(お風呂があって良かった…!)


 嬉しい事にこの国のお風呂は日本のお風呂と同じ様なものらしいので、今か今かと気が急いている。昨日は気絶してて入れなかったし、けれど森に倒れてたり長距離を歩いたりして汗も掻いていたので、早く汚れを落としたかった。


 部屋を退出する時、ルキさんだけ陛下に呼び止められてしまったので、私は気を使って先に部屋の外で待っている事にした。



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  


【澪退出後】


「ハーミシュリエラにお株を奪われてしまったね」


「ふざけているなら帰る」


 扉が閉まるなり、ロゼが下らない事をほざくので、さっさと退出すべく扉の方へ引き返す。


「冗談じゃないか。君が珍しい反応を示しているから後押しして「帰る」…待った、待った!…それで?報告は今日で言いと言ったのに、態々送って来たこれ(・・)は本当なのかい?」


―――その手には昨夜おれが王に送った報告書

 昨日森を出る際に見たものを仮説と共にまとめた物だった。

※虎跳峡:世界で有数の深い谷。

※ルキは常に"慌てず騒がず急がず"な態度なので、とても落ち着いて見える。実際は何も考えずボケッと突っ立ってても、周りが勝手に"動じない男"と勘違いしてくれるお徳仕様。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ