群集目線+++
ちょっと段落付けてみました。
深々と降り積もる雪が、大地を覆う永遠の世界。雪花舞うこの地にも、嘗ては人々の営みがあった。
凍て付く大地には生命の気配は皆無、嘗てこの場所にあった小さな集落が雪の下に埋もれて、既に十年以上もの月日が経った。
何の因果か、ただ一人生き残ってしまった『自分』に残ったのは、老いた自身の体とこの地に眠る人々の墓標のみ。
この様な場所に老骨一人では不便であろうと、王都への移住を勧められたが、老い先短い人生を見知らぬ土地で過ごすのは心許無く、例え不自由だろうと残りの人生を故郷で皆の弔いに当てる事にした。
精々数ヶ月持てば良い方と、高を括っていた。
だというのに、たった一人だというのに、あれから十年――――、ここで生きてしまった。
これから先の十年などとは考えたくなく、後は自分の刻が皆に追いつく日を待ちながら、今日も皆の墓前に向かう。
自分の足音と吐く息の音だけが響く。
千を幾度か繰り返す程に、毎日の様に通った道だった。自分の塒から、向かう場所はそう離れてはおらず、四半時もあれば到着してしまう。それでも日々同じ事の繰り返しの内でも、確実に自分の体が衰えてきている事を感じてしまっていた。
あの丘を越えた所に、嘗ての集落がある。もう一頑張りと、老骨に鞭打って雪を掻き分けて進む。
(……くすくす…ふふっ)
「………」
聞えた『声』に、またかと足を止める。
(あははっ……ははっ)
目の前を小さな子供が楽しそうに走り抜けていった。
それは雪の抵抗を一切感じさせない軽やかな歩みで、事実、子供が通った後には雪を踏みしめた後も残っていない。それもその筈で、子供には実体が無く不透明な霧の様な存在だった。 一瞬姿が見えなくなったかと思いきや、離れた所に突然現れて笑っていたりする。
実体の無い不透明な体には色が無く、楽しげに雪と戯れる様は、御伽噺にでも出てくる雪の精に見えなくも無い。
「お前ぇが現れる様になったのも、丁度十年前からだったか、坊主。どうしてお前ぇだけが出てくる様になっちまったかなんて知らんがね、他の皆はウンともスンとも言わねぇ、お前ぇだけだよ起きてくんのは」
(きゃははっふふっ…!)
「けっ何が面白れぇんだか、お前ぇも早いとこ皆の所にいっちまえば良いのによ。何が未練でこんな所に何時まで留まってんだ………くそっ」
此処は恩寵の届かぬ地、例え精霊や妖精が存在していたとしても、この様な土地はとっく見捨てているに決まっている。目の前の楽しげな子供が、雪の精ではない事も知り過ぎる程に分かっている。
(…くすくす)
こちらの事になど興味は無いのか、子供は今度は空から舞う雪を捕まえようと飛び跳ね回っている。呆れて視線を坊主から離そうとした瞬間、目の端に何かが映った様な気がした。
「…なん、だ?」
よく目を凝らしてみると、丘の上に立つ長身が見える。男の後姿?
まさかと思い瞬きをした瞬間、見えたと思った後姿は掻き消えていた。いつの間にか子供の姿も笑い声も消えており、雪原には自分一人が佇んでいた。
「坊主に続いて、今度は男の霊か。儂もそろそろ焼きが回っちまった様だ」
そう口に出した所で誰からの反応も返って来ないと知りながら、それでも口に出さずにはいられなかった。
ここはひっそりと終焉へ向かっている。万年雪に閉ざされた白き世界。恩寵に見放された、死を待つ牢獄。
自分が地に還る事で、いずれその最後の時も止まるだろう。