ロヴェルト・ヴァン・セイグラント
最近可笑しな女が現れた。
ミオと言う名の、不可思議な女だ。
少し前にルキウス・ベルが王城に連れて来た際に、少し城内を騒がせた噂の女。
その時の騒ぎは陛下の"魔女の事情の為詮索無用"と言う触れにより、一応の収まりを見せたものの、その後もしばしば件の魔導師との係わり合いを見せていた所から、やはり只人ではないと言う事は誰もが感じていた。
そして、俺自身も関わる事になった、あの出来事―――。
そこで俺は真実に触れる事になった。
彼女は『落し物』と呼ばれる存在だった。
別の世界からこの世界に時々落ちてくる様々な物、しかし『生きた人間』が落ちてくると言う事はいまだ嘗てなかった事である。
最初に陛下より事情を伺った時は、到底信ずる事は出来なかったが、彼女の立ち振る舞いや"落し物に関する知識"、そして何より魔導による"色素変化"は信ずるに足る何よりの証拠であった。
この世界で染料意外で体の色素を変える事は絶対に出来ない。
色素は生まれ持った素養を現し、素養は生まれてから死ぬまで決して変わる事は無い。
ましてや故意に色素を変えると、元々の素養との反発を起こし、碌な事が起きない。
この国で生まれ持っての色素を変えようとする人間は、まず存在しない。
それ程までに、色素は我々にとって大きな意味を持つ。
魔導の素養が全く無いにも関わらず、圧倒的な魔導耐性――――陛下がおっしゃるには魔導吸収との話だが、"異世界人の体質"なのか"彼女の体質"なのか、先天的なのか後天的なのか、疑問は尽きない。
また彼女の知識力については、ある分野においては目を見張る物があり、博識と言える程であると感じた。
この国にとっての魔導が、かの世界には無く、変わりに"カガク"と言う文明が発展した世界と聞く。
鉄で動く、ジドウーシャやヒーコウキは非常に興味深い物であったし、電気信号を使ったデンワは離れた場所に居る人間に言葉を伝える事が出来ると言い、文化が違うとこれほどまでに暮らし向きが変わるのだと、聞いたときは思ったものだ。
かの世界の物は日々の生活1つにしても実用性に基づき無駄を省いた工夫がなされている事が分かった。
聞けば聞くほどこの世界との違いを知らされ、興味深いな話ではあったが、彼女自身の外見は"異世界人"を意識させるところは全くと言って良い程無い。
言葉の流暢さ(これは後天的だが)に、この国で暮らして行く為に困らない程の一般常識も持ち得ているし、多少の体の小ささについてもこの国では珍しくとも、大陸の南部に行けば似たような部族も居る為驚くほどの事でもない。
――――そう、彼女を不可思議たらしめるのは、件の魔導師ルキウス・ベルとの浅からぬ関わりである。
俺がそれに気付いたのは、呪いを教える為に個人的に会話をする事になって直ぐの事だった。
彼女にはまるで"警戒"が無いのである。
王城では誰もが識っていながら避ける存在に、自ら関わろうとする姿勢。
無知ゆえの行動かと思い初めて会った時に声を掛けた、――――そこから始まった間柄ではあるが、彼女はルキウス・ベルに対してあまりにも無防備すぎるのだ。
事の経緯を詳しくは知らないものの、俺個人の目から見ても彼女は少なからずルキウス・ベルに傾倒している所が見受けられる。
命の恩人だとか言うはっきりとした理由ならば兎も角(まあ、そういった理由もあるだろうが)、無意識の内にルキウス・ベルを"拠り所"と見ている様な印象を受けた。
強いて言うならば、―― 赤子が親に持つ絶対の信頼 ――。
あの二人が親兄弟で無い事はまず間違いないが、知り合ってから然程時も経ってはおらず、親交を深める程の付き合いも無かったと聞いている……にも関わらず、あの様な態度を取るものであろうか?
不可思議と言えば彼女自身、自らの身に降り掛かった事に対して冷静過ぎるとも感じた。
若い娘が突然見知らぬ世界に放り出され、知り合いも存在しない世界で生死の危機に晒されれば、取り乱し半狂乱に陥っても可笑しくは無い。
成人を迎えているにしても落ち着き過ぎていると、俺は感じた。
< そもそもこの世界に来る直前まで、彼女は一体何をしていたのか? >
俺が違和感を感じる位であるから、恐らく陛下も気付かれているのだろうが、様子を伺う限り敢えて触れていないのだろう。
陛下が口に出されない以上、俺が口を出す事は越権となる。
今は――――無理に聞き出す事はしない。
いずれ時がくれば、自ずと分かる事だろう。
この国では畏怖の色持つ、魔導師ルキウス・ベル。
国の上位魔導師が数人束になっても敵わないであろう、災厄になり得るほどの"加護持ち"。
本来ならば"恩寵"と呼ばれる力も、強すぎる力はいずれ"破滅"を齎すであろう――――そう言った理由から奴が同類である魔導師からも忌避されているのは周知の事実。
二人が今、この時に、同時に存在する事になった事は、これから起こりうる"何か"を示唆しているのか――――、(…………)ふと有り得ない事が頭を過ぎり、直ぐに頭の隅に追いやった。
「すみません、ロヴェルトさん。荷物持ちまで手伝ってくださって」
俺の少し後ろを、少し申し訳無さそうに歩く、たった今まで頭の中で考えていた女。
「……構わない、それ程重くも無いしな」
「でも、とても助かりました」
魔導師として受けた依頼の帰りに、ふと立ち寄った街の大通りで、荷物を抱えて苦労している所を見つけたので声を掛けた。
彼女は数日前から城下で暮らしている。
王城から出た理由は知らないし態々聞くほど興味も無かったが、建物に施す呪いを俺自身が掛けた為、住まいは知っていた。
帰り道を知っているし、婦女子が困っているのを見掛けたら手を貸すのは別段可笑しな事ではない。
それに陛下にも、時折様子を見る様に頼まれているので、丁度良いといえば良かった。
「お店で出すメニューの為に、材料を市場を見ていたらつい荷物が多くなってしまって…本当にありがとうございます」
「いや、俺も用事のついでだからな」
呪いを込めている時にも気付いたが、どうやら食事を提供する店を始めるらしい。
俺が博識と認めたのは、食に関する分野である。
味だけでなく、栄養や食が与える精神への影響など、今まで考えもしなかった事ばかりだった。
実際に"それ"を味わった事のある陛下や王妃や乳母殿の反応からするに、中々期待出来るものなのだろう。この様子では一人城下に住む事への戸惑いや苦労は特に無さそうだ。
このまま何事も無ければ、それで、良い。
彼女を家まで送り届けた後、本来ならば魔導を使って王城まで飛ぶ所を長時間歩いて帰った。
城門の辺りに行き着いた時に、黄昏に染まる城下を見て心に飛来したもの。
―― 建国祭 ――
この国で一番重要な"開花"の時期。
貴賓・警備・結界・祝い・客・侵入者・祝典・花・人ごみ・海・奇跡―――一瞬で様々な事が頭をよぎっていった。
考え過ぎだろう。再度頭に浮んだ事を隅に追いやる。
俺一人考えても詮無きこと。
――――俺は陛下の決定に従うまで。
それでも、言い知れぬ予感めいたモノがずっと全身にまとわり付いている様だった。