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魔導師の落し者【休止中】  作者:
落ちる黎明の黒
23/37

21:その魔導師 後

―――話しの前にこの国の昔話をしておこうか。


この地に伝わる始祖と原初の物語。


----------------------------------------------------------------------


その昔、左右を険しい山々に囲まれた、寒さのとても厳しい国があった。

岩肌に覆われた土地は、物を育てるには適さず、生きて行くだけでも厳しい。

緑髪の民が暮らすその国の名は"セイファート"。

資源が乏しくも、鉱山技術に優れた彼らは、それを生業とし生きていた。

しかしそんなある時、寒波が国を襲った。

作物も水も凍り、町が凍り、動物も、人もが、氷に覆われてゆく。

いずれ土地その物がが氷に包まれ終焉を迎えると思われた。


しかしその未来は覆った。


それは空から飛来した星々。

ある時一つの星が、下りてきて、閉ざされた氷を断ち割った。

その後も星は落ち、その熱で氷を溶かした。

落ちた星にまた星が衝突し、星を砕き、岩に、砂に、土へと還っていく。

いつしか、閉ざされた土地は新たな土を得て甦った。


土は新たな命を、その地に芽吹かせ、"一本の樹"が現れた。

白い幹に銀の輝きを放つ葉は、とてもこの世の物とは思えない様相。

しかしその一本の樹が暖かな光を齎し、凍った土地に恵みを与え、人々の凍った心も溶かしてゆく。

人々は"生命の樹"の周りに身を寄せて生きた。


そんなある時、樹が"人"を産み落とす。

―白銀の髪に銀の瞳―を持った彼の人は、樹の声を聞く事が出来た。

"最初の人"はそうしてこの地に現れた。


その人には不思議な力があった。

その人が手を触れるだけで、死んだ土地が甦り、成長を止めていた生物に成長を促した。

そうする事で、土地は少しずつ昔の様相を取り戻す。

しかし、それでも多くの人を助けるには至らない。

ある時その人は、"生命の樹"から枝木を折ると、別の地に植えた。

その人が手を翳すと枝は、瞬く間に成長し根を張り、ほんの一瞬で若木に変わっていた。

樹が二本になった事で、また土地は甦える。

しかし、それでも足りない。

"最初の人"は枝から樹を増やし、樹に力を注ぎ続ける。

それがいずれ林となり、森となっていった。

木は命を、水を、光を、風を生み、その地を癒していく。


しかし何故か森は、"最初の人"以外を拒み、触れる事も立ち入る事もさせなかった。

人々は"森"の傍に身を寄せる事で共存の道を歩んだ。

それから少しの時が流れ、最初の人は"子"を生んだ。

"最初の人"は女性だったのだ。

彼女はその地の男との間に、子を儲けた。

そして生まれた子を慈しみ育てる。

その子は白銀の髪に、混血ゆえに"灰色の瞳"をしていた。

しかし母親と同じ力を持ち、手は癒しと成長を司り、森に立ち入れる者だった。

"母"と"子"は、二人で力を加え森を増やしていく。

昔は険しい山々に覆われた土地は、いつしか奇跡の木で覆いつくされ、土地はどんどん豊かになり、そこは極寒の国ではなく、常春の国となった。

たった数年で土地を生まれ変らせた、木と最初の人に、人々は感謝した。


しかしある時、森の恩恵が止まった年があった。

そして示し合わせたかの様に、雪が降った。

その頃老い始めた"母"は、森に入らなくなっていた。

人々はまた、氷に閉ざされる事を恐れ、力を注げと、老いた"母"を森へと促す。

それでもその年、国は雪に覆われてしまう。

母と子は毎日欠かさず、森に"行っている"のに、森の恩恵は止まったまま。

ある時一人の人が言った、<母子は自分達だけが森に入れる事を逆手に取り、自分達だけが楽をしようとして、力を注いでいない>と。

その考えはすぐに国を駆け巡り、人々は母子は責め追った。

母の"夫"も、子の"父"も、二人から目を逸らし助けようとはしなかった。


ある時、母は子に隠れて一人で森に入って行く。

そして驚く事に、母が森に入ったその夜に、また森は恩恵を与え始める。

雪に覆われた土地が、一瞬で解けて温かみを取り戻す。

人々は戻った恩恵に心を躍らせた―――ただ一人、子を除いて。

戻らぬ母を不審に思い、子は森に入った。


そこには、変わり果てた母の姿。

枝が全身に絡みつき、半身を覆い尽くし、根が血管を通って母を吸い上げている。

母はその身を木に食わせていた。


子の叫びが森を揺らした。

子は母を樹から剥ぎ取り、腕に抱くが、既に母ではなく骸となっていた。

冷たくなった体、内側から食われ小さくなってしまった母、もうその"銀の瞳"を開く事は無い。

その声が子を呼ぶ事は無い。

腕から零れ落ちる、かつて"母"だったものは、大地に吸われ消えた。

もう"母"さえ無い。


再び子は叫び、母を吸った樹を殴りつける。

「こんなモノのために、母を失ったのか」

樹を憎み、恨み、人を呪った。

子の恨みは狂気となって、樹を滅した。

今までは"母子"が樹に力を注いでいたが、子が触ると樹は全てを"奪われ"灰となって崩れた。

樹より生まれた母には"命を注ぐ力"しか無かったが、血が混ざった子には"樹から奪う力"があった。

元凶となる樹を灰にし、森の大半をその身に引き込み滅ぼした。

森を灰燼にしただけでは終わらず、樹の力を吸った力は、大地を割り空を裂いた。

まるでその地その物が、"子"の怒りを表すかの様に、全てを蹂躙する。


人々は恐怖に慄き、国を逃げ出したが、その先々に"死神"が現れ人を屠った。

既に子は人ではなく死の神の化身となっていた。

子が手を払うと人々は弾け飛び、地を蹴ると土地が焦土と化した。

嘗て癒しを与えた手は、命を吸い血を吸い、魂さえも奪う様に破壊した。

国の九割の人間をその手に掛けた時、最後に子は森で自害し果てた。

その血肉を吸って、森はまた生き返る。

残ったのは僅かばかりの"樹"と人々だけ。


それから月日が流れた時、生き残った緑髪の娘が子を生む。

その子は"白銀の髪"を持って生れ落ちた。

それは"最初の人"と同じ色を身に宿し、この地に還った彼の人がまた戻ってきたかの様だった。

やがて成長した"子"は、やはり"最初の人"と同じ育む力を持っていた。

子はまるで自分の役目であるかの様に、樹に力を注ぎ森を育んだ。

人々は娘の子を恐れつつも、奇跡の再来に驚喜する。

その後も同じ様な髪を持つ者が生まれ、その物たちは皆同じ力を持ち、皆が力を注ぐ事で樹は再び林となり森となった。


しかしその誰もが"母子"程の力は持っていなかった為、国が再生するのにかなりの月日が掛かる事になる。


長い時が流れ、国は昔の豊かさを取り戻す。

しかし幾ら力を注いでも、森はある一定以上の成長を止めた。

それでも人々はもう何も言わなかった。

力を持ったものは、その森の守護者となった。


いつしか守護者は、国を導き同時に恐れられる存在として、"魔導師"と呼ばれる様になる。

そして最初に樹より生まれでた人を"神祖"、そこから生まれし混血の子を"原初の子"と呼ぶ様になった。

そして過去を風化させない為に、原初の子が滅ぼし命を捨て育んだ森の麓に新たな国を作り、"生命の樹"を国の名前の"セイファート"として心に刻み込んだ。


魔導師よ人間よ原初の記憶を忘れるな。


----------------------------------------------------------------------



「過去に滅んだセイファートは此処よりずっと北東の雪深い所にある、まるで恩恵を拒否するかの様にかの地は雪に覆われたままなんだ。今王都がある此処は、その後作られた国なんだ」


「…つまり、物語の最後に残った森って…」

「そう、聖域の森の事だ」


いつの間にか、陛下の話しは終わっていた。そんな謂れがこの国の始まりにあったとは。

魔導師が聖域とされている森を大切にするのも、気を使っているのも、国を豊かにする生命樹を守る為だけでは無かったのだ。


「さらに言うなら、魔導師には白銀以外の髪の者も現れる様になるが、恩恵を受けた"土地"で育って来た為か、血が混ざった為か"最初の人"の様な力は殆ど無い。

今の魔導師が使う力は、生命樹が別の形の"恩恵"を発現させ授けた特殊能力であり、魔導師が本来使っていた始祖の力とは違ってきている。

その力は癒しから元素を操るに至るまで様々だ。

わたしは力を見るたびに、生命樹の持つ"オリジナル"の力が如何なる類の物か考えさせられる。

アレは人が持つには過ぎた、本来は持ちえ無い力だ。扱いを見誤れば、即座に身を滅ぼす。

そうしていく内に、魔導師の力は"色が薄い"ほど、よりオリジナルに近く、"色が濃い"ほど遠い力を持つという認識が確立したのだよ」


今では殆どの魔導師が"色"を持つ様になり、始祖に近い色は滅多に生まれなくなった。

力自体も始祖が持っていた"命を注ぐ力"より、生命樹が新たに与えた力に塗り替えられていった。


「つまり、白銀の髪を持つルキさんは、より"始祖"に近い強い魔導師と言う事ですよね?」

「そうだね。…ただ、ルキが恐れられる原因は違う」

「え…?」

「ルキは"始祖"よりも"原初"に近いのだよ」


"原初の子"と呼ばれた存在、命を育む力と、奪う両極端の力を持った人。


「…それってまさか」

「"原初の子"は"生命樹"自体から力を奪う事が出来、尚且つ"生命樹"を滅する力をもって居た。しかし神祖も原初の血も継がれる事無く絶えた。それでも彼等の血はこの地に息づいている…魔導師は間違いなく血を受け継いでいる。ルキの容姿は"原初"の色そのもので、実際に"力"を視た事がある……ルキは歴史上初めての先祖返りなのだよ」


隔意、忌避、畏怖。

人々が恐れる全てを終わらす力。


「つまり…ルキさんも生命樹を滅ぼす力を…?」

「本人にそのつもりが無くても、人々の恐怖を抑える事は出来ない」

「…でも、ルキさんは滅びなんて…」

「……ルキはそんな事しないだろうね」


人を避けているのは、自分がどういった存在でどんな影響を与えるか知っているから?

人に忌避される色だから、距離を開けるの?

わたしの髪を頑なに隠そうとしたのは、それが原因?

実際に会って、話せば、そんな事無いって"わたし"でさえ感じる事が出来るのに。

過去の恐怖が人を動かすのだとしても、それは――――


「ルキさんの所為ではないでしょう…?」

「…ただ力があるだけなら良かったんだ。ただしルキには足りないものがある」


「足りないもの?」


「ルキには生まれつき"紋"が無い、そしてこれからも…恐らく難しいだろうね」


―――ド ク ン

心臓が嫌な音を立てた気がする。

"紋"が無い、それはつまり……ルキさんは


「…孤児だったのですか?」


「そう。ルキが十四の時にわたしの師が王城に連れて来た。物心ついた時から山奥で一人で生きていたと聞いている。」


14歳なんて、まだ子供だ。

そんな保護されて当たり前の少年が、たった一人で生きて来た?

普通だったら死んでいたっておかしくない。

身体的にも、精神的にも、生きてこれたのは奇跡の様な物だ。

途方も無い時間、どれくらいの夜を一人で過ごしたのだろう。

どんな思いで生きて来たのだろう。

夜空を見上げて、小さく体を縮める少年の姿が頭に過ぎる。


足りないのは紋?

紋は個人を表す大事な物だとリリアーレさんから説明されている。

個人証明でもあり、"加護"を受けられるものだと。

けれど紋が無い者にも、後から与える事が出来ると聞いている。

それに魔導師は生まれた時から"恩恵"を身に宿している筈、それならば魔導師に"紋"はそれほど必要無いのではないか?


「―――一般的に紋は生命樹から加護を受ける為のものだ。ただし魔導師にとっては堰としての役割もあってね、魔導師は恩恵が直接身に宿っている分、ただでさえ自身の力の制御が必要でね。力を見誤ると暴走を引き起こす危険な物だ。その為に"紋"で恩恵の源(セイファート)との繋がりを持つ事で安定を図る。元々"紋"は身に恩恵を授けられた魔導師が自身の身を守る為に考え出した仕組みで、魔導師には欠かせないんだよ」


わたしの顔が納得していない為に、陛下が続けて言った。

それならば尚更おかしい話だ。

そんなに大事な物なら、何故ルキさんは"今"も紋を持っていないのか。

王城に来たのなら、魔導師だって沢山いるだろうに。


「ルキさんは…避けられているから、紋も与えられないのですか…?」

「いいや、ルキは王城に来てからすぐに、紋を与える儀式を受けた……そして失敗した」


「…ど、うして、ですか?」


また心臓が嫌な音を立てた。

唇が震えて、上手く言葉が出ていたか分からない。

ここから先は、容易に聞いてはいけない気がする。

聞いたら元には戻れなくなってしまう様な不安。


―――それでもわたしは聞かなくては


「ルキは"生命樹の恩恵"を身に宿した"原初"の魔導師だ。だからルキの"深名"を視る事は出来なかった。…恐らくルキと同等もしくは同質の魔導師が生まれないと無理だろう」


「……ルキさん自身が視る事は?」


陛下は首を横に振る。

(そんな―――)

知らず握り締めていた手が、横に落ちる。

絶望の音が聞えた気がする。

その時ルキさんも同じ音を聞いたのだろうか。


―――ルキさんはその時、すべてを諦めたのだろうか



「今までルキは自身を見失う事なく制御している。今後もそれを証明し続けるだろうね。けれどそれだけで人々が恐怖を忘れる事が出来ないのも事実」


「……」

「ミオの紋の事も、ルキに視させるのは苦だと思って話して無かった。だから君に紋を贈ったと聞いて驚いた」

「贈る…ですか?」


加護()は祝福だ。魔導師が人に授与する最上級の贈り物だね」


腹を押さえる。

(―――あの時どんな気持ちで、この紋を刻んだんですか?)

わたしは便利だから"紋"が欲していただけだ。

なりゆきで手に入れたけれど、本来享受するべき、する権利があるのはわたしではないのに。

"落し物"に気を使う必要なんて、何処にも無いのに。

唇を噛んでいないと、自分を罵る言葉が出てきそうだ。

けれどそうやって自分を罵って、感情を発散させる事でこの気持ちを薄れさせたくない。

勝手にしたのだから自分は関係ないと無視する事も出来ない。

受けた事に何も感じず生きる事も出来ない。

この胸の痛みも感情も、忘れずに、全てわたしが受け入れなくては。


「この話をミオにしたのは、避けないでやって欲しいとか…そういうつもりは無いんだよ。

ただこの世界で唯一ルキと同じ色を共有する事が出来る君には、知っておいて欲しかった。

何よりルキ自身が紋を贈った君だから、知っておいて欲しかった」


それだけ言って陛下は部屋を出て行く。

わたしは残された温室で胸の痛みに耐える事しか出来ない。


月だけが何も変わらず部屋を照らしていた。

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