18:その間の事
優しく頬を撫ぜる感覚で目が覚めた。
目の前には"灰色の瞳"。
それがゆっくりと近づいてきて―――――――――
『…澪』
『ル…』
「うぎょおおあああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ
――――…ぁあ、―――――夢か、何つー夢見てるんだわたし」
自分の叫び声で飛び起きた。
目の前には勿論、ルキさんなんて居ない。
体を起こし、ドアノブを押して"クローゼット"から這い出る。
昨夜は"色々"有った所為で、殆ど寝付けなかった。
ベットの中でまどろもうとすると、カッと羞恥で飛び起きてしまうので、自分の血の上った頭を冷やす為に、毛布をクローゼットの中に引っ張り込んでその固い床の上で寝た。
自分の湧いた頭には程よい、狭さと暗さと固さに、やさぐれた気持ちで床に転がった。
多少腰が痛いが、今の腑抜けた自分にはピッタリだ。
明け方漸くうとうとしてきたが、あんな"夢"を見てる時点で、あまり効果は得られなかった。
陽光がカーテンの隙間から部屋の中に入ってきている。
カーテンを開けて、太陽の光を浴びながら、伸びをした。
―――いつまでも、のんびりしている訳には行かない。
昨日の"アレ"はアレでソレでコレとしておいて置いて……
……………
………
(うああ――――!!!!無理!!!)
頭を抱えてベットにダイブし転げまわった。
(しっ死にそう…!こっこんな…、平気で居られる訳がない…!)
顔を枕に埋めて、ベットを叩きまくった。
「あの―――ミオ様?」
「ひょ!」
枕から顔を上げると、ドアを開けて硬直している、リリアーレさん。
( 何 故 そ こ に ! )
寧ろおかしな行動を取っている所をバッチリ見られた。
二人の間に微妙な空気が流れた。
最初に硬直が解けたのは、リリアーレさん。
「申し訳け有りません、声を掛けたのですが、お返事が無かったものですから…」
「い、え…すみません、こちらこそ気付きませんで…」
「…!!ミオ様、言葉が元に戻られたのですね」
(あ、そうか、リリアーレさんとは街で別れてそれきりだった…!)
わたしがぎこちなく返事をすると、リリアーレさんが感極まった様な表情で部屋に入って来た。
そしてギュッと抱き締められられる。
「私が付いていながら、ミオ様を見失った時は生きた心地がしませんでした。その上戻ってこられた貴女とは会話が出来なくなってしまう始末……本当に良う御座いました」
リリアーレさんの心底安心したと言う気持ちが、こちらにも伝わってきた。
昨日の蒼褪めた顔が思い起こされ、本当に申し訳ないと思う。
この様子じゃ昨日はろくに寝てないのではないだろうか。
「…すみません、ご迷惑とご心配をお掛けしました」
「いいえ…ミオ様が、…ご無事で本当に良かったですわ」
「…わたしもこうしてまたお話出来て嬉しいです」
実際リリアーレさんと会話して、やさぐれていた気持ちが弛緩する。
本当は言葉が戻った時点ですぐに、自分の無事を伝えたかったが、昨日はそれ所では無かった。
(―――ああ癒される。リリアーレさんテラピーは物凄い効果だ)
ずっとこうしていたいと言う雰囲気にさせる。
しかし、そうも言っていられない。
結局あの後の事など、全く解決していないし、わたしも疑問に思う事が山ほど出てきた。
それをちゃんと解決させなくてはいけない。
「あの…リリアーレさんは、街から戻った後陛下に会いましたか?」
「ええ、そしてミオ様が居なくなられたと言う事も、魔導師ベルが見つけたとも伺いました」
彼女の口から出てきた"名前"にギクリとした。
見つけた?それはつまり、何処まで話を―――――?
「あの…あの後ってどうなってたのですか?その…全然その辺りを知らないので…」
「ミオ様が居なくなられた後、私共でも王城を探しました。しかし見付からず、深夜近くになって魔導師ベルより、貴女を見つけたと言う連絡を陛下が受けて、私共はそのまま帰されました。それ以上の事は私も何も存じません」
「そ、そうですか…(良かった余計な事はバレてない)」
「突然部屋を飛び出されたと伺いましたが、一体どうなされたのです?」
「うっ…あの…その…」
「陛下もその辺りをとても疑問に思われていた様です」
「…え?」
(……まさか、陛下は森での"アレ"の事を知らない?)
どういう事だ。昨日の様子では、言葉が解らなくなったわたしを、ルキさんに委ね様としていたから、てっきり陛下も知っているのかと思っていた。
それでも、昨日わたしが執務室で陛下に声を掛けた時、わたしの言葉がおかしくなっている事に驚いている様子だった。
もしや陛下はわたしが、最初からこの世界の言葉を話せると、思っていたのか?
「えーっと…それは」
「私が今部屋に伺ったのも、それが理由ですわ」
「すっすみません…」
「陛下も王妃も、それは心配しております。どうぞお顔を見せに行って下さいませ」
確かに。もし陛下達が何も知らなかったのだとしたら、突然のわたしの逃亡に驚くに決まっている。
ルキさんが上手い事説明していると思っていたが、そうだ、彼は最初から説明不足の男だった事を思い出した。
もっと早い段階で話をして置けばよかった。
だが今更どうこう言っても遅い。
とんでもない勘違いがあったのだとしたら、早々に誤解を解かなければ。
「すみません、すぐ伺います!」
「はい、では準備を手伝いますね」
寝癖で飛び跳ねた髪を整えて、急いで顔を洗った。
新しい服に着替えて、鏡の前でおかしい所が無いか確認をする。
よし、大丈夫だ。
「お待たせ致しました!」
「では参りましょうか……あら?」
「はい?」
「…………?」
「……リリアーレさん?」
さて陛下達の所へ、と言う所でリリアーレさんはわたしをジッと見て首を傾げる。
彼女にしては少し珍しい態度だ。
「…いいえ、陛下の元へ参りましょう」
「…はい……?」
何だろう今の間は。
凄く気になるぞ、特に昨日の陛下とミシュの様子を見た後だと、尚更だ。
まさかまた髪が白銀に染まっていたとかだろうか。
鏡を振り返ってみたが、そんな事は無かった。
頭を傾げるリリアーレさんに続き、わたしも頭を傾げる事になった。
* * * * * * * * * * * * * * *
「「ミオ!」」
執務室に入った途端、国王夫妻のハモり声に出迎えられた。
朝っぱらなら豪華な面子が揃っており、寝不足も吹き飛びそうだ。
「お待たせしてすみませんでした」
「言葉が戻ったのだね」「無事な様だな!」
「はい、おかげ様で…」
奥のソファーの所に連れて行かれて、座って話しをする事になった。
目の前には国王夫妻、横にはリリアーレさんと、聞く体制話す体制、舞台はバッチリ整えられた。
あれれ、しかし"心配していた"と聞いていた目の前のお二人は"心配"よりも"興味"と言うのが正しい表情で――さあ洗いざらい吐いて貰おうか――とこちらを見てきている。
無意識に腰が引けてしまったのは、仕方が無い事だから許して欲しい。
「あの、すみません。何だか昨日は誤解があった様で…」
「突然驚いたよ、まさかいきなり部屋を飛び出して行くとは思わなかった。その様子じゃあ、事は解決した様だけどね」
「はい…その色々ありまして」
「色々?」
どう見ても、逃げられ無さそうだ。
このままだと吐かされる。
「あ、そうだ。昨日わたしがロヴェさんと執務室に来た後、どんな話しをしてたのですか?」
「ロヴェ…ああ、ロヴェルト。そうか、ミオはあの時の事解らなかったのだね…いいよ折角だから教えてあげよう」
陛下の顔が急に真剣になる。
(え―――まさか昨日凄く深刻な話しがされていたの?)
思わず居住まいを整えて、陛下の言葉に耳を傾ける。
陛下は昨日のやり取りを話してくれた。
「あの時はね――――――」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
執務中に、ドアの前が騒がしくなった。
そして思いがけない人物の、入室許可の声が上がる。
「ロヴェルト・ヴァン・セイグラント、入る」
「…ロヴェルト?入りなさい。」
何故彼が、この時間帯に執務室に訪れたのだろう。
「失礼する」
入室してきた魔導師は、心なしか焦った様子で足早に入って来た。
珍しい、稀な事以外では、表情を崩す事も無い彼がどうして。
「陛下、貴方が預かっている客人に異変が!」
「客人?」
するとすぐ後ろから、ミオが部屋に入って来た。
何故魔導師と一緒に現れたのか。
彼女は乳母と一緒に街に下りている筈。
それが何故―――?
「一緒に行ったリリアーレは…ミオどうしたんだい?」
そしてすぐに異変に気付いた。
こちらが話しかけたのに、ミオが全く反応を返してこない。
目はこちらを向いているのに、急に"難聴者"にでもなったかの様に、こちらの音が聞えなくなった様な反応を見せる。
ミオに近づいて、顔を見るが、体調がおかしくなった訳では無いようだ。
「わたしの声が聞えるかい?聞えるならミオ、返事をするんだ」
「―――、――――――。」
ミオはこちらの声に"反応"を返したが、首を振って理解出来ていないと云う。
しかもミオ自身の言葉も、こちらは何を言っているか解らない。
一体街に下りてから、何があったのか。
この状態のミオを連れて来た、魔導師に視線を向ける。
「ロヴェルト。君は何故彼女と一緒に?」
「はい、街に下りた所に偶然遭遇しました。彼女とは先日面識があったので話しかけると、迷ってると言うので、連れの所に連れて行く事になりました」
「つまり、君と会った時は"こう"では無かったと?」
「はい、彼女とは少し会話をしていたのですが、途中いきなり"こう"なりました」
「…何か変わった事は?」
「いいえ。鍛冶屋の連れにも会わせましたが、解決する事が難しく、ここに連れてまいりました」
「そうか、リリアーレが…しかし」
何故急に―――?
数時間前、ここに訪れた時には変わった所など無かった。
そもそもミオがこの様な状態になるのも、初めて見たくらいだ。
恐らく―――今彼女が話している"言葉"こそが、彼女の国の言葉なのだろう。
しかし何故いきなり言葉が理解出来なくなったのか。
そうしていると、新たな声が加わった。
「ルキウス・ベル、入る」
声が聞こえると共に、既にルキはドアから入室していた。
恐らく先日のミオについての追加報告だろう。
しかし、室内の様子を見ると足を止めた。
「出直す」
ルキならば何か知っているだろうか。
問い詰めようとしたが、早々と引き返そうとするので、後ろから羽交い絞めにして動きを封じる。
「待ちなさいルキ!ミオの言葉がおかしいのだが、何か知っているかい」
「陛下?――待てルキウス・ベル!何を逃げようとしている」
「……」
こらこらルキ、王に無言で攻撃するのではないよ。
何か思う所があるのか、やたらとこの場を離れたがっている。
(何をそんなに――――ミオ?)
先ほど室内を見回した後、ミオを見てから引き返そうとした様に感じた。
「何か知っているねルキ、教えてくれないか?」
「……聖域で初めてあった時"こう"だった」
「聖域!?どういう事だ、ルキウス・ベル!」
「……うるさい」
「抑えろ!…どういう事だいルキ。最初からミオは話せていた訳ではないのかい?」
ルキの発言にロヴェルトが噛み付きそうになったので、鋭く止める。
発言したルキの方に向き合うと、戸惑いの表情をしている。
今の会話でロヴェルトは、ミオがただの"客"では無い事に気付くだろう。
ただし今はゆっくり説明している暇は無い。
ロヴェルトには、一旦引かせ、十分に距離を離してから、会話を再開させた。
「森では"こう"とは、何があったんだい?」
「おれが意思疎通が出来る様にした」
「ルキが?一体何を?」
「おれの一部を媒体に使った」
媒体―――。体の一部を与える事でミオとの間に仲立ちを作ったのか。
それによってミオとの間に意思疎通が成り立つ様になった。
だが、何をこんな風に戸惑いの表情を見せるのか。
―――そこでピンと来た
まさか、媒体を使うついでにミオと"何か"あったのでは?
二人して帰って来た時の態度や、その後の行動などを見ていると、ルキは明らかにミオを意識した態度を取っている。
ミオにしても、ルキの事を憎からず思っている様だ。
(……もしや照れ隠しか?)
日頃から自分の世界に閉じ篭もりがちの弟弟子が、珍しい反応を見せている相手。
それが変わってくれればといつも思っていた。
そう思ってミオを手振りで呼んだが、事態はおかしな方向に進む。
肝心のミオは、ルキを見た途端に蒼褪めているし、ルキはルキで苦虫を潰した様な顔をしている。
特にルキの態度は顕著だった。
その二人の様子に、自分と二人との間で何か相違がある事に気付いた。
そして自分の考え違いにも。
―――何故避ける様な態度を取るのか、先日の"報告内容"と、実際目で見た"光景"に思い至る。
(そうか…やはり気にしているのか)
ルキにとっては絶望とも羨望とも言えるだろう、"その事"にこの先に起こりうる可能性に胸が締め付けられた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「――――――わたしとロヴェルトでは、言語を戻す事が出来ず困っていたんだけれど、ルキが治せると言うからミオを任せたんだよ」
「…まあそんな風でしたが…本当はもっと別のやり取りがあったのでは?」
「何も無いよ」
「それ勿体ぶって言う必要ありました?」
「無いね!…だからわたしはミオの話しに興味があるね!一体どうやって戻ったんだい?」
ギクリ。
自分で墓穴を掘ってしまった。
ここまで来たら、腹を決めるか。気が重いが、誤解されたままなのも嫌だ。
「つまりですね、わたしが逃げたのは…」
「「「逃げたのは?」」」
「つまり…」
「「「つまり?」」」
「…血を飲まされるのが嫌だったんです」
「「「血?」」」
三人の声が見事な三重奏を奏でる。
「つまり、わたしがこの世界に落ちて来た時も、同じ様に言葉が理解出来なかったのです。その時ルキさんは自分の指を切って血をわたしに飲ませたんです。そうしたら…言葉が理解出来る様になりました。ルキさんは"血を媒体にした"とか言ってましたが、血は血なので…結局捕まりましたけど」
最後の方は自分でも段々声が小さくなって、きちんと聞えたかどうか解らない。
勢いで逃げてしまったが、凄く子供っぽい駄々をこねていると思われたら心外だ。
「「「・・・・・・」」」
「野蛮だな」
「お気持ち察しますわ」
「ルキはおばかさんだねえ」
わたしの言った真実に、三者三様の返事が返ってきた。
よかった―――もし"アレ"が異世界の常識とかだったら、付いていける気がしない。
「ルキは自分の血を媒体に…ね、話せなくなった理由は血の効果が切れたのだろう」
「効果が切れた?」
「考えてもごらん、飲んだ血、ずっとミオの中に留まっている訳では無いだろう?」
「…………あっ!」
陛下が言わんとしている事に気付いて、赤くなる。
そうか、輸血や血の入れ替えをした訳ではない、薬と一緒で暫くしたら効果が消える。
そう言う陛下はしかし、何処か釈然としない様な顔をしている。
自分で振った話しなのに、何故その様な顔をするのか?
「しかし血を媒体にして、今回も戻ったのなら、今後も同じ事が起きるのではないか?」
ミシュが尤もな事を言って来た。
確かに昨日も"血"を飲まされてから、言葉が戻った。
けれど今回は―――――――――無意識に下腹を手で押さえつけた。
「あの…その事は…もう大丈夫だと思います」
「それはミオの雰囲気が変わった事が関係しているかい?」
「え!?」
(―――なにそれ!まさ陛下…視えている?)
それともそんなにわたしは分かり易い雰囲気を出しまくっているのか?
「あら、陛下もそう御思いでしたか?」
「そうだな、何か変わったな?」
リリアーレさんやミシュまで同じ様な事を言い出した。
三対の目に同時に見られて、わたしは及び腰になる。
核心に触れそうで触れない所を、じわじわと攻められている気分だ。
「お部屋でも思ったのですが…何と言いますか、ミオ様を"身近"に感じられますわ」
「確かに。…こう言っては何だが…今日は同じ"人"だと感じられる」
「…え!?…ミシュ?」
「すまんな、気分を害したのなら悪かった。ただ…その様な感じがするのだ」
思ってもいなかった反応に、戸惑いが隠せない。
雰囲気が違うと言うのは、わたしの根本からの話しだったのか?
わたしってそんな得体の知れない気配を醸し出していた?
もしかして"落し物"だから、見た目は人間でも、気配は人外だとか?
「二人が感じている事は、確かに間違いないよ」
「わたし…そんな変な気配でしたか?」
自分だけが気付いていなかったのなら、とても気まずい。
「変な…というか、ミオの世界にも国の異なる人間はいるかい?」
「…?はい、居ますけど」
「それはすぐにわかる位に?」
「…そうですね、外見的特徴もそうですが、国独自の雰囲気といいますか…」
「そうそう、わたし達にとって、昨日までのミオは"違う国の人間"と言う雰囲気が強かったのだよ。ただ今は"同じ国の人間"と言う雰囲気を感じられる。身近に感じると言うのはそういう事さ」
「あ…そうなのですが、安心しました」
確かに地球でも人種が違うと、雰囲気が全く違う。
白人種・黒人種・黄色人種と外見的特徴でもかなり違う。
同じ黄色人種でも、見た目が殆ど同じの韓国や中国の人間でさえ、近づくと雰囲気が違う事に気付く。
恐らく国独自の文化や生き方で、その人から感じる雰囲気が違うからだ。
「わたしは魔導師だから、二人よりもより明確に君の変化を感じられる」
「変化…ですか?」
「今の君は"この国"の気配を纏っているのだよ。それもかなり濃い気配だ」
「あの…それは」
正直に言わないといけないだろうか。あまり昨日の事は話題にしたくない。
けれど"紋"については以前陛下に頼んでしまっている。
ここで話しておかないと、陛下にも悪い事をしてしまう。
「実は…昨夜ルキさんは、わたしに"紋"を刻んだんです…それが原因でしょうか?」
「ほう!」
「まあ、そうでしたの」
ミシュとリリアーレさんが、納得と言う表情をした。
しかし―――
ガタンッ―――!!
陛下が思わずと言った表情でソファから立ち上がっていた。
そしてハッと気付いてまた、腰を下ろす。
わたしもミシュもリリアーレさんも、突然の陛下の行動に目を見開いている。
「ああ、すまないね。あまりの事に驚いてね…続けて?」
「…はい。ルキさんも何度も血を飲ませるのは不毛だと言って、それで私の"深名"ですか?その…名前を呼んで、そしたら……"紋"が浮かび上がったんです」
「確かに…手順は合っている」
「手順?」
「前にミオにこの国で"紋"を持っていない者の話しはしたね?」
「はい、孤児や…事情がある人間は、後から与えられると」
あの日、執務室で陛下に依頼した時の事を思い出す。
そしてわたしに"紋"を与えるのに、時間が掛かっているとも。
「"紋"が無い者には魔導師が代理で与えているのだよ。魔導師は対象者の本質を"視る"事が出来る。そして"深名"を知る。それは"血統"を読むとも言うね。
そしてその者が本来持っている"紋"を呼び起こす。
生命樹と根本を同じとした力を身に宿しているから出来る事だね。」
「そうなのですか…」
「けれどミオの事を頼める魔導師が、なかなか……居なくてね。どうしようかと思っていたが…杞憂に済んだようだ」
「あの…」
陛下は納得した様な事を言っているが、何故かそう言っている時の"目"が気になった。
釈然としない様な、信じられないと言う様な―――
「それで?ミオの"紋"はどんな形なのだ?」
わたしの思考を中断させる様に、ミシュの声が聞こえた。
「私も拝見してみたいですわ」
リリアーレさんも後に続く。
その視線を受け止めるのは、わたし。
しかしそんな事を言われても、腹を出す訳にも行かないし、第一もう消えてしまっている。
"雪中花"と言って、伝わるかどうかも分からない。
自然と助けを求める様に陛下に視線を向けるしかない。
女三人からの視線を一同に受けた陛下は、少し困った様な笑いを見せた。
「…仕方ないね」
そういって陛下はわたしに手をかざして、指で文字を描く様な動きをする。
すると空中にキラキラ光る砂の様な物が現れた。
砂は下に流れているのに、床には零れず、空中で消えている。
それが空中に浮いたホログラムの様に、わたしの"紋"を描いた。
「美しいな…"春告げ花"か」
「"春告げ花"…?」
「ええ、この国は基本温暖ですが四季が無い訳ではありません。一部の地域では雪が降る所も御座います。その土地にだけ咲く花で、雪の中でも咲いて季節が変わる事を教えてくれるのです」
わたしの疑問にリリアーレさんが答えてくれる。
日本に咲く水仙と似た様な生態の様だ。
しかしわたしの"紋"が水仙とは…確かに冬生まれだけれど。
わたしのイメージって水仙って感じなのだろうか?
陛下の"生命樹紋"やリリアーレさんの"一枝三葉紋"は凄くイメージピッタリな感じだけれど、自分だと何だかしっくり来ない。
自分だと客観的に見れないからだろうか。
いつの間にかわたしの"紋"は消えてしまっていた。
「ミオ様の穏やかな雰囲気には良く合っていると思いますわ」
「そうよな。ミオは言葉で表すと"ほあほあ"してるからな」
「え…ほあほあ?…そうですか?」
女性人二人には好評な様だ。……ほあほあ?
その後も"紋"の事でだいぶ盛り上がった。
昨夜のルキさんとの事は、誤魔化して話したが、どうやら三人とも不審には思われていない様だ。
あらかた話し終えると、ちゃんと納得してくれた様だ。
良かった、あんな事バレたら軽く死ねる。
ここに来た目的の一つが解消したので、わたしはやっと"自分の"疑問に取り掛かることにした。
「一つ疑問に思う事があるのですが、聞いても良いですか?」
「ん?なんだい?」
わたしの疑問に答えられる可能性のある、陛下に向けてわたしは言った。
恐らく陛下は少なからず"知っている"と思われる。
「先日わたしがルキさんに、この部屋に連れて来られた時の事です」
あの時の陛下は慌てる様子が見えなかった。
つまり事前に見ていたか、知っていたかのどちらかだ。
"先日"と"執務室"と言う事から、ミシュにも何かピンと来た様だ。
リリアーレさんだけは、何だか分からないと言う顔をしている。
けれど彼女にもいずれ気付かれる事だ、この際一緒に聞いて貰おう。
この先絶対に"ああならない"とは限らない。
「昨夜わたしがルキさんと会った後、部屋に帰って鏡を見たら、髪と瞳の色が変わっていました。そして、恐らく先日も"そう"だったのでは無いですか?」
ミシュはあの時と同じ表情で、また陛下を見た。
リリアーレさんは分からないけれど、事の深刻さに気付いた様だ。
何の口出しもしてこず、陛下の反応を待っている。
「わたしに何が起きているんです?」