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魔導師の落し者【休止中】  作者:
落ちる黎明の黒
18/37

16:その遭遇

「こんな筈ではなかったのに…」


周りは白壁に囲まれた通りで、無特徴さが方角の感覚を狂わせる。

塀はわたしの身長よりも高い為、遠くの屋根の特徴を見る事も出来ない。


―――数分前の楽観的な自分を叱咤したくなる。


横道に入った所に並んでいた店々は、個人宅を改装した様なアットホームな雰囲気を携えていて、概観的にも澪を楽しませた。

人も居るが、大通り程ではなく閑静な雰囲気だ。

その中で室内照明を扱っている店をみつけ、足をそちらに向けた。

ぱっと見た所、店内に他の客は居らず、店主も会計には出ていない様だ。

屋根から下げられた外灯看板には"イチジク紋"『開店中』とあるので、用がある時には声を掛ければ良いのだろう。


シャンデリアなどの大きな物ではなく、机の上や足元灯に使う様な小さな物を中心に取り扱ってる様だ。

この国の照明は驚く事に太陽光式なのだ。

ただ日本のソーラーシステムの様な物ではなく、"光板(プレート)"と言われる物質(板と付いているが、丸かったり四角だったり平たかったり様々)に太陽光を浴びさせ蓄積させて使うのだ。

日中に太陽光を吸収させて、照明器具につけて利用する為夜でもかなり明るい。

この光板(プレート)は600年程前に居た魔導師が作り出した技術で、今では国中の人が誰でも使える程に浸透している。


照明は繊細なガラス細工で加工されており、光を受けて様々な輝きを放っている。

(こーいうの玄関に置いたら可愛いだろうな)

(あれはリビングに置いたら雰囲気が良くなりそう)

今は一人暮らしでお金も少ないので、小さい家だが、夢は一軒家だ。自分好みの家具や照明などを置いて自分の理想の"城"を作りたいと夢見ていた。

月一でリフォームの本を買っては、いつかは自分も。と想像して楽しむのが密かな喜びなのだ。

ひとしきり見て回って満足したので、そろそろ戻ろうかと思った。


が、その時、思わぬ音を耳が拾ってしまう。

まさに偶然の産物!寧ろ必然だったかもしれない!悪魔とも天使の所業とも思える!

まさか、いやしかし、常人だったなら気付かず、過ぎ去ってしまうであろう音も、澪の耳は正確に捕捉した。



「わんわん」


とんでもなく俊敏に首がそちら(・・・)の方向に向けられた。

(ああ…やっぱり!)

そこには思っていた通りの"お姿"。


「わんわん」


ピンと立ったお耳に、クルンと上に撒いたお尻尾、ヘッヘッと舌を出している様子は笑顔にも見え、どーんと四肢で地に立つ姿は雄雄しくも、愛らしさを前面に押し出してきている。

ちょっと太めのガッシリしたおみ足も、アーモンド・アイの円らな瞳も堪らない魅力を醸し出している。

是非その雄姿を後姿からも堪能したい。

その"お姿"は見紛うこと無い お 犬 様 。

戻らなくてはとか、飼い主はとかは全て頭からぶっ飛んだ。

そこにお犬様が居るから。

何を隠そう澪は大の犬好きだ。鈴木・イヌスーキ・澪に改名してもいい位犬が好きだ。

真っ白な体毛は犬種は違うが愛犬(チャーハン)を思い出させた。

可愛い!是非お近づきに!触りたい!触ろう!触るべき!触らなければ!

あらゆる思考が全て目の前の対象に注がれた。


相手も澪に注視されている事に気付き、ジッと見返してくる。

興味を持ったのか、前倒姿勢でお尻上げて左右にステップを踏んでいる。

その姿を見ただけで、澪は頭の中に"わんこ超可愛い"の嵐が吹き荒れる。

驚かせない様に、ゆっくりと近づく。わんこは逃げない。

もう一歩進む。わんこは同じ位置に居る。

手が届きそうな位置に来て、澪もしゃがみ込み、視線をわんこに合わせる。

ヘッヘッと言う息が身近に聞こえる。

(仲良くなったら頭を、もっと仲良くなったらお腹と尻尾の付け根を撫でさせて頂こう。)

そのままゆっくりと手を前に出し、まずは慣れる為に下から首に触れようとする。

もう少し、と言う所で、わんこは軽快なステップで澪の前から飛び退ってしまう。

だが逃げるのではなく、少し離れた所でまだこっちを見ていた。

もう一度、澪はゆっくりと近づいていった。

しかし今度はわんこはトコトコと道を歩いていってしまう、「あっ待って!」と澪も後を追いかけた。

わんこは散歩する様な速度でトコトコ歩いている為、澪も簡単に付いて行けた。後ろから見ると尻尾がクルンクルン、お尻がプリプリしてて絶景だった。


そのままわんこに付いて暫く歩き、わんこが道の角を曲がる。

しかしすぐ後をついて来ていた澪が角を曲がった時には、わんこの姿は消えていた。


「あれ?」


周りは生垣になっていて、個人宅の庭らしき物が見えている。

この辺りの家の子だったのだろうか、耳を澄ませてみたが、わんこの泣き声一つしない。

振られてしまったか…とガックリした所で、はたと気が付く。

いつの間にか景色が商店街から、住宅街になっていて、道に人の姿は全く見えない。


「…しまった」


ここに来て漸く自分の失態に気付く。

犬に気を取られて、勝手にお店から離れてしまった。

彼女(リリアーレさん)の用事はそろそろ終わっているかもしれない。そうだとしたら近くに居ないわたしに気付いて今頃顔を蒼くしているかもしれない。

(急いで戻らなければ―――!)

こうしては居られない、急いで元来た道を引き返した。

わんこについて歩いていたのはそれほど長く無かった筈だ。恐らく10分程度。ならばそれほど商業地区から離れていないだろう。

周りの景色の様子から、今居るのは()の一般住宅街に入り込んだのだと当たりを付ける。

太陽の位置や遠くにうっすらと望む聖域の山から、大体の王都の方角を計算して歩き出す。

しかし似た様な道で特徴が少ないため、その内方向感覚が狂ってきた。

まわりを良く見ていなかったので、正確な道も分からない。

こちらだ、と言う方を選んで歩いてきたが、一向に商業地区の人のざわめきは感じられない。

考えまいとしたが、これは間違い無く、


「わたし迷子?」


知らない土地で冗談ではない。

必死に見覚えのある景色を探して歩く。

いくつかの曲がり角を曲がった所で、足が痛くて足を止めた。

ずっと歩き詰めなので、サンダルのストラップ部分が皮膚に擦れて剥けていた。

何処か座りたい所だが、ここで座ったら立ちたくなくなりそうなので我慢する。

少し足首を回して痛みを散らせた。


そしてまた歩き出そうとした所で


「むぐっ!!」


後ろから来た手に口を塞がれた。

痛みと疲れでぼうっとしていた為、反応が遅れる。

(―――何!変質者!?変態?痴漢!?)

暴れようとしたら羽交い絞めにされて動きを封じられる。


「騒ぐな。…お前何で此処に居るんだ?」


(―――この声は!!)


後ろからわたしを羽交い絞めにしている男が静かに問いかけてきた。


嫌な予感がして振り向くと、そこに居たのは昨日の"変な男"だった。

(もう会わない様にと思っていたのにこんな所で…!)

こんな時は颯爽とヒーローが駆けつけて助けてくれたりするんじゃないのか。

脳内では颯爽と駆けつけるミシュ。何故か壁を蹴り壊して。

それなのに、選りに選ってこの男か。

自分の運の無さに人生の無情さを感じた。


「むーっ!!」

「こらっ!暴れるな」

(そう言われて静かにする奴が居るか!)


力いっぱい暴れて、男の足を踏んづけてやったりしたが、しぶとい男はわたしの拘束を解こうとはしない。

こうした時体格差が悔やまれる。男も身長が高くわたしの頭の遥か上に顔が見える。

わたしが暴れた位では、ビクともせず。逆にわたしが当たり負けしてしまう。

暴れ疲れてぐったりしてしまった。


「…いいか、手を放すが騒ぐなよ?」


漸く大人しくなったわたしに、男が声を落として聞いてきた。

口はまだしっかりと抑えられている。

男が何を考えているのか分からないので、一応わたしは大人しく頷く。

今の所危害は与えて来ないが、昨日の今日だ、用心に越したことは無い。

男がゆっくりと手の拘束を解いたので、わたしは体を後ろに向けて男と向かい合う。

やはり"変な男"だ。昨日と同じ様に魔導師の外套を纏っている。


「お前何故ここに居る」

「………」


正直に言って言い物か一瞬判断に迷った。

昨日の態度からあんまりわたしに対して好意的な行動を取るとは思えない、ただし魔導師は国に仕えていると言うから、陛下の部下でもあるのだろうし。

素早く頭の中で計算し、後者に掛ける事にする。背に腹は変えられない。


「迷子です」

「迷子?」


わたしの言った事に、男からの威圧感が若干弱まった。

男はまたわたしを上から下までジロジロと見た。

その見方は癖なのか?本気で止めて欲しいのだけれども。

男は少し考え込む表情になる。


「…連れは居るのか?」

「商業街の鍛冶屋に居ます」

「…わかった、送る」

「えっ!」


何急に親切になったんだろう。道を教えてくれないかと微かな期待はしたけれども…逆に何だか怪しい気がする。

"変な男"だし。実に怪しい。


「変な男ではない。ロヴェルト・ヴァン・セイグラント。魔導師だ」


口に出てしまっていたらしい。何て正直な口なんだ、わたしの口。

しかし場所を考えるべきだった、魔導師(この男)とたった二人きりの状態では、言葉一つで何をされるか分からない。


「…連れに会いたいなら付いて来い」


男の反応を見ていたが、特に名乗る以外には何もされず、男は歩き出してしまう。

なんだと言うのか。昨日は有無を言わせずだったのに、今日になってこの対応。

信用した訳ではない、少し距離を置いて男の後を付いていった。


暫く無言で付いていったが、男が突然口を開いた。


「昨日は悪かった。ルキウス・ベルより…事情は聞いた」

「え…?」

「陛下の食客と聞いている」

(えーっと…それは何処まで事情を知っているんでしょうか?)

「事情があり貴賓待遇で国には入れなかった為に、ルキウス・ベルが関与したと聞いた」


男がわたしの心の声に返答するかの様に言った。

どうやら"落し物"の事までは、伏せられたままの様だ。

(そうか、わたしは陛下の食客扱いなのか。実際は食客どころか居候ですけども)


「…悪かった。そうとは知らず馬鹿な事をした」


男は今までの態度が、嘘の様に謙虚だ。凄くばつの悪そうな表情。

心なしか気落ちしている様にも見える。

意外な反応だ。


「俺はどうも…ルキウス・ベルが関わると我を忘れてしまう」

「ルキさん?」


知った名前が出てきたので、反応してしまった。

そういえば、この人は(とりあえず男からは昇格した)昨日も、ルキさんの事でやたらと食いついてきていた。

何かあるんだろうか、ルキさんとの間に。

王城で他の人が向ける視線とは、また少し違った意味の視線を、この人は彼に向けている。

昨日感じたのは"畏怖"と"嫌悪"、ただそれだけでは無かった様に感じた。


「…あの、ルキさんの事嫌いなのですか?」

「……そう言った感情で表現するには難しい思いを奴には抱いている」

「……?」


妙な言い回しだ。嫌いだと否定している様にも肯定にも聞こえる。

―――という事は、嫌いでもあるが、そうでも無い部分もあると言う事だろうか。

なんだって、わたしが知り合った魔導師は揃いも揃って"こう"なのか。

ルキさんも陛下もこの人も、癖があって扱いづらい。


「……」

「……」


結局話題は途切れて、中途半端に無言の時間が流れた。

先ほどまでは、大丈夫だった無言が、今は少し居心地が悪い。

変に会話してしまったからだろう。

わたしはそれでも問題ないが、前を歩く"人"は、後ろをかなり気にしてしまっている。

根は素直だけど不器用な人なのだろう、自分の非を認めてからは、わたしに対する態度が改まっている。

それで背後から襲うのはどうかと思うが。

(…はあ―――お人よしだよな…)


「何故ルキさんの事を話す時に、名前と家名(フルネーム)?も全て言うんですか?」


仕方なく、こちらから話題提供をした。

その気遣いは相手にとって、渡りに船だった様で、あからさまにほっとしている。

(ああ…わんこだ、デッカイわんこが見える)

頭とお尻に見えない耳と尻尾が見えた気がした。


「それは魔導師を呼ぶ時の決まりだからだ」

「決まり?」

「ああ、魔導師は"個"であり"団"ではない。家から継いだ名も魔導師たる"個"の括りの下位に定められる。俺が魔導師で無ければ、セイグラント家の"ロヴェルト"で良いが、俺は貴族ではなく魔導師だから、"ロヴェルト・ヴァン・セイグラント"で"個"となる」


つまり継いだ家名も含めて、魔導師個人を表しているって事か。

でも陛下やミシュやリリアーレさんとかは個人名だけで呼んでいたから、魔導師だけの決まりなのかもしれない。

もし一般人もフルネーム呼びを強制されたら、とても会話が面倒でまどろっこしい。

(ん?と言う事は、この人貴族出身って事?)


「あの貴方って―――」


頭に浮かんだ疑問を聞いてみようと思った瞬間、


キーンッと頭に耳鳴りがした。

一瞬周りの音が全て消えて無音の世界になり元の音が戻ってくる。


「―――貴族出身なのですか?」




「――?―――…――??」

「…は?」

「――――――――……―――!?」

「え…?何を言って…もう一度言ってください」

「――――!!」


目の前の人が驚愕の目でわたしに"何か"話しかけてくる、それなのにわたしには何を言っているか分からない。

今までは普通に話せて居たのに、何故急によく分からない言葉を使い始めたのか。

そう思って、―――違う。と気付いた。


初めてルキさんと森で会った時、あの時と同じ"音"が目の前の人から聞こえて来る。

この感覚は覚えている。



違う言葉を話し始めたのではなく、"わたし"が言葉を理解出来なくなったのだ。



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