15:その王都
「それは災難でしたわね」
「何だか皆可笑しかったんですよ」
「それは是非拝見して見たかったですわ」
わたしは今リリアーレさんに昨日の事を愚痴っていた。
彼女とはお茶会後会っていないので、昨日の騒動を知らなかったのだ。
話は聞いていた様で、顔を合わせたら心配されてしまった。この通り元気です。
「ですが、何事も無く済んで良う御座いました」
「そうですね。…毎度思いますけど、魔導って凄いんですね。怪我も綺麗に治してしまうし」
「恵みや癒しは生命樹の恩恵を尤も顕著に具現した力ですから」
「へえ」
そういえば、この国の農産業が豊かなのは恩恵のお陰だって言われた。
樹がそれだけ凄い力を国や個人に与えるなんて、言われただけでは想像し難いものである。
驚きなのは魔導師が使う"能力"って言うのは、生命樹から送られて来る力を使っている訳ではなく、元々魔導師自体が、生命樹からそう言った"能力"を与えられ身に備えているという事。
能力の大小はあれど、力は魔導師自身のオリジナルらしい。
だから元々身に宿した恩恵が多い人ほど"能力"も大きく濃い、小さい人ほど"能力"が少なく薄い。
わたしとしては生命樹=発電所本体で土地を通して国に電力を供給する。
魔導師=本人が小さい発電所、自立発電出来るが作れる電力に差がある(元々の資本の差?)。
一般人=発電所から直接送られる電力で暮らしている。
―――と言う様に一旦自分の常識に当て嵌めてから考えないと、訳が分からなくなる。
実際はニュアンスとか違うかもしれないが、大体こんな感じだろう。こんな感じにしとこう混乱する。
漫画やゲームの主人公が突然見知らぬ土地に行って、その土地の常識をすぐに理解や納得してしまう描写を見るが、事実は小説よりも奇なり―――だ。
「ミオ様が今いらっしゃる西棟は、数代前の後宮を利用した古い建物なので、壁が傷んでいる所も有るので気をつけて下さいませね。―――――…ミオ様?」
「あっはい、気をつけます!」
考えに集中してて反応し遅れてしまった。
元々思案するのは好きだけど、人が居る時には気をつけなくては。
「それから、昨日のお茶会がかなり評判になっている様で、早速"ミルクティー"や"ジャム"など真似して居る方が居るようですよ。流石にレース編みのクロスや薔薇を飾ったりなどは、陛下のお茶会位にならないと難しい様ですが」
「良い傾向ですね。真似からでも自分で"良い"って思える物を追求していくのが大切なのですよ。その結果、自分も楽しんで人にも喜んで貰えた。って言うのが理想ですね」
「はい、私も早速友人に伝えて、とても興味を持っておりました」
「昨日お出しした食事のレシピは料理長に渡してあるので、知りたい方が居たら教えて上げてください」
「そうでしたの。では私も後で伺って見ますね」
ちゃっかりしてるなあ、リリアーレさん。
本当はお世話になっているので直接教えてあげたいけれど、王城での調理許可が下りていないのと、まだこちらの世界の食材名や調理器具を覚えていないのでそれも難しい。
まあ王族貴族が口にする食料を扱う場所にほいほい部外者が立ち入らない様にするのは普通だ。料理長と話をした時も別の部屋に移動して貰ったしね。
でもお茶の時は好きにして良いって言われたので、これから茶葉とか色々研究してみよう。
お茶と言えば、ここの国に来て初めて口にしたルキさんのお茶も、あれは一体何のお茶だったのか非常に気になる所だ。
香りはまんまベルガモットだったけれど、一体何を使ったんだろうか。
まさか魔法使いみたいに何か色々な材料を混ぜ込んでかき混ぜて―――考えるのを止めよう。
「ところでミオさま、私本日は街に下りる予定なのですが、一緒にいかがです?気分転換にもなりますし」
「えっ!!」
(今なんと―――!)
「いかがなさいました?」
「わたし、王城の外に出ても良いのですか?」
「……?いけないのですか?」
「……あれ?そう言えば良いとも駄目とも言われて無いです」
「陛下は私にミオ様のお役に立つ様言われましたから、この事も想定されてると思いますが」
そういえば、陛下はわたしの行動について、これと言って制限は付けていない。
強いて言えば、一人で出歩かない様に言われた位で、基本自由な物だ。
自分の生活保障や街に行ってからの事に精一杯で、回りから見た王城での立場を全然気にしてなかった。
まさか昨日の魔導師もわたしを不審者だと思ってたんじゃ…いやいや、それにしたって言動とかなんか最初からおかしかったし。やたらとルキさんの事で噛み付いてたし。
……まあ良いか。もう会わない様にすればいいだけだし、わたしその内に王城でるし。
一応陛下に許可貰って問題無ければ、外出しちゃおう。
寧ろ思いついたら、どんどん行きたくなって来た。
どんな感じだろう城下町って凄く気になる――――!!
「外出?うん、良いよ」
陛下からいとも簡単に外出許可が出た。
「本当ですか?わたし勝手に出たらいけないと思ってました」
「出かける時に声掛けてくれたら良いよ。ミオは慣れてないから何かあっては困るだろう?」
「はい…でも良いんですか?」
「君は"落し物"としてこの国に来たけれど、だからと言って監禁や実験対象にするつもりは無いよ。こちらとしてはミオの手助けはしてあげるつもりだ」
「わたし何の役にも立ちませんが…」
「利害は求めていないよ。君がこの国で生活する以上、その生活の保障をするのが王の仕事だからね。それに引け目を感じる必要は無いよ」
「…あの、ありがとうございます!」
陛下がそこまで考えていてくれたとは思わなかった。
ここまでされたら、感謝の言葉しか出て来ない。
ここで遠慮したら逆に陛下に対して失礼だと思った。
本当にこの国の人には貰ってばっかりだ。
「わたしリリアーレさんと行ってきます」
「うん気をつけてね」
王城の外に出れる!
ずっと気になっていた外の様子が見れるのだ。これが期待せずにどうする。
わたしは陛下の許可を貰ったら、急いでリリアーレさんの所に戻った。
* * * * * * * * * * * * * * *
王都は大きく分けて6つのブロックに分かれている。
最初が聖域と言われる、生命樹の森がある山(わたしが最初に居た場所)。
その山の麓に抱かれる様にあるのが王城(騎士団や魔導師棟とか居住棟とかあって凄く広い)。
次が王城に一番近い貴族の屋敷が立ち並ぶエリア(リリアーレさん家はここにある)。
次に商店が軒を連ねている商業エリア。
次が一般人が暮らしている民家が並んでいるエリア。
最後が国営の農場・牧場・水産業などがある産業エリア。
因みに魔導師が常駐している派遣所は各エリアに数箇所あるらしい。
今わたし達が来ているのは商業エリア―――らしい。
リリアーレさんに簡単な地図を貰って眺めているが、さっぱりだ。
何しろ王城から出てすぐに馬車に乗り、ここまで40分近く掛かった距離だ。
どれだけ王都広いんだと!
地図で見る分には分かり難いが、貴族の道は無駄な位広くて窓から外を見ても同じ貴族の屋敷郡が何処までも続いていて、一つ一つの屋敷の大きさが信じられない位大きい。
貴族の屋敷地帯で一つの街が出来上がっている。
商業エリアは露天やテント売りの商店が並んでいるのを想像していたが、2階建てのアーケードになっており、天井は前面窓張りで上から照明器具が所々に設置されて、凄く近代的な商店街の様になっていた。
商業エリアは人通りがあるので、入り口近くで馬車から降りて歩いている。
リリアーレさんは今日鍛冶屋に用事があると言っていた。
わたしは逸れない様に後ろを付いて歩いている。
何でも息子さんにお子さんが生まれたそうで、リリアーレさんにしたら初孫、そのお祝いに守り刀となる様に短剣を一振り贈るそうだ。短剣を渡すのは女性の役目らしい。
その短剣のデザインなどを決める為に直接鍛冶師に話をするのだと言っていた。
目的のお店は商業エリアも中ほどに近い場所にあった。
扉を見ると散房に広がった生花の"紋"(フジバカマに似てる)で、『鍛冶屋「オルト・ヴェルノーズ」鉄製品承り』と言う様な意味の情報が頭に入って来た。
(こー言う風に使っているのか)
入り口のベルを鳴らして中に入ると、年配の男性が応対に出てきた。
リリアーレさんを見るとすぐに奥に通される。
わたしは邪魔になるだろうから、他のお店を見てみようと思い彼女に話しかけた。
「あまり遠くには行かないよう」「はい、ちょっと見て回るだけですから」彼女に一言断わりを入れて外に出た。
通りを歩いてみると、リリアーレさんに聞いていた通り、文字看板は殆ど見られず、大体の店舗が"紋"を看板やお店の至る所に掲げていた。
それで気付いたのは、"紋"が木や花や実などの植物を模った物ばかりという所だ。
国名が生命樹って位だから、それに準じたり関係のある物が象徴となるのだろう。
因みに陛下(陛下の場合は"王"の紋で一律決まっているらしい)は生命樹を模しているそうだ。
この国の"紋"はみんなどれも可愛い系や綺麗系で、"紋"だけ見比べるのも楽しかった。
お店は食品や繊維・装飾品、宿泊所や雑貨や書店、食事所など、ありとあらゆるお店が立ち並んでいて、沢山の人が行き来しており活気があった。
お金を持っていないので買う事は出来ないが、始めてみる物や見慣れた"似た物"などを見るのも、ウインドウショッピングをしている様で楽しい。
"黒髪"が珍しいのか、たまに目を向けられるのが気になるが、外国を歩いている時はこんな物だろう。
その証拠に髪を見て「おっ」と言う顔はしても、すぐに興味が削がれるのか、暫くしたら自分のしている事に戻っていく。
街で外国人が居たらつい目が行ってしまうのと同じレベルの様だ。
一通りメインの大通りを見て回ると、今度は横道に並んでいるお店が気になってきた。
横道のお店は大通りほど大きな店構えではないが、アンティークっぽい家具や照明を置いているお店などが見えて、興味がそそられる。
ちらりとリリアーレさんが居る"鍛冶屋"の位置を確認した。
(ちょっと見て帰るだけだし…もし迷ってもこの大通りに戻れば…)
少しだけ過ぎった不安も目の前の興味には勝てず、わたしは横道に飛び込んだ。
―――数分後
わたしは人も疎らな通りに一人立ち尽くしている。
「ここ何処!?」