14:その不可解な
結局"花"について陛下は口を割らなかった。
わたし以外の人達は"ルキ"さんと言う名前を聞いて、何となく理解はしたらしい。
一人だけ除け者で何だか損した気分だ。
ルキさんが空から花を撒いている姿を想像する、わあまるで妖精!
「ルキで変な想像するのではないよ」とか陛下が言っている。知るか!
何だか分からないけれど、ルキさんが何かしたんだろう。
ルキさんに関しては毎度毎度良く分からないので、何かしたんだろう、ばっかりだ。
それで良いのかルキさん。
聞こえてもいないであろう相手に突っ込みを入れる。
お茶会が大成功に終わり、わたしはルキさんの部屋に向かっている。部屋が近いので一人でだ。
結局お茶会に来てはくれなかったが、出されたお菓子のお裾分けをするつもりで。
紅茶については何時飲むか分からないし、時間が経った物を出したくなかったので、最初から持ってこなかった。
"慣れた"ドアをノックする、が、やはり応答は無い。取手を引くとドアが開いた。
相変わらず鍵が掛かっていないので、家主が何も言わないことを良い事に、最近では堂々と部屋に入ってしまっていた。勿論立ち入るのは温室のみで、他の部屋には一切触れない。
部屋に家主は――居るか居ないか分からない。
一応声掛けしているは居るが、殆ど意味を満たしていない。
温室に進むと奥のテーブルに、バスケットごとお菓子を置く。
(ここに置いておけば気付いてくれるだろう)
用事が済んだ事で早々と部屋を出る事にして、何だか不思議な感覚を覚えて立ち止まる。
木々は静かにそよいでいる。
あ―――そういえば、明るい時間帯に此処に来たのは王城で目覚めた日以来―――初めてだ。
いつもは夜遅くになっていたから、夜感じる部屋とは違う雰囲気に違和感を感じたのだろう。
(そっか…確かこの世界で1度目は森、2度目は此処で目覚めたんだった)
あの日と変わらない温室がここにあった。
暫くこの空気を堪能し、わたしは部屋を出た。
* * * * * * * * * * * * * * *
自分の部屋に帰る為に廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「そこの!」
「え?」
周りには誰も居ない。わたし?
後ろを振り向くと見慣れた外套をまとった"知らない男性"。
わたしが歩いて来た方向から、その人は近づいてくる。
格好から魔導師―――だと分かった。
そんな人が何の用だろうか。
「今、何処から出てきた」
「…何処って…」
「今!どの部屋から出てきたと聞いている」
何なんだろう突然。どの部屋ってルキさんの部屋でいいんだろうか。
まさか不法侵入した事を責められるとか!?
「…ルキさんの部屋ですけど」
「ルキウス・ベルか!奴とどう言った関係だ!」
「は?なんですか急に…」
「隠し立てするな!」
何なんだ行き成り。訳も分からないな。
それにしたって、いきなりだ。人に物を尋ねる態度じゃない。
あまり此処に居るのは不味いかもしれない。立ち去ろうとした所で、腕を掴まれてしまう。
痛っ―――なんつー馬鹿力で掴むんだ。
その人はわたしを上から下までジロジロと見回す。
その目は何かを見透かそうと探る様で、不快な気持ちにさせる。
「そうか!お前が先日連れ帰ったと言う者か」
「あの、離して下さい」
「一体何を企んでいるかは知らんが、何も知らないのなら早々に手を引け」
「何言って…」
「奴の力に目が眩んで事を起こすのは愚かな事だ」
「っっ離してっ!」
力いっぱい腕を振って、やっと手が外れる。ジンジン痛んで痣になってそうだ。
わたしは目の前の魔導師から距離を取り、ジッとにらみつける。
なんだか分からないが凄く失礼な人だ。寧ろ人じゃなくて野郎呼ばわりでいい。この野郎!
どうにかこの男の視界から逃げたいと周りを見渡してみると、遠くの廊下を歩いている"白銀色"を見つける。
(―――!)
わたしの視線の先に気付いた男も、向こう側に居る"その人"に気付いた様だ。
その瞳にはあからさまに"彼"に対する"畏怖"と"嫌悪"の色が浮かんでいる。
男が少し後ろに下がった分、わたしとの差が開いたのでその隙にその場を離れる。
しかし追い討ちを掛ける様に男の声が聞こえて来る。
「奴の恐ろしさを知れば、後悔するぞ!」
「……」
声を無視して一心に足を進めた。早く、早く。遠くの姿に向かって必死に走った。
「…!!避けろ!!!」
「え」
漸く足を緩めた辺りで、後ろの方から先程の人の鋭い声が聞こえて来た。
――と同時に回りにフッと濃い影が落ちる。
(え――?)
後方から聞こえる焦り声と、それからわたしに気付いた"灰色"の瞳と目が合う。
その瞳が驚きに見開かれた。
上を見上げると壁の一部が崩れてわたしの上に降ってくる。
次の瞬間頭に衝撃を受けて、目の前が真っ暗になった。
(―――!)(―――、――)(――――!)
頭の上の方で話し声が聞こえる。言い争いの様だ。
―――声?
「頭を打っている、俺が治療を―――」
「退け」
「お前っ!」
前髪を掻き揚げられる。
途端にこめかみに鋭い痛みを感じた。
「―――っう…」
「動くな」
身動きすると叱責の声が飛んだ。
(あ。この声は)
どうして―――目を開けようとしたら、目に手のひらを置かれ視界が遮られた。
後頭部とこめかみ部分が痛む。何かぶつけた様な痛みだ。
背中が硬いから床に倒れている?
「…ル…」
「黙れ、気が散る」
そのままジッとしていると、熱を持ってジクジクとしていた痛みが和らいで最後には無くなった。
しかし起き上がろうとする前にまた視界が真っ暗になる。
「―――ちょ」
頭から布―――外套?を被せられ、持ち上げようとして、そのまま外套で体を包まれた。腕も巻き込まれて身動きが取れない。まるで簀巻きの様だ。
「おいっ!何をしている」
変な男も抗議の声をあげている。
しかしわたしはそのまま持ち上げられて、抱え上げられた。
「うぎゃっ」
「うるさい」
突然の浮遊感に驚きよりも恐怖が強かった。
前も見えず身動きもとれず、まるで蓑虫状態のまま運ばれて抗議を上げるが。
全て無視される。手足をバタつかせてもビクともしなかった。
(うー不安定で怖いっ!)
そのまま暫くしてドアを乱暴に上げる音がして、何処か室内に入った事が分かった。
「……ルキ?」
(この声は…陛下!執務室!?)
「それが収まるまで部屋から出すな」
そういって柔らかくて硬い―――ソファに投げ捨てられる。
(痛った!お尻打った!乱暴反対!)
また乱暴にドアを閉める音がして、室内が静かになった。
わたしは抜け出そうと一生懸命もがいて脱出を図る。
(くそう、もっと優しく扱え!)
イラついて鼻息も動作も荒くなる。
漸く外套地獄から抜け出すと、やはり陛下が居る。執務室だった。
わたしはロココソファーに座らされている。
「ミオかい?」
「見て分かりませんかね!!」
思わず陛下に当たってしまう。
なんだ突然、あの男!
「今のルキさんですよね?」
「そうだねえ」
治療をしてくれたまでは分かった。
けれどその後の行動が不可解だ。
「わたし何でここに連れてこられたんですか?」
「…うーん、なんと言っていいやら」
「いきなりバサッと来てグイッと来てポイッですけど」
「うーん、乱暴だねえ」
「真面目に答えてください!」
「うーん…とりあえず今外に出たら、大騒ぎになってしまうだろうから、この部屋に居なさいね」
「どういう意味ですか?」
「ちょっと今は説明し辛いね」
何なんださっきから、ルキさんも、陛下も変に"なった"。
収まるってなんだ収まるって。わたしが落ち着きが無いとでも言うのか。
「いやー…話には聞いていたけど…これは何とも…」
「さっきから何言っているんですか?」
「こっちの話だよ」
そうこうしていると、また扉の外が騒がしくなってきた。この騒ぎ方は――
「ミオ!生きているか!壁の下敷きになったと聞いたぞ!」
またしても乱暴に扉を蹴り開けてきたのは、想像したとおり、ミシュ。
「一応ここ王の執務室なんだけどねえ」陛下が呟いている。
息を切らせて入って来たミシュだが、ソファに座っているわたしを見ると、動きが止まった。
次の瞬間もの凄い勢いで陛下の方を向いた。陛下は肩をすくめる。そしてまたわたしを見る。
(な、なにその反応)
部屋に飛び込んで来たがミシュがわたしを見ると何故か陛下と同じ様な反応を見せた。
「あの、ミシュどうしたの?」
「うーむ、これは…」
二人して奥歯に物が挟まった様な言い方をする。
お茶会の時はそんな事は無かったのに、何故急にこんな態度を取るのだろうか。
お裾分けを置いて、変な男に会って、ルキさんに何か治療?して貰って?
その間に何か合ったのだろうか。
心なしか、皆が髪の毛を物凄く見ている様に感じる。
(髪―――?)
今更黒髪が珍しいのだろうか?
毛先を持って見て見たが、特に変わった所は見当たらない。
いぶかしんでいると、目が合った陛下は微妙な笑顔を返してきた。
何が何だか全く分からない。
暫くして部屋に帰って良いと言われたが、一体何がしたかったのか謎である。
それにしては、皆の態度が意味深でこちらは気になって仕方がない。
結局寝る時もうんうん唸って―――――いつの間にか寝ていた。
この時の理由―――後日わたしは身を持って知る事になる。